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『始まりの、その日。〜見つめる眼差し 』
柚乃(ia0638)

「‥‥あれ?」

 こくりと首を小さく傾げて、柚乃(ia0638)はもふらさまの八曜丸と顔を見合わせた。くりくりしたまなざしと無言で相談しあった後で、もう一度視線を眼前に戻したけれども、そこにある光景は変わらない。
 賑やかに人の行き交う天儀の、とある呉服屋の前。柚乃と八曜丸がお世話になっているお店でもあるそこの入り口で、先ほどから、こっそりと首を伸ばして店の中を伺う人影があったのだ。
 きょろ、と何となく辺りを見回して、それから三度、その人影へと視線を戻す。そうして、うーん、と柚乃はもう一度、首を反対側に倒して考え込んだ。
 見た瞬間は「不審者か!?」と身構えかけたものの、それにしては何だか様子が違っている。首を伸ばし、時につま先立ちになりながら、入り口の脇に必死に身を隠して中を伺っている様は、そりゃあ、不審には違いないけれども、押し込み強盗の類かと言われるとやっぱり違うのだ。
 どうする? と八曜丸とまなざしだけで会話して、柚乃はそっと、気付かれないようにその人影へと近付いていった。半ば息を止めて、足音を精一杯忍ばせて、こっそり、こっそり――

「‥‥て、兄様?」

 少しして、その『不審人物』の姿形が詳細に見えてくると、柚乃は眉を八の字にして思わず呟いていた。それは柚乃の双子の兄、緋那岐(ib5664)だったのだ。
 緋那岐がここにいる事は、別になんにもおかしくない。彼女たち双子は揃ってこの呉服屋に居候しているのだから、むしろ自然ともいえる。
 けれどもなぜ、言うなれば都での我が家とも言うべき呉服屋を、あんな風に身を隠して様子を伺ったりしているのだろう?

「兄様、一体、なにを‥‥」
「わ‥‥ッ!?」

 ひょい、と声をかけると、緋那岐は目に見えてびくりと肩を跳ね上げた。そうして素早くこちらを振り返り、柚乃の姿を見るや否や、ぐいっと腕を掴んで呉服屋の入り口のそばに積まれている、たった今まで緋那岐が身を隠していた荷物の陰に引っ張り込む。
 緋那岐にしっかりと腕を掴まれ、声を出さないように身振りで厳命されて、柚乃は顔中に疑問符を浮かべて、もう何度目になるか解らないくらい、首を傾げた。
 自分を掴む緋那岐は良い香りを漂わせていて、しっとりと髪も濡れているから、きっとお風呂上がりなんだろうな、と想像できた。この呉服屋には、人が直接身につける衣類を扱う関係上、常に清潔を保つ必要があるという主の方針で、それなりの広さを誇る風呂が備え付けてある。
 きっと、緋那岐はお風呂に入った後で、ここへ来たのだ。けれども、一体何が――?
 緋那岐の足元に居た、忍犬の疾風に視線を落としてみたけれども、尋ねて答えが返ってくるわけもない。もう一度、八曜丸と顔を見合わせ頷き合った柚乃は、自分もそっと首を伸ばすと、兄の後ろから呉服屋の中を覗いてみることにした。
 そうして、そこに居た予想外の人物に、はっ、と息を飲む。

(母様‥‥!)

 呉服屋の店先。おかみさんと楽しそうに、鈴を転がすような笑い声を上品に響かせながら談笑していたのは、都には居ないはずの母だったのだ。
 思いがけない訪問者に、柚乃は歓喜に顔を輝かせた。母のそばには、こちらも見覚えのある供が2人、揃って畏まっている。
 と、不意に、母の柔らかなまなざしがくるり、とおかみさんから店の入り口に向けられた。そうして『母様はちゃぁんと気付いてますよ』とでも顔に書いてありそうな、にこにこ笑顔でこう言った。

「‥‥あなた達、隠れてないでこちらにきなさいな」
「はい!」
「‥‥‥はい」

 おいでおいで、と手招きをする母に元気よく頷いて、柚乃は八曜丸と一緒に物陰から飛び出し、ぱたぱたと駆け寄る。その後ろから緋那岐も、こちらはバツが悪そうに、しぶしぶとした様子で、疾風に励まされながら母の元へと歩み寄った。
 そんな双子を見比べて、にっこり母が微笑む。気を利かせたおかみさんが、半分ばかり身を引いて、湯呑みを両手に大事に抱いてお茶をすすった。
 こくり、と柚乃が問いかける。

