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『Giulietta Innamorato 』
綾河 零音(gb9784)

 白亜の教会から、皆に祝福されて花嫁と花婿が出てくるのが見える。ブーケを手に微笑む花嫁、照れ笑いを浮かべる花婿、どちらも互いに手を取り合い幸せそうだ。
 大学からの帰りにそんな場面に立ち寄った綾河 零音は、そんな光景を目にして溜息をついた。
 二十歳も越えて少し経つ彼女に思春期などは到来しないが、それでもやはり幸せそうな女性を見ると羨ましいとも思う。それは極当然の感情で、否定するものではないが、もやもやしてしまうのも事実である。
「良いなぁ……私も着たいなー……」
 もう一度溜息をついた零音は携帯電話の画面に触れた。おもむろに電話帳を開いて、多くの名前の中から一人の名前を指で弾く。
 出てきた名前はヘンリー・ベルナドット。高校生の頃に零音の担任だった教師である。
 同時に、零音の初恋の人でもあった。
 学生と教師の禁断の愛などと、そういう特殊な恋に憧れ、恋に恋した時期もあった。それは一時のことで、普通の人とは違う恋愛観を誇ってみたりしているだけだとも思っていた。
 けれども、現実は違う。大人として振る舞うようになってからも、淡い恋心は消えることなく、零音の心の奥で仄かな暖かみを帯びて、時に彼女を苦しませ、時に彼女を支えてきた。
 先生は気さくな人で、とても人気があった。とても三十手前とは思えない美貌に、異様に似合っていた赤く長い髪をなびかせ、菫色の瞳を輝かせて子どもの様に皆に交じる人だった。
 だから、連絡をすれば必ず応じてくれた。だが、それは零音に限ったことではなく、きっと他の生徒にも同じように接していたのだろう。
 そんなことを妄想してみて、嫉妬をしてみたりもした。
 しかし、今なら分かる。零音が最も気にしていたのは、ヘンリーが誰を好いているとか、そういうことではなく、彼が彼女を未だに生徒扱いしていることだった。
「ヘンリー先生の馬鹿……」
 などと言いつつ、零音はヘンリーの番号へ発信した。きっちり三回、設定を変えていないのだろう、コール音が鳴った後に音が途切れた。
『おぁ……? 綾河? どうした?』
「別に何でもないですよーだ」
『何だそりゃ』
 薄っぺらい機械の向こうでヘンリーがけらけらと笑った。耳元でダイレクトに生々しく彼の声が伝わるから、零音は携帯を耳に押し当てながら赤くなって俯いた。
「べ、別に用が無くたって電話くらいするしっ」
『えー? あ、分かった、お前、寂しくなったんだろ?』
「違いますっ!」
 即答した零音である。ヘンリーはまだ笑っている。彼女をからかうのが楽しくて仕方がないようだ。
 思えば学生時代からそうだった。かなり振り回してやった方だと思うが、ヘンリーは嫌な顔をしながらも楽しそうに付き合ってくれた。
 叱られたことは、なかったと思う。
 だからこそ、適当にあしらわれている気がして、零音は嫌だった。
「せんせぇ……」
『ん? 何だよ、そんな甘えた声出して』
「出してないですっ」
『んー? 本当かー? お前、寂しい時ってそういう声出すじゃねぇか』
「そんなことないですってば!」
 ああ、何やってるんだろう、私。
 息を吐いた零音は、もう一度教会の方を見た。幸せそうな二人。
 あの二人の幸せを、少しでも分けて貰えたら良いのに。
『おーい、あーやかわー』
「何ですか」
『寂しいなら俺ん家来るか? なでなでしてやるぞー?』
「ば……っ、お断りですよーだ!」
 勢いに任せて電話を切った零音は、壁にもたれて携帯をポケットに突っ込んだ。
 延々と続いていそうな黒い柵は凝ったゴシック調で、背中が少しだけちくりとする。まるで、零音の心に刺さるかのようだ。
「何がなでなでしてやるぞーだよ……」
 ぶつぶつと文句を呟く零音は、ヘンリーの言葉を思い出して、重い溜息をついた。
「もーそろそろ、大人扱いしてほしいよー……」
「そうだなぁ、もうちょっと大人になったらなー」
「――って、ヘンリー先生っ!?」
 背中に声がかかって振り返った零音は文字通り硬直した。
 いつの間にか教会の柵に手をかけて、黒いタキシード姿のヘンリーが背後に立っていたのである。柵越しに見つめられて、零音は思わず数歩後ずさった。
「いいいいつからいたの!?」
「ついさっきだぜ。何か電話の声が反響すんなぁと思ってあちこち見たらお前がいたってわけ」
 けろっとして言ってくれる。
 探してくれただけでもちょっと嬉しい、なんて言えやしないが。
 もじもじしている零音の心を知ってか知らずか、ヘンリーは至って呑気に、柔らかく微笑んで見せた。
「顔を見るのは数年ぶりだな。元気してたか?」
 先生は全然老けてない。
 タキシードが似合いますね。
 ……会いたかった。
 そんな言葉が色々と零音の頭に浮かんだが、どれ一つまともな声にならなくて、こくりと頷くことしか出来なかった。

