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『始まりの、その日。〜誓いの名前 』
玖堂 羽郁(ia0862)

 本邸の広い庭の中で、帝星の傍らに立ち、蒼穹を見上げて玖堂 羽郁(ia0862)はじっと、立ち尽くしていた。時折女房が飲み物を持ってきたり、下男が影を作るためにそっと傘を立てかけていったりするけれども、誰もがそれ以上に声をかける事はなく、微笑ましく見守るだけだ。
 何しろ羽郁にとって特別な日だと言う事は、屋敷の誰もが承知している。羽郁の大切な、大切な人が今日、ついに此処へとやってくるのだ。
 いつか、本邸へ来て欲しいと告げた羽郁の誘いに、佐伯 柚李葉(ia0859)が頷いてくれたのはこの春先の事だ。それから訪ねてくる日取りを相談して、ようやく今日の日を迎えて。
 だから羽郁はじっと、彼女の到着を待っている。彼女の愛龍・花謳の影が蒼穹の中に現れるのを、目を凝らして見つめている。

「‥‥あ!」

 時折喉を潤す以外は直立不動で、じっと見上げていた羽郁が不意に、小さな歓喜の声を上げた。応えるように身体を低くした帝星の背に飛び乗って、あっという間に空に向かって飛び立っていく。
 地上で、忙しく使用人達が動き始めたのは、気配で感じた。けれども羽郁の眼差しはただ一点、ようやく現れた花謳の龍影に注がれている。その気持ちに応えるように、帝星もまたまっすぐに花謳へと飛んでいく。
 ゆっくり、ゆっくり高度を下げてくる花謳の背に、目を凝らせば柚李葉の姿がはっきりと見えた。それにほっと息を吐いて、帝星を近付けるぎりぎりまで花謳へと近づけて。
 柚李葉もまた、羽郁の姿を見てほっとしたようだった。そっと、縋るように花謳の首に手を当てている彼女は、いつもとは違う大人びた服を身に纏っている。髪も梳って下ろしていて、ふわりと風になびいて流れていた。
 そんな様子に、ほっと笑顔になった。

「迷わなかった?」
「ううん。あの、もらった地図がすごく、解りやすかったから」

 そうして尋ねた言葉に、ふる、と柚李葉は首を振った。そっか、とその答えに羽郁はまた、安堵の息を吐く。出来るだけ迷い難いように空から見て解りやすい目印をつけたつもりだったし、この辺りで本邸はとても目立つから解るだろうとも思っていたけれども、それでもやっぱり、安心する。
 それから改めて、柚李葉を見た。いつもとは違う大人びた装い。自分の為に、本邸に訪れる為に装ってくれたのかと思うと、嬉しさが込み上げてきて、眩しいものを見た人のように目を細める。

「良く似合ってる」

 だから万感の想いを込めて告げると、ぽ、と柚李葉の頬が染まった。それはまったくいつも通りで、なんだか妙にほっとして。
 とまれ姉達も待っているからと、帝星の首をめぐらせた羽郁の後に、柚李葉と花謳がついてくるのを少しだけ振り返って確かめてから、羽郁は本邸の庭へと戻っていった。近付くにつれて飛び立ってきた庭が、今は2人を迎えるために準備がすっかり整えられている事が見て取れる。
 その、本邸を形作る対屋からは少し離れた広い庭に、羽郁は帝星を着陸させた。その背中から滑り降りると、すぐそばに花謳が舞い下りてきて、続いて柚李葉もまたその背から降りてくる。
 何か、言おうと口を開きかけて、けれどもそれは駆け寄ってきた使用人の「二ノ君様」という呼びかけに中断された。ん? と振り返ると使用人が、姉達が彼女の到着を首を長くして待っている、と耳打ちする。
 そうだろうな、と頷いた。頷き、帝星と花謳の事について幾つかの指示を出し、ついで柚李葉を案内させる女房を呼ぶように告げて、それから柚李葉を振り返る。