「母様。どうして都に? 父様もご一緒?」
「いいえ、母様だけお忍びですよ。実はね‥‥」

 ふる、と母が揺らがぬ笑顔のままで首を振った。そうして語ったことには、母の古い友人がまさに今日、婚儀を挙げるものだから、参列のために実家から供のみを連れて、飛空船を経由してやってきたのだという。
 夕方には帰りますけれどね、といたずらっぽく微笑む母の言葉の、けれども柚乃は別の場所が気になって、ぱっと目を輝かせた。
 婚儀。すなわち結婚式。それは柚乃の中に、淡くもあり、甘やかでもある憧れを伴う言葉のように響いた。遠とき未来であるようで、思わずその場面を想像せずには居られない、そんな。
 ぽふり、と母が柚乃の頭を撫でる。そうしてそっと、柚乃と緋那岐に視線を合わせ、にこ、と微笑む。

「どうして母様が今日、ここに寄ったか解りますか?」
「‥‥挨拶?」
「ええ、もちろん、あなた達がお世話になってるご挨拶もしたかったし、久しぶりにあなた達の顔も見たかったのですよ。けれどもね、一番の理由は、あなた達も一緒に、母様のお友達の婚儀に参列して欲しかったからなのです」

 どうかしら? と。
 微笑んだ母に、柚乃は力一杯頷いた。傍らで緋那岐がひくり、唇の端をひきつらせたのがちらりと目に入る。
 そんな2人を見比べて、またにっこりと、本当に嬉しそうに母が微笑んだ。





 婚儀は、都の中のさして珍しくはない一軒家で行われた。
 場所が場所なら、式そのものもまた、やや質素でささやかだ。参列者も、当たり前ながら柚乃達双子ほど年の若い者は他にいなかったし、それ以上に母のように若干、年を召した方が殆どで。
 与えられた席に座り、粛々と進んでいく婚儀の様子を眺めながら、柚乃はきょろ、と辺りを見回し、そんな感想を抱く。ここに来るまでに母から、今日の婚儀の『事情』を簡単に聞いては居たけれども。
 今日の新郎新婦は、すでに連れ添って数十年にもなる夫婦なのだという。けれども諸々の事情があって、婚儀自体は行わずにいた。
 だから。すでに熟年夫婦と言っても過言ではない2人なのだけれども、ついに今日、婚儀の晴れの日を迎えたのだという。だからこそ、上座で白無垢と紋付きに身を包んだ新郎新婦も、出席している身内やわずかな友人達も、母の世代の者が多いのだ。
 けれども――

「とても、素敵な式でしたね、母様」

 婚儀からの帰り道。参列の為に着替えた、白い膝丈ワンピースの裾と、ふぅわりとした素材のウエスト周りをふわりと揺らし、柚乃は母を振り仰いだ。上品な着物に身を包んだ母が、ええ、と頷いたのに嬉しくなって、柚乃もほんわり笑う。
 身内やごく親しい者だけを招いた、ささやかな式。けれどもだからこそ、その式はひどく暖かくて、胸がほっこりと暖まるようだった。新郎新婦にこれから始まる新しい生活への不安はもちろんなかったけれども、ようやく迎えた晴れの日、やっと袖を通した婚礼衣装に喜ぶ様子は、離れた所に座っていた柚乃にだって伝わった。
 だからとても、暖かくて、良い式だったと思う。すでに長い月日を夫婦として寄り添ってきた2人だからこそ、そんな2人を見守ってきた人々だからこそ作り上げられる、そんな暖かな絆が強く感じられる式だった。
 そう、言うと母がにっこり微笑んで、そうねぇ、と頷く。頷き、ふと気付いた様子で柚乃の髪に手を伸ばすと、純白の花飾りをす、と挿しなおす。
 そんな何気ない仕草が美しい、母の事が柚乃は大好きだった。たおやかで、気品があって、淑やかで。いつでも子供達に全力の愛情を注いでくれる、そんな母を柚乃は敬愛していたし、いつかは母のようになりたい、と憧れてもいる。
 いつか。柚乃もこの母のようになれるのだろうか。今日の婚儀のように、ただ当たり前に互いを想い合い、寄り添える、そんな夫婦になる日が来るのだろうか――ふと、そんな事を考えかけて、ふる、と首を振る。
 もう少し歩けば、飛空船の発着場だ。母は本当に婚儀の為だけにやってきたらしく、式が終わったその足で真っ直ぐ、ここまでやって来た。
 後ろを歩く緋那岐の、ほんの少しふてくされた様子をちらりと、肩越しに見る。柚乃と一緒に、緋那岐も婚儀に参列するために着替えさせられようとしたのだけれど、髪に櫛を入れた他は「俺はこれでいいのッ」と主張して、いつもと変わらぬ服装だ。
 兄弟の中で一番、仲良しの双子の、兄。
 知らず、じっと見つめていたら緋那岐がひょい、と眼差しを上げた。そうして何か言いかけたのを、にっこり笑った母が遮る。

