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『始まりの、その日。〜見つめる笑顔 』
緋那岐(ib5664)

「ん〜‥‥ッ」

 そこそこに広い湯船の中、手足を一杯に伸ばして、緋那岐(ib5664)はのんびりと昼風呂を楽しんでいた。まだ多くの人間が忙しく立ち働いている時間帯に、湯船を1人締めしているというだけでも十分に、この上なく贅沢な気持ちになれる。
 だから緋那岐は上機嫌で、鼻歌なんかも歌いながら、思う存分にこのひとときを楽しんでいた。さすがに泳いだり出来るほど広くはないし、広かったとしても実際に泳いだかはわからないが、気持ちとしてはそのぐらいに上機嫌だ。
 緋那岐が居候している呉服屋には、それなりの広さを誇る風呂がちゃぁんと備え付けてある。人が直接身に着ける衣類を扱う関係上、そこに立ち働く従業員も常に清潔を保つ必要がある、という主の方針だ。
 だから、ちょっと考えると途方もない贅沢に思えるけれども、いつでも風呂浴びが出来るように出入りも自由になってるし、お湯だって頼めばすぐに沸かしてくれる。だからこそ緋那岐はその恩恵に預かって、こうして呑気に昼風呂を楽しんでいられるのだった。

「ん〜やっぱり風呂はいいよな〜」

 鼻歌交じりにそう呟いて、もう一度、大きく伸びをする。そうしてちゃぷんと揺れた湯面を見て、もう一度、のんびり伸びをしようとした、その時だ。
 湯殿の外から激しく自分を呼ぶ、忍犬の疾風の声が聞こえた。もちろん何を言っているかなんて解る筈もないけれども、何となく、切羽詰った様子である事は感じられる。

(何かあったのか?)

 疾風がこんなに焦るなんて、と緋那岐はぱちくり瞬きをして、それから湯殿を飛び出した。そこに待っていた疾風にちらりと視線をくれて、手早く乾いた布で身体を拭き、衣服を身につける。
 そうして今にも咥えて引っ張っていきそうな疾風と一緒に、呉服屋の母屋の廊下を走り始めた。まっすぐ店先へ向かう疾風の後に続きかけ、いや、と気付いて足を止め、裏口へと回る。
 客商売をしている所に、こんなにバタバタと駆け込んでいったらおかみさんにぶっ飛ばされるかもしれない。それに、何か危険な相手が店先で暴れているとかであれば、ろくに偵察もせずにのこのこ突っ込んで行くのも愚かな行為だ。
 だから疾風の首根っこを引っつかみ、緋那岐は裏口からこっそりと母屋を出た。そうして叶う限りに足音を殺し、呉服屋の入口に積んである荷物の影に滑り込み。

「‥‥‥げ」

 そぅっと、首を伸ばして店先を覗き込んだ緋那岐は、そのままひくり、と唇の端を引きつらせて固まった。疾風が足元にちょこんとお座りして、そんな緋那岐を見つめている。
 だがそんな相棒の姿も咄嗟に目に入らないくらい、緋那岐は店先にいる人物に釘付けになっていたのだ。

(な‥‥んで、お袋がここに‥‥ッ)

 それは、都には居るはずのない母だった。おかみさんと楽しそうに、鈴を転がすような笑い声を上品に響かせている、見覚えがありすぎるほどあるその容貌。
 しばしその顔を見つめた後、はっと気付いて緋那岐は慌てて首を引っ込めた。それからもう一度、確かめるようにそぅっと首を伸ばし、店の中を覗き込んでその姿を確認する。
 そうしてじっと母を観察していると、ふいに、背後から声をかけられた。

「兄様? 一体、何を‥‥」
「わ‥‥ッ!?」

 あまりに集中しすぎていたせいだろう、その声はひどく唐突で、緋那岐はびくりと肩を跳ね上げて振り返り、声をかけてきた相手を確かめた。そこに居た、双子の妹の柚乃(ia0638)ともふらさまの八陽丸の姿を見て、ほぅ、と胸を撫で下ろす。
 が、次の瞬間には柚乃の腕をぐいっと掴むと、自分が身を隠している荷物の影に引っ張り込んだ。万が一、母が柚乃の姿を見つけてしまったら、せっかく身を隠しているのがまったく無意味になってしまうではないか。
 腕の中の柚乃が、緋那岐の突然の行動に何か、言いたそうなのを感じた。感じて、けれどもここで声を出されては気付かれると、身振りでそれを阻止する。
 そうしてまたじっと、店の中を覗きこみ。不意に、くるりとこちらを振り返った母の、柔らかな眼差しとばっちり、目が合う。
 顔中にしっかりと『母様はちゃぁんと気付いてますよ』とでも書いてありそうな、緋那岐にとっては不吉極まりない笑顔。それでも何かの間違いじゃないかと、ほんの僅かに抱いてみた期待は、次の瞬間あっさりと打ち砕かれる。

