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『夏のシュトルヒ 』
冴木 舞奈(gb4568)

 ドンッドンッドンッ! ピーヒャララ――
 ラスト・ホープ(L・H)の広場に景気の良い太鼓の音が響き渡り、誰が吹くのか笛の音がお祭り気分を一層盛り上げる。
 とうに日暮れ時を過ぎていたが、ズラリと並んだ提灯や屋台の電灯が広場を煌々と照らし、周囲は昼間の様に明るい。
 辺りは浴衣姿の家族連れやカップル、友人同士などのお客で大盛況だ。
「しかしこうして見ると、まるで日本に戻った気分やなぁ」
 たこ焼き、りんご飴、お面に綿菓子、金魚掬い――昔懐かしい屋台の列を眺めつつ、冴木氷狩(gb6236)は並んで歩く愛妻の冴木 舞奈(gb4568)に話しかけた。
 長く伸ばした黒髪、女性と見まがう整った容貌。以前に歌舞伎の女形を演じた経験からか、なまじの女性より艶っぽい仕草。
 一方舞奈はといえば、茶色のセミロングをリボンで結わえ、青い浴衣がよく似合う、まだ女子大生のような美少女だ。
 端から見ると女友だち同士に間違えられそうだが、2人は立派な夫婦である。

 お互い普段は依頼や大規模作戦で世界各地を飛び回る能力者の傭兵夫婦だが、今夜はL・Hの広場で日本風の夏祭りが催されると聞き、「たまには息抜きに」――と揃いの浴衣姿で会場へ足を運んだのだ。
 
 甘いチョコとフルーツの香りが氷狩の鼻腔をくすぐった。
「お、チョコバナナや。舞ちゃん食うか?」
 一軒の屋台で足を止め、妻に尋ねる。
「……ううん、舞奈はいいや」
 なぜか申し訳なさそうな顔で、彼女は首を横に振った。
(妙やな……いつもなら甘い物には目がないのに)
 今日の昼食も舞奈があまり箸をつけなかったことを思い出し、氷狩はにわかに心配になった。
 能力者といえども人間である。非覚醒状態でも常人離れした体力を有する、いわばスーパーマンのような存在だが、稀に何かの原因で体調を崩すこともある。
「食欲ないんか? どっか具合でも悪い?」
「ううん。大丈夫、大丈夫。それより金魚掬いしたいな」
 にっこり笑った舞奈は浴衣の裾を翻し、数軒向こうにある金魚掬いの屋台へと小走りに歩き始めたが――。
「……うっ?」
 2、3歩行ったところで口を押さえ、その場にしゃがみ込んだ。
「舞ちゃん!?」
 慌てて駆け寄り舞奈の額に手を当てると、わずかに熱っぽかった。

 急に気分を悪くした舞奈を抱きかかえ、氷狩は急いで人混みを離れて休憩所のベンチで休ませてやった。
 舞奈が「酸っぱいものが飲みたい」というので、近くの屋台からレモネードを買ってきて手渡す。
「……ふぅ」
 冷えたレモネードを一口飲むと、やや落ち着いた様子で舞奈は溜息をついた。
「ごめんね、氷狩君。何だか急に吐き気がして……」
「駄目やないか。具合が悪いなら悪いと、はっきりいうてくれんと」
 舞奈の背筋をさすってやりつつ、氷狩は彼女の体調不良について原因を考える。
「今月、エミタの保守はキチンと受けたよな? それとも夏風邪でもひいた?」
「うーん……エミタは先週メンテしたばかりだし、風邪は……どうなんだろ?」
 頬に指を当て、小首を傾げる舞奈。
 ややあって、氷狩はとある「可能性」に思い当たった。
「そういえば、あの日って来た?」
「いわれてみれば……ここんとこ来てないなぁ」
「それ、妊娠してるんじゃないか?」
「……かも、しれない」
 氷狩の問いかけに、舞奈は頬を赤らめコクンと頷いた。
「そりゃ一大事やないか! と、とにかく早く帰ってゆっくり休もう」
 いつかは訪れたであろう――しかしタイミングとしては突然の――出来事に戸惑いながらも、氷狩は祭りの会場を出てタクシーを捕まえ、舞奈と共に新居のある兵舎へと戻った。

