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『またひとつ、幸せが生まれた日に 』
アーシャ・エルダー(ib0054)

 6月の花嫁は幸せになれる――まことしやかに囁かれる言い伝え。真偽を疑うような者などいないけれど、縁起を担いで6月に挙式する新郎新婦は多い。

 ジルベリア帝国の首都、ジェレゾの6月は1年で最も挙式の多い月だ。自宅を開放してのガーデンパーティーは勿論、借家住まいなら場所を借りてのささやかな宴もある。街角に新郎新婦の姿や、撒かれた花弁やライスシャワーの跡が残っているのも、この時期ならではと言えよう。
「懐かしいな‥‥覚えているか、アーシャ」
 幸せそうなウェディングドレスの娘と参列者を見つけ、セルシウス・エルダー(ib0052)は妻の耳元に唇を寄せて囁いた。ふふっとくすぐったそうな笑い声を立てて、アーシャ・エルダー(ib0054)は「勿論」と応える。夫の腕に自身の腕を絡め、甘えた顔で見上げて言った。
「あんな大変で‥‥幸せな経験、一生忘れたりはできないわ」

 二人が出会い、夫婦となるまでの、一生忘れがたき記憶を。

●出逢うはずもない二人が出逢ってしまったこと
 アーシャは森の中で嘆息した。
「参ったな‥‥」
 ジルベリア帝国の名門プレーヴェ家自慢の女丈夫、騎士アーシャが戦場で迷子になったなど笑い話にもなりゃしない。
 この日、アーシャは帝国騎士として異端討伐の為に遠征していた。見知らぬ地、敵を追いいつしか森に迷い込んでしまっていたらしい――しかも。
「ほんと、参ったな‥‥」
 テュール持つ身の本能が、胸騒ぎを感じていた。危険な何かが、いる。
 アーシャは辺りを見渡した。淀んだ気は右手奥、だんだん濃くなっているのは向こうが此方に近付いているものと考えて良さそうだった。一瞬、逆方向に逃げる事も考えたが、出口も判らぬ森の中。此処に住まうアヤカシ相手では、すぐに追いつかれてしまうだろう。
「仕方ない‥‥か」
 森を抜けられるかどうかは、目の前の戦いに勝利してから考えよう。まずは生き延びる事が先決だ。
 覚悟を決めて大剣を構えた――その時だった。

「誰か、いるのか」
 がさりと草を掻き分けて現れた若い男に、アーシャは釘付けになった。
 ――不思議な人。
 帝国皇宮では見た事がない装いの青年だった。異端との交戦中であれば敵である事も考慮すべきだったのかもしれないが、アーシャは青年の澄んだ緑の瞳に敵意がないのを感じ取る。
「‥‥‥‥」
 上衣の袖から覗く腕に紅い文様が彫られている。辺境の民だろう。
 燃えるような髪色に小麦色の肌、貴族趣味の過剰装飾などないシンプルな衣服から覗く無駄のない筋肉は、男がしなやかな身体の持ち主である事を示していた。手にした剣も相当の剛剣、かなりの遣い手に違いない。
 ――と、ここまで考えた、その時。
「大丈夫か。ここは危険だ、早く立ち去りなさい」
 青年の言葉に我に返った。
 そうだ、こんな事していられない!
「そう! アヤカシがいるわ、手伝って!」
 青年はアーシャと共に森の奥へと駆け出した。

 やがて、アヤカシを切り伏せた二人は森の入口に辿り着いていた。
「ここまで来れば道は判るだろう。気をつけて帰りなさい」
 明らかに帝国軍人の姿をしているアーシャに、青年は淡々と言った。尤もこれは青年の普段の口調なのだが――共に戦い、青年に好意を抱き始めていたアーシャは、むっとして彼を見上げた。
「まだ名前聞いてない」
「‥‥セルシウスだ」
 愛想無く返ってきた名に、アーシャは自分の名を教えて、セルシウスに再会を願った。
「また逢えないかしら。貴方ほど腕の立つ戦士は帝国にもいないもの、今度は手合わせをお願いしたいわ」
 アーシャがセルシウスの腕を認めたのは事実だし、手合わせをと願ったのも偽り無い気持ちだったろう。だけど、この時点で既に、彼女自身気付いていない何かが芽生え始めていたのだ。

●身分差以前の大問題
 異端討伐の一件から数日、アーシャは再び森の近くへ行ってみようと思った。
(遠駆けに出るだけだから)
 そう自分に言い聞かせ、侍女には遠駆けだと言い置いて、愛馬を駆って辺境へ向かう。
 既に心が動き出していた。

