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『 水無月千夜一夜物語 』
風和 律(ib0749)

 ●

 春の花達から零れた雫。
 夏に向かおうとする青空を覆った厚い雲。
 六月の雨は何だかとても切なくて、‥‥だからこそ、微睡に見る幸せな一時。

 水無月の物語――‥‥。


 ●

 雨音で目が覚めた。
 いや、元より眠ってはいなかったのだから窓を打ち付ける雨が彼女を現実の世界に呼び戻したと言った方が正しいのかもしれない。
 風和 律(ib0749)は厚い黒灰色の雲に覆われた空と、其処から止めどなく落ち続ける水滴に目を細めると、ゆっくりと静かな息を吐いた。
 そうする事で戻って来る現実の感覚。
 遮断されていた周囲の物音が聴覚を刺激し、自分が何処にいるのかを改めて思い出させた。
「さぁさぁ今日は全部私の奢りですもの! 遠慮なく食べて飲んで、楽しんで、あの方たちの弔いに代えましょう」
 この場を提供してくれた農園経営者レディカ夫人の声に応えるように、開拓者仲間が何度目かになる献杯の声を上げる。
 若き勇士達の眠りが安らかなものとなることを祈り、今後の行動で償う事を誓い、‥‥そして、命を賭して守られた事への感謝を胸に。
「献杯!」
 仲間がゴブレットを掲げて各々に表情を変化させる中で、手元の空のグラスを掲げる律だけは眉一つ動かす事がなかった。
 ただ、夫人が『彼ら』の事を語る声には無意識に聞き耳を立ててしまう。
「とても真面目で頼りになる方々でしたの」
 もしかすると全く別の場所で顔を合わせた事があるのかもしれないが、どんな人物だったとは思い出せない傭兵達。自分達の落ち度で死なせてしまった彼らがどんな男達だったのか気にならないと言えば嘘だろう。
 宴席は決して賑やかなものではなかったけれど、かと言って悲しみに沈む事が無いのは、夫人が語る『彼ら』の記憶が生き生きとしているからに他ならない。
 葬儀の後で「もう少しお付き合い頂けるかしら?」と声を掛けて来た彼女は、きっと寂しかったのだと思う。
 失われた若い男達の命。
 庇われた方はどうしたってその責任を感じてしまうもので、それが判るから律達は夫人の誘いを受けてこの場に居る。
「最初は、まさか隊長さんのお仲間だとは思いもしなくて」
 告げられた呼称に数人が辛そうに瞳を伏せ。
「‥‥けれど、あの人は強いのね。本当に‥‥さすがは傭兵団の長と言うのかしら」
 仲間の死に涙一つ見せる事が無かったばかりか、その事で誰かを責める事もしなかった傭兵団の長スタニスワフ・マチェク(iz0105)。
「‥‥っ」
 強い?
 そうなのかもしれない。
 確かに彼は強い、‥‥だが強さだけの人間など居るはずがないのだ。
 律は、空のゴブレットを握り締めた。


 ●

 最初はとにかく嫌いだった。
『騎士』という生き方に誇りを持ち、騎士で在る己を誇れるよう邁進して来た律にとって、騎士の道を捨てて傭兵という生き方を選んでなお騎士の力を振るうマチェクの存在はまるで自分の生き方を愚弄されているように思えたからだ。
 自分と彼、握る得物は同じ剣。
 しかし帝国のため、民のために命を賭して敵に向けられる律の剣に対し、マチェクの剣は自らの力を誇示するためのもの。武勇を高め歴史に名を残す――その為なら敵を選ばない彼は、利が望めると思えば帝国にだって刃向う。実際、最初に出会った戦場で自分達は敵同士。
 騎士の力を我欲の為に使う男。
 許せなかった。

 ‥‥――違う。

 許せなかったのは騎士に相応しい力を持ちながら騎士ではなかった事。あんな男に先を越されている自身の不甲斐なさ。
 許す、許さないじゃない。
 嫌いとも違う。
 それは『嫉妬』だ。
(騎士でなくとも奴が歩もうとしているのは誰に非難される謂れもない道‥‥守りたいものが私とは異なるだけだ)
 帝国という大きな存在、そこに生きる民の安寧を守るべきが騎士であるなら、彼は彼が信頼する仲間を、家族を守るために必要な力を自分のものにした。
 それが騎士の力だったに過ぎないのだと、そう気付いた時には。