「柚李葉。すぐに案内の女房が来るから、先に父上達のところに行っててくれるかな? 俺も着替えたらすぐに行くから」
「う、うん」

 頷いた柚李葉は、けれどもちょっとだけ不安そうだった。そんな彼女を安心させるようににこっと微笑むと、小走りで自室へと駆け戻る。
 そうしてもどかしい思いで、けれども彼女の前でみっともない所は見せられないと、用意しておいた薄青の狩衣に着替えた。大切な、特別な客人を――未来の花嫁を迎えるのだから、彼女にはもちろん、彼女を見定めようとしている連中にだって、みっともない所は見せられない。
 だからいつもの狩衣から着替え、手早く片付けて姉達が待っていた部屋へと向かう。中に入ると、正面に羽郁と同じ様に普段とは衣装を改め、薄紫に銀糸で菊花を刺繍した狩衣姿の父・玖堂 紫雨(ia8510)と、唐紅に金糸で椿の刺繍を施した小袿姿の姉・玖堂 真影(ia0490)が揃っていて、柚李葉はその前に用意された円座にちょこん、と座ろうとする所だった。
 まずは父と姉に遅れた事を詫び、それから待たせてごめんね、と柚李葉に微笑むと、うん、と頷きが返ってくる。うん、と頷き返して彼女の隣の円座に自分も座ると、柚李葉がぴんと背筋を伸ばして父と姉に、ぺこり、と頭を下げた。

「このたびはお招き頂きまして、本当にありがとうございました。こちらは養母からです」
「佐伯殿が来られるのを楽しみにお待ちしてました。我が家と思って、ゆっくり寛いでください」

 すい、と柚李葉が差し出した菓子折りの箱を、受け取った紫雨が艶やかな笑みでそう告げる。それに安心したのだろう、柚李葉はほっとした笑顔になって、はたから見ていても解る位に肩の力をすっと抜いた。
 父の言葉か、もっと他の理由なのか。少なくとも、彼女から僅かなりと緊張が抜けたのは良い事だと、羽郁もまたほっと胸を撫で下ろす。
 そうしていたら、紫雨が申し訳なさそうに柳眉を曇らせて、これからまた仕事に戻らなければならない非礼を告げた。実は、と口を開く真影もその紫雨の手伝いで、また戻らなければならない事になっている。
 存外――と言うべきか。句倶理の長としての仕事は忙しく、それを引き継ぐべく今は補佐として動いている姉もまた、忙しい。それでも柚李葉を絶対に迎えるのだと、来客への礼儀以上の気持ちを込めて主張した2人である。
 だから、申し訳ないと頭を下げて揃って退出していく2人を、見送った。それから柚李葉を誘って、再び自室に戻り、本邸に保存してある自分達の絵姿を柚李葉に披露する。

「こっちが俺の元服の時。こっちが姉ちゃんの裳着で――」
「これは、子供の頃?」
「うん。庭で舟遊びをした時のかな。家族全員で描いたのもあるよ」

 柚李葉の為に作ったお茶菓子とお茶を出し、のんびりとした時間を楽しみながら、1枚、1枚解説する。件の舟遊びの絵姿は、家族全員と言っても母の姿はそこにない。自分達を出産した折に亡くなった母の絵姿は、羽郁が所有しているのは数えるばかりで、あとは全部父が大切に持っているのだ。
 だから見せられないのだと、残念な気持ちで柚李葉に告げると、彼女はふる、と首を振った。それからまた楽しそうに、優しい笑顔で広げた絵姿に眼差しを落とし、お茶菓子をほおばって幸せそうに目を細める。
 ――いつか。彼女が自分の、妻になる。姉のように、大切で大好きな家族になる。その日を羽郁はずっと、夢見るように待ち焦がれている。





