▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『とっておきのティータイム 』
ユリゼ・ファルアート(ea3502)



 慌しく時が巡る日々。
 その中で大切な転機となった時間があって――懐かしくて幸せな、だからこそ切ない時間は、変わらない明日とは違う、有限の刻。
 とても濃密で不思議な……ユリゼ・ファルアート(ea3502)にとって、奇跡のような時間だった。
 もう二度と重なることはないと思っていた時間が、再び重なったからだ。
 一人ではたどりつけない縁の迷い路の先へ、ようやくたどり着いたあの時間は、最後のチャンスで、本当に奇跡のようなひと時だったのだろうと思う。
 どうしても素直になれなくて。それは多分にお互いさまで。
 ここまで回り道して、迷って迷って遠回りして、ようやく。
 ――やっと。
 ひそやかに応援してくれた人、励ましてくれた人、見守ってくれた人……たくさんの人達が手を差し伸べ、背を押してくれたことを、ちゃんと解っていたから。どうなったかを伝えて返ってきた仲間達の笑顔は、とてもこそばゆいような、くすぐったいような……幸せなものだった。
 けれど、まだ、伝えなくてはいけない人がいて。
 本来はとても手の届かない人だから、この際身近な伝手を利用してお茶に招くことにした。さすが腐っても王国の騎士。いや、腐ってないけど。
 もてなしの茶は、魔法で冷やしたミントとレモングラスのハーブティー。テーブルに並ぶお菓子は、ちょっと頑張って焼いた故郷のお菓子。パリで有名なパティシエである友人の店で買ったお菓子も並べてみた。
 ささやかな席だが、この方がきっと自分らしい。
 ……来てくれるだろうか、聞いてくれるだろうか。
 限られた逢瀬の中では、答えらしい答えが言えなかった。戻ってきた理由。だから、伝えながら少しでも形を見いだせたらと思い、願って開く、乙女のお茶会。



 賑やかな扉を叩く音。
 ドアを開くと、叩かれた音そのままに飛び込んできた小さな影を抱きとめて、ユリゼは小さく笑った。酒場で会う時と変わらない。軽やかでかわいいあの子のまま。
「ユリゼちゃん、お招きありがとうー!」
「シェラちゃん、いらっしゃい」
 感謝を込めて招いたのは、パリの冒険者酒場でよく話していたシフールの少女・シェラ(ez1079)。
 そしてもう一人。
「お招きありがとう」
 ドアの向こうに立っていたのは、凛々しく強く美しい憧れの人――以前と会った時と変わらない、黒を基調とした騎士装束も凛々しいレンヌの公女・フロリゼル(ez1174)だった。



