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『変わるもの変わらないもの 』
皇・茉夕良4788)&海棠秋也(NPC5243)

「うーん……」

 ヴァイオリンをケースに片付け、手にハンドクリームを塗り込みながら皇茉夕良は考え込む。
 今日はずっと自習室に篭もって練習していたせいで、手の平には弓を握りしめた跡がついている。こんなに力任せにヴァイオリンを弾いても仕方がないのに。
 茉夕良が力任せに練習に明け暮れていたのは他でもない、海棠秋也の事だった。
 彼はようやく変わる決心をしたのに。
 なのに、周りが彼を無視して勝手に動く。
 彼は一体どこまで知っているのだろうか?
 のばらの事や、織也の事、桜華の事……。
 彼が閉じ籠もってしまった理由の数々が、頭を過ぎていった。
 よし。茉夕良はヴァイオリンケースを利き手と逆の手で提げた。
 考えてもしょうがないから、彼の所に行こう。行ってから、もう1度考えよう。
 私にできる事なんて微々たるものかもしれないけれど。
 自習室から出ると、既に外はパステルピンクな空の色に変わっていた。

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 中庭は、普段は放課後でたむろしている生徒が多いのだが、今日は中庭を横切っていく生徒達が多い。聖祭の準備で慌ただしいのだ。準備をしている生徒達の邪魔にならないよう、道を選びながら茉夕良は理事長館を目指した。
 彼はもう帰ってきているのだろうか。それともどこかで自主練をしているのか。
 どうしようと思いつつも、まずは理事長館へと顔を出そうとして、白亜の館の敷地内に足を踏み込むと、普段なら聴こえてくるチェロの音の替わりに、ピアノの音が流れてくる事に気が付いた。
 この曲……。思わず茉夕良は立ち止まって曲の聴こえる2階の方を見上げる。
確か海棠さんの課題曲。「ピアノ三重奏」……。その曲は流麗に、何の迷いもなく流れる。
この曲は、確か別名「偉大な芸術家の思い出に」だったかしら。彼は聖祭が終わったら、音楽科を辞めてバレエ科に戻ると言っていたけど、やっぱりのばらさんの事はもう思い出になったのかしら。
 ……駄目ね、全部私の想像だわ。
 邪魔にならないように、お邪魔しよう……。
 茉夕良は理事長館に「失礼します」と一声かけてから、扉を開いて階段を昇っていった。
 階段を昇り、ピアノの聴こえた部屋の扉をトントンとノックする。

「どうぞ」

 ぶっきらぼうな声が返ってきた。

「失礼します。……練習中でしたのに、申し訳ありません」
「いや。別に」
「そうですか。先ほどまでの曲は海棠さんの課題曲でしたよね?」
「…………」

 彼はこくりと頷いた。ピアノの音は、まだ響いたままだった。
 茉夕良はその姿に少しだけほっとする。
 彼はまだ、何も知らないみたいだ。

「どうかしたか?」
「えっ?」

 秋也はいきなり茉夕良に声をかけてきたので、少しだけ驚く。
 ピアノの音を止め、彼はじっとこちらを見ていたのだ。
 黒曜石のような目には珍しく怪訝な表情と言うべきものが浮かんでいた。いや、珍しくと言うよりも、こちらが本当の彼なのかもしれないが。
 茉夕良は言葉を選びながら、口を開いた。

「……どうしてですか?」
「何か変だ」
「変、ですか?」
「…………」

 秋也はじっと茉夕良を見る。
 まるで逆の立場に立ったみたいだ。全く心を開かない秋也さんに対しても、私はこんな事をしていたような気がする。
 嫌だったのかしら、やっぱり。それとも、あの人は助けを待っていたのかもしれない。
 もし私が今起こっている事を全部話したら、彼の決意がぐらついてしまうかもしれない。
 でも……。
 茉夕良は小さく息をして、呼吸を整える。そして、もう1度口を開いた。

「もし、もしもです」
「?」

 秋也は楽譜を持ってピアノの蓋を閉めながら、黙って続きを促す。
 茉夕良は、胸に手を当てて続きを紡いだ。

「もし、前を向こうとしている時に、後ろから過去が追いかけてきたら、どうしますか?」
「……前にも言ったと思うけど」
「えっ?」
「逃げるの止めようと思ったから、追いかけてきてもどうにもしない。追いかけてくるなら追いついた時に追いかけてきたものを見つめる」
「あ……」

 もう、秋也さんは大丈夫だ。
 少しだけ安心した。
 確かに彼は傷つくかもしれないけど、彼はもう充分傷ついているから、痛みの乗り越え方を学んだんだ。……それがいい事とは思えないけど。

「……のばらさん」
「えっ?」
「のばらさんを生き返らせようとしている人が、います」
「……織也か」
「えっ? 知ってるんですか?」
「俺のふりしてずっとうろうろしてたから、何してるんだろうって思ってたけど……」

 そっか、秋也さんは自分に身に覚えのない目撃例があるから、織也さんが学園内で何かしている所までは知ってたんだ……。

「……私は、止めたいです。知ってしまったから……」
「…………」

 秋也は何かを考え込むように、窓の外を見た。
 窓の外から見えるのは、夕焼けの下、華々しく大道具が行き来する風景だった。

「……あいつも、変われればいいのに」
「えっ?」
「…………」

 それ以上、秋也が口を開く事はなかった。

<了>
PCシチュエーションノベル(シングル) -
石田空 クリエイターズルームへ
東京怪談
2011年08月01日

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