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『『アリススプリングス殺人事件』 』
東雲 辰巳(ea8110)
 アリススプリングスことアリスは、そう広くもない街である。
 今でこそ、開拓が進み、人も増え、それなりに住宅街が出来上がり、ロシアで言うところの『町』レベルにはなりつつあるものの、やはり都市に比べて、小さい。冒険者にしてみれば、依頼の舞台の1つでしかないくらいの大きさで、大事件がおきていた。
「レディが捕まったぁ?」
 領主の館‥‥と、木の看板が取り付けられた家で、顎を落とす東雲辰巳さん。これでもここ、アリスの領主様なんだが、どーみても嫁のケツに敷かれた昼行灯亭主と、アリスでは定説になっている。そのケツに敷いちゃった嫁はんが、とある事件の容疑者として、拘束されてしまったと言うのだ。
「状況を説明してくれ。今行くから」
 あたふたと用意をして、とっ捕まっている現場まで赴く彼。予想通り、現場では頭を抱える出来事が起きていた。
「っちゃー‥‥」
 暴れているのは、その奥方であり、実質的には管理責任者になってしまっているミス・パープルことレディさんである。
「だから、違うっつってんでしょーー!」
 何しろ、ライトハルバードを持たせたら、アリスで適う者はいないと言う豪腕(右腕限定)のお姉様である。暴れると手が付けられず、遠巻きにして見守っているのが精一杯と言う状況だ。
「レディさん、あのー、落ち着いちゃくれませんかね」
 まず声をかけて見るものの、頭に血の上っているレディさんは、声のボリュームを盛大に上げて、文句を付けてきた。
「聞いてよー。こいつらってば、このあたしを犯人扱いするんだもの。違うって何度も言ってるのに」
 びしぃっと指突きつけられる自警団と言う名の組織の皆様。町の警備と言う面では良くやってくれている事を知っている東雲は、眉根を曇らせながら問う。
「何の犯人なんだ?」
「殺人」
 ぷーと噴き出す彼。事情を整理するとこうだ。
 アリスの片隅で、とある御仁が惨殺遺体となって発見された。目撃者なし、凶器なし。この世界では、その先に続く手段として、過去見の魔法がある。セオリーに従い、その過去見で検証した結果。犯人の後姿として、パープル女史そっくりの姿が映し出されていたのだ。
「で、そのまま連行っと」
「違うって言ってんのに、さーっぱり信じてくれないんだものー」
 うきーっと牙を向くレディさん。そりゃあ、ライトハルバードもって暴れてる娘さんが、犯人じゃないと言い張っても、信用性は欠片もない。かてて加えて、それが素である事を、アリスの住人なら良くご存知だ。
「まぁ、普段が普段だしなぁ」
「何かおっしゃいまして?」
 ぎろりと睨まれて、慌てて「いえ、何も!」と直立してしまう東雲。こんな調子だから、誤解をされてしまうわけだが、さらに間の悪い事に、その日『何か慌てた様子の奥方様を目撃した』とか言われる始末。
「で、この死体が見つかったのは?」
「2日前の夜です」
 頭を抱えながら、「あう‥‥」と、間抜けな顔をする東雲。レディさんも、明後日の方向を向いているが、顔が赤い。
「どーすんだよ。その日って確か‥‥」
「えぇい、思い出さすんじゃないっ」
 顔の赤いまま、げしげしとツッコミを入れてくるレディさん。返す言葉のない東雲。彼女が疑われている理由が、なんとなく予想が付いたから。
「と、とにかく。彼女は無実だ。俺が保障する」
 ぐっと拳を握り締めて、大きく頷く東雲。そんな領主の姿に、当惑する自警団の方々。
「しかし、アリバイはないですし」
「いや! あるんだ! が、その‥‥ここで言ったら半殺しじゃすまないだけなんだ!」
 力説する姿が、周囲にいる人々の疑いを深めてしまった気もするものの、余り気にしない事にする東雲。
 ともあれ、仮にも領主の奥方様を、そんな簡単に殺人のかどで縛り首にするわけにもいかず、ひとまず保留として、家に帰す事になった。

