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『始まりの、その日。〜白に射す 』
黎阿(ia5303)

 春は、嫁入りには良い季節だ。寒くもなく暑くもなく、華やかに花が咲き誇り、木々はこれからの季節に向けて力強く若葉を芽吹かせている。
 そのせい、ばかりではないだろうけれども。

(‥‥ぁ)

 ふと町を行く花嫁行列に目が留まり、黎阿(ia5303)は眼差しをそちらへと向けた。しず、しず、しずと歩んでいく行列の中の花嫁は、白の練り絹で仕立て、白の絹糸で全面に細かな刺繍を施した、清楚で豪奢な白無垢で。
 頭をすっぽり綿帽子に覆われた、その表情はわからない。俯きかげんにゆっくりと、けれども一歩ずつ確実に、踏みしめるように進んでいくその先に待っているのは、彼女の愛する人なのだろうか。
 ぼんやりとそんな事を思い巡らせて、ゆっくり過ぎてゆく花嫁行列を眺めやる。目の端に揺れる、花菖蒲。その控えめで艶やかな色合いと、白無垢がゆっくりと交差して。

「‥‥白無垢が着てみたい、わ」

 気付けばぽつり、呟いていた。傍らを歩いていた由他郎(ia5334)が、僅かに足を止めて戸惑う気配を感じる。恋人の反応もさもありなんと、黎阿自身も自分の言動に苦笑と言うか、何ともいえないくすぐったさが込み上げてくるのを、堪えられなかった。
 今まで黎阿自身、特に興味を持って花嫁行列を眺めた事はあまりない。見かければ綺麗だと思うし、幸せになって欲しいと願ったりもするけれども、あまり気に留めた事がなかった、というのが正直な所だ。
 けれども。この頃何となく、その気持ちが変わってきた。なんだか以前よりもよく花嫁行列に目が留まるようになったし、花嫁衣裳を見てただ美しいと思うだけじゃなく、それを着ている自分を想像してみるようになった。
 そんな変化に気付くたび、黎阿が感じるのは言いようのないくすぐったさで。自分が確かに変わってきているのが解って、その変化をもたらしたのがたった1人の愛しい人である事に、自分自身でも驚きと、ふわふわするような心地を感じてしまう。
 そんな気持ちでついぽつり、呟いた言葉はけれどもやっぱり唐突過ぎたかしらと、何も言わない恋人に不安になった。

「ほらやっぱり、ああいうのを目にすると着てみたくなるものね。きっと、花菖蒲と合わせたらすごく、素敵だと思わない?」

 だからクスクスと笑って、冗談のように肩を竦める。着てみたい気持ちは嘘じゃなくて、花菖蒲と合わせればきっと美しいだろうと思ったのも嘘じゃなくて――けれども、やっぱり無茶を言っていると思ったから。
 白無垢が着てみたい、と。黎阿が言ったのはもちろん、ただ単に身に纏ってみたいと言うだけじゃない。その隣には花婿姿の由他郎がいて欲しいという、願いがちゃんとあるのだから――だから。
 それを冗談で終わらせて、恋人をからかって見せただけなのだと装おうとした黎阿は、次の瞬間、愕然と目を開くことになった――当の恋人の、予想外の言動に。

「良いんじゃないか。ただ、花菖蒲、は‥‥今から準備では、咲いてるうちに里に着くのは、間に合わないだろうが」
「‥‥え?」
「挨拶には、良い機会かもしれない、な‥‥」
「ゆ、たろう?」

 突拍子のなさすぎる話に、頭のタガが2〜3個ぶっ飛んじゃったのかしら?
 思わずそんな心配が首をもたげてくるほどに、それは黎阿にとっては予想外で、思わず訳も分からず叫び出しそうになる衝動をとっさに全力で堪えなければならないほど、激しい動揺を誘うものだった。何か言おうとすれば意味の解らない言葉の羅列になりそうで、堪えているうちに由他郎は紗々良(ia5542)を振り返り、手伝ってくれるか、なんて頼んでいる。
 こくりと、紗々良が無言で頷いた。その、動揺の色の見えない当たり前の表情は、兄と驚くほどそっくりで。

