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『小さな幸せの時間 』
メアリー・エッセンバル(ga0194)

 季節は夏へと全力で向かっている。時期柄だろうか、道すがら通り過ぎた教会では、純白のドレスに身を包んだ花嫁の姿があった。雨も降らず、心地良い気温は絶好の日和だったことだろう。
「――私の国の料理?」
 遠目になっていく花嫁を見つめていたメアリー・エッセンバルは、隣から声を掛けられ急いで視線を彼に戻した。さして何も気にせず返したので、一瞬頭の中で花嫁と料理が結びつかなかったメアリーである。
 一方で、優しい光を宿す黒い瞳の彼は頷いて言った。
「ええ。是非、イギリスの……メアリーさんの国の家庭料理を作れるようになりたいと思いましたので」
 目をぱちくりとさせているメアリーをやや恥ずかしそうに見つめながら、彼――夏 炎西は言った。料理が趣味とあって、純粋に異国の料理に興味がそそられるのもあるが、やはり大切な人の好きなものを作ってあげたいのだという気持ちの方が大きいのだろう。
 何より、二人で料理などと――恋人のようではないかとも思うが、そこを口にしない辺り、炎西が大人である証拠だろう。というよりも、言ってしまえばメアリーが硬直しそうだ。
 努めていつも通りの口調で、炎西は頭一つ小さい想い人を見た。
「というわけで、メアリーさん。ご指導願えますか?」
「うん、分かった! 任せて!」
 炎西と一緒に料理ができるというよりは、炎西にしっかり料理を教えなければ、という使命感に俄然燃え始めたメアリーは拳をぐっと握った。
 そうと決まれば善は急げだ。
「色々準備するから、明日、花園で!」
 炎西が止める間もなく、言うや否や走り始めたメアリーである。流石は能力者、すごい速さであっという間に見えなくなった。
 ぽつんと一人残された炎西はしばらく呆けていたが、やがてふと空を見上げた。
(相変わらずですね……)
 はにかむのか引き締めたいのか、よく分からない表情になっていた炎西だったが、口元を手で隠した後に、存分にそこを緩ませたのだった。