 夕暮が近くなると、ひょこ、と羽郁の部屋に顔を出した真影に連れ出され、柚李葉は行ってしまった。夜には親戚達が集まって、ちょっとした宴会が開かれる事になっている。その為に柚李葉を飾り上げるのだと、気合を入れていた姉の姿を思い出した。
 一体、どんな衣装なのだろう。姉のことだから間違いなく、彼女によく似合う、彼女の魅力を引き立てる衣装を選んでいるに違いないけれども。
 あれこれと楽しみに想像しながら、羽郁もまた簡単に身なりを整えて、宴会の席へと向かった。すでに親戚達は集まっていて、羽郁の姿を見ると「これは二ノ君、ご機嫌麗しゅう‥‥」と声をかけてくるのに、失礼のない程度に応えて用意された席に座る。
 上座には、涼やかな笑顔を浮かべた父。さすがに年の功、というと怒られそうだけれども、紫雨はこういう席もすっかり慣れているのだろう、常に何でもない顔をして座っている。
 やがて、入口の女房が姉と、柚李葉の来場を告げた。その声に自然、宴席の眼差しが入口へと向けられ――そこに現れた2人の姫君に、ほぅ、とため息を漏らす。
 後髪を着けた真影の姿は、けれどもこの場に居並ぶ人々にすれば、それほどに珍しいものではない。次期長たる一ノ姫のことは、知らない者の方が少ないだろう。
 けれども。親戚達が集まった、今日の目的は二ノ君の未来の花嫁――柚李葉。彼女を見定めようと集まった人々は、現れた柚李葉の、青緑の布地に銀糸で藤花の刺繍を施した小袿を纏い、よく梳った髪を緩やかに流して藤の造花の簪を挿した、美しい姫君姿に圧倒された。
 そんな、輝くばかりの彼女の姿に浮き立つ心地を覚えながら、周りの反応を確かめて羽郁は胸の中で拳を握る。今日の宴席は柚李葉と言う来客を迎えた歓迎の宴であり、柚李葉を一族にお披露目する宴でもあった。
 真影に手を引かれてやってきた柚李葉は、たくさんの人に驚いた様子できょろきょろしながら宴席の間をすり抜け、羽郁の隣にちょこん、と座った。そんな彼女を紫雨が居並ぶ人々に紹介して、そうして宴会が始まる。
 運ばれてくる料理はどうやら、柚李葉の口に合ったようだった。いつしか黙々と、美味しそうに料理を口に運ぶ彼女を見て、羽郁もほっと笑顔を浮かべ、時折やってくる親戚達の相手をする。
 彼らがやってくるたび、少し身を硬くする柚李葉の手をぎゅっと握ると、ほっと息を吐くのが愛おしかった。そうして、ありがとう、と言うようにぎゅっと小さく握り返して、精一杯の笑顔を浮かべる彼女に、ドキドキした。
 けれども、すでに根回しがほぼ完了している事もあって、概ねは友好的に彼女を受け入れようとしている親戚達の中にあっても、彼女の生まれや、そうして今の家の事を良く思ってない人間は、いる。そう言った連中は姉と2人、時には紫雨も遠まわしに牽制し、彼女が萎縮しないよう、彼女の笑顔が曇らないようガードした。
 今も、佐伯の家の事を何くれと聞きだそうとしていた親戚を、やんわりと、けれどもきっぱりとした口調で退けた真影が、ねぇ、と何でもないことのように柚李葉を振り返る。

「柚李葉ちゃん。柚李葉ちゃんの笛、聴きたいな」
「え?」
「それは良い。佐伯殿が良ければ、笛の音に合わせて一指し、舞ってみようか――お前はどうする?」
「俺は柚李葉と笛を合わせてみようかな」

 同じくなんでもない事のように、真影の言葉に紫雨が応え、紫雨に尋ねられた羽郁が頷いた。そうして「どうかな?」と眼差しを向けると、うん、とはにかみながら柚李葉が頷く。
 こうやって。彼女が特別なのだと、自分達が示す事が何より彼女を守る盾になる。それは諸刃の剣でもあるけれど、同時に一番有効な盾である事はきっと、事実だ。
 だから、宴席の見える庭園で2人並んで餌を食んでいた、帝星と花謳の傍にそれぞれ寄り添って、各々の笛に唇を寄せた。姉が、嬉しそうにこちらを見つめる眼差しを感じる。父が舞うという話を聞いて、親戚達もお喋りをそっと潜め、扇を持つ紫雨に注目し始めた。
 その中で。柚李葉の澄んだ笛の音と、自らの奏でる笛の音が絡み合う様を聴きながら、羽郁はそっと瞳を閉じる。そうして瞳の裏に、同じく瞳を伏せて真剣に、祈るように、穏やかに笛を吹く柚李葉の姿を思い浮かべる。
 ――その日の夜、羽郁は姉と柚李葉が眠る部屋の、続き部屋で1人、床に潜り込んだ。いつもは真影と一緒に眠るのだけれども、姉が柚李葉と一緒に寝るんだと主張したから、自然と羽郁が隣部屋になったのだ。
 夜闇の中、たとい離れていたとしても、隣の部屋の話し声はすべてではないものの、何となく耳に届いてくる。

