▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『湖畔の歌 』
アルーシュ・リトナ(ib0119)


 夏の夜は短い。
 燃える炎を囲んで、8人の子供たちと数人の大人が夕食を楽しんでいる。泰国雑技公演の旅を続ける孤児たち、香鈴(カリン)雑技団だ。
「しっかし、公演のお礼にこんな別荘地で過ごしていいだなんて」
「夢みたいっ♪」
 思いがけず過ごすことになった、避暑地でのひととき。
「ほら、在恋(ザイレン)も食べろって。大切な歌姫に夏バテされても困るからな」
「じゃあ、歌姉さんとはんぶんこに」
 仲間に大きな鶏肉を食べるよう勧められた少女――名は在恋という――は、雑技団のお姉さん的な存在、「香鈴の歌姉さん」ことアルーシュ・リトナ(ib0119)の側に逃げ込むのだった。
 そしてちらっ、とアルーシュを上目遣いで見るとささやいた。
「明日の朝、約束だからね」
「ええ、約束♪」
 アルーシュは微笑し、ぽろん、と抱えていたハープを弾く。
「お。歌姉ェ、弾いてくれるの? じゃ、私は踊るゼ」
 立ち上がる子どもたち。
 ふふっ、と笑みをこぼすアルーシュ。
 すうっ、と息を吸い込む。

♪暁あけて 青い空
 足取り軽く 行く道はるか
 今日はどこで この場所で
 花を咲かせる一幕を‥‥

 出会った最初に、在恋と一緒に歌った曲。
 仲間との夜は、長い――。


 翌朝。
「ううん」
 コテージの中、薄い掛け布団がもぞりと動いた。
「ん‥‥」
 大きく緩やかに波打つ茶色の髪がしろい頬から流れた。すっ、とベッドの端から細い足が現れる。
「良かった。寝坊しちゃうかと思った」
 起きてベッドに腰掛けるアルーシュ。目をこすりながら見る窓の外は、まだ薄暗い。
 立ち上がり、水差しのある場所へ。
 と、ここで「あらっ」。立ち止まって目を丸める。
 纏っていた薄衣から細い腕を伸ばし、くん、と鼻を利かせてみた。
(ほっ、昨晩の料理の匂いはないみたい。でも、濡らした手拭いできれいにしておこうかしら)
 髪を纏め上げながら歩き、いつもの笑顔に戻る。普段人前では見せないコミカルな表情は一瞬だけ。
 そして、ふんふん♪と部屋の中に鼻歌や、とたとたと足音が響く。
 若草色の透ける白いサマードレスをひらりと着て、小さな花の連なる髪留で纏める。そして外に出たときだった。
「歌姉さん、おはようございます」
 向かいのコテージで、在恋が待っていた。
「良かった、ぴったりで」
「ええ。私、こんな服着たことなくって、歌姉さんみたいになった気分でとっても嬉しいんです」
 両手を合わせて喜ぶアルーシュの前で、両手を広げて回ってみせる在恋。薄桃色のジルベリア風サンドレスと下ろした髪が、彼女の動きを追うように流れて広がった。普段の泰服とは違う華やかな魅力がある。
「生地は私が織ったんですよ?」
「え、これを歌姉さんが? すご〜いっ! あ、そうか。最初に会ったときに言ってた‥‥」
 出会いは、在恋に度胸をつけてもらう依頼。その中で、泰国案内をした時。
 機織のリズムに合わせて歌っていたこと、傭兵団の宴で賑やかに踊ったこと。そんな話をした。
 身寄りもなくゴミ溜めのような下町で歌だけを心の拠り所として生きていた在恋にとって、アルーシュの話は鮮烈な画像として心に焼き付いていた。壁の隙間に座り自分の膝小僧を抱えて小さく歌った曲と比べ、何と生命力に満ちていることか、何と輝かしい世界が広がっていることか――。
「ホントにすごい‥‥。私なんか、目の前のことから逃げ出したいからって‥‥、最初は自分のためだけに歌ってたのに」
 くすん、と在恋は涙ぐむのだった。
 その時。


「いいじゃない、それで」
「え?」
 アルーシュは、自分でも意識しないうちに在恋を抱き締めていた。あれっ、と表情を変えすんすんと鼻を鳴らした在恋だが、続けられる優しい言葉に心を落ち着けた。
「私も迷いがあって歌えないとき、あったんですよ? でもやっぱり、気付けば歌ってた」
「アルーシュ姉さんも?」
「ええ。何がいけないのか考えて散々迷って。でも、いつの間にか歌を‥‥」
 不思議よねとウインクして離れ、改めて歩き出す。止まっていた在恋も歩き始めた。
 周りは、濃い朝霧に包まれている。
 視界は狭い。
 その白い霧の奥から、ちちちという小鳥の囀り、虫の羽ばたくぶうんという音。
 音ばかりではない。肌に感じる湿った気配に、水分を含んで目に一層鮮やかな木々の緑。
 これが、自然の営み。
 生命の賛歌。
 さく、さく、さく、と歩いてみる。
 とん、た・た・たん、とステップを刻む在恋。
「えへ」
 顔を向ける在恋の顔に、「落ち込んでゴメンナサイ」の表情。
「うふふ」
 にっこり「いいんですよ」と目尻を下げて次のステップ。
 大人の身長のアルーシュと、子どもの身長の在恋。
 白に透ける淡い緑のドレスに、薄