 翌日――。
 L・H市街のとあるドラッグストアの店内を、おずおず歩き回る氷狩の姿があった。
(傭兵向けのショップじゃ、さすがにアレは置いてないからなぁ……)
 とはいえこんな店に入るのは何年ぶりだろうか?
 能力者の場合、戦闘で重傷を負っても超機械で、また軽いケガ程度ならごく短時間で自己回復してしまうので、それこそ一般人向けの薬など無縁の存在である。
 能力者向けの救急セットならショップに置いてあるが、あいにくこの場合は役に立たない。
「何かお探しですか?」
 薬屋の女性店員が、愛想良く声をかけてくる。
「あ、はい。ええと、に、妊娠……」
「妊娠検査薬でしょうか?」
「そう、それあります?」
「ございますよ。こちらまでどうぞ」
 案内されるまま、店員と共に商品棚の一角へと移動。
 店員は慣れた仕草で棚から検査薬のパッケージを取り出した。
「これなんかいかがでしょう? 1分もあればすぐ結果が分かりますし、精度も高いと人気の商品ですよ。あ、もちろん正確な結果は産婦人科の先生に診て頂くのが一番ですけど」
「あの、これって一般人向けの薬ですよね? ウチら能力者なんやけど」
「ご安心ください。能力者の方でも効果は同じです」
 そういって、店員が微笑む。
「お母さんになるのに、一般人も能力者も関係ありませんから」

 既に結婚した氷狩たちは、兵舎の中でも夫婦用にファミリーマンションのような広い部屋を割り当てられている。
 その自室に戻った氷狩は、リビングで待っていた舞奈に買ってきた検査薬を渡した。
「……」
 熱心に使用説明書を読んだ舞奈は、やがてちょっと恥ずかしそうな上目遣いで氷狩を見やった。
「じゃあ……さっそく試してみるね」
「おう、ここで待ってるから」

 数分後、トイレのドアが勢いよく開き、やや興奮気味に舞奈が飛び出してきた。
「氷狩君、見て見て!」
 彼女が差し出した検査薬(スティック状のプラスチックケース)を覗き込むと、結果を示す確認窓は「陽性」の青に染まっていた。
「うわぁ! 舞奈、本当に妊娠しちゃったんだ――どうしよう? ね、どうしよう氷狩君?」
 嬉しいような照れ臭いような、でも少しだけ不安も入り混じった複雑な表情で、彼女は頭のリボンをフルフル振った。
(落ち着け、落ち着けよ氷狩。ここは夫であるボクがしっかりせんと)
 氷狩は自らにそう言い聞かせ、大きく深呼吸。
「薬屋の店員さんがいってたけどな、『検査薬はあくまで目安』ってことやから……とにかく病院で専門のお医者さんに診てもらわんと」
「そ、そうだね……まだ100%決まったわけじゃないし」

 さらに翌日。
 未来研に隣接する能力者専用の総合病院――。
 前日に予約をとった冴木夫妻は、受付で手続きを済ませ、ロビーを通り抜けて産婦人科病棟へと向かった。
「あのさ、氷狩君……もし間違いだったとしても、がっかりしないでね?」
 いざ病院に着いてから急に心細くなってきたのだろう。
 少し緊張したように俯き、舞奈が氷狩の手をギュっと握ってくる。
「余計な心配せんでええ。どんな診断が出たって、ボクにとって舞ちゃんは舞ちゃんや」
 氷狩は彼女の体を抱き寄せ、勇気づけるように軽く肩を叩いてやった。