「――ありがとう、真影さん。真影さんの事、大好き‥‥幸せばかり貰って、ごめんね?」
「あたしも柚李葉ちゃんの事が大好き! 羽郁に負けないくらいね♪」

 くすくすと、笑い声に紛れて聞こえてくる、言葉。姉ちゃんは強力なライバルだな、と苦笑交じりに呟いて、羽郁は幸せな気持ちで瞳を閉じる。幸せだと、彼女が今の状況をそう感じてくれている事に、心からの喜びを抱いて。





 翌日は、朝から句倶理の里の案内に出かけた。携えていくのはもちろん、羽郁お手製の弁当だ。今日は藍色の狩衣姿で、橙色の布地に紅糸で椿の刺繍をした小袿姿の姉と、昨日と同じく大人びた装いの柚李葉の手を引き、歩く。

「句倶理は香が特産なんだ」
「屋敷の麓には香木の森があるの。帰りに案内するわね」

 そう言いながら姉と2人、いつもと変わらぬ賑やかな里を歩き回り、あちら、こちらと案内をして回った。まずは里人の集落を通り抜けて、畑や田んぼを見せ、その中にある調香工房に立ち寄って原料となる香木を特別に見せてもらい、合わせ終わった香を試しに聞かせてもらったり。
 そのどこに行っても、長の子である羽郁と真影は実に気さくに「一ノ姫様、ごきげんよう」「二ノ君様、お一ついかが」と声をかけられる。彼らと一緒にいる柚李葉も、大切な客人だと紹介すると、まるで自分の家族が増えたように暖かな眼差しで歓迎してくれた。
 そんな、句倶理の人々に感謝をしながら、羽郁は柚李葉の手を引き、きょろ、とあちらこちらを見回す彼女を案内する。自分の生まれ育った里を、その大切な場所を残らず、彼女に見せたいと思った。
 一通りを案内し終わると、そろそろお昼ごはんの頃合で。羽郁は柚李葉を屋敷の麓に広がる香木の森へと連れて行き、その中で力作のお弁当を広げる。いつも美味しいと言ってくれる彼女だから、今日も口に合えば良いと願いながら取り分けた。
 幸い、彼女は今日もいつものように、美味しいね、と微笑んでお腹一杯食べてくれる。それにまたほっとして、嬉しくなって、この森でどんな香木が取れるのかを説明すると、また嬉しそうに瞳を輝かせて頷いてくれる彼女が、好きだと思う。
 そうして本邸に戻ってからは、広々とした屋敷の庭を案内した。使用人達が丹精した草木や、庭の池や、東屋をぐるりと巡った後、今度は真影が本邸の四つの対屋を案内する。

「この西の対屋があたし達の部屋。南は執務関連の部屋があって、東には厨や浴室があるの」
「そうなんだ」
「北の対屋は父様の居室があるの。母様もそちらで暮らしてたんですって」

 対屋同士を繋ぐ廊を歩きながら、指をさして説明する真影に柚李葉がこくりと頷く。彼女が妻になったなら、同じく西の対屋に彼女も暮らす事になるのか、或いは新たな屋敷を建てるか、安雲の別宅を貰うのか。
 ぼんやりとそう考えて、どれが一番彼女が喜ぶだろうと、思う。どれでも彼女は萎縮してしまいそうで、けれどもどれでも喜んでくれそうな気がした。一番、彼女が喜んでくれるのはどれだろうと、だから真剣に考える。
 中も案内するわね、と真影が告げた。うん、と頷いた柚李葉が物珍しげに見回しながらついてくるのを感じながら、姉と並んで西の対屋に足を踏み入れようとした、その時だ。
 さっと、柱の影から現れた人影。掬い上げるように柚李葉を横抱きにして、あっという間に走り出した背の高い人物。
 何事かと全身に警戒を巡らせて、振り返ったその人影を見た羽郁は、愕然と目を見開いた――顔は見えなかったけれども、素早く柱の向こうに消えていったその人影を、まさか見間違えるわけもない。
 常に黒を基調とした狩衣を身にまとう人。