 森の近くを馬で暫く速歩させていると、セルシウスが現れた。
「また来たのか」
 何故か何処かそっけない。つい頬を膨らませて馬から下りたアーシャは、挑むような口調で言った。
「来たわよ。悪い?」
 その子供っぽい仕草に苦笑したセルシウスは、此方へとアーシャを森の外れに案内する。自然豊かな――人目を忍ぶに適した場所だった。
「あのな‥‥貴女は帝国の人でしょう。俺と会うのは拙いのではないのか」
「何故?」
 挑戦的に応えを返したアーシャに、セルシウスは自身の身元を告げた。
「俺はセルシウス・エルダー、【紅き渓谷のエルナン】の族長だ」

 エルナンは、その二つ名の通り赤土の渓谷に集落を構える、辺境の少数部族だ。人口は200人程度と少ないながら、武に秀でた勇猛かつ誠実な人柄の氏族である。
 先日討伐した異端達とは異なる部族ではあったが、エルナンは帝国に反旗を翻していないだけで与してもいない部族だ。皇帝カラドルフはベラリエース大陸統一を目指していたから、遅かれ早かれ、二人は敵対する運命にあった。

「‥‥知ってたの?」
「知るも何も、貴女の服装を見ればわかる」
 それはそうだ。アーシャは己が身を見下ろした。貴族の生まれとて彼女自身は飾り立てる事に興味はなかったが、それでも名門貴族の御令嬢に相応しい貴族風の衣服を纏っている。氏族ごとの特色が出た民族服とは異なるものであった。
「貴女は俺が辺境の民とは‥‥」
「‥‥判ってたわよ。でも皇帝陛下がお治めの部族かもしれないじゃない」
 アーシャは嘆息して――はっとした。
 気付いたのだ。自分の気持ちに。
「私‥‥これからもセルシウスと逢いたいわ」
「親しい者は、俺をセラと呼ぶ。アーシャもそう呼ぶといい」
 それが、二人の気持ちが通じ合った瞬間だった。

●困難を乗り越えて、遂に
 名門貴族の令嬢と辺境部族の族長の恋。
 二人の逢瀬は密やかに人知れず重ねられたが、いずれ人に知らさねばならない問題がある。結婚である。
 二人の結婚は当然猛反対された。特にアーシャ側のプレーヴェ家にとっては、帝国への忠誠と娘の幸せを天秤にかけているようなものであったから、各々の親族への説得は酷く難渋した。
 最終的にこの問題に終止符を打ったのは、セルシウスの覚悟とアーシャの父のエルナンに対する評価だった。
 武に秀で人品卑しからぬ部族エルナンが無血降伏し帝国傘下に入る事で、漸く二人の結婚は認められたのだ。

 花嫁が父親に付き添われ、ヴァージンロードを歩く。
 しずしずと純白のドレスが進むのは、長く赤い絨毯。天井は高く、ステンドグラスを通して差し込む光が、祝福しているかのように花嫁を彩る。
 かつて――皇帝支配の以前は教会だったと伝えられる場所で、アーシャとセルシウスは永遠の愛を誓った。
「いつもの格好も素敵だけど、今日も一段と素敵♪」
 夫の頬にキスした瞬間、父と親族、貴族のお偉方から嘆息が漏れたように思ったが、アーシャは気にしない。黒の礼服に身を包んだセルシウスは本当に素敵で――それにプレーヴェ家の縁で集まった貴族面々の誰よりも凛々しい。
 妻のキスで緊張が解けたセルシウスは、参列者の中に部族衣装を見つけて内心申し訳なく思った。己でさえ若干戸惑った異文化だ、部族衣装で参列した代表者達の戸惑いが容易に想像できてしまうというもの。しかしその心苦しさも、愛する女性を妻にできる喜びには勝らない。
 一生最大の果報を手に入れた男は、愛しい妻と過ごせる日々に感謝しつつ、生涯掛けて妻と部族に尽くす事を誓う。
 困難もあるだろう。だが必ずや乗り越えてみせる。今この時を迎えられた自分なのだから。

●エルダーの花嫁
 ジェレゾでの挙式を終えて、二人がまず向かった先はジェレゾ近郊のリゾート地だ。
「アーシャ、一般向けのホテルでいいのか?」
 家の別荘もあるだろうにとセルシウスが言うと、アーシャは肩を竦めて言った。
「せっかくセラと二人きりなのに、知った顔があったら気になるし」
 もうプレーヴェ家のお嬢様じゃないもの、エルダー家のお嫁さんだものと主張するアーシャの額に軽くキスを落として、小奇麗なホテルに誘う。一般向けとは言え貴族ご用達だけあってホテルのサービスは上々、暫し滞在し挙式の疲れを癒した二人は、ジェレゾへ戻る前にセルシウスの故郷へと足を伸ばす。
 白き花咲く湖――セルシウスと亡き母の、思い出の場所へ。

