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『Happy birthday my dear 』
獅月 きら(gc1055)



 蝉が鳴き、陽射しが眩しい7月のある日。
 カンパネラ学園本校舎エリア研究棟地下層「特別監視域」を訪れた笠原 陸人は灰虎猫──Agと対峙していた。
 もう少し詳しく言うならば、両手で彼の前足の下を掴み、目の高さにぶら下げているのである。
「Ag、大変なことが起きたんだ」
 名を呼ばれた灰虎猫は、為す術なくダラーンとしている。
「きらちゃんがね『今度の土曜日の夕方、うちに遊びにこない?』って誘ってくれたんだ! しかも『お父さんもお母さんも旅行でいないから』って! さらにさらに『一人は淋しいし、どう‥‥かな?』って!! どうしよう! ねえ僕どうしたらいいと思う!?」
 きらちゃん──獅月 きらは同級生で、陸人の想い人である。最近互いの気持ちを確認出来たのも手伝って、少年のテンションは最高潮まで高まっていた。そう、両手で持ち上げた猫を揺すりながら疑問形を連発する程に。
「うにゃー」
 灰虎猫は至極迷惑そうであるが、それも意に介さない。
「そうだ! ねえ僕息くさくない?」
「うにゃん」
 至近距離で「はー」されて、Agは顔をしかめた。人間の数百倍の嗅覚を持つ身だ、どんな息だって臭かろう。
「ねえ、僕勝負パンツ穿いていくべきだと思う?」
 知らんがな。彼に口が聞けたなら、きっとこう言うんじゃないだろうか。
 いよいよ付き合いきれなくなったのか、Agは身体を捻った。
「あ、Ag?」
 手をすり抜け床に降り、彼の手が届かない本棚の上にジャンプして避難する。
 既に陣取っていた黒猫が、相棒の顔を覗き込んだ。
 ──リクト、どうしたの?
 横で丸くなった灰虎猫は、大きな欠伸を一つする。
 ──コイワズライってやつだと思うぜ。
 
 さて、そんなこんなで『今度の土曜日の夕方』は、あっという間にやって来て。
「毎度ご乗車ありがとうございます。次の停車駅は──」
 郊外行きのチューブトレインで、座席を確保した陸人は、身体を捻って窓の外を眺めていた。身につけているのはさんざん悩んで決めた、お気に入りのTシャツとジーンズだ。
「のどかだなあ‥‥」
 都心を走る通学路線と郊外線は、窓の外の景色も違う。
 駅をひとつ過ぎるごとに緑が濃くなり、ごちゃごちゃとした建物が少なくなってゆく。代わりに現われたのは、ゆったりした敷地を持つ家々だ。
 手入れされた庭木の隙間から顔を出す、三角屋根や切妻屋根。線路脇の歩道にはレンガが敷き詰められ、高級犬を連れた老夫婦が歩く様が見える。
「なんか‥‥ウチの近所と雰囲気が違う‥‥」
 俗にいう高級住宅街の雰囲気に少しばかり怖気づく、生まれも育ちも庶民な少年。
 その背中を車内アナウンスが、そっと押した。
「間もなく、○○駅に到着致します‥‥」
「あ、降りなきゃ」
 陸人は座席から立ち上がった。膝の上の小さな花束も、忘れずに持つ。生まれてはじめて花屋さんに入り、作ってもらった品だ。
『ほー、彼女サンの家にお呼ばれしたと。いいかリク、間違っても手ぶらで行くなよ? 花のひとつでも持って行け?』
 兄のアドバイスを信じたはいいものの、不安は拭いきれない。
「ジュンキの言う事信じて花なんか買ったけど‥‥喜んでくれるのかなぁ」
 手の中の花は何も言わず、甘い香りを漂わせていた。