+++

 翌日、メアリーは炎西が来るまでキッチンで頭を抱えていた。
 材料もハーブも、母親直伝のレシピも手に入れた。
 問題は、件のレシピが簡略されすぎているということだ。
「むぅ……分かんないっ!」
 どどんと潔く諦めたメアリーである。下手にこねくり回すよりは良いのだろうか、果たしてそれで良いのか。
 程なくして、炎西が花園の門をくぐる姿が見えた。いつも通りの装いだが、それでもその姿を見ていると自然と鼓動が早くなる。
 いけない、と咳払いを一つして冷静になったメアリーは、入口に向かい彼を出迎えた。
「本日は、よろしくお願いします」
 律儀に頭を下げた炎西にメアリーもつられて頭を下げる。
「任せて! すっごく美味しいビーフシチューを教えるからねっ」
 私についてきてと言わんばかりに胸を張ったメアリーである。
 その瞬間には、頑張って彼に教えなくてはという使命感が溢れ、赤面するのも忘れていた。
 今回は炎西にビーフシチューの作り方を教えるということもあって、彼をテーブルに座らせることなく、メアリーは包丁を勇ましく持った。
「じゃあまず、野菜を切っていくよ……炎西さん?」
「ああ……いえ、何でもありません。指を切らないように気をつけて下さいね」
 エプロン姿のメアリーが新鮮で見ていたなど、言うはずもない炎西である。
 ツナギはいつものことだが、今日の彼女は上に白いエプロンを着けていた。戦場や部隊兵舎ではおおよそ見られない姿を一人占め出来ることに、ささやかな喜びを感じても、罰は当たらないだろう。
 一方、炎西の胸の内など知る由もないメアリーは、自分を想ってくれている人が近くにいることを特に意識することなく――何せ使命感の方が勝っているのだ――野菜を手早く豪快にぶつ切りにしていた。
「メ、メアリーさん。少し大きすぎる気が……」
 静かに見守っていた炎西が思わず口を出してしまう程度には、野菜がまな板の上でごろごろとしている。どうもレシピには「切る」としか書かれていないらしく、どういう切り方をして良いのか分からなかったようだ。
「大きすぎかなー」
 余裕で半分に切り分けられる大きさのじゃがいもを見つめて呟いたメアリーである。そういう性格も含め、野菜と睨めっこをする彼女が年齢不相応の幼さを見せて可愛らしいと炎西は思う。
「いいえ、メアリーさんの好きなように切って下さい」
「うん。じゃあ少しだけ小さくしようかな」
 肩を竦めたメアリーは、切ってきた野菜を一口大に切りわける。集中しているのか、その背中を微笑ましく見つめる炎西には気づいていないようだ。
 続いて人参を切ろうとした時、メアリーの手がふと止まった。
「人参を小さめにシャトー切り……シャトー切りって何?」
「ああ、その切り方なら……」
 そう言って炎西が一歩進み出た瞬間である。
 偶然、彼女も彼の方を見ようと顔を向けたのだ。
 こつん、と小さな音が鳴ったが、炎西の心臓が跳ね上がった。一気に顔が熱を帯びそうになるのを必死に抑えて、彼は慌てて口を開いた。
「す、すいません。痛かったですよね」
「ううん? 全然平気だよっ。炎西さんは大丈夫?」
「だ、大丈夫、です」
 少なくとも、額は平気だ。
「ん、なら良かった!」
 間近で彼の額を見つめるメアリーが、その言葉を聞いてにっこりと微笑んだ。花が咲き誇るような、庭園の主にふさわしい明るい笑顔だった。
 耐え切れず頬を赤らめて視線を外した炎西である。
(ち、近い……)
 色々近すぎて調子の狂う炎西を覗き込んだメアリーは、おもむろに彼の額にそっと手を当てた。
「やっぱり痛い?」
「い、いえっ。大丈夫です。つ……次は何をお手伝いすれば良いですか?」
 早口で言った彼は、凄まじい忍耐力と冷静さを発揮して、無理矢理胸の高鳴りを抑えこんだ。わずか三秒足らずの間に一勝負したような感覚になった炎西である。
 メアリーはあまり気にすることもなく、彼の額から手を離す。後に彼女は思い出して盛大に赤面するわけだが、今はそれについては置いておこう。
「えーと……次は、玉葱とにんにくを炒めるのかな」
 鍋にオリーブオイルを入れたメアリーは、刻んだ玉葱を放り込んでにんにくを刻もうと包丁を持った。
「メアリーさん。ここは、私がやりましょう」
 彼女からにんにくを受け取った炎西は、スライサーでささっと鍋の中に擦り落とした。
 隣で見ていたメアリーが思わず歓声を上げる。
「すごい、炎西さんは流石だねっ!」
「ありがとうございます」
 穏やかに微笑した炎西である。
 その表情にメアリーは無意識にほんのり頬を赤くしたが、すぐに気を取り直して、てきぱきと作業を再開した。
「次は、ビーフとかハーブとか入れてしばらく煮こむ、と……」
「ピーマンや茄子はどうしますか?」
「炒めるから、とりあえず置いとこう」
 そう言ったメアリーは、きちんと準備しておいたオレガノを手にとった。元々薬用として使用されているハーブなので、匂い自体はややきつめではあるが、嫌いな香りではない。
 何より、今は乾燥させているので、ほんのり甘い香りが漂っている。
「良い匂いですね」
「でしょう? 薬味や香辛料としても役に立つ、結構万能なハーブなんだよ」
「中国では花薄荷、でしょうか、確かそう聞きかじったことがあります」
「フア……ボーフォァ?」
 まな板の上に指で漢字を書いた炎西は、流暢な中国語で発音してみせた。ほう、と聞き入っていたメアリーはたどたどしく彼の発音を繰り返してみる。舌使いが違うのか、微妙に何かが違うような気がした。
 メアリーが何度も声に出して言ってみようとするので、苦笑した炎西は鍋が煮立つ間、紙に書いて字を教えてみた。
 同じ部隊に漢名の人は多くいるが、それほど漢字に触れてこなかったであろう彼女は、興味津々で炎西の話を聞いていた。
「綺麗な字だねっ。可愛い感じがして」
 声を弾ませたメアリーの言葉に、炎西も口元を綻ばせた。
「ねねっ、私の名前って漢字に出来るの?」
 前に乗り出して尋ねたメアリーである。突然何を言い出すのかと少し驚いた炎西だったが、そこは長年彼女を見守ってきただけのことはある、すぐに苦笑してみせた。
「メアリーさんをですか? 難しいですね……」
「書いて書いてっ。炎西さんの書く漢字なんて、滅多に見れないからっ」
「それでは――……」
 紙の上で炎西の流麗な字が踊る。
 穏やかで、和やかな時間がゆるゆると流れていった。
 そうこうしている間に煮込んでいる鍋が声を上げ、二人は慌てて料理を再開するのであった。

