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『始まりの、その日。〜あなたの腕で 』
奈々月纏(ia0456)

 そこは、とある一軒家だ。天儀風の、決して大きくはない、落ち着いた佇まいの家。縁側から見える草木は力強く、そして静かに初夏の陽射しを浴び、緑を輝かせている。
 部屋に敷き詰められた畳は程良く風合いが出ていて、どこか落ち着く風情を漂わせていた。その中にちょこん、と座って、畳と、縁側と、その向こうにある明るい庭を眺めていると、心がゆっくり凪いできて、ふぅわり広がっていくような。
 そんな部屋の中に、藤村纏(ia0456)は座っていた。上座に2つ、並べて置かれたとっておきの座布団の上で、精一杯にお澄ましをして。俯きがちに、けれども心なし、背筋はしっかりと伸ばして。

「よぉ似合ってる」

 そんな娘を目を細めて見つめ、母がしみじみと呟いた。おおきにな、とはにかんだ微かな笑みを浮かべた纏に、ほんまによぉ似合ってる、と母はもう一度、噛み締めるように呟く。
 母の言葉に込められた、万感の思いを感じ取って、纏はまた笑みを浮かべた。浮かべて、おおきにな、ともう一度、同じように呟いた。
 ――今日、纏は祝言を上げる。身に纏っているのは真っ白な練絹に真っ白な絹糸で施された、精緻な刺繍が見事な白無垢で。綿帽子をすっぽり被って、髪をきっちり結い上げて、どこから見ても愛らしい花嫁姿。
 そっと、眼差しを滑らせれば纏の傍らに並んで座る、琉央(ia1012)の五つ紋が目に入った。ぴんと背筋を伸ばして座り、まっすぐに正面を見据える彼の眼差しは、纏の両親を見つめている。
 本当はとっくに、纏と琉央は結婚式を済ませていた。ほんの少し前、とある縁があって天儀の教会で、開拓者の仲間や友人達に祝福されて、それはそれは心暖まる、そうして賑やかな式を行ったのだ。
 けれども。遠く離れた地で行われたその結婚式に、纏の両親が娘の一生一度の晴れ姿を見ることは叶わなかった。ならば纏の両親に結婚の挨拶をしに行きがてら、もう一度、今度は纏の近しい身内の前でささやかな式を挙げようと、琉央が言ってくれたのだ。
 だから今、纏は大好きな両親の前で、白無垢に身を包み、琉央の傍らに座っている。二度目とは言っても、こうして改まった姿になるとやっぱり、先日と同じかそれ以上にドキドキと心臓がうるさく騒ぎ出して、纏はさっきからそれを宥めるのに必死だ。
 ふいに、琉央がすっ、と頭を下げた。纏の両親に向けて、深々と。

「娘さんは、幸せにします」
「――不束な娘ですが、末永く、よろしくお願いします」

 これまで黙って娘の花嫁姿をじっと見つめていた父が、そう言って琉央に負けないくらい頭を下げる。わずかに、声が震えていたように聞こえたのは、纏の気のせいだろうか?
 はっとして、目を瞬かせて父を見つめたけれども、再び顔を上げた父はいつもと変わらない調子だった。変わらない調子で、にこにこと微笑ましい眼差しを纏に向けて、幸せになりや、と笑う。
 だから、うん、と飛びきりの笑顔で頷いた。

「もう幸せ一杯やねんけど。ウチ、もっと幸せになるわ〜♪」

 そうして告げた、自分自身の言葉に恥ずかしく、そうして幸せな喜びで胸が一杯になって、纏は耳まで真っ赤になる。大好きな琉央の傍に、いつも居られて。大好きな琉央が、自分の事を大好きだと言ってくれて。
 それだけでも胸が一杯になるほど幸せなのに、これからの生涯を共にするかけがえのないパートナーとして、彼が自分を選んでくれた幸せ。それを誓う大切な式を、友人たちに祝ってもらえた幸せ。
 おまけに自分の両親たちの為に、今度は白無垢姿で、もう一度式を挙げてくれるという――これ以上の幸せが、果たしてあるだろうか。
 だから。溢れんばかりの幸せを顔いっぱいの笑顔であらわす娘に、良かったなぁ、と父と母もまるで、自分の事のように笑顔になった。笑顔で、もう一度琉央を見つめて、よろしくお願いします、と2人揃って頭を下げた。
 そろそろ、と縁側から声がかかる。見れば祝言の為、準備を整えてくれていた親類だ。彼女もまた纏と琉央を眩しそうに見つめた後、本日はまことにおめでとうございます、と深く、頭を下げる。
 ありがとうございますと、揃ってぺこり、頭を下げた。それから父母が腰を上げ、その後を追うように琉央と纏も立ちあがり。
 初めて着る白無垢にすっかり緊張してしまったものか、つん、と裾を踏んでしまう。