 能力者の妊婦といっても、検査自体は一般人と殆ど変わらなかった。

 検査室で医師と面会した舞奈は、最初は問診から始まり、続いて採血、尿検査、視診に内診と一般的な検査を一通り受けた後、最後に超音波診断を受診することになった。
 ベッドの上に横になった彼女の腹部に超音波器具が当てられる。
 検査結果は傍らのモニターにエコー画像として表示され、舞奈と付き添いの氷狩も直接見ることができた。
「間違いありませんね。妊娠1ヶ月――母子ともに健康ですよ」
 医師の言葉に、2人はホッと胸をなで下ろした。
「おめでとう、舞ちゃん」
 氷狩は舞奈の両手を取り、力強く握りしめた。
「本当にお母さん……なんだ」
 最初はポカンとしていた舞奈だが、氷狩の祝福を受けてようやく実感が湧いてきたのか――。
 やがてポロポロと嬉し涙を流し始めた。
「泣くやつがあるかい。めでたいことなのに」
 そういう氷狩の目にもうっすら涙が滲んでいる。
 ふと、氷狩は気になって医師に尋ねた。
「あの、ウチら能力者の間に生まれる子どもって……」
「もちろんごく普通の赤ちゃんですよ? あなた方だって、エミタの移植を受ける前は一般人だったじゃないですか」
 サラサラとカルテを書きながら、医師が苦笑する。
「能力者の『適性』って遺伝するものなんでしょうか?」
「それは何ともいえませんねぇ。そもそもこの世界に能力者が誕生して、まだ5年しか経っていません。能力者同士、あるいは能力者と一般人の間で生まれた子どももだいぶ増えましたが……能力者適性を判断するにはある程度の心理テストや知能テストも必要ですから、子どもたちがもう少し成長するまで統計の取りようがないんですよ」
「確かにそうですね」
「逆にいえば、ご両親がきちんと健康管理してあげないと、赤ちゃんも一般人と同様に病気になってしまいますからね。そこは気を付けてくださいよ?」
「はいっ」
 医師の言葉に頷く氷狩。その胸の奥からジワジワと「父親」になる喜び、そして「舞ちゃんと子どもは何としても守る!」と固い決意が湧き上がるのを感じていた。

 その後医師から出産までのおおまかなスケジュールや日常生活についての細かいアドバイスを受け、母子手帳を受け取った舞奈と氷狩は兵舎へと引き揚げた。

 リビングで一息ついて、舞奈が淹れたお茶を2人で飲む。
「これがボクと舞ちゃんの子なんだね」
 母子手帳に貼られた超音波診断のエコー画像写真を見つめ、しみじみと呟く氷狩。
 まだ1ヶ月なのではっきりとは分からないが、それでもそこに映っているのは紛れもなく新しく生まれた「命」――舞奈が身ごもった氷狩の子どもなのだ。
「不思議だよね。舞奈たちの子どもが、いまここにいるなんて」
 母となる喜び。そして愛する者との間に宿った小さな命を慈しむように、微笑みを浮かべて自分のお腹を優しく撫でる舞奈。
「本当やなあ。子どもの頃、『赤ちゃんはコウノトリが運んで来る』なんて聞いたけど」
「案外ホントかもね? きっとコウノトリさんが連れてきてくれたんだよ。あのお祭りの夜に」
 クスクス悪戯っぽく笑う舞奈を見ているうち、不意に愛おしさがこみあげ――。

 いつしか氷狩はソファから立ち上がり、舞奈をしっかり抱き締めていた。

「絶対に、絶対に幸せにするよ――舞ちゃんも、お腹の赤ちゃんも!」
「嬉しい……氷狩君」
 氷狩の胸に身を委ね、舞奈はうっとりと目を閉じる。
 が、ややあってハッと我に返ったように、
「そうだ! この子の名前考えてあげなくちゃ」
「そうやな……検査結果ばかり気になって、肝心なこと忘れてた」
 果たして生まれてくる子どもは男か女か?
 男用、女用に2つ名前を考えておくべきか?
 それとも男の子、女の子どちらでも通用するような名前にするか――。

 真夏の夜に舞い降りたコウノトリ(シュトルヒ)は、どうやら氷狩と舞奈に新たな「宿題」を残して飛び去ったようである。

<了>

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 外見年齢 / 職業(クラス)】

 gb6236  冴木氷狩    男    21歳  傭兵(ダークファイター)
 gb4568  冴木 舞奈   女    19歳  傭兵(フェンサー)

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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対馬正治です。今回のご発注、誠にありがとうございました。
夏祭りの夜を発端とする、舞奈さん妊娠のエピソード。当方も楽しみながら書かせて頂きました。
新たな「家族」を迎えたお2人にとって、よき夏の思い出となれば幸いです。
Midnight!夏色ドリームノベル -
対馬正治 クリエイターズルームへ
CATCH THE SKY 地球SOS
2011年07月25日

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