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『佳き門出の日のために 』
刈萱 菫(eb5761)

 空に浮かぶ島、天儀。
 かの地に満ちている精霊力は時として神秘の生物を生み出す。もふらさまと呼ばれる、犬に似た牛のような毛生物は精霊力が凝固して生まれるものと伝えられている。
 伝聞の域を出ないのは、もふらさまが自然発生的に生じる為で、気付いたら其処に居るからである。故に誰ももふらさまが生まれる瞬間を見た事がない。
 しかし、もふらさまが集まる場所は清浄な地である事が多く、人々はこの生物を『神の御遣い』と称し、敬い大切に扱っている。
 知ってか知らずか、当のもふらさまは至ってマイペースなのだけれど。

●不思議な依頼
 ジ・アースの中心から東に位置する国家、ジャパン。世界の極東の小さな国にも冒険者ギルドは存在する。京都と江戸、元首を掲げる二つの都市でジャパン冒険者ギルドは営業していた。
 そしてここに、不可思議な遠地での依頼をみつけた一人の女性がいた――

「もふら‥‥様?」
 求人募集を凝視して、刈萱 菫(eb5761)は首を捻った。
 聞いた事のない名前だ。係に尋ねれば「天儀で大切にされている神様の遣い」だと言う。尤も、係も実際に見た事がないので大した情報にはならなかったが。
「テンギ? へえ、神様なんですの?」
 依頼内容自体は容易いものだった。それどころか、髪結を生業とする菫に打って付けとも言える内容だ。
「祝言のお手伝いですのね? 一生に何度とない日ですもの。花嫁さんの思い出に残る祝言になるよう、お手伝いするわね」
 書類に契約の意思を示し、天儀の場所を係に尋ねる。説明に困ったか口篭る係へ、菫はあっけらかんと言った。
「依頼が出てるんですから、きっと月道で着く場所ですわね♪」

 そんなこんなで仕度を済ませ、天儀へとやってきた菫である。不思議と言葉も通じるし場所を尋ねれば親切に教えてくれて、ジャパンと然して変わりない。
(ジャパンには、もふらさまはいないけれど‥‥ね)
 まだ見ぬ神の御遣いを想像しつつ、菫は祝言の行われる村へと向かった。
 菫を載せた荷車が農道をのんびり進んでゆく。もふーもふーと荷車を曳いている動物が鳴き声を上げる。時々止まっては道端の草を食んでいるのが何とも愛らしかった。
「おじさん、この動物は何ていうんですの?」
 曳いているのは馬でも牛でもなかった。菫が知っている動物ではなかったのだが、異地からの客人とは夢にも思わぬ御者は、尋ねられ驚いて言った。
「お前さん、こりゃぁ、もふらさまじゃねぇかよ」
 ――神の御遣いが荷車を曳いていた!
 御者と話してみて菫に理解できたのは、もふらさまは神の御遣いであると同時に、人と共存して生きている動物だという事だった。菫の世界で言うなれば、神格化された牛のようなものなのだろう。
「これから向かう村のもふらさまも、この子のようなもふらさまなのね」
 のんびりのんびり、力強く荷車を曳くもふらさま。
 この動物に夫婦の絆を誓い合う新郎新婦――地に根ざした祝言の形に、菫は絶対に成功させようと改めて心に決めたのだった。

●もふらの前で愛を誓う
 菫が天儀を訪れて1ヶ月が経った頃――ひと組の男女が新たな家庭を築く日がやって来た。
「おめでとう。いよいよ祝言ね」
 この日の為にひと月かけて花嫁を磨き上げて来た髪結の菫だ。花嫁宅に泊めて貰い寝食を共にしてきた娘を、菫は妹を送り出す姉のような眼差しで見つめた。
 綺麗だった。
 良さを引き出す化粧、艶やかに美しく結い上げられた祝いの髪。
 花の盛りの年頃に、女の幸せと菫の技術が合わさって、花嫁は生涯に二度とはない最高のハレの日を迎えていた。
「菫さん‥‥ありがとう」
 両親への挨拶の前に菫へ礼を述べる花嫁は既に涙ぐんでいる。幸せになってねと寿ぎの言葉を贈り、菫は一足先に新郎宅へと向かった。

 新郎宅には村中の人が集まっていた。皆、この一ヶ月で菫とは見知りだ。
 この日ばかりは正装させられて緊張気味の新郎と、同じく飾り付けられた新郎側のもふらさま。
「もふたろ、今日はよろしくね」
「もふ」
 花嫁の到着を待ち、菫は祝言に重要な役割を果たすもふらさまに声を掛けた。
 飾りが崩れないように毛を撫でてやれば、甘えて声を出す。ジ・アースには居ない生物だが、もふらさまとは何と愛らしいものだろう。
 日頃は農作業などの力仕事にも従事させるもふらさまは、地に根付き人と共に生きる神の御遣いだ。指先から伝わるぬくもりを心地よく思いつつ、菫は花嫁の到着を待った。
「もふ」
 もふたろが鼻をうごめかした。花嫁側の先導が到着したようだ。
 先導のもふらさまと二匹並んだもふたろは新郎新婦の前に出る。人間と向かい合わせになると、夫婦誕生に挙げる祝詞を神妙な様子で聞き入った。

 祝言も無事終わり、無礼講の祝宴が始まった。
 一月の滞在で、菫も村の一員だ。打ち解けて宴に混じっている――が、菫は村を去る時が近付いているのを、ひしひしと感じていた。
「もふらさま‥‥変わった神様ですわよね。その土地にはその土地の神様がいるものですけれど」
 精霊力が凝固した存在と伝えられる、もふらさま。
 人智を超えた精霊力というもので生まれる神の御遣いは、人と共に笑い泣き、生活に根付いた存在。
 愛すべき毛生物に護られた村が、この先も幸せでありますようにと願いつつ――菫は江戸へ戻ったのだった。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃
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【eb5761 / 刈萱 菫 / 女 / 30歳 / 髪結】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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周利と申します。この度はご発注ありがとうございました。
犬のような牛のような、もっふもふの神の御遣い。
ジャパンの冒険者様ともふらさまの初遭遇、楽しく書かせていただきました。
発注者様にも楽しんでいただけましたら幸いに存じます。
水無月・祝福のドリームノベル -
周利 芽乃香 クリエイターズルームへ
Asura Fantasy Online
2011年07月13日

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