「わ、わ‥‥ッ?」
「‥‥と。纏、大丈夫か?」
「わわッ! う、うん、大丈夫やで!」

 わたわたと、踏みとどまろうとしてとっさに、傍らに居た琉央にしがみついた。そんな纏を危うげなく抱き止めてくれた琉央が、心配そうに纏の顔を覗き込んできたのに、ぽんッ、と音がしそうなくらい真っ赤になってわたわたと両手を振りながら琉央から離れる。
 くすくすと、微笑ましい光景に父母が笑うのが耳に入って、ますます纏は真っ赤になり、綿帽子の中に顔を隠すように俯いた。うぅ、と恨めしく白無垢の裾を睨みつけてみたけれども、それで何かが変わるわけでもない。
 ちら、と伺うように琉央を見上げると、ん? と返って来る柔らかい眼差し。それにまた真っ赤になって、纏はえへへ、と笑顔を返す。
 琉央と、付き合い出してからもうずいぶん経つというのに、すでに同棲もしていたというのに、彼が自分の傍に居て、自分が彼の傍に居る、と言う事に未だ、慣れない。いつでも、ちょっとした事でドキドキして――何気ない出来事のたびに、まるで初めて恋を知った少女のように、何度も琉央に恋をしている。
 それを知っているのか知らないのか、琉央は綿帽子の上からぽふりと纏の頭を撫でて、ほら、と手を差し伸べてきた。うん、と頷いてその手をそっと握り、今度こそこけないように慎重に、ゆっくりと歩き出す。
 そうしてご近所の神社で始まった式は、ひどくのんびりとしたペースで進んだ。2人で誓いの言葉を述べて、それから三々九度の杯を交わして。

「これを‥‥」
「あ、おおきにな♪」

 言葉少なに紅杯を渡した、巫女に朗らかに頭を下げる纏に、くすり、と微笑ましい笑みがあちら、こちらからこぼれ落ちた。それは傍らで、纏の先に三々九度の杯を飲み干した琉央も変わらない。
 三度、三度、紅杯を受け取るたびに礼を言い、お神酒を注がれまた礼を言い。けれどもお酒が苦手なものだから、三々九度と言いながらちび、ちびと一生懸命に、ゆっくりゆっくり飲み干す纏の姿にまた、暖かな笑みが漏れる。
 なんとか三々九度を乗り越えて、榊を納めるのにまたおろおろして、すべてが終わった頃にはなぜか、厳粛なはずの祝言の場には、ほんわりとのどかな空気が流れていた。纏らしいお式だったわねぇ、とにこにこ笑顔の母がくすくす笑いながら呟いている。
 それってどういう意味なんやろ? とほんの少し疑問は覚えたものの、多分褒められたのだろうと前向きに受け止めた。

「うん! めっちゃ楽しい、えぇ式やったわぁ」
「‥‥纏」

 だからそう笑顔で返したら、なんだか苦笑いをした様子の琉央が、傍らから見下ろしてくる。その眼差しをまっすぐ受け止めて、ぽッ、とまた少し頬を染めた纏の頬をそっと撫でた後、琉央は何を言うでもなくぎゅっと、来た時のように纏の手を握りしめた。
 そうして。ゆっくり、ゆっくりと歩んでいく2人の背中を見た父母が、ほんのり寂しさを滲ませた眼差しで、それを見送る。こればかりは、娘を送り出す親としてはどうしようもない、感傷のようなものだった。





 祝言の後は、ささやかな宴で2人の結婚を祝ってくれるのだという。その準備が整うまでは休んどき、と言われて纏と琉央はありがたく、別室で休憩させてもらう事にした。
 暖かなお茶と、ちょっとしたお茶菓子を運んできた母が、また呼びに来るな、と去っていく。これから宴が始まれば、どうせ主役の2人は食事をする暇などないのだから、今のうちに少しでもお腹に入れておきなさい、と言う母の気遣いらしい。
 ありがたく頂いて、お菓子の甘さにほんわりしていたら、良いご両親だな、と琉央がぽつり、呟いた。