「紗々良‥‥良いの?」
「‥‥何かと、手が要るし‥‥‥」

 尋ねた黎阿に、尋ねられた紗々良はこくり、頷いてそう言った。確かに婚礼の支度には何かと手が要るものだし、黎阿とて仲の良い紗々良が居てくれた方が何かと心強いのは事実だが、黎阿が聞きたかったのはそう言うことではない。
 だがしかし、黎阿の動揺など置き去りに、話はとんとん拍子に進んでいく。ことは婚礼なのだからもう少しのんびり進めても、と当の黎阿が心配するくらいにあっさりと、兄妹の故郷への旅立ちの日や、着いてからの段取りが決まっていき。

(‥‥案外、簡単に決まるもの、ね)

 なんだかしみじみと見上げた青空は、夏の兆しを思わせて、晴れ晴れと澄み渡っていた。





 話自体はあっさりと決まったものの、帰郷自体はひどくのんびりとした旅路になった。花菖蒲にはどんなに急いだって到底間に合わないし、ほかに一刻を争うほど急ぐような事情もない。
 だから、萌え盛る初夏の緑を楽しみながら、一行はのんびりと由他郎達の故郷への道をたどった。幸い、道中はまるでこれからを暗示するかのようにお天気続きで、難儀するような悪路もない。
 そんな調子だったから、時折は街道沿いに建つお茶屋を冷やかしたり、道中の町で土産物屋をのぞいたり、黎阿にとっては一種の観光気分である。その中にはあるいは、辿り着いた先に待っている出来事が楽しみで仕方ない反面、拭いきれない一抹の不安があったのかも、しれないけれども。

「いきなり行って、はい祝言、ってわけにも行かないと、思うんだけど。大丈夫なのかしらね」
「支度は、みんな、手伝ってくれると思う――お衣装は、あるし」

 時々、時間を見つけては紗々良とそんな言葉を交わす。紗々良自身も婚礼の手伝いは初めてらしいのだけれども、訥々とそう語る言葉に嘘は感じられなかった。
 思い立ったが吉日とは言うけれども、一から白無垢を仕立てるなんて、黎阿達が故郷に向かうと決めたその日から取りかかったってとうてい間に合わないものだ。けれどもどうしてもの拘りがない限り、そう言ったものは母から子へ伝えたりするものである。
 由他郎が一見して無頓着ともいえる行動に出られたのも、そう言う事情があってのことだ――否、由他郎がそこまできちんと考えた上で、黎阿の言葉に頷いたのかは疑問だが。けれども、紗々良も特に心配はしていないようだから、きっと大丈夫なのだろう。
 だから黎阿は安心して、そう、と微笑んで頷いた。そもそも、黎阿だってご大層で立派な祝言が挙げたいわけじゃない。白無垢に身を包んで、愛する人の傍らに立てたらそれが、それだけが一番の幸せだ。
 そう、由他郎を振り返れば気付いた恋人と目があった。しばし、考え込むように見つめ合った後、伺うように微かに首をかしげてくる間合いは絶妙で。言葉はなくとも向けられている気持ちは痛いほど伝わってきて、くすぐったい気持ちになる。
 くすり、と知らず、苦笑が口をついて出た。

(高嶺の花が形無しね)

 たった1人に心を揺らして、嬉しくなったり、楽しくなったり。こんな些細な事で幸せになれてしまったり。黎阿が思い描いてきた理想の『イイ女』とは、きっと今の自分は程遠いけれども、そんな自分が嫌いじゃないからまた困るような、嬉しいような。
 だから内心では肩をすくめながら、浮かれた気分で由他郎の傍に歩み寄ろうとした。その瞬間、ばさり、と鼻先を叩くような勢いで舞い降りてきた1頭の龍が、2人の間にどっしりと着陸する。
 そうしてフン、と鼻息を吐き出して見下ろしてきたその龍・苑梨に、ひくり、と黎阿は口の端をひくつかせた。

(また‥‥ッ)

