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『柚乃の旅 〜水無月の届け物〜 』
柚乃(ia0638)


 梅雨の前、田植えの終わった季節。
 百姓は蛙の鳴き声とぐずついた天気に、「大仕事が無事に終わってよかった」と一息つく。
 そして、それを待っていたかのように新たな大仕事でそわそわする人たち――。
「これで、あそこの娘さんも全員が嫁いだことになるなぁ」
「嫁ぎ先の婿殿は、その村でもなかなか男前らしいよ」
「何、うちが村の娘っこはみな器量良しじゃ。婿殿は新婦にめろめろになろうて」
「まあまあ。両家にとって良い縁であれば、それが何より」
「そうじゃそうじゃ」
 慶事に浮かれる村人たち。
「しかし、衣装を神楽の都で仕立てたはいいが、娘さんがこだわって手直しをお願いしたらしい。届くのがギリギリで、式の直前になるそうじゃ」
「式が楽しみじゃ」
 結婚式。
 新郎新婦の新たな旅立ち。
 そして、多くの人が待ち望む場へと旅立つ娘もいた――。


 神楽の都。
 時は白々と夜が明けるころ。
「じゃ、お願いしますよ?」
「ええ」
 柔らかく言う呉服屋の夫人に、柚乃(ia0638) が可愛らしく返した。
 手には、大きな包み。
「待っている人達がいるんだもの‥‥ね。八曜丸、行きましょう」
 青の長髪がさらりと舞い振り返る。もふ、と藤色のもふら様が寄って来る。
 いつも一緒。
 もふら様大大大好き♪、な柚乃が世界中で一番大好きなもふら様。柚乃の朋友である。
「おいらも行くもふか?」
「そう。八曜丸も一緒」
 大きかった紫色の瞳が、にっこりと。
「本当に、いつもありがとう」
 言ったのは、呉服屋の夫人だった。つぶやいただけなので柚乃には聞こえない。
 柚乃。
 実は、由緒ある良家のお嬢様で箱入り末娘だったりする。本当は秘密なので、ここだけの話である。
 住み慣れた実家を出て、開拓者として神楽の都で暮らし早2年が過ぎた。
(重い、な)
 夫人から預かった包みは思ったより重かった。んしょ、と抱え直す。
(‥‥2年、か)
 呉服屋の看板を振り返って、ここに来てからの思い出と手にした荷物の手応えが重なった。
「よ。早いね、看板娘さん。おつかいかい?」
「あ、いつも‥‥。ええ、都の外れの村まで」
「アンタが行くこともないだろうに。看板娘の姿がなくっちゃ、客足が鈍るぜ」
「そんなことはないですが、当番だった人が急病‥‥で」
 通り掛かった常連客とそんな会話も。
 これが、柚乃の日常。
 柚乃の、大切な世界。
(良かった)
 心底、思う。
 柚乃が開拓者になれたのは、反対する父を説得した母の計らいがあってのこと。
「だが、『長屋暮らし』は許さんぞ」
「私の知り合いがちょうど神楽の都で呉服屋をしてますから、そこへお世話になるのでしたらどうでしょう。‥‥柚乃に、着物や作法の知識も身に着きましょうし」
 ふん、と鼻息荒く柚乃の開拓者暮らしに反対した父も、母の機転にむしろ乗り気になった。
 そんなこんなで、この店にお世話になることに。
 以来、開拓者の仕事をしてない時は、日頃の感謝を込めてお店を手伝っている。
 許してもらった両親。
 受け入れてもらい、巣立っていった二人の子どものように柚乃に接してくれる、元開拓者の呉服屋夫婦。
 そして、お客さんたち。
 箱入り娘だった時より、格段に広がった世界。
 だから、思う。
「頑張って届けるもふ」
「そうね。頑張りましょう」
 歩き始めた道の端には、柚乃のように青や紫に咲き誇る紫陽花があった。


 とんとん、たん。
「そうそう。水溜りは避けてね」
 喜んで先行する八曜丸は、柚乃の言いつけ通り水溜りを避けて飛び跳ねていた。‥‥元気が有り余っているらしく、わざわざジグザグなのが楽しんでいる証拠だったり。
「もふ〜。速いもふ〜」
「あ、だめ。燕と競争してはダメ」
 いま、燕が八曜丸の前を横切るように飛んだようで、横道に逸れようとするのをとどめるのに苦労したり。
「おいらだって、本気を出せば‥‥」
「燕は、巣で帰りを待ってる雛のために急いでいるの。だから、邪魔しちゃダメよ」
 もふ〜、と不満そうな八曜丸に言って聞かせる。‥‥もっふりのんびりなもふら様がいくら本気を出しても燕に勝てるわけはないがそれはそれ。柚乃としては、子を思う親心の大切さを八曜丸に知ってもらいたい。
「わかったもふ。‥‥もふ?」
「あ‥‥。大変」
 ここで、柚乃は空を見上げた。
 ちょっと雨が降ったような気がしたのだ。
「いつの間にか、あんなにどんより曇ってる‥‥」
 傘は持ってきているが、土砂降りになると荷物が濡れる。
「中は新婦さんの着る白無垢だって聞いたし」
 塗らしていい物ではない。
 酷く降れば、雨宿りして身動きが取れなくなる可能性もある。
 行程は、歩いて約束の時間ギリギリだった。雨宿りする暇などない。
「急ぎましょ、八曜丸。柚乃たちには柚乃たちの、待っててくれる人がいるから」
「急ぐもふ〜」
 駆け出す柚乃と八曜丸。
 水溜りを避けながら、荷物の包みが濡れないように。


