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『始まりの、その日。〜重ねる誓い 』
由他郎(ia5334)

 春は、散歩には良い季節だ。寒くもなく暑くもなく、華やかに花が咲き誇り、木々はこれからの季節に向けて力強く若葉を芽吹かせている。
 そんな気持ちの良い町の中を、由他郎(ia5334)は恋人達とともに、時折確かめるように辺りを見回しながら歩いていた。そぞろ歩くには気持ちの良い昼下がりだからだろう、すれ違う人は案外多い。
 後ろから、季節を楽しんでいるのだろう、やはりきょろりと辺りに視線を向けながら歩いている妹の紗々良(ia5542)が、うっかり人込みに飲まれてはぐれたりしないようにと気をつけていたら、ぽつり、不意に呟きが耳に届いた。

「‥‥白無垢が着てみたい、わ」
「‥‥‥?」

 そうして聞こえてきた言葉に、由他郎は僅かに足を止めて、その意味を頭の中だけで反芻する。白無垢。もしそこに何か重大な暗号なり秘密なりが隠されて居なければ、それは、女性の花嫁衣裳の一つだ。
 ちら、と背後の紗々良を振り返って、顔を見合わせた。けれども妹もどうやら、由他郎と同じくその白無垢を思い浮かべたらしく、不思議そうに瞬きしている。
 だから今度は由他郎は、ゆっくりと傍らの黎阿(ia5303)の方を振り返った。聞き間違いでない限り、先ほどの言葉は、黎阿が発したものだ。
 彼女は、今は町中のあらぬ方を見つめていた。一体何を、と視線を巡らせて眼差しの先を追いかけると、その先にはしず、しず、しず、と歩んでいく花嫁行列がある。
 行列の中の花嫁は、まさに黎阿が口にした、白無垢を身に纏っていた。頭をすっぽり綿帽子に覆われているから、俯きかげんなのはわかるけれども、その表情はわからない。
 なるほどあれを見たのかと、由他郎は納得した。納得してから今度は、ならばなぜいきなり黎阿が、その白無垢を着てみたいと言い出したのか、について考え始めた。
 その沈黙を紛らわせるかのように、黎阿が殊更に明るい、クスクスとした笑い声を、響かせる。

「ほらやっぱり、ああいうのを目にすると着てみたくなるものね。きっと、花菖蒲と合わせたらすごく、綺麗だと思わない?」

 そうして冗談で押し流そうとするかのように、ひょい、と肩を竦めた黎阿が決して、冗談だと思っていない事は目を見れば解った。それに黎阿の「白無垢を着てみたい」という言葉が、単に体験的なものとしてその衣装を身に纏ってみたい、という単純なものではないことぐらい、由他郎にだって想像がつく。
 白無垢。それを着るのは、何か特別な理由がない限り、祝言を挙げた時だ。ならば。

「‥‥良いんじゃないか」

 しばし考え込んだ後で、由他郎はそう頷いた。確か故郷の村には、大切に仕舞い込まれた白無垢があったように、思う。
 だから、由他郎の中で懸念事項があるとすれば1つだけだ。

「ただ、花菖蒲、は‥‥今から準備では、咲いているうちに里に着くのは、間に合わないだろうが」
「‥‥え?」
「挨拶には、良い機会かもしれない、な‥‥」
「ゆ、たろう?」

 愕然と目を見開いた黎阿の表情の中に、喜色が混ざっているのを確かに認めて、うん、と由他郎は胸の中で頷いた。花菖蒲に間に合わなくても、大丈夫らしい。
 良かったと安堵して、由他郎は今度は紗々良を振り返った。祝言を挙げるのなら、何かと人手が要る筈だ。

「紗々良、手伝ってくれるか」
「‥‥うん」

 そうして告げた言葉に、紗々良はこっくりと当たり前の顔で頷いた。それにまたほっとして、けれども妹の瞳の中に何か影を見たような気もして、ふ、と由他郎は眉を僅かに動かす。
 けれども。紗々良は、その理由を由他郎に問わせる事をしなかった。代わりに紗々良に尋ねたのは、黎阿だ。良いの、と尋ねた彼女の言葉に、何かと人手が要るから、と紗々良が当たり前の口調で答えている。
 気のせいだったのだろうかと、由他郎はまた眉を動かした。けれどもすでに、妹の瞳に影はない。ならば気のせいだったのだろうし、そうでなかったとしても後で確かめれば良い話だ。
 そう思い、由他郎は紗々良と黎阿を見比べながら、帰郷の日取りや段取りを相談する事にした。花菖蒲には間に合わないにしても、黎阿が白無垢が着たいというのだから、一刻も早い方が良いだろう。
 何しろ故郷までは、ちょっと出かけてくる――なんて気軽な道のりでは、ないのだから。





