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『●衣裳部屋のアリス 』
朱麓(ia8390)

「はぁ……」
 今日、何度目のため息だろう。
 彼女は悩んでいた――原因は、何度目かの、相棒の言葉。
『(一応は)女性なのだからもっとおしゃれをして』
 お洒落と言われても……とその女、朱麓(ia8390)は頭を抱える。
「(あたしに、どんな服を着ろと!)」
 確かに、進んでお洒落はしていないけれど、それは必要ないからであって――自らが営む万屋の帳簿をパラリとめくる。
 書き足しを行いつつ、帳簿を閉じれば、無表情でお代わりを要求する万屋の一員、北條・李遵(iz0066)がいた。
 目が合う、茶碗に目を映す、逃げ出そうとした李遵の手を掴み外を指さす朱麓。
「あんたにしか、出来ない相談なんだ――」



「全裸に陣羽織で、いいんじゃないですか」
「あんた、真面目に考えてないね」
 さながらボケとツッコミ、都に来た二人は露店を冷やかしつつ、呉服屋を訪れた。
 李遵が、此れは如何です?と選んだ薄桃に紫を重ねた色合いの服を見て、朱麓は眉を顰めた――可愛過ぎる。
 可愛らしい服装は、どうしても着る気が起きない……何より、自分に似合わない気がする。
「りっちゃんも露出が高い服とか似合うんじゃね?スタイル良いし」
 さり気なく李遵へと矛先を変え、手にしたのは青のチャイナドレス、うわぁと李遵は声を上げた。
 流石に、今の服と較べて露出が高すぎるだろうか……だが、いつもと違う服装も。
「まな板発言、忘れていませんよ」
「……露出じゃなくて、そこ?」
 石鏡の陽天では、様々な品物が手に入る。
 だが、ジルベリアの羽根付き帽子、泰国のアオザイ、何かが違う。
 歩きまわり、依頼での疲れとは別の疲れが溜まるのを感じ、途方にくれる二人の目に留まったのは古びた屋敷。

『魅力的な衣装、あります』

 美麗な看板の文字に、魅力的な衣装ですか……、と朱麓の隣で李遵が呟く。
 店なのか、そうではないのか――ただ、ご自由にお入りくださいと書かれている、見て行くだけなら。
 朱麓の足は、引き寄せられるようにその屋敷へ向かった。
「いらっしゃいませ。此処は衣装屋……美しさに迷う女性が、羽根を休める場所」
 扱う衣装は様々、天儀の天女の装束、ジルベリア皇帝の甲冑、泰国の傾城の美女の衣装、アル=カマルの神官の服……。
 女の唇は、蠱惑的な赤。
 自分に似合う服など無いのだと、半ばやけっぱちな気分だったが、これ程多ければ一つ位、自分に似合う衣装もあるだろう。
「此処に無い衣装はございません……お好きなだけ、試着をどうぞ」
 屋敷の中、甘い香の香りが強くて頭の芯がクラリ、と痺れた。

 扉の先、シャラリと音を立てる、黄金に輝く首飾りに腕飾り。
 魅惑の光を放つ宝石、赤いボトムのスカートに同じ赤のトップスは、生地がサラリとしていて素肌に心地よい。
 アル=カマル風の衣装だろう、泰国でも見たことの無いデザインだ。
「この宝石、売ったらどの位するのでしょうか」
 同じような衣装に身を包んだ李遵が腕飾りをじっと見、手にし、服の中に突っ込んだ……鮮やかな手並みである。
 視線を向けられているのに気付いたのか、李遵が朱麓を見、そして口を開いた。
「しかし、大きいですね」
「……何が?」
「胸」
「大丈夫、あんたにもあるよ」
 むにゅっと李遵の胸に手を伸ばし、確かめてから朱麓は頷く。
 悩む程じゃない、十分あるじゃないか……と頷きながら手を離せば李遵は頬を赤く染めていて、ちょっと不気味だった。
「責任取って下さい、責任!」
「えー、旦那いるし」
 何となく、気まずくて視線を逸ら――したところで、責任も何も万屋の一員なんだから半同棲である。
 そう言えば、と李遵がちなみに本題です、とわざわざ前置きをして口を開く。
 ――似合わないと言いたいのか、と身構える朱麓だったが。
「似合いますね」
「……な、何だい、今更」
「朱麓様、照れてますね」
 気のせいじゃね、と照れ隠し、髪を括りなおし朱麓は次の扉を開ける……寒い。

「アル=カマルから、いきなりジルベリア――ってメイド服!?」
「朱麓たん萌え〜」
 裏声でこっち向いてーとか、と、朱麓が横で赤くなったり青くなったりしているにも関わらず、李遵は楽しそうだった。
「無い、絶対無い!」
「ガーターベルト、しかも黒。ええ、好みです」
 ペロッと朱麓のスカートを捲ってみながら、李遵が満足そうに頷く、無性に腹が立って蹴りを入れてやる。
 北條は怖いんですよ、といつもの無表情で言っているが、怖いと言うよりも正直鬱陶しい。
「さて、次に行きましょうか」
 李遵が満足した頃、朱麓としては精根尽き果てていた――次の扉を開ける……重かった。