 人造大理石をトップと流しに、収納の扉には天然木を用いたキッチンキャビネットは、きらのお気に入りだった。
 縦長の窓から見える庭の緑も相まって、幼い頃に住んでいたイギリスを思い出させてくれるからだ。
「ナツメグと‥‥シナモンと‥‥スパイスはあまり強くないほうがいいかな」
 そんな彼女の手元のボウルに入っているのは、挽肉とバターで炒めたみじん切りの玉葱。白い手が捏ねるたび素材はまとまり、つやのある「タネ」になってゆく。そしてまるく形づくられ、ホウロウのバットにお行儀よく並べられた。
「ん、いい感じ」
 その横では火が入り、十分温まったフライパンにバターが溶けている。きらの手が生のハンバーグを、一つずつ丁寧に乗せた。
「さて‥‥と」
 そこに作りつけのオーブンが、タイマーの切れる音と甘い香りできらを呼ぶ。天板の上に並んだパン種は、皆ふっくら膨らんで美味しそうだ。
「上手に焼けました♪」
 きらはキッチンミトンを嵌めて扉を開き、パンを取り出した。
 冷ますための網に並べたところで、壁付のインターホンが来客を報せる。
「はーい」
 ミニモニターが映しだすのは玄関先の様子だ。緊張した面持ちで、同級生が立っている。
「りっくん、今行くねー」
 マイクに返事し、少女はフライパンの火を止めた。それからエプロンを外して、ぱたぱたとキッチンを出た。
 時計の短針が指すのは、6と7の間。まだ西の空がほんのり明るい、そんな頃合いである。

 はじめて訪れた同級生の自宅に、陸人は驚いていた。
 石造りの門柱に、陸人の背と変わらない高さの門扉。それも美術の時間に習った「あーるぬーぼー」風のモチーフがついた優雅なデザインである。
(‥‥すっごい‥‥外国のお屋敷みたいだ‥‥)
 繊細な格子ごしに見える庭には、色とりどりの花が咲き乱れていた。その花たちの中から
「りっくん、いらっしゃい」
 きらは、現われた。
「今日も、暑いね」
 門扉の内側からロックを外し、陸人を手招きしてくれる。
「あ、きらちゃんっ。お招きありがとうっ」
 今日の彼女は、学園でも依頼でもあまり見ないワンピース姿だった。裾と袖口の控えめなレース使いが可憐な少女らしさを引き立てている。
(髪型も‥‥いつものツインテールもいいけど‥‥今日のもオトナっぽくていいなあ‥‥)
「こちらこそ来てくれてありがとう‥‥って、りっくん、どうしたの? 私の顔に何かついてる?」
「え、いや、そうじゃなくてっ」
 小首を傾げる想い人に、陸人はうろたえた。バカ正直に「可愛いからぼーっと見てました」と言えるほどず太くはないようだ。
「あ、そうだ、これねっ、おみやげっ」
 空気を切り替えるのを狙って、花束を渡す。そしてその思いは
「わあ、夏のお花だね! ありがとう!」
 少女の輝く笑顔で、報われた。
「よかった、喜んでくれて」
「うん、嬉しいよ。ね、立ち話もなんだしおうち入ろ?」
 きらは片手で花束を大事に持ち、片手で門扉のロックをかけた。そのまま陸人の半歩だけ前を歩く。花々の間を縫う、テラコッタを敷き詰めた路を。
「すっごい庭、だね‥‥植物園みたい‥‥」
「やだりっくん、植物園は大げさだよ? お花はね、お母さんが大好きなんだ。私も時々庭いじりのお手伝いするんだよ‥‥ほらあそこに植わってるハーブは、料理にも使いたいから私が植えたんだ」
 細い指が示す先には、緑色の葉が風に揺れていた。花は控えめだが、爽やかな香りが側を通ったふたりの鼻をくすぐる。
「いい匂い」
「ミントの匂いだね」
 テラコッタの路が終わり、目の前に建物が現われた。木扉の真鍮の把手を、きらが引いた。
「さ、どうぞ」