 話自体はあっさりと決まったものの、だから、帰郷自体はひどくのんびりとした旅路になった。花菖蒲にはどんなに急いだって到底間に合わないし、他に一国を争うほど急ぐような用事といえば、黎阿がそれを着たがっているから、という一点のみだ。
 だから、燃え盛る夏の緑の中を由他郎は、黎阿と紗々良と連れ立って歩いた。時折街道沿いに建つお茶屋を冷やかしたり、道中の町で土産物屋をのぞいたり。
 すっかりこの旅路を楽しんでいる様子でもある黎阿の、いつも以上にくるくるとよく変わる表情を見つめていたら、頭上から鳴き声が降ってきた。

「苑梨?」

 見上げれば、荷物持ちもかねて同行した愛龍が、高度を下げて由他郎をじっと見つめている。何事かを言いたげなまなざしに、由他郎はついと目を細めた後、ふと辺りを見回した。
 夏の緑燃える森。それはきっと、今頃なら故郷でも見られる光景のはずで――けれども、今の故郷の森にはこんな風に、そぞろ歩いて緑を楽しむ余裕なんて、存在しない。
 ぐっと、無意識に拳を握る。

「まだ‥‥力が足りない、な」

 苑梨を見上げて呟けば、同意とも否定とも、あるいは励ましともつかない鳴き声が返ってきた。そうだな、とその鳴き声にただ、呟く。
 強くなって故郷の森からアヤカシを一掃し、取り戻す‥‥そう決意して、由他郎は開拓者になった。開拓者として経験と修行を積み重ね、いつの日かあの緑を自分達の手に取り戻すのだと。
 けれどもまだまだ、由他郎は未熟だと自覚している。力は足りず、もっと修行しなければと思う反面で、一刻も早く力を手に入れたいと焦ったり、時には思うように強くなれない自分に苛立ちを覚えたり。
 その事ばかりに気が向いていた彼だから、次に帰るのは力を手に入れ、故郷の森を取り戻すときなのだと、漠然と思っていた。別段、そう誓いを立てていたわけではない――ただ、それ以外に帰郷する理由など、思いつきもしなかっただけだ。
 だから、黎阿の今回の希望は、由他郎にとっても良い機会で。もしこんな切欠でもなかったら、本当にあとしばらくは帰郷などしなかっただろうから――だから、その機会を与えてくれた黎阿には、本当に感謝しているのだ。
 そう、思って彼女の方を振り返ったら、同じく由他郎の方を振り返った黎阿と目が合った。そのまましばらく見つめた後、何か用事があるのかと尋ねるように首をかしげると、黎阿がくすりと微笑みを浮かべる。
 そうしてどこか楽しそうな足取りで近付いてこようとした、黎阿の姿が不意に大きな影に隠され、消えた。空にいた苑梨が、2人の間にどっしりと着陸したのだ。
 ずっと飛び続けだったから、そろそろ疲れていたのだろう。それでなくとも荷物を背負わせているし、ここらで休憩でも入れた方が良いのかもしれない。

「苑梨」

 だから、労うように愛龍の名を呼んだ。それからその向こうの、今は顔だけ見える恋人をまっすぐ見つめて、手を差し伸べる――黎阿もそろそろ、疲れている頃だろうと思って。
 そんな由他郎に、黎阿は軽く目を見開いた後、綻ぶような笑顔を浮かべた。そしてぐるりと苑梨の側を回ってやってきて、差し伸べた手に手を重ねる。
 苑梨が軽く首を振って、紗々良の方へと歩いていった。それを見送った由他郎の耳に届いたのは、黎阿が口ずさむ恋歌だ。
 どうやら彼女は機嫌が良いらしい。そう考えて、由他郎もほっと安堵して、微かな笑みを浮かべて歌う恋人を見つめたのだった。





 辿り着いた故郷の村では、途中から先触れとして先行した紗々良の知らせのおかげで、すでにある程度の祝言準備は整っていた。黎阿が着たがっていた白無垢は大切に仕舞われた行李から取り出され、丹念に陰干しされて空気を通してあるという。
 だから帰郷やら結婚やらの挨拶もそこそこに、黎阿は紗々良を含む村の女衆につれられて、早速白無垢の仮合わせに行ってしまった。さすがに同席するわけにも行かず、久々の故郷を見て回ろうかと考えていた由他郎もまた、少ししたら紋付き袴の仮合わせに引っ張られることになり。
 そうは言っても村を出てからそう体つきが変わったというわけでもなく、由他郎の方は割合あっさり解放された。けれども黎阿の方は何度も丈を合わせたりなんだりとあって、何とも大変なことだと感心する。
 その合間や、本格的に直しに入って衣装が仕上がるまでの間は、黎阿も伴って村を歩き回り、挨拶巡りをした。村の人々はおおむね好意的に黎阿を迎え、時々は由他郎自身ですら覚えていないような、彼と紗々良の幼い頃の話も披露するほどで。
 そんな話を聞いても楽しいものかと由他郎は思っていたのだが、黎阿は随分と楽しんでいたらしい。ならばそれで良いかと、楽しそうな彼女の顔を見てまた、由他郎も知らず、穏やかな気持ちになる。
 ――やがて迎えた、祝言当日。
 手直しをして、パリッと糊を利かせた紋付袴の晴れ姿に身を包み、黎阿と紗々良が待っているはずの部屋へと向かった由他郎は、格段の気負いなく扉を引いて、小さく息を呑んだ。そこにいた、白無垢を身に纏い、綿帽子を頭からすっぽり被って、楚々たる花嫁姿になった黎阿を見て。
 それはいつか、神楽で見かけた花嫁姿に良く似ていた。けれども今までに見たどんな花嫁姿よりも、今日の黎阿は由他郎の心を揺さぶった。
 これから、2人は並んで祝言の場まで歩いていく事になる。そうして祝言が終わっても、その先もずっと一緒に、寄り添って、永遠の道連れとして共に――その事実をしみじみと、噛み締めて。