「‥‥あなた達、隠れてないでこちらにおいでなさいな」
「はい!」
「‥‥‥はい」

 おいでおいで、と手招きをする母に元気よく頷いた、柚乃が八陽丸と一緒に緋那岐の手をすり抜け、駆け寄っていった。こうなっては緋那岐とてしらばっくれる訳にも、まして逃げる訳にも行かず、しぶしぶと物陰から姿を現す。
 酷く、バツが悪かった。妹とは違って、緋那岐はどちらかと言うと、母に合わせる顔がない。それでも逃げれば間違いなく、母は追いかけてきそうな気がしたし――こう見えて母は志体持ちだから、緋那岐の全力にだって微笑みながらついてきそうだ――足元で疾風がわふわふと励ましても居たし。
 だから、母の背後に控えていた、見覚えのある2人の供と、おかみさんの暖かい眼差しに居心地の悪さを感じながら、母の前に進み出た。そんな対照的な双子を見比べて、にっこり母が微笑む。
 家族の団欒を邪魔してはいけないと気を利かせたのだろう、おかみさんが半分ばかり身を引いて、湯飲みを両手に大事に抱いてお茶をすすった。こくり、と首を傾げた柚乃が、無邪気に母に問いかける。

「母様。どうして都に? 父様もご一緒?」
「いいえ、母様だけお忍びですよ。実はね‥‥」

 そんな妹に、ふる、と揺らがぬ笑顔のままで首を振った母が語った事には、今日、母の古い友人が婚儀を挙げるのだという。だからその挙式に参列する為に、実家から供のみを連れて飛空船を経由してやって来たのだとか。
 夕方には帰りますけれどね、と悪戯っぽく微笑んだ母に、心の中で「ぜひそうしてくれ」とぐったり緋那岐は呟いた。家では間違いなく、父が母の帰りをそれとは見せず、待ちわびているのだろうし。
 だが、それとは別の所に柚乃がキラキラと目を輝かせた。その様子を見て、ふと心が和み、緋那岐は柚乃の様子を見守る。
 ぽふり、と母が柚乃の頭を撫でた。そうしてそっと、柚乃と緋那岐に視線を合わせ、にこ、と微笑んだ。

「どうして母様が今日、ここに寄ったか解りますか?」
「‥‥挨拶?」
「ええ、もちろん、あなた達がお世話になってるご挨拶もしたかったし、久しぶりにあなた達の顔も見たかったのですよ。けれどもね、一番の理由は、あなた達も一緒に、母様のお友達の婚儀に参列して欲しかったからなのです」

 どうかしら? と。
 微笑んだ母に、柚乃は力一杯頷いた。だが逆に、緋那岐は再びひくり、と唇の端が引きつったのを、感じる――婚儀に参列って、自分達が?
 そんな2人を見比べて、またにっこりと、本当に嬉しそうに母が微笑んだ。





 婚儀は、都の中のさして珍しくはない一軒家で行われた。
 場所が場所なら、式そのものもまた、やや質素でささやかだ。参列者も、当たり前ながら緋那岐達双子ほど年の若い者は他にいなかったし、それ以上に母のように若干、年を召した者が殆どで。
 与えられた席に座り、粛々と進んでいく婚儀の様子を眺めながら、緋那岐はきょろ、と辺りを見回し、そんな感想を抱く。ここに来るまでに母から、今日の婚儀の『事情』を簡単に聞いては居たけれども。
 今日の新郎新婦は、すでに連れ添って数十年にもなる夫婦なのだという。けれども諸々の事情があって、婚儀自体は行わずにいた。
 だから。すでに熟年夫婦と言っても過言ではない2人なのだけれども、ついに今日、婚儀の晴れの日を迎えたのだという。だからこそ、上座で白無垢と紋付きに身を包んだ新郎新婦も、出席している身内やわずかな友人も、母の世代の者が多いのだ。
 けれども――