「父上‥‥!?」
「父様‥‥!?」

 ぴったりと、双子の驚きの声が重なった。そうしている間にも走り去っていく足音が聞こえて、慌てて真影と顔を見合わせ、後を追って走り出す。
 足音は、複雑に屋敷の中を走り回った。一体、紫雨がどうしてこんな事をしたのかは解らないけれども、幾らなんでも本人にすら断りなく横抱きにさらっていくなんてとんでもない話だ。
 走って、走って、走って。ついに北の対屋に入った辺りで、人影はもちろん足音すら聞こえなくなり、途方にくれて羽郁は足を止めた。

「王理。解るか?」
「まったく。北の対屋は父上の場所だもの」

 くるり、傍らを振り返って姉を呼べば、同じく途方にくれた様子で真影が首を振る。そうして「影真こそ、見当つかないの?」と邪魔な小袿の裾を持ち上げながら軽く睨んでくる。
 玖堂家の者だけがもつ、大切な相手だけに教える真名。2人きりで居る時は、彼らはその名で呼び合った。生まれる前から一対だった、互いの半身。この真名も、姉に王理とつけたのは羽郁で、羽郁に影真とつけたのは姉だ。その位、彼らは一対だったから。
 触れなくても、姿を目にしていなくても何となく存在を感じられる、想いが解る、そんな相手。お互いが何を想い、何を考え、何をしようとしているのかが言葉にしなくても判る――それは、こんな時にこそ身に迫って実感する。
 見当がつかないなりに、北の対屋を歩き回って、柚李葉の姿を求めた。打ち合わせずとも同じ部屋を覗き、同じ場所に向かい、それで居て互いを補うように動き。

「――影真。‥‥彼女に伝えてきなさいよ?」
「うん」

 ふいに、言われた言葉に主語はない。けれどもその意図はすぐに解って、羽郁は当たり前に頷いた。頷いた事を、確かめることもなく姉もまた、そう、と頷いた。
 真名。大切な人にだけ伝える特別な名前。信頼と、そして命すら委ねる意味を持つ――今は、姉以外は誰も知らない名。
 それを彼女に伝えることは、また一つ、自分の心を彼女にさらけ出す事になる。それは今の自分にとって、待ち遠しく、心震える瞬間だ。また一歩、自分が彼女に近付く。彼女に総てを明け渡す。そうして――彼女とより近しくなっていく。
 うん、とまた頷いた。頷き、それを告げようとして、ふと眼差しの先にようやく捜し求める姿を見つけ、声を上げる。

「あーッ!!」

 北の対屋の入口。ぺこんと、紫雨に頭を下げた体勢から驚いたように振り返った柚李葉。その前に立ち、驚くほどに優しい表情でふぅわり微笑んでいた父は――双子を見たその瞬間、確かに、してやったりと笑ったのだ。
 クッ、と呻いて柚李葉達の元に、姉とともに駆け出す。そんな羽郁達を見た柚李葉がきょとん、と目を丸くしていて、そうしてその間も走ってくる双子を見ながら、父はくすくす笑っていた。
 そんな父に、怒りを覚えながらも頭の片隅で、やっぱり父上だから仕方ないか、と羽郁は少し、考えていた。だって羽郁は昔から、この人にだけは敵う気がしないのだ。
 柚李葉の事は誰が相手だって譲る気はないけれども、それでも、その気持ちもまた彼の真実なのだった。