 ――‥‥。

 傭兵達の埋葬を終え、レディカ夫人の誘いを受ける少し前。律はマチェクが開拓者の一人である女騎士に抱きしめられているのを見てしまった。
 普段はあんなにもふてぶてしく、意味深な笑みを崩す事が無い傭兵団の長が、その面を隠すようにして、‥‥恐らくは泣いていた。
(どうして気付かなかったのか‥‥)
 自分が帝国を、民を守るために強くなりたいと願うように、彼が守りたかったのは傭兵団の仲間。その彼らの死に心痛めていないわけがない。
 自らを責め、苦しみを抱え込んでいるだろうと推察する事は容易だったはずなのに。
(‥‥結局はフェイカーを逃してしまったのと同じ‥‥)
 避けていたつもりは無いが、合わせる顔が無いと感じていたのは確かで、やはり自分は自分の事しか見えていなかったのだと思い知らされた。


 気付いた時には、もう遅い。
 ‥‥遅過ぎる。


 ●

 天儀に帰るその日、律は出発前に一人墓地へ足を運んでいた。
 傭兵達の墓前に花を手向け彼らの冥福を祈っていると、背後から足音が近づいて来る事に気付く。
 まさかと思いつつ振り返れば其処に居たのはアイザック・エゴロフ(iz0184)。マチェク率いる傭兵団に所属する青年だ。
 律は静かな息を吐く。
 現れたのが『彼』ではなかった事への安堵と、――。
「律さん‥‥」
 彼の方もまさか此処で律と再会するとは思っていなかったらしく、何度か目を瞬かせている。
「驚きました。てっきり皆さんと一緒に天儀に戻られたのかと」
「ああ。そのつもりだったんだが‥‥最後にもう一度、彼らに話がしたくて、な」
「そうですか」
 律が言うと、アイザックは嬉しそうに微笑んで腕に抱えていた花を仲間の墓前に手向け、膝を折って黙祷した後で再び律に向き直った。
「彼らも喜んでいると思います。律さん達がこうして自分達を忘れずにいてくれる事」
「‥‥そうだろうか」
「きっと」
 低く疑問の声を押し出す律に対しアイザックの調子は変わらない。
「だって、仲間ですから」
 誰のと敢えて名言しないのは彼なりの優しさなのだと思う。
 昨日の葬儀で傭兵団の面々は決して自分達を責めなかったし、開拓者が捧げたいと願った葬送の曲を涙を以て受け止めていた。
 此処から仕切り直す事。
 今度こそフェイカーを捕えて滅する事――それが開拓者と傭兵団、共通の目的ならば必ず歩み寄れると、アイザックはそう信じているのだ。
「‥‥強いな」
「え?」
 ぽつりと零した呟きを(しまった)と思った時には既に遅く、再び目を瞬かせたアイザックは、しばらくして困ったように笑った。
「強いだけの人間なんて居ませんよ」
「――」
 まるで胸の内を見透かされたような応え。
「ショーンの事を聞いた時‥‥もし自分一人だったら平静を保つ事も出来なかったと思いますし、‥‥あんなに強いと思っていたボスだって、‥‥本当は、ずっと辛かった」
「‥‥見たのか」
 葬儀の後の、開拓者に抱き締められていた彼の姿をと暗に告げれば青年は悲しげに頷く。
「まさかと思ったんですけど、ね」
 アイザックは細めた瞳で仲間の墓石を見つめながら続けた。
「でも、あの後で俺達の所に戻って来たボスは‥‥少し、本当の意味で元気になっている気がして‥‥何て言うんでしょう。傷は晒さないと誰も手当出来なくて、ようやく手当して貰えたと言うか‥‥それ以前に誰かに脆さを見せるなんて、普段のボスからは全く想像出来ない事ですけど」
「‥‥それで良いのではないか」
 律は言う。
 恐らくは彼の痛みに気付かなかった自身を責めているのだろうアイザックに、静かに。
「弱い自分を見せようとしない奴には弱くなれる場所が要る。‥‥マチェクのような男がそんな場所を得るのは困難だろうが、幸いにも手が届いた――それだけの事だ」
「‥‥それが俺達傭兵団の仲間じゃなかったのが口惜しいっていうのは、やっぱり我儘でしょうか」
「ああ」
 苦い笑みを零すアイザックに、律は淡々と頷いてみせた。
「あの男の事だ。仲間の前ではそれこそ意地でも平気な顔をし続けるだろうさ」
「‥‥それもそうですね」
 青年は笑う。
 とても楽しげに。
「ありがとうございます、律さん」
「いや‥‥」
 純粋に、無邪気に感謝して来るアイザックの視線に耐えられなくなった律は、大地に下していた剣を手に取ると別れの言葉を口にする。
「また近い内に会う事になるだろうが、‥‥それまで健勝でな」
「ぁ、はい。えっと‥‥、律さん!」
 慌てて立ち上がったアイザックは、それきり去ろうとする律の背中に何を感じたのか大声で呼び止めていた。
 彼女が立ち止まるのも、振り返るのも待たずに彼は言う。
「ボスに会って下さいね! 今すぐじゃなくてもっ、ボスに合わせる顔が無いとか、そんな風に思わずに‥‥! ボスはユーリーとマーヴェルの事も、ショーンの事でも、誰も責めてないんです。律さん達が気に病み続ける事の方がボスにとっても辛い事だと思うから‥‥!」
 張り上げられる声を、律は背を向けたまま聞き。
 そうして返せる言葉は唯一つ。
「‥‥私は強くなる。奴に、そう伝えておいてくれ」
 それだけを告げて再び歩を進め始めた。
「はい‥‥!」とアイザックの返事を背に受けながら、律の胸中に改めて募る思い。
 マチェクの脆さを見たいわけではない。
 その傷を癒したいなどと、らしくない事を願うつもりもない。
 ただ、今以上に彼が傷つかないよう強くなる事は自分にも出来るはずで。