「ずっとお世話をお掛けして……ごめんなさい。シェラちゃんは励ましてくれてありがとう。あの……」
 名前を呼ばれ、ありがとうと言われ、ハーブティーのカップから顔をあげたシェラは小首を傾げた。
「ユリゼちゃんに、何かしたり、何かされたことってなかったよ?」
 ああ、お菓子やお茶はもらったなぁ……今日みたいに、とにこにこ話が脱線しだしたシェラを慌ててとめる。
「ええと、そうじゃなくて……その」
「良い話なのかしら?」
 答えに詰まったユリゼに助けを出すようにフロリゼルがやわらかな笑みを浮かべ訊ねた。
「……貴女からの招待なら、何はなくとも来るのに」
 言外にユリゼの用いた伝手について言われ、視線が泳いだ。貴族という枠組みであれば確実な伝手とはいえ、レンヌ公女にとっては変わった縁故だったのだろう。『答え』が出たからこそ使えた伝手。それだけで招待の理由を見抜かれていたのかもしれない。
 フロリゼルの顔に浮かぶ笑みが、一年前と同じ……故郷で会った時の記憶のままだったから、ユリゼはようやく告げることが出来た。
「傍に居る事に、決めました」
 かつて受け止められなくて、でも……もう一度言って欲しかった言葉。
 別れを告げた時に、『騎士』の彼の想いの片鱗を知ったこと。
 彼を知りたくて足掻いていたことが『解っている』と思われていたこと。
 旅の中、相棒や皆の優しさに触れる程に、無力感を埋めるのは彼の傍だと認めるのに時間がかかったけど……
「アレな人だけど、笑顔も色んなことも嬉しくて好きで、思い出したんです。薬草学の幅を広げたのは、彼の役に立ちたかったから……」
 けれど、遠回しな言い方や婉曲な表現の通じないシェラは、傾げた首を更に捻る。
「アレな人? ユリゼちゃんの好きな人ってアレなの? アレって?」
「あの、そういう意味じゃなくて、なんていうかね……」
 思いついた解り易い説明が『埴輪』だなんて、そんな。ぐるぐると目まぐるしく表情を変えるユリゼをみて、フロリゼルは鮮やかに笑みを浮かべる。
「そう。ちゃんと探し物はみつかったのね」
 心の中に浮かぶ言葉を探り、確かめるように、とつとつと語られた言葉を遮ることなく最後まで聞いていたフロリゼルは「おつかれさま、おかえりなさい」と腕を伸ばし、軽くユリゼのを撫でた。
「……あの、初めて対面したと思われる埴輪氏のフロリゼル様の印象とかが聞けたら嬉しいなって」
「そうねぇ……」
「フィルマンちゃんは、面白いよね……!」
 シェラがハーブティーからぱっと顔をあげ、会話にぽんと割って入った。お茶に夢中で、フロリゼルが聞かれていたことは耳に入っていないらしい。フロリゼルの方も話を遮られたことなど、気にする様子も無く笑っている。『面白い』という感想に頷きながらも、評価はフロリゼルの方が厳しかった。
「まあ、胡散臭いわよね。父上とは別な意味で」
 フロリゼルにとっては尊敬する父親――レンヌの領主・マーシー一世(ez0016) は、きな臭いうわさの絶えない人物でもある。
「橙分隊だったと聞いたけれど、冒険者達から聞こえる噂からだと、緑分隊でも良いんじゃないかと思うくらいは」
「……そう、ですか」
 ちょっとがっかり。
 聞こえる噂が何なのか、聞くまでもなくわかってしまうあたりもがっかりだ。
 友人たちなら理解が深くて何よりネと笑い飛ばされてしまいそうで、更にがっかり。
 額を押さえたユリゼをみて、くすっと小さく笑うと、お茶のカップを静かに置いた。
「でも、貴女が想い続けた相手なら良いんじゃないかしら。……ずいぶん長い回り道だったわね、それならもうその手を離すことはないでしょう」
 離そうものなら、ボコボコにしに行くけどね……と、あながち冗談でもなさそうに呟いた。
「私はね、口が達者な男って信用してないのよ」
 自分より弱い男はゴメンだわと言い切る、フロリゼルの剣の腕は確かだ。
「でも、口から出てくる言葉ほど軽薄な男だったら、貴女もそんなに悩まなかっただろうし。嫁に出したくないなんて、そんなことは言わないわ。思ってもね? ああでも泣かせるような真似をしたらやっぱりボコボコにするかも」
 先ほどの呟きはやはり本気らしい。
 しかし、埴輪(時々大仏)とはいえ、仮にも副分隊長を務めた男。そんなことは……と思ったが、フロリゼルも本気でやりかねないところが怖い。「ぼこぼこー♪」とお菓子を抱えて楽しそうに繰り返していたシェラは、にっこり笑う。
「ユリゼちゃんが笑っていてくれれば、シェラもいいなぁって思うよ。好きな人の悲しい顔はいやだもん。フィルマンちゃんは面白いから、ずっと笑顔で居られると思うの♪」
「あははっ、そうねぇ……きっと笑いは絶えないと思うわ」
 耐えないといけないこともあるだろう。でも……。
「一騎打ちでこれだけやり会ったんだもの、大分立ち位置の違いによる溝は埋まったでしょう? 分かり合おうとして一歩踏み出したのは、ものすごい勇気だもの。……貴女の勇気と想いに祝福を」
「……フロリゼル様……」
「ひとまず旅路の終着点へ辿り着いたようだけれど、今度は別の旅路が始まるのね。でも大丈夫ね、きっと。今度は一人じゃないもの」
 終着点へ着いた経緯を詳しく聞かせてもらおうかしらと、フロリゼルが微笑む。目を惹くあざやかな笑顔はいつもとかわらないはずなのに、どこか人の悪い笑みに見えるのは、自分の気のせいだろうか。
「シェラ、お菓子もっと食べていい?」
 フロリゼルの言葉が難しかったのか、お菓子に興味を移したシェラが、おずおずと訊ねた。「美味しい、初めて食べた!」と手を伸ばしたのは、ユリゼが焼いたレンヌでは良く知られた焼き菓子。フロリゼルは久しぶりに食べたらしく「懐かしい」と大きな瞳をゆるめて笑う。
 レンヌの菓子を喜んで食べる姿と、レンヌの菓子が並ぶ席……フロリゼルは、どこか嬉しそうな眼差しだった。
「人生の旅路で何処へ行こうとも、故郷はかわらないから……いつでもレンヌへ帰っていらっしゃいね」
「……はい」
 以前と変わらない、けれどとびきりの餞の言葉に、ユリゼは笑顔で頷いた。
 そして、フロリゼルの希望を叶えるために、ティーポットに手を伸ばした……まだ終わらない、ささやかでやさしく、どこかくすぐったい甘い時間の続きのために。
 とっておきのハーブティーを、もう一杯。

WTアナザーストーリーノベル -
姜 飛葉 クリエイターズルームへ
Asura Fantasy Online
2011年07月07日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.