 それからしばらくして迎えた夕食は、柚李葉の好きな白身魚料理を中心にした、前日の宴会よりはささやかだけれども、気持ちの上では同じくらいに柚李葉への持て成しの気持ちに溢れた食卓だった。
 賑やかだった昨夜とうって変わって、部屋の中にいるのは柚李葉と羽郁、真影に紫雨だけだ。それに安堵した様子の彼女が、昨日以上に寛いだ様子で料理に舌鼓を打つのを、ほっとした気持ちで羽郁は見つめる。
 そんなささやかな夕食が終わった後、羽郁は柚李葉を誘って夜の庭へと2人で降りた。涼やか風の吹く庭は、昼間とは違った顔を見せている。
 そんな庭園の中を、2人、手を繋いで歩いた。昨日からの出来事を思い返し、ぽつり、ぽつりと語る彼女の言葉に頷いて、時折は顔を見合わせてくすくす笑い合って。
 月が、綺麗だった。さやかに輝く月を見上げ、目を細めた彼女の横顔を見つめて、柚李葉、と真摯な思いを込めて呼ぶ。
 はい、と。応えた彼女が、僅かに緊張の面持ちになって。胸の中で姉の顔を思い出し、大切に言葉を紡いだ。

「俺の真名は‥‥影真(かげざね)。この名に懸けて、改めて俺の心を君に捧げるよ、柚李葉」

 そうして、告げた言葉に柚李葉が、雷に打たれたようにびくりと震えて、無言で羽郁を見上げた。そう死ってじっと見上げていた、彼女の眼差しをじっと受け止めていたら不意に、その表情がくしゃり、と崩れる。

「あり、がとう‥‥羽郁、ありがとう。ずっと気遣ってくれて。大事な名前を教えてくれて‥‥」
「柚李葉」
「ありがとう、本当にありがとう。羽郁‥‥大好き‥‥」

 そう、呟いた声は震えていた。震える声で、震える両手で羽郁の両手をぎゅぅッと握り締める彼女の、泣き出す寸前のような笑顔に、こっちこそ、と胸の中で呟く。
 きっと、柚李葉の何倍も自分が彼女を想ってる。柚李葉の眼差しが自分の上に注がれる事に、この上ない喜びを感じている。
 だから、ありがとう、というなら自分の方だ。自分の気持ちに応えてくれて、自分の傍に居てくれて、近付こうと努力してくれて――それが幸いだと、思ってくれてありがとう、と。
 ぎゅっと、柚李葉の手を握り返した。そんな2人の様子をただ、さやかな月だけが空高く、見守っていたのだった。





 翌日。来た時と同じように、花謳に乗って帰って行く柚李葉を、羽郁は帝星の傍らで姉と一緒に見送った。父が「頂き物のお礼に、ご両親に」と渡していたのは恐らく、父自身が調香した薫物だろう。
 父と柚李葉は、果たしてどんな話をしていたのだろうか。それを、いつか彼女は自分に教えてくれる日が来るのだろうか。
 ふとそんな事を思い、けれどもふる、と首を振った。彼女の事ならなんでも知りたいと願うけれども、父が彼女に語った事は、きっと今はまだ、父と彼女の間でしか語られてはいけない事だ。あえて父が柚李葉をさらい、2人きりで話をしたという事は、きっとそういうことだ。
 だから。それを知りたいと願いつつも、聞いてはいけないのだと、思った。何があっても知るべきだと思ったなら、柚李葉は羽郁のためにそれを語ってくれるだろうから。
 花謳の背から、羽郁達を見つめて笑顔で大きく手を振る柚李葉に、だからただ手を振り返す。次に会える日が待ち遠しく、そうして決してそれが遠い日ではない事を、幸せとともに噛み締めて。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /   PC名   / 性別 / 年齢 /  職業 】
 ia0490  /  玖堂 真影  /  女  /  18  / 陰陽師
 ia0859  / 佐伯 柚李葉 /  女  /  16  /  巫女
 ia0862  /  玖堂 羽郁  /  男  /  18  / サムライ
 ia8510  /  玖堂 紫雨  /  男  /  25  /  巫女

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
そして、大変にお待たせしてしまって本当に申し訳ございません(全力土下座

大切なお嬢様をお迎えしての3日間、如何でしたでしょうか。
何と言いますか、藤の君様はいつでも雅だなぁ、としみじみ思う蓮華です。
まっすぐにまっすぐに笛吹きの巫女様を思っていらっしゃるご様子は、とても微笑ましいのです(微笑

藤の君様のイメージ通りの、新たな未来への誓いを込めたノベルであれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
水無月・祝福のドリームノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2011年07月21日

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