「たまには帰ってきてもいいのですよ」
「って、お袋!? いきなり何さ」

 その言葉を聞いて、ぎょっ、と目を見開いた緋那岐があたふたと言ったのに、くすくす笑って子供達に手を振ると、母は軽やかに飛空船へと乗り込んでいった。その後を、ぱたぱた追いかけて2人の供も、船上の人となる。
 3人が消えていった飛空船をじっと見上げていたら、船上からかすかに話し声が聞こえてきた。

「私も神楽に住もうかしら?」
「お、奥様!?」
「ふふ、冗談ですよ。しかし、子供の成長はいつまでも見守りたいもの。‥‥ともあれ、孫の顔を見るまでは‥‥ね」
「‥‥ほんとに、冗談にしといてくれ」

 その会話を耳にした、緋那岐がうんざりとした様子で呟く。そうしてちらりと柚乃を見て、ぽん、と同じ高さにある肩を叩いた。兄様? と尋ねると無言で首を振り、帰るか、と微笑む。
 こくり、柚乃は頷いた。そうして一度だけ、飛空船のほうを、そこにいるはずのもはや姿の見えぬ母を振り返った。
 次に、母に会えるのはいつだろうか。きっと実家では父が帰りを首を長くして待っているのだろうと思ったけれども、それでも、叶うならもうしばらくの間、都に居てくれれば良いのに。
 なぜ、父はあれほどに、柚乃が開拓者になる事を反対したのだろうかと、ふと思う。その答えをいつか、柚乃は聞くことがあるのだろうか。

(‥‥ね)

 胸の中の面影に、そう、囁きかけてそっと、その面影を抱き締めた。大好きな家族と同じ位、大切に思うその面影。ただ、自分とその人が同じ時を生きて、同じ空の下に居る――そう思うだけで、幸せな気持ちがふわりと柚乃の胸を満たす。
 いつか、と。また想い、けれどもふる、と柚乃は首を振った。ただ、それだけで幸せで――幸せなはずで、けれども押し殺しきれない不安が胸の奥からこみ上げてくるのを、静かに静かに押し殺す。
 大切な、大切な人。あんなふうに自然に寄り添い、穏やかに互いを想いあう関係など、望むべくもない人。けれども時折、そんな望みがひょいと浮かび上がってきて、あの人と柚乃の生きる時間が異なる事に気付かされる。
 それは、言いようのない不安。どうしたら良いのかと迷い、悩み、けれども、とまたそんな自分の気持ちを打ち消す、その繰り返し。
 ふる、とまた首を振って、今日の婚儀の幸せな光景を思い浮かべ、大好きな母の穏やかな笑顔を思い出した。そうして自分の中をただ、幸せな気持ちで満たそうとする。
 そんな柚乃の手を引いて、何も言わぬまま、呉服屋に向かって歩き出した緋那岐の後を、同じく無言で柚乃はただ、ついて歩いた。その様子を、ただ月だけが空高くから静かに見下ろしていた。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 /  職業 】
 ia0638  /  柚乃  /  女  /  16  /  巫女
 ib5664  / 緋那岐 /  男  /  16  / 陰陽師

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
そして、大変にお待たせしてしまって本当に申し訳ございません(全力土下座

お母様やお兄様と参列した結婚式、如何でしたでしょうか。
お嬢様はご家族を大切になさってる、優しい方なのだなぁ、とイベシナの折に思ったのですが。
年相応の女の子らしい不安や悩みを抱えていらっしゃるお嬢様も、可愛らしいのではないかと思います(こく

また、もったいないお言葉、本当にありがとうございました。
いつかまた、のご縁がありましたらその節はぜひ、よろしくお願い致します(ぺこり
‥‥いえあの、お嬢様のイメージとか、その他色々、崩れてしまっていたらいつでもどこでもリテイクを是非(土下座

お嬢様のイメージ通りの、ささやかで暖かなひとときを彩るノベルであれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
水無月・祝福のドリームノベル -
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舵天照 -DTS-
2011年08月01日

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