「お待ちしてました。ぜひ、上がってください」
「あ‥‥」
 無事に届けた村の、挙式会場。
 三の鳥居、二の鳥居とくぐってたどり着いた本殿で、「ではこれで」と辞そうとしたところを止められてしまったのだ。
「うちの村では、青い鳥は幸福の使者とされています。あなたみたいな女性が婚礼衣装を届けてくれたとなると、小鳥好きの新婦も喜びますから」
「でも‥‥」
 現地の女性にそう勧められ新婦に一目会うよう頼み込まれた。
 結局、ずるずると流されてしまった。
(帰って呉服屋のお手伝いをしなくちゃいけないけど‥‥)
 戸惑う柚乃。しかし、お客様に喜んでもらえるなら、店のためになるだろう。
 結局、上がることになる。
「まあっ。こんな可愛らしい娘さんが、私の衣装を届けてくださったのですね」
「そうだわ。せっかくですから着付けも手伝ってもらいましょう」
「ええ〜っ」
 両手を合わせて喜ぶ新婦に、さらに親族が柚乃に手伝って欲しいと願ってきた。さすがに困る柚乃。

「柚乃さん、でしたね。そちらの帯を押さえておいて下さい」
「は、はい‥‥」
 あ、あれ? と柚乃は結局手伝っている状況に首を傾げながらも指示に従っている。
「柚乃さん、ごめんなさいね」
「え?」
 帯を支えていた柚乃が顔を上げると、新婦の泣き出しそうな顔があった。
「私、末の娘なんです。‥‥今まで姉様たちと一緒だったのに急に独りになって不安だったんです」
 支度をしながら新婦は話す。
「姉様は言ってました。結婚式は緊張するし逃げ出したかったけど、妹の私が見てくれているから『しっかりしなくちゃ』って思ったのだって。だから‥‥」
 両家総出で、全員が注目している。結婚式の、そういう部分を不安に思う者もいるだろう。もしかしたら、家柄の差があったのかもしれない。
「‥‥」
 今までは、ただ参列していただけの結婚式。
 当事者が、当日が近付くにつれて抱く不安。
 知らなかった世界に、紫の瞳を見開き言葉をなくす柚乃。
「わかりました」
 ふっと、柔らかい瞳をした柚乃ははっきりと言った。
(支えて、あげなくちゃ)
 強く、心に誓った。
 もう、迷いはない。
 あるいは、ある日の自分を見たのかもしれない。


 笙(しょう)や篳篥(ひちりき)の音が祓殿に響く。
 長く尾を引く、奥行きのある雅な音楽にあわせ、しずしずと新郎新婦が歩む。
 柚乃は、参列者の後の方から見ていた。
 祝詞の奏上に、さらり、さらりと祓われる弊。
 進む、神事。
 途中で、新婦と偶然目が合った。
 新婦はすまし顔のままだったが、わずかに目尻が緩んだように見えた。角隠しが目礼したように揺れた。
(素敵‥‥)
 そう、思った。
 見ず知らずの女性だったが、ちょっと話しただけで他人のような気がしない。心に不安を抱いていると知ったため、勇気付けたいと思っているのかもしれない。
「あ」
 ここで、ふと気付いた。
「だが、『長屋暮らし』は許さんぞ」
 などと言っていた父も、結婚式を経験しているはずだ。
「じゃ、お願いしますよ?」
 そう言って見送ってくれた、いつもお世話になっている呉服屋の夫人ももちろん。
 皆が不安だったかは知らない。
 でも、みんな結婚式の厳かな感じは経験しているはず。
 喜びを胸にして、不安にも感じて‥‥。
 そう思うと、父も母も呉服屋の夫婦も、みんな愛おしく思えた。
(お手伝いできて良かった‥‥な)
 思わず手を胸元に当て、自分の今の気持ちにしみじみと身を預けるのだった。
 が。
「柚乃ちゃん。そろそろお色直しの用意するから手伝って」
「え?」
 ぱたぱたと控え室へ。
 次は色打掛けを用意して、汗を拭いてあげる布を用意して――。
 どうも、最後まで手伝わされるようである。


「ただいま帰りました。‥‥遅くなってごめんなさい」
「いいのよ、いいのよ、柚乃さん」
 すっかり遅くなって呉服屋に戻ると、夫人はむしろ嬉しそうに出迎えた。
「柚乃さんが、いい経験をしたなら何よりです」
 うきうき話す夫人。
 まだ何も話してないのに、と柚乃は首を捻るばかりだ。
 その柚乃の様子は、新婦がこだわって白無垢の襟元に特注で頼んだ、白糸で小さく刺繍した小鳥のようだった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ia0638 / 柚乃 / 女 / 13 / 巫女】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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柚乃様

 いつもお世話様になっております。OMCライターの瀬川潮です。
 月は移ろうものですが、ゆえに留めておけるものには光が宿ると思います。「水無月・祝福のドリームノベル」をお届けいたします。

 こちらでは初めましてですが、普段のコンテンツで描かせていただいてるので、マイページの設定以上の裏話があり大変楽しく描かせていただきました。
 柚乃さんて、お兄さんばかりだったんですね♪。お姉さんがいない(明記はされてなかったですが)、と判断して処理した部分もあります。問題があるようでしたらこの部分に限らずリテイクをしてくださいね。

 瀬川にとっても、ライターでの最初の仕事。記念の一作。
 この度は書かせていただきましてまことにありがとうございました。

 では、暑い日が続くようになりましたが、お体には気を付けて開拓者生活を一緒に楽しんでいきましょう♪。
水無月・祝福のドリームノベル -
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舵天照 -DTS-
2011年07月20日

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