 その日の夜半。
「で、どうするんだ?」
 居間に設えられた、風通しの良いベンチに腰を降ろしつつ、夜着に包まった東雲が問うてくる。
「どーもこーもないわよ。あたしをこんな目に合わせた犯人をとっ捕まえる」
 レディはと言うと、これまたジャパンから取り寄せたと思しき着物風バスローブを身に纏い、彼に答えていた。
「どうやって。俺達シーフ技能はないぞ」
 膝の上に手招きすれば、足音も立てず近付いて、その上に乗ってくれる。しかし、浮かべるセリフは凡そロマンとはかけ離れたもの。
「あんたは何を見てきたのよ。私が教会育ちなのに、どこのクラスを率いてきたと思ってるの?」
 その唇が、笑みの形に変わる。確かに、はるか昔、色々と指導をしてきた事はあるが、彼女の思惑通り行くのだろうか。
「犯人探しと敵地潜入は違うと思うが‥‥」
 ぼやく東雲の顔を、その腕の中に包み込み、大切なものを取り扱うかのように、優しく抱きしめて、彼女はこう続けた。
「似たようなものよ。お宝は人もモノも変わらない。さぁて、どうしてくれようかしらぁ」
 くくく‥‥と、見るものが見れば、悪魔の所業にしか見えない笑い声に、東雲は敵とは言え、デビルさん達がやな奴を的に回したんだろうなーと実感せざるを得ないのだった。

 まずは現場からと言う事で、2人は渋る自警団を脅‥‥言い含めて、死体が発見された場所へと赴いていた。
「この辺りか‥‥。明らかに、殺害場所ココじゃないわね」
 その場所を見るなり、一刀両断するレディ。
「そう言うものなのか?」
「みなさい。血の跡一滴も残ってないでしょ」
 怪訝そうに言う東雲に、レディは足元を指し示す。死体の姿そのままに記しつけられた周囲には、一滴の染みすらついていない。
「ふむ。言われてみればそうだな‥‥」
「ココとは別に、殺害現場があるはずよ。過去見の魔法じゃ、わからないかもしれないけど」
 撫でても見たが、ふき取った形跡はなさそうだ。確かに、誤魔化されてしまった可能性は充分にある。
「もう一度聞いてくる。行くか?」
「そうね。1人じゃ心もとないし」
 自分ひとりがいくら訴えた所で、通す可能性が低いのは、レディさんも承知しているようだ。そこで、東雲が事情を確かめに行くと、確かに死体だけがそこにあったと言う。過去見で映ったのも、死体発見場所とは別だったそうだ。そこで、その場所の情景を聞いてきたわけなのだが。
「アリスにこんな場所があったのか‥‥。これじゃ、見つからないはずだ」
 そこは、長くアリスの開発に携わった東雲とレディも、見た覚えのない場所だった。それほど広くなったのかと驚く東雲に、レディさんはそれよりも‥‥とこう続ける。
「もう少し丁寧に探せば、何か見つかるかもしれないわね」
「どうだろうな。隠す気になったものなら、見つからないだろうし」
 首を振る東雲。と、レディしばし考え込んで、じっと周囲を見回した。
「そうね‥‥。私が犯人なら‥‥。考えられるパターンはいくつかあるけれど‥‥。まぁ1つは私に罪を擦り付けてとんずらね」
 そのなすりつけ易そうな場所に立って見る。過去見で彼女が目撃された場所と同じ所。背中合わせに立ち、ぐるりと視界を補えあえば、検証の人間が分からなかった場所さえも、その瞳の中へと映ってくる。そう‥‥軒下や壁の隙間に魔法陣が描かれていたのだ。
「お、あったあった。これじゃ、過去見も阻害されるはずだな」
 結構な数を見つける東雲。未だ魔力が衰えていない所を見ると、過去見を変えたのは、これが作用していたに違いない。
「で、だいたいこう言うことを考えるのは、魔族の方々と」
 もっとも、そんな魔法陣は、教会や精霊魔術師、各種セージの方々が取り扱っているのは、あまり見た事がない。となれば、誰が書いたかは一目瞭然だ。
「けど、そう言った気配はないぞ」
「まぁそのうち出てくるわよ。どうせ、どっかに隠れて高みの見物。いい感じに崩れた所で、美味しくいただくってのがセオリーだし」
 気配を感じられない東雲に、レディさんはそう言って、自分も待つ事を選択するのだった。