「今日はりっくんと一緒にごはん食べようと思って、頑張って準備しといたんだ。楽にして待っててね」
 きらがキッチンに消え、ひとり残された陸人は傍目にも分かるほどに緊張していた。
 女の子の自宅にお呼ばれ、という事実に加え
(リビングだけで僕んち全部入っちゃいそう‥‥)
 海外ドラマか映画に出てきそうなリビングルームに圧倒されていたのだ。
 今座っているソファの座り心地も、自宅のそれとは全然違う。ホームセンターで買った品でないことは間違いない。
 天井付近の壁にぽつぽつと並んだ柔らかい灯り。大きなおうちは天井から蛍光灯で照らしたりしないらしい。
 壁際に作りつけられたサイドボード。余計な物は置かれておらず、。乗っているのはたくさんの写真立てだけで──。
「‥‥?」
 手前の写真は、カンパネラ学園の制服を着たきらと、両親と思しき男女だった。入学した当初に撮影したのか、表情は今より幼い。
「きらちゃん、写真見せてもらってもいい?」
「はーい」
 返事を待ち、陸人は立ち上がった。
 写真はどれも、きらのものだった。いちばん幼いきらは強張った顔で、正装した両親と並んで映っている。七五三だろうか、着物姿のきらの表情は幾分和らいでいた。私立中学の制服のきらは、恥ずかしそうな笑顔。直近の写真では、屈託なく笑っていて──。
(どのきらちゃんも可愛いなあ‥‥)
「そこにあるのは、日本に来てからの写真だよ。お父さんが写真好きで、たくさん撮ってくれるんだ」
 キッチンから出てきたきらが、陸人の背中ではにかんだ笑みを浮かべる。アンティークホワイトのエプロンに、ガラスのサラダボウルを持った姿に、少年はわかりやすく頬を赤らめた。
(エプロン‥‥エプロンのきらちゃんが手料理‥‥僕のために手料理‥‥)
「‥‥くん」
 身長164cmの陸人より、きらは少しだけ背が低い。すぐ傍に立つ彼女の髪からは、甘い香りがした。
「‥‥っくん?」
(女の子って‥‥いい匂いするなあ‥‥)
「りっくん? どうしたの?」
「あ、ごめんっ」
 妄想と幸せに浸っていた陸人は、3度名を呼ばれて我に返る。
「お待たせ。ごはん、できたよ」
 目の前にも変わらずある、シアワセのカタチ。
 だが陸人の心には、ささやかな、だが新たな不安が宿っていた。
(‥‥フォークとナイフとかいっぱいでてきたらどうしよう‥‥? 外側から取るんだっけ?)
 幸い、それは杞憂で。
 ソファから少し離れたダイニング・テーブルに並べられたのは、ハンバーグにコーンスープにサラダのボウル、かご盛りの手作りパン、そしてお箸だった。陸人が持ってきた花も花瓶に生けられ、端っこに座っている。
「りっくん前ね、お弁当のハンバーグ好きだって言ってくれたでしょ? だから今日はハンバーグにしてみたんだ」
「すっごい‥‥レストランみたい」
「嬉しいな、そう言ってくれると頑張ってよかったって思える」
 きらは微笑んで、冷蔵庫から取り出したりんごジュースをグラスに注いでくれた。
 足のついた繊細なグラス。注がれたジュースが、何故か特別な飲み物に見えてくるから不思議だ。
「きらちゃんと一緒にご飯食べるの、はじめてだね」
「そうだっけ? 依頼の時一緒にレーション食べたりしなかったかな」
「や、そういう意味じゃ、なくて‥‥」
 ──何ていうか、こう、デートって感じの?
 言いかけて口ごもる陸人を察したのか、きらがグラスをそっと上げた。
「ん、そうだね。じゃあ、りっくんと一緒の夕食に、乾杯しよっか」
「うん、じゃあ‥‥乾杯」
 かちん、と硝子が音を立て、そこに二人の声が重なる。
「いただきまーす」