「へ?」
「纏の両親らしい、暖かくて、ほんわりしてて‥‥」
「そ‥‥そうかぁ?」
「式も、本当に纏らしい式だったし、な。榊は逆回しにするし、礼の数は間違えるし‥‥」
「あ! あれは、その、緊張してたんもん〜‥‥!」

 一つ、一つ、楽しそうに数え上げる琉央に、纏は真っ赤になってもじもじと膝の上で指を動かしながら、上目遣いに琉央を見上げた。
 なにしろ、2回目とはいえ大好きな琉央との結婚式、なのだ。そんなの、何回やったって慣れるわけがない。傍らの琉央のパリッとした姿にどきどきして、耳をくすぐる誓いの言葉を述べる声色に頭が真っ白になって、榊を奉納する琉央の立ち居振る舞いに見惚れて、そうしていたら自分が次にどうしなければいけないのかなんて、頭からすっかり抜けて行ってしまうにきまってる。
 うぅ、と真っ赤になってしまった纏を、見下ろす琉央の瞳は優しい。優しくて、暖かくて――どこか、遠くを見ている。

「俺は‥‥俺にはあんな、暖かい家族は居ないから、な」
「琉央‥‥?」
「俺はあまり、家族というものには慣れてない。俺自身は父に母子共々捨てられたし、母からはそんな父への恨みつらみを聞かされて育った、から」

 そうして遠くを見つめたまま、彼の語った言葉に纏は瞳を揺らし、ぎゅっ、と胸元を握りしめた。琉央の家族の事情が決して、平穏無事な物ではなかっただろう事は纏だって、想像はしていたけれども。
 同じ音を持つ、琉央の弟の事を思い出す。琉央が、弟の事を恨んでいるようには見えなかった。見えなかった、けれども。

「これからは! ‥‥これからは、ウチが琉央の家族、やで?」
「‥‥纏?」

 ぎゅっと琉央の両手を握り、気付けば纏は必死の気持ちで、彼にそう訴えていた。胸が苦しくて、切なかった。今、目の前に幼いころの琉央が居たら、寂しさなんて感じる暇もないほどに、ぎゅっと抱きしめてあげられるのに。
 纏を見下ろす琉央の、びっくりしたような表情。それを見上げて、にこ、と纏は微笑んで。

「ウチらはもう、琉央のお母さんからもろた『奈々月』さんゆう、家族やろ? ウチの両親も、もう琉央の家族やし。ほんで、これからも新しい家族が、増えるやろう? どんどん、な? ‥‥ぁ、その、子供とか多い方が楽しいかなぁ、って」

 そう、語る纏の事を、琉央はしばし、びっくりした表情のまま見下ろしていた。けれどもやがて、口の端にふ、と小さな笑みを浮かべる。
 ぐい、と。強く、腕を引かれた。かと思った次の瞬間には、纏の体はすっぽりと、琉央の腕の中に収まっている。
 ぎゅっと、抱き締められた腕に力が、こもった。

「これからはずっと一緒だ。離さないからな」

 そうして、耳元でささやかれた言葉は、祈りにも、決意にも、希望にも聞こえる。これからはずっと一緒、だと。何があっても、纏を抱き締めてくれるこの力強い腕を、離す事はないと――纏がこの腕を、失う事はないのだと。
 それは何という、幸いだろう?

「‥‥うん、これからもよろしくな。旦那様♪」

 だから。嬉しくなって、纏は微笑み琉央の体を同じくらい強く、強く抱き締め返した。大きくて、頼もしくて、愛しい人。纏の最愛の旦那様。
 この人と、これからも一緒に居れる幸いと、一緒に居たいと想ってもらえる幸いを、ほんの少しだって零したりしないよう――精一杯に、強く抱き締めたのだった。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 /  職業 】
 ia0456  / 藤村纏 /  女  /  14  /  志士
 ia1012  /  琉央  /  男  /  18  / サムライ

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
そして、大変にお待たせしてしまって本当に申し訳ございません(全力土下座

大切な方との2度目の結婚式、如何でしたでしょうか。
お嬢様は蓮華の中では素朴な感じで、それでいてぽつりと大胆、というか‥‥うん、そんな感じです(何
きっとこれからもそんなお嬢様に、旦那様はヤキモキさせられて、それでも最後は惚れた弱みで許してしまうのだろうなぁ、と思うと微笑ましく(笑
また、お気遣いありがとうございました。
その節にはぜひともご縁が頂けますよう、心からお願い致します(ぺこり

お嬢様のイメージ通りの、ほんの少しの切なさも混じった、暖かな始まりのノベルであれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
水無月・祝福のドリームノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2011年07月25日

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