「行こう」

 そうして当たり前の口調で差し伸べた手を、黎阿はしばしの間、じっと見つめていた。ちら、と眼差しを向けた先には、黎阿の付添い人として華やかな振袖姿でそっと隅に控える紗々良が居る。
 由他郎もそんな、華やかな妹に視線を注いだ。ちょっと疲れた顔色をしているのは、今日の日の為に村の女衆に言われるがまま、くるくると良く働いていたからだ。その姿を由他郎は見ていたし、心から感謝もしていた。
 けれども、と思う。黎阿の眼差しに気づいた紗々良の、眩しそうに目を細めた後でそっと顔を伏せる仕草がどこか、今までとは違う気がすると、幾度も考えた事をまた考える。
 一緒に神楽に出て、いつでも一番に守るのが当然の存在だった紗々良。それが変わったつもりはないのだけれども――紗々良にとっては、変わったのだろうか。それとも、由他郎の方が変わったと感じられているのだろうか。
 考えて、けれども良く解らないまま、黎阿へと視線を戻す。そんな由他郎を、黎阿がじっと見つめ返す。紗々良が気を使ったように、そっと部屋を抜け出していくのが目の端に見える。
 やがて、黎阿は差し伸べた手に手を重ねながら、綿帽子の下から微笑んだ。

「由他郎」

 確かめるように、噛み締めるように。
 名を呼ばれて、告げられる。

「何時までもよろしくね」
「‥‥‥」

 黎阿の言葉に、しばし、由他郎は思考を巡らせた。けれどもやがて、口の端にあるかなしかの笑みを浮かべる。

(『何時までも』なんてとっくに約束しているのに、な)

 永の道連れたるという事は、そういう事だ。だからこそ由他郎自身は、結婚と言う区切りを何時にするかなんて、あまり考えてはいなかった――その区切りをつけることによって、何かが決定的に変わるとは思えなかった。何も変わらないと思えるほどに、それは真摯な約束だった。
 黎阿が、その約束を自分より軽く見ているとは思わない。けれども、由他郎にはいまだに良く判っては居ないのだけれども、彼女にとってこれは必要な儀式なのだろう。ならば祝言を挙げると決めて良かったと、心から思った。
 つい、と重ねられた手を握って、引く。それに導かれるように一歩、踏み出した黎阿の肩をそっと抱き、その流れのままに綿帽子の下の彼女を覗き込むと、柔らかく口付けた。
 握ったままの手が、応えるようにぎゅっと由他郎の手を握り返す。そのささやかで、けれども確かな意思表示に、ほぅ、と胸の中で安堵の息を吐いた。そうして閉じた瞳の下で、黎阿の存在を全身で感じて、改めて誓いを紡ぐ。
 ――何時までも、飽きる程に何時だって、どうかきみと共に在れますように。






━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /  PC名  / 性別 / 年齢 /  職業 】
 ia5303  /  黎阿  /  女  /  18  /  巫女
 ia5334  /  由他郎  /  男  /  19  / 弓術師
 ia5542  /  紗々良  /  女  /  15  / 弓術師

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
そしてあの、えっと、宣言通り、以上に遅れに遅れて申し訳ございません‥‥(土下座

お兄様の晴れ姿、如何でしたでしょうか。
初めてお預かりさせて頂いた時、とても妹さん想いのお兄様なんだなぁ、と思ったのですが‥‥これからは、その相手に大切なお嬢さんが加わるのですね(微笑
面倒なんてそんな事はないのですよ、むしろジスーの都合であまりお話しして頂く事が出来ず、いつも申し訳ない気持ちで(ぁぁー

お兄様のイメージ通りの、大切な方と改めて未来を見つめる、決意のノベルであれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
水無月・祝福のドリームノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2011年07月12日

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