 当初哀れなほど緊張していた陸人だったが、手作りの夕食は心をほぐす効果を持っていたようで。
「美味しい!」
「よかった、今日はね、パンも焼いたんだよ。あったかいうちにどうぞ」
 何しろ料理はどれも、きらが時々作ってくれるお弁当と根っこが同じ優しい味。
「すごいね! パンって家でも作れるものなんだ!」
「慣れると簡単なんだよ。じゃあ今度のお弁当は、サンドイッチにしてみようか」
 次第に雰囲気も、学園で過ごす昼休みと変わらない、くつろいだものとなりつつあった。
「戦術論の小テスト、どうだった? 僕ね、応用問題がわかんなくて『気合と根性』って書いて出したら1点だけもらえた」
「1点もらえたんだ、よかったね。そうだね、わからないときは何か書いたほうがいいね」
 ‥‥とりあえず陸人は、点数をくれた先生にも、微笑んで話を聞いてくれるきらにも感謝するべきである。 
 
 楽しいお喋りとともに、皿の中身は順調にお腹におさまってゆく。
 サラダのボウルが空になり、パンがひとつ残らずなくなり、コーンスープボウルの底が見えるようになり
「美味しかった!」
 そしてハンバーグの最後の一口を飲み込んだ陸人は、満足そうに箸を置いた。
「ごちそうさまー! すんごい美味しかったー!」
 大事なことだから2回繰り返す様に、きらが嬉しそうに頷く。
「よかった。じゃ、片付けちゃうからちょっと待っててね」
「あ、僕も運ぶよ」
 椅子から立ち上がり、食器を重ね始める少女に、少年が倣った。
「りっくんはお客様なんだから、座ってて?」
「や、いつも兄と交代でやってるから落ち着かなくてさ。迷惑でなきゃ、手伝わせて」
 それは本当なのだろう、陸人の手際は妙によかった。
「じゃ、キッチンまで運ぶの、手伝ってもらおうかな」
「何だったら洗うのもできるよ? ジュ‥‥兄は雑で大雑把だから、だいたい僕が洗ってるし」
「ありがと。洗うのは機械があるから大丈夫だよ」
「いいなあ食器洗い機! ウチも欲しいんだよね」
 ストレートに羨望を表す陸人にある種の微笑ましさを感じつつ、きらは皿をキッチンに運びこむ。
 陸人から受け取った皿も合わせて洗浄機にセットし、スタートボタンを押す。
「ありがとねりっくん。お茶入れるから、テーブルで待ってて」
「あ、うん、おかまいなくー」
ダイニングへ戻ってゆく背中を見ながら、彼女は気がついた。
(私‥‥今日、いっぱい笑ってるなぁ)
 両親の旅行がもたらした、ありふれた、でもかけがえのないシアワセな時間。
 そして今日伝えたい事が、まだひとつ残っている。
(ん、りっくん、ちゃんと座ってる)
 ダイニングの陸人を確かめ、きらは冷蔵庫から大きなバースディケーキを取り出した。
 18本のろうそくにキャンドルライターで火を灯し、室内の間接照明のスイッチを消す。
「わ、停電だ! きらちゃん、大丈夫!? こういう時は落ち着いてっ‥‥て、あれ?」
「りっくん、大丈夫だよ。電気消しただけ」
 ものの輪郭がうっすら見える程度の暗がりの中、きらは、ろうそくを灯したケーキを運び込んだ。
「え? これって? 僕の?」
「素敵な、1年になるといいね。‥‥これからも、りっくんと一緒に入られると、いいな」
「きらちゃん‥‥」
「さ、ろうそく、ふーってしよ? ハッピーバースディ、歌ってからね」

 Happy Birthday to you
 Happy Birthday to you
 Happy Birthday Dear りっくん
 Happy Birthday to you

 可愛らしい歌声が響き、18個の小さな灯りが、一息に全て消えて──
「りっくん、誕生日、おめでと!」
 少女の祝福で、少年の新たな1年は、始まったのだった。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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gc1055/獅月 きら/16/女/ハーモナー
gz0290/笠原 陸人/17/男/ドラグーン

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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きらちゃんこんにちは! クダモノネコです。
納品遅くなり申し訳ありませんでした! 楽しんでいただければ幸いです。
水無月・祝福のドリームノベル -
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CATCH THE SKY 地球SOS
2011年07月25日

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