 とは言え、根競べができるほど、2人‥‥特にレディさんのMPは豊かではない。日数も、だが。
「時間があんまりないわけなんだが」
 東雲が自警団からもぎ取った猶予は3日しかない。人通りのない路地裏で、半日レディさんと一緒にいると、なんだかけしからん真似に及びそうで、気が気ではなかった。
「仕方がないわね。いぶりだそうか」
「どうやって」
 ここには、彼らの気をひけるようなものはない。あるのは、石畳と謎の魔法陣ばかりだ。と、怪訝そうな東雲さんの前で、レディは持っていたライトハルバードをくるりんと回す。
「正体不明の妖怪変化つったって、痛けりゃ転がり出て来るでしょ」
「おわぁっ」
 慌てて避ける東雲。つい一瞬前までいたそこには、大きなひび割れが穿たれていた。
「えぇい、逃げるなぁっ」
「ひ、人を生贄代わりにしないでくれっ。本当に取られたらどうするんだっ」
 どうやら、領主の血を捧げて、デヴィルの一族を呼び寄せようと言うのだろう。しかし、そう簡単に酷い目に会えない東雲さんが、必死で逃げ回る。その間に、道端には幾つものひび割れと穴が出来上がって行った。その穴が、20を越えた頃、彼女は攻撃の手を止める。
「あれ?」
「どうした」
 それまで逃げ回っていたのはどこへやら、仲良く並んでレディさんの見上げた方向へと顔を向ける東雲。
「別の呼んじゃったみたい」
 後ろ頭に冷や汗らしき者が浮かぶ。そこには、アリスを守る精霊の使いと言わんばかりに、翼竜が舞っていたのだから。
「だから力押しはよせと‥‥」
「言ってないわよ」
 この期に及んで、レディさんに自分の行為に対する後悔の念はない模様。

 数分後、巨大な翼竜数十匹に追い掛け回されているご領主様夫婦の姿があった。
「どうしてこうなるんだ!」
 その気になれば、ティラノザウルスくらいは解体出来る2人なのに、何故逃げ回っているのか、不思議で仕方がない東雲さん。
「しょーがないでしょ。あれ、2人でやるの大変なんだから」
 ぶっちゃけレディが面倒がった為だろう。天空より舞い降りる翼竜達の群れは、戦い方を間違えると、あっという間に奴らの胃袋に叩き送られる。
「しまった。行き止まりか?」
 だが、そうして避けていても、何れは限界が来る。走りこんだ先は、アリスとの壁で仕切られた、水路の真上とも言える通路だった。
「こんな所にはなかったわよ。ああもう、絶対誰か糸引いてるわ、これ」
 レディも把握していなかった場所だ。触っている余裕はないようで、それがデヴィルの導きなのか、まやかしなのか、確かめる術さえない。
「誰もいないようにみえるが‥‥」
「姿を見せられるほどの子じゃないんじゃないかしら。そうね‥‥」
 周囲に人影はない。レディは上空を見上げていた。翼竜は、2人を品定めする様に旋回を繰り返す者ばかり。こちらに攻撃を仕掛けようとはして来ない。
「れでぃさん?」
 じっとそれを観察していたレディは、何かに気付いたようだ。傍らの東雲に向き直り、その腕に手をかける。
「自分が生贄になるのは尺だけど、自分以外の誰かなら、問題ないわよね」
 あくまのささやき。その視線の先は、水路に繋がっている。
「ましゃか‥‥」
「釣りにはえさが必要なのよ。逝ってらっしゃい!」
 スリットスカートから覗く綺麗なおみあしが、東雲を華麗に脚払いしていた。バランスを崩した東雲は、翼竜達が見守る中、豪快にダイブする。
「おわぁぁぁぁぁ」
 その水路が、湖から清流を引き込む為のものだった事が、せめてもの救いだろう。