 苑梨は由他郎の龍で、もちろん黎阿も良く知っている。今回の旅にも、黎阿達は徒歩で向かうけれども、道中の荷物などを運ぶために苑梨もつれて来ているのだ。
 それは良い。それは良い、のだがしかし、何となく――というよりは何だかはっきりと、黎阿を目の仇にしているように思えるのは、絶対に気のせいじゃないと思うのだ。
 例えば今のように、ちょっと良い雰囲気になった瞬間に割って入ってくるとか。2人で居る時に由他郎を突付いて、注意を自分の方に引き付けたりとか。そういう些細な事の積み重ねに、苑梨に毎回邪魔されている、と感じるのは黎阿の嫉妬だけではない、と思いたい。
 けれども。苑梨、と由他郎がそんな愛龍の名を穏やかに呼んで、それからひょいと黎阿に眼差しを向け、まっすぐ手を差し伸べてくる――ただそれだけで、苑梨に感じていた怒りもあっという間に溶け去ってしまうのだから。
 形無しね、ともう一度、胸の中で呟いた。呟いて、けれども綻んでくる気持ちを抑えようとは思わぬまま、由他郎の手に手を重ねる。
 知らず、口をついて出た鼻歌はどこかで聞いたような恋歌。そんな旋律がついて出るくらいに自分は参ってしまって居るらしいと、また黎阿はくすりと笑みを零したのだった。





 辿り着いた恋人の故郷の村では、途中から先触れとして先行した紗々良の知らせのおかげで、すでにある程度の祝言準備は整っていた。白無垢は大切に仕舞われていた行李から取り出され、丹念に陰干しされて空気を通し、目立った虫食いなどは丹念に繕われている。
 この村に住む訳ではないとは言え、嫁になるのだからまずは挨拶から始まるのかと思いきや、だから黎阿が辿り着いてまず真っ先にやった事は、白無垢の仮合わせだった。

「丈は良いけれどね、裄がね」
「袖も伸ばした方が良いかしら」
「あ、あの‥‥?」
「‥‥‥」

 辿り着くなり村の民家の1つに連れ込まれ、あっという間に内掛けを着せられて、わいわい賑やかに針を打ちながら話す村の女衆に、ちょっと目を白黒させた黎阿を見た紗々良が何か言いかけて、無言で首を振る。逆らうな、ということらしい。
 そういう紗々良もどこか少し疲れの見える様子で、言われるままに色々と働いていたものだから、きっとここに至るまでに色んな事があったんだろうと想像し、黎阿は意見を求められた時以外は黙ってされるがままになっていた。それに、わざわざ口を出したいと思いもしないほど、その衣装は素晴らしいものだったから。
 大切にされていた事は、色あせも染みもない柔らかな肌触りの布地を見ればすぐに判る。丁寧に縫い込まれた刺繍は精緻で、素朴な柄だったけれども想いを込めて縫い上げられた事が、痛いほど伝わってきた。
 そんな衣装をまとって、愛する人と、愛する人の故郷で祝言を挙げる。これほどの幸せが、一体他にあるだろうか。
 衣装が仕上がるまでの間は、村で由他郎と共に挨拶巡りをした。村の人々はおおむね好意的に黎阿を迎えてくれて、時々は彼ら兄妹の幼い頃の話なんかもしてくれる。
 それは黎阿がすでに聞いていたものも、今まで聞いた事のない思い出もあった。1つ、1つ、そんな姿を知るたびに、自分の傍らに居るのがこの人で良かったと、思うのだ。
 ――やがて迎えた、祝言当日。
 白無垢を身に纏い、綿帽子を頭からすっぽり被って、楚々たる花嫁姿になった黎阿を迎えにきた由他郎は、それに見合う紋付き袴の晴れ姿。それは彼に良く似合っていたけれども、同時にどこか仮初めの姿にも思えた。