 清らかな眺めだった。
 湖のほとりに咲く白い花の群生は、花嫁のウェディングドレスに通じる清らかさで、自然が織り成す清純にアーシャは思わず息を呑んだ。
「綺麗‥‥」
「‥‥亡き母と、昔はよく遊びに来ていた」
 アーシャにも見せたかったのだとセルシウス。大切な人と過ごした場所を、今また大切な人と過ごしたかったのだと――言って、湖面に目を向けた。
「セラ‥‥」
 二人の間に漂う甘い雰囲気、少々のしんみりした空気もまた甘さを引き立てて――引き立てて?
 投網を引いた他部族のおじさんが通り過ぎて行った――
「‥‥え、何?」
「ああ、漁だろう」
 そういう意味ではない。セルシウスは慣れたものだが、甘い空気をぶち壊されたアーシャの驚きは――ご愁傷様。

 ともあれ。
 エルナンに到着した二人は先に戻っていた代表達や部族の皆に温かく迎えられた。部族の女達に連れて行かれたアーシャを微笑ましく見送り、セルシウスは代表達に導かれて訪れたプレーヴェの親族に挨拶を済ませて披露宴の手はずを確認した。
 アーシャの父に一言添えておく。
「エルナンの祝い方で披露宴をしますが、よろしいですね?」
「君の部族を理解する良い機会だ。楽しみにしているよ」
辺境の地という事もあり、親族の中には少々落ち着かない様子の者もいるようだ。部族式の豪快な料理を驚かなければ良いのだが。
 外では宴の準備が進んでいる。獣を丸焼きにする香ばしい匂いも漂ってきた。
「花嫁の仕度が整ったよ!」
 女達に先導されて現れたアーシャに、セルシウスをはじめ皆が感嘆の息を吐いた。
 エルナンの祝事に因む髪型に髪を整えたアーシャは、着慣れない装束に少し照れている。しかし蒼の髪に紅の装束はとてもよく映えて美しかった。
「似合うぞ、アーシャ」
 民族服を似合うと褒めるのは婚家を褒めるのと同じだ。父の言葉にアーシャは嬉しそうに微笑んだ。夫の反応を気にするようにセルシウスを見つめる。
「セラ?」
「綺麗だ、アーシャ‥‥俺だけの女神」
 セルシウスにはアーシャしか見えぬ。熱っぽく囁くと、肩を抱き寄せ頬に口付けた。
「行こう、俺の女神。皆が待ってる」
 広場で繰り広げられる祝いの宴。
 紅き渓谷のエルナンは情熱的な部族でもある。各々民族服に着替えた部族の者達は目出度い席を伝統舞踊で盛り上げ、部族のご馳走で持て成す。
「さすが族長の選んだ女だね、いい呑みっぷりだ!」

●思い出は幸せと共に
 獣の丸焼きや賑やかな宴会に最初は戸惑っていたアーシャも、すっかり馴染んで食欲魔人と化していたな――
 夫に頬をつつかれて、妻は子供っぽく頬を膨らませた。
「だって、お祝いだったんですもの! セラだって‥‥」
 羽目外しの記憶を掘り起こされる前にアーシャの口を優しく塞ぐ。互いに顔を見合わせて、二人はふふと微笑んだ。

 幸せは季節が作っているのではなく、幸せは二人が築き上げてゆくものなのだ。
 新たな夫婦もまた、この夫婦のように幸せであらん事を――



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ib0052/セルシウス・エルダー/男/20/騎士】
【ib0054/アーシャ・エルダー/女/20/騎士】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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周利でございます。ご発注ありがとうございました。
それぞれ別々のお品をとも考えたのですが、共通とさせていただきました。
思い出は、お二人に共有していただきたかったので‥‥
字数の都合上、少々駆け足となりまして申し訳ありません。

愛の力で、立ち塞がる障害を乗り越えた大恋愛。
舵天照の自由設定欄から伺える以上に大変な障害を乗り越えられたのですね。
その一端を描かせていただきました事に感謝を。いつまでもお幸せに♪
水無月・祝福のドリームノベル -
周利 芽乃香 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2011年07月20日

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