 水路をたどって言った先は、鳥の巣の用に見える岸壁だった。見かけは、死体の見つかった路地の石畳によく似ている。
「よし、見つけた」
 レディが水路際から見上げ、ほくそ笑む。岩の上に、回収された幼鳥への餌のような体勢で連れ込まれている東雲を、捉えていたから。
「ここは、どこだ? あれ?」
 その東雲さん、蔦のようなよくわからないもので捕らえられていた。鳥のくせに頭は回るらしい。
「動かないな。んと、連絡用はと‥‥あ、生きてるか」
 もっとも、暴れない用に簡単に拘束されているだけで、喋れるし、その気になれば腰に挿した剣も手に取れる。そして、この期に及んでも、等の黒幕は姿を見せていない。
「やっぱりとことん高みの見物なつもりね。んー。どうしてくれようかしら」
 水路から見上げたレディも、それには気付いていた。と、その刹那、翼竜達が騒ぎ始める。隠す気のない彼女に気付いたらしい。いや。
「あ、動いた」
 巣の周囲には、魔法陣が描かれていた。そこから、淡い赤い光が現れ、東雲の動きをバインドと同じ効果で止める。しかも、そこから無数の手のようなものが見え隠れしていた。そして、まだ着たままだった東雲の武装をはがしにかかる。喉元には、まるでレディに見せ付けるかのように、鋭い爪をちらつかせながら。
「あら、やるつもり?」
 どうやら、自分は姿を見せず、東雲を人質に取っているつもりなのだろう。しかし、レディは自分の相棒をそんな目に合わせられても、眉1つ動かさなかった。
「レディ、お楽しみの所申し訳ないんだが、この連中、そこを撤収しないと、俺の事どーにかする気だぞ」
 痺れを切らした東雲が、水路に向かって催促すると。
「構わないわよ」
 無数の赤黒い手に、レディは笑みさえ浮かべている。「え」と硬直する東雲に、彼女はこう言い放った。
「美味しくいただかれちゃいなさい。別に気にしないから」
「そーだよなー。レディさんに、男の子の人質って意味がないもんなぁー」
 はふーとため息をつく彼。いつの間にか、武装どころかその下の服まで奪われちゃっているが、アリスの気温ではむしろ心地いいくらいだ。
「記録係でもつれてきた方が良かったかしら。ねぇ、さっさとやらないの?」
 挑発するようなレディさん。東雲も、そんな彼女の態度には慣れっこで「やさしくしてねー」と、逆に煽ってみせる。
 おてて達の動きが止まった。その対応に戸惑うように。その隙を、2人が見逃す筈がない。
「うし、今だっ」
「あたしにけしからん人質なんて、100年早いっ」
 東雲が魔法陣を踏み潰し、レディがハルバードを一閃させる。まるでその辺の草刈りをするように、謎のおてて達が薙ぎ払われた。翼竜達が護衛をするかのように向かって行くが、レディさんは東雲を背にかばいながら、こう叫ぶ。
「冗談じゃないわよっ。好きになんか、させないんだからっ!」
 ぶちり、と何かの切れる音がした。東雲だけが感じ取れるその音は、レディの口元から笑みが消え、ライトハルバードの威力を持って実証される。
「あれは‥‥!」
 その怒りの矛先が向いた翼竜の口元に、証拠となるべき犠牲者の遺品を、東雲が捕らえた。
「レディ、もういい。しっかり捕まってろよ」
「きゃ‥‥っ」
 自らを戒めていた蔓を解きつつ、東雲は暴れるレディを後ろから抱きしめる。そして、共に手にしたライトハルバードに、持っていた蔓をしっかりと結びつけた。
「ケーキ入刀と行こうじゃないか?」
「その割には、ごつい相手だけれどね」
 2人分の膂力が、ライトハルバードを加速させ、威力を増していた。蔓がしゅるしゅると伸び、落ちる翼と引き換えに、2人とも水路へとダイブする。
「東雲、よくやったわ。しっかり捕まっておきなさい」
「それはこっちのセリフだよ、我が姫」
 証拠となるべき品と、愛するものをしっかりとその腕に収め、アリスを支える水辺へと、2人は共に流されていくのだった。

 色々と酷い目にあったが、なんとかレディさんの疑いをそらす事は出来たようだ。
「と言うわけで、これが証拠よ。傷口とも合致するでしょ」
 そう言って、引っかかっていた証拠を渡すレディさん。合わせて、現場で見つけた魔法陣の写しを提出する。
「しかし、魔法陣とは‥‥。誰は書いたかもわかりませんし」
「んー‥‥。あの、実はな」
 ごねる自警団に、東雲は声を潜め、明後日の方向を向きながら、レディさんには聞こえないよう、左側に回りこんで、ごそごそと耳打ちする。
「ちょっと東雲。何やったんのよ」
「魔法のおまじない。まぁ、適当に言い含めておいただけだよ」
 ぷーと頬を膨らますレディさんに、東雲はそう答えた。何を言ったかは、自警団の面々が、何故かとてもにこやかな表情で、ひそひそと『いや、ご領主が非常にうらやましいですな』『奥方も奥方だったと言う事で』と、納得したような声を上げている所を見ると、何を囁いたかは憶測が付くと言うもの。
 結局、いつものようにうやむやになってしまうのだった。どっとはらい。
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2011年07月15日

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