「とても、素敵な式でしたね、母様」

 婚儀からの帰り道。参列の為に着替えた、白い膝丈ワンピースの裾と、ふぅわりとした素材のウエスト周りをふわりと揺らし、母を振り仰いだ柚乃の言葉に、緋那岐も胸の中だけで頷いた。確かに、良い式だったなぁ、と振り返る。
 身内やごく親しい者だけを招いた、ささやかな式。けれどもだからこそ、その式はひどく暖かくて、見ているこちらも何だか自分のことに思えるくらいだった。参列自体にはあまり気乗りはしていなかった緋那岐ですら、良い式だった、と素直に思えるほどに。
 せめてお祝いくらいはと、母に連れられて妹と2人、新郎新婦の元に挨拶に行ったら、当人達は本当に嬉しそうに目を細めて、ありがとうね、と緋那岐に微笑みかけた。その様子を見ていた母の、同じように嬉しそうな笑顔を思い出し、何となく、ああだから母は自分達を連れていったのかと思ったのだ。
 柚乃は婚儀がよほど印象的だったみたいで、嬉しそうに瞳を輝かせ、母に今日の出来事を語っている。上品な着物に身を包んだ母が、そうねぇ、と柚乃の言葉に頷いて、柚乃の髪に挿した純白の花飾りをす、と挿しなおした。
 柚乃の足元には八曜丸。もふらさまは苦手だけれど、さすがに妹とずっと一緒にいる八曜丸の事は、とりあえず大丈夫になった。
 ぼんやりとそんな八曜丸を見つめ、白いもふもふが妹のワンピースに似てるな、などとぼんやり考える。もふらさまをこよなく愛する柚乃がそれを聞いたら、大喜びしたかもしれない。
 けれども緋那岐は何というか、わざわざ改まった格好に改めるのも気恥ずかしく、「俺はこれでいいのッ」と髪に櫛を入れる程度に留めて、服装は換えなかった。不幸中の幸いと言うべきなのか、母がやってくるまで昼風呂と洒落込んでいたのだから、ある意味ではこの上なく礼儀に叶っているかもしれない。
 端から見て、いかにもお出かけ帰りの母達と、自分の取り合わせがどう見えるのかは、解らないけれども。
 ふぅ、と溜息を吐きながら、楽しそうに歩く母と柚乃の後をついて歩いた。向かう先は飛空船の発着場。母は本当に婚儀のためだけにやって来たらしく、式が終わったその足で真っ直ぐ、ここまでやって来た。
 ふと、気づいて視線をあげると、前を歩いていた柚乃がくるり、と振り返って緋那岐をじっと見つめていた。兄弟の中で一番、仲良しの双子の、妹。
 何かを、言おうとした。けれどもそれが緋那岐の中で形になる前に、ひょい、と振り返った母のにっこり笑顔が遮った。

「たまには帰ってきてもいいのですよ」
「って、お袋!? いきなり何さ」

 そうして笑顔のまま唐突に言われた言葉に、ぎょっと目をむいて言い返すと、母はくすくす笑ってそんな緋那岐と柚乃に手を振った。そうして実に軽やかに飛空船へと乗り込んでいく、その後をぱたぱた追いかけて2人の供も、船上の人となる。
 いったい、今のは何だったんだ――そう思いながら3人の消えていった飛空船をじっと見上げていたら、船上からかすかな話し声が聞こえてきた。

「私も神楽に住もうかしら?」
「お、奥様!?」
「ふふ、冗談ですよ。しかし、子供の成長はいつまでも見守りたいもの。‥‥ともあれ、孫の顔を見るまでは‥‥ね」
「‥‥ほんとに、冗談にしといてくれ」

 その会話をしっかりばっちり聞いてしまった、緋那岐はうんざりと呟いた。ただでさえ合わせる顔が皆無だというのに、この上ずっと母が都で暮らすとなれば、どんな事になるのか想像もしたくない。
 けれども、きっと柚乃は母がそうしたら、喜ぶのだろう。
 同じくじっと船上を見上げている妹の横顔をちらりと見つめ、ポン、と同じ高さにある肩を叩いた。兄様? と不思議そうに振り返った柚乃に、無言で首を振る。
 そうして少し微笑んで、帰るか、と言うと、柚乃はこっくり頷いた。そうして一度だけ飛空船を、そこに居るはずのもはや姿の見えぬ母を振り返った。
 その胸の中で、何を思っているのだろう。解るような気がして、永遠に解らないような気もする。知りたいような気がして、知るべきではないような気も、する。
 だから緋那岐は無言のまま、柚乃の手を引いて歩き出した。呉服屋に向かって――今の、彼らの家に向かって。
 その様子を、ただ月だけが空高くから静かに見下ろしていた。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 /  職業 】
 ia0638  /  柚乃  /  女  /  16  /  巫女
 ib5664  / 緋那岐 /  男  /  16  / 陰陽師

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
そして、大変にお待たせしてしまって本当に申し訳ございません(全力土下座

お母様や妹様と参列した結婚式、如何でしたでしょうか。
シスコン寸前に仲の良い、妹思いのお兄さん、なのですね(こく←
ご発注文は、頂戴したようなものでちゃんと気持ちが伝わってきた(と思ってます!)ので、ご安心くださいませ(笑
あ、はい、そしてノミネートではないのです、蓮華はいつでもフルオープンな気持ちで努めさせて頂きたい所存なのです(ぐっ(待て

お兄様のイメージ通りの、ほんの少しの気まずさなども入り混じった、穏やかな時間のノベルであれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
水無月・祝福のドリームノベル -
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舵天照 -DTS-
2011年08月01日

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