+++

「……って、先生、あの式の参列者だったの?」
「ああ。花婿が職場の後輩。一応、俺が仲人だったしな」
 先生が仲人とか、信じられない。
 買ってもらったジュースを飲みながら、教会のベンチに座る零音は心の中で呟いた。独身のくせに仲人をする余裕があるのか、とも付け加えておいた。
 何故かヘンリーは結婚していない。それどころか、恋人がいるという話も高校時代から聞かなかった。人格的に何か悪いのかと疑ったこともあったが、そんなことはなく、純粋に独身を楽しんでいるのだと零音は最終的に結論づけた。
 ほんの少しだけ、自分が大きくなるのを待ってくれているのではないか、とも期待したりもした。
「それよか、綾河。お前、花嫁になりたいのか?」
「……は?」
「だから、ウェディングドレスが着てぇのかって聞いてんだ」
「ええええええええっ!?」
 飛び上がった零音である。なにこれ、告白なの、プロポーズなの、と頭の中が混乱する。
 そして、出てきた言葉はやっぱり少し強がって見せたものだった。
「べ、別に着たいとかなんて、思ってないんだからねっ!」
「ははは、だよなぁ。まずお前は相手だよなぁ。大学でそういう奴とかいねぇの?」
 最早空気を読むとか読まないとかいうレベルではない発言に、零音は項垂れるしかなかった。
 隣でがっくりと脱力した零音を不思議に思わないヘンリーは、彼女の頭をぽんぽんと叩いた。
「まだ二十歳だろ? 俺が二十歳の頃もフリーな女は大勢いたから気にすんなよ」
「そういう問題じゃないんですけど……」
「んー? じゃあ何か気になってる野郎でもいんのか?」
 だから、どうしてそういうことを言うのか。
 頭が痛くなってきた零音である。こうやって数年間、のらりくらりと躱されてきたのだ。
 だからと言って、
「先生、私のことを異性として見てる?」
「結婚したいとか思ってる?」
 なんて、聞けるわけもない。聞いてしまって、気まずくなって欲しくない。
 この関係を、崩したくはないのだ。
 ジュースを飲み干した零音は、何から話して良いのか分からずに、ヘンリーの整った顔を見つめていた。
「どうした? 俺の顔に何かついてるか?」
 首を横に振った零音は、視線を彼の顔がから外した。高校の頃よりも少し伸びた髪、少し疲れ気味の肩、着痩せするという腕、すらっと伸びた長い足、見惚れる箇所は沢山ある。
 比べて、自分はどうだろう、と零音は自分の体を見下ろした。
 決して顔は悪くないと自負しているし、胸だって標準以上はある。くびれもあるし、足も身長の割には長めだ。
 ヘンリーと並んだって、きっと見劣りしない容貌のはずだ。
 そこまで考えて、零音は目を閉じた。
 どうして気づいてくれないんだろう。
「……そろそろ気づいてよー……」
「何がだ?」
「はっ!? こころのこ……ってなななななんでもないですー!」
「そうかー? まあ、俺は気づいてるけどな」
「え? ええっ!?」
 思わずヘンリーの方を見た零音である。花嫁達の方を見つめている彼の表情は分からないが、彼は続けて呟いた。
「あの花嫁……結構美人だよな」
「……」
 殴ってやろうかと思った零音である。腕を振り上げる所まで行ったが、結局何も出来ずに腕を下ろした。
「……先生、私そろそろ帰る」
「ん? そうか。送ってってやろうか?」
「要らない」
 ぷいっとそっぽを向いた零音は教会の門へと歩き出す。
「……もう、早くしないと、待ちくたびれちゃうぞ」
 もう自分だって立派な大人だ。『ロミオとジュリエット』のように、身分違いの恋だとか、許されない恋だとか、そういう劇的な恋愛をしたいわけではない。勿論、生き別れたいわけでもない。
 ただ、自分の想いに気づいて欲しいだけなのに。
「早く、ジュリエットを攫いに来てくれないかなぁ……」
 なんて、言ってみたりして。
 零音が自分の言葉に苦笑しながら歩いていると、後ろからヘンリーが追って来てタクシーを捕まえてくれた。
 大学に入った際に教えた住所を覚えていたのか、運転手に零音の自宅を指示して料金まで先払いしてくれた大好きな先生は、乗り込んだ零音の頭をそっと撫でた。
「じゃあな、綾河。何かあったら連絡しろよ?」
 先生、それ、彼氏が言う台詞だよ。
 そんなことを考えながら、零音は頷いた。
「それとな、綾河」
「はい?」
「……俺、ロミオにしては老けすぎだわ」
 ぼん、と音が鳴ったかもしれない。
 そのくらい、零音は顔が赤くなった。
 固まった教え子の頭を軽く叩いたヘンリーは、菫色の瞳を片方閉じて、悪戯っぽく笑って見せた。
「それでも良いなら頑張りな……零音」
 タクシーのドアが閉じる。
 発車したタクシーの中で、零音はしばらく呆けていたが、我に返るなり顔を手で覆って膝に突っ伏した。
「……卑怯だ、先生」
 どうしよう、にやけて堪らない。
「くそう……見てろよーっ!」
 絶対、先生が振り向くような女になってやる。
 紅潮しすぎて潤んだ瞳で遠ざかるヘンリーを見た零音は、思いっきり舌を出してやった。







━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【gb9784 / 綾河 零音  / 女 / 16 / ファイター】
【gz0340 / ヘンリー・ベルナドット  / 男 / 29 / フェンサー】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 こんにちは、冬野です。
 ヘンリーをご指名ということで、いつもよりイケメンになりましたが書かせて頂きました。
 恋する女の子って可愛いですよねっ。
 お気に召して頂けると幸いです。
 この度は、発注して頂きありがとうございました!

 冬野泉水
水無月・祝福のドリームノベル -
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CATCH THE SKY 地球SOS
2011年07月26日

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