+++

 途中寄り道もしたが、何とかレシピ通りに完成したビーフシチューは、メアリーの豪快な切り方のおかげで何とも勇壮な見栄えになっていた。ただ、とても美味しそうで食欲をそそることに違いはない。
 テーブルに向い合って座った二人は、さっそく温かいビーフシチューを堪能していた。
 一口食べた炎西は、小さく頷いて微笑んだ。
「栄養のバランスが良くて彩りも綺麗ですね。うん、良い匂いです。作り方も分かりましたし、今度ご馳走しましょう」
「やったー! 炎西さんの手料理!」
 グッと拳を握ったメアリーである。
 ハーブソルトで味付けをし、隠し味にヨーグルトを少しだけ使ったビーフシチューはオレガノの香りに包まれ、舌鼓を打つには充分だった。
 それ以上に、炎西にとってはメアリーが作ったということの方が大きかったのだろう。
「とても美味しいです。温かくて、優しい味がしますね……」
 誰かとこうして食卓を囲むことから長年遠ざかっていた炎西はしみじみと呟いた。ハーブの甘い香りが胸の奥まで染み渡っていくようだ。
 目を伏せる炎西を見つめていたメアリーは、そんな彼に元気な笑顔を見せた。
「大丈夫だよ、炎西さん。いつでも何でも作ってあげるからっ!」
 グッと親指を立てたメアリーの頭に、ふとある考えが過ぎったのはそんな時だった。
 自分の手作りの料理を、向かいに座った男性と一?獅ノ食べる。美味しいね、と言いながら嬉しそうに食べてくれる人がいる光景。
(もしかして、新婚さんって……こんな感じなのかな?)
 ぼんやり考えたメアリーだったが、そこで使命感が途切れたのか、一気に赤面したのである。
 目の前で炎西がきょとんとするくらいの、盛大な紅潮っぷりであった。
「メアリー……さん?」
「ななな何でもないの! 本当、ちょっと、ちょっとね!」
「大丈夫ですか? まさか、どこか体調が悪いのでは……」
「大丈夫大丈夫! すごく元気だよ! ほらほら!」
 腕をぶんぶん振り回しているメアリーは、恐らく自分が何をしているのか分かっていないだろう。赤くなってしまった理由を聞かれたらどうしよう、と一人で慌てている。
(何を考えてるんだろう、私……あ、でも、さっき炎西さんのおでこを触ったような……わああああっ!!)
 軽いパニックになっている彼女を見つめていた炎西は、自然と頬が緩んでいくのが自分でも分かった。
「……メアリーさん」
 彼の微笑に気づいたメアリーが、少し恥ずかしそうにしながらも大人しく椅子に座り直す。
 しばらく、二人共無言だった。
「ビーフシチュー、とても美味しかったです」
 炎西が口を開いて、メアリーの澄んだ青い瞳を見つめた。
 ゆっくりと微笑した彼を直視出来なくて、メアリーは更に赤くなったまま視線を泳がせる。
 スプーンを置いた炎西は、静かに口を開いた。
「吃飽了……ありがとうございます、メアリーさん」
 とても幸せな時間でした。
 メアリーは最初の意味こそ分からなかったが、炎西の言わんとすることを何となく察し、照れくさくも嬉しそうに微笑んだのだった。






━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ga0194 / メアリー・エッセンバル  / 女 / 27 / グラップラー】
【ga4178 / 夏 炎西  / 男 / 27 / エクセレンター】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 こんにちは、冬野です。
 大人でゆっくり進展するお二人を楽しく書かせて頂きました。
 お気に召して頂けると幸いです。
 この度は、発注して頂きありがとうございました!

 冬野泉水
水無月・祝福のドリームノベル -
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CATCH THE SKY 地球SOS
2011年07月26日

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