「行こう」

 ついと、木訥な言葉で差し伸べられた手を、見つめる。ここから2人は祝言の場まで、一緒に歩いていくことになるのだ。
 ちらりと、紗々良を見る。今日の彼女は花嫁の付き添い人。見知らぬ他人よりは心気安い紗々良の方が良いだろうと、今日は華やかな振り袖姿でそっと隅に控えていた。
 そんな紗々良を見て、これからは彼女とも義姉妹になるのだと、当たり前の事を噛みしめる。彼女が兄の事を想っているのは、日頃を見ていればよく解った。だから申し訳ない気持ちもあって、けれどもだからこそ仲良くなりたいと、今よりももっと仲良くなりたいと思っていて。
 そう、思っていたら紗々良がひょい、と眼差しをあげた。そうして黎阿と目が合うと、こくり、と首を傾げた後、ほんの少しだけ眩しそうに目を細めて、またそっと顔を伏せる。
 いつか、彼女にも永遠を誓う相手が現れるのだろうか。その時黎阿は、友人として、義姉として彼女を送り出す事が出来るのだろうか。
 そんな事を思い巡らせて、黎阿は目の前に立つ由他郎を見た。昨日までは、誰より愛しい恋人だった人。今日からは、誰より愛しい夫になる人。

(本当に、私で良いの?)

 今まで一度も口にしたことはないけれども、幾度も思ったことを今日も思う。私で良いの? なんて改めて聞くのも野暮な話だ。だって彼はすでに、黎阿を選んでいるのだから。飾らない言葉と率直な態度で、何度だって黎阿を想っているのだと告げてくれたのだから。
 だから、それでも自分で良いのかと不安を巡らせてしまうのは、黎阿の感傷なのだろう。あるいは、今の自分が幸せすぎて、不安になるのかもしれない。
 それでも。どうしても不安がよぎるから、だったら釣り合う女になれば良いじゃない、と思う。黎阿が、由他郎に釣り合う女になれば良い。由他郎を、黎阿に釣り合う男に引き上げれば良い。
 そうやって、これから一歩ずつ時を重ねていけば良いだけ、なのだ。だって今の黎阿には、こうして自然に寄り添っていられるだけで、十分に幸せなのだから。

「由他郎」

 だから、黎阿は差し伸べられた手に手を重ねながら、愛しい人の名を呼んだ。誰よりも愛しくなったその名前を確かめる様に、噛みしめるように呼びかけた。
 綿帽子の下からまっすぐに彼を見上げて、たった一言、微笑んで告げる。

「何時までもよろしくね」

 その言葉に、由他郎はかすかに目を瞬かせた。けれどもやがて、口の端にあるかなしかの笑みを浮かべると、重ねた手をそっと握ってつい、と引く。
 導かれるように一歩、踏み出したらそのまま肩を抱かれた。そうして流れるような仕草で綿帽子の下の黎阿を覗き込み、柔らかく口付ける。
 こういう。思いも寄らない予想外をしてくれるから、いつも黎阿のペースは乱されて。けれども乱されるのが嫌じゃなくて、むしろ嬉しいから困ってしまう。
 だからぎゅっと、握られた手を握り返した。言葉にして告げた想いが、手のひらからも伝わりますように。
 ――何時までも、私の傍らで寄り添っているのが、どうか貴方でありますように。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /  PC名  / 性別 / 年齢 /  職業 】
 ia5303  /  黎阿  /  女  /  18  /  巫女
 ia5334  /  由他郎  /  男  /  19  / 弓術師
 ia5542  /  紗々良  /  女  /  15  / 弓術師

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
そして、宣言通り(?)お待ち頂く事になってしまい、申し訳ございません‥‥(土下座

お嬢様の晴れ姿、如何でしたでしょうか。
お嬢様にお相手がお出来になった事を知った時と、そのお相手の方を知った時の蓮華の衝撃は、言葉には言い表せないものがございましたが(ぇ
これからも大切な方と手を取り合って、新しく出来たご家族と一緒に歩んでいかれるのだなぁ、と思うと蓮華もとても嬉しく、関わらせて頂けて本当に光栄です(微笑
試行錯誤でも一歩ずつ、進んで行かれる事を心からお祈りしております。

お嬢様のイメージ通りの、大切な方と改めて未来を見つめる、決意のノベルであれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
水無月・祝福のドリームノベル -
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舵天照 -DTS-
2011年07月12日

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