 重ねられた五色の衣、その衣には金糸や銀糸で花鳥風月が描かれている――十二単。
 香が焚きしめられているのか、一層香りが強い。
 隣で、グッタリとなった李遵を抱えあげ、朱麓はその頬をパチパチと叩く。
「おーい、りっちゃん、大丈夫かい?」
 こ――薄く開いた唇から、漏れた言葉は弱々しい。 大丈夫だろうか、もしや、何かあったのでは、そう思った朱麓だったが。
「この部屋、臭い」
 朱麓は李遵を取り落とした、扉を開けて、容赦無く蹴り入れる。 酷い!と、悲鳴が聞こえた気がしたがそんな事は気にならない。
 シリアス返せ、という感じだった。 確かに――この香の香りは、強すぎるが。
 ふ、と視線を目の前の鏡に映る自分の姿に向ければ、いつもより小さい手。
 そう言えば、と思い起こせば李遵の姿もいつもより小さかった、否、幼いと言うべきか。
「何が……?」
 巨大な鏡に映る、いつもより幼い自分に向かって、朱麓は呟いた。


 つぅ――と水面を赤い爪が切り裂く。 長椅子に身体を横たえた女は、赤いまなじりを満足そうに下げる。
「どんどん幼くなって……生まれる前へ戻り、消えてしまえばいいわ。私の他に、美しい者は要らない」
 立ち上がった女は、部屋中の鏡に映る自分を見まわす。
 赤いまなじり、赤い唇。
「醜くなるのは嫌よね、わかるわ……人間って、可哀相」


 衣装を着る度に幼くなる自分達、そして、強くなる香の香り。
 ジルベリアで踊る死した処女の妖精の衣装、レースを贅沢に使いパニエでふわりとさせた迷い子のドレス。
 どんどん目の前の自分が、隣の友人が、幼くなる。
「その内に、赤子にまで戻るかもしれませんね」
「遠慮したいね、それは。……否定は出来ないけど、とりあえず、出口を探すよ」
 コツーン、コツーン、床を歩くヒールの音。 二人は軽く身構え、各々の武器を探るが、その手は宙を切った。
「おや、まだ消えていなかったのね」
 そう言って赤いまなじりを上げる一人の女の姿、その瞳には生気の無い――アヤカシか。
 咄嗟に、朱麓は肩に纏った薄絹を固く拳に巻き付けた、腕輪に木彫り細工が使われている事を知り、それを護拳にと使う。
「醜い亡骸を晒し、朽ち果てて逝くと良いわ」
 女を起点とし、衝撃波が放たれ、無数の鏡が割れて二人を傷つける。
「りっちゃん!」
 咄嗟に、腕を引いて李遵を腕の中に庇い、腕輪を牽制とばかりに女に向かって投げつけた。
 カツーンと硬い音がして、腕輪は女の爪に弾かれる。
「此処にいるんだよ、いいね」
 その足の素早さを活かし、懐に入ろうとするがのらり、くらりとかわされる。
 香の薫りが鼻について、上手く身体が動かない……それでも、相手に足払いをかけ胸部へ拳を叩きこもうとする――が。
「小さくなったのを、お忘れかい?」
 弾き飛ばされる朱麓、壁に叩きつけられ血を吐く。
 冗談じゃないよ――っ!
 ギリリと奥歯を噛みしめ、攻撃の為に身体を動かそうとすれば、壁から伸びる枯れた腕。
「貴女はそこで、見ていると良いわ、そこで無様に転がって見てなさい」
「あたしの友人に手ぇ出してみな、タダじゃ済まないよ!」
 拘束されて、血を吐いても彼女は声を張り上げる。
 気力を振り絞れば、突破できない筈はない……身体中に傷を負うかもしれないが。
 まさに、彼女が強行突破する前、一陣の風が吹いて身体が腕から解き放たれる。
 李遵の瞳と目があった――朱麓は頷き、壁を蹴って敵を葬る為、駆ける。
「りっちゃんが受けた傷、倍にして返してやる」
 直ぐに体勢を立て直した女だったが、もう遅い。
 その腹に容赦ない拳の一撃を喰らい、その女は瘴気を立ち上らせながら、その場に崩れ落ちたのだった。

 ――店が、砕ける。
 光が、差し込む。


「ま、眩しい――って、大丈夫かい、りっちゃん!?って、あれ?」
 バッ、と跳ね起きた朱麓は、自分の身体をペタペタ触ると安堵の息を漏らす――寝間着姿の自分、ああ、そうか、夢……。
 ふ、と視線を向ければ枕元に置かれた『何か』があった。
 朱麓様へ、と李遵の文字で書かれた手紙、中を見てみれば……。
『(試供品)スリットの入った忍び装束。黒ガーターにノースリーブ、付け袖。素敵な夏を、北條がお約束します。今年の夏は陰殻で!』
 グシャ、と朱麓の手の中で手紙が潰れた、でも、折角だしこの衣装……一人なら着てみても。
 そんな姐御を見守る、李遵と朱麓の相棒達――彼等は視線を合わせ、満足そうに頷いた。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ia8390 / 朱麓 / 女性 / 23 / 泰拳士】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お世話になっております、白銀 紅夜です。
この度は、発注ありがとうございました。

姐御の仲間思いで、少し不器用な姿を意識しつつ。
いつもは見れない(と思われる)姐御の姿を綴らせて頂きました。
誰かの為に強くなれる。
それは、アヤカシが捕らわれた外見だけではない、芯からの美しさだと思うのです。
お色気ハプニング!では、女同士ですし。
積極的(?)な姐御を書きたかったのです。

では、太陽と月、巡る縁に感謝して、良い夢を。
Midnight!夏色ドリームノベル -
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舵天照 -DTS-
2011年08月05日

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