 そうならなければ、自分は。

(強くなる‥‥)
 強いだけの人間など居ないと知り、‥‥自分の弱さも、脆さも、自覚してなお乞う強さ。アイザックに告げた言葉は、ともすれば自分に言い聞かせるためだったのかもしれない。
「‥‥雨か」
 顔にぽつりと落ちて来た雫に気付いて空を見上げれば、見渡す限りに広がる厚い暗雲。
 だが、それを抜けた先に広がっているのは確かな晴天だ。
(夢など見るものか)
 律は足を止めて思う。
 見るならば自力で掴み取った青い空。そしてその傍らにあの男の姿があったなら――彼が負った傷が誰かに癒されるまでをこの手で凌ぎ、光りに届いたその瞬間に彼の隣に立つ事が出来たなら、それが自分の栄誉になる。
(そんな自分に成長する事が‥‥私の想いの証になる‥‥)
 暗雲を見上げていた瞳を伏せ、その身を次第に強まる雨に晒す。


 春の花達から零れる雫。
 夏に向かおうとする青空を覆った厚い雲。
 六月の雨は妙に切ないが、‥‥その先には必ず光り輝く日々が待っているから。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号/ PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 】
 ib0749 / 風和 律 / 女  / 21  / 騎士

 ●NPC
 iz0105/スタニスワフ・マチェク/男/26/騎士
 iz0184/アイザック・エゴロフ/男/24/騎士


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 いつもお世話になっております。
 この度はノベルの発注を頂きまして誠にありがとうございました。当方の体調まで気遣って頂き恐縮です。何とかライター業を休む前にノベルをお届け出来て安心しておりますが、‥‥如何でしょうか。いろいろとアレンジしてしまいましたので(汗)イメージと合わない等ございましたら遠慮なく仰って下さいね!

 繰り返しになってしまいますが、今回は律さんのノベルを書かせて頂けて大変光栄でした。ありがとうございます。
 また舵天照でも一緒に冒険出来ます日を楽しみにしています。


 月原みなみ 拝
水無月・祝福のドリームノベル -
月原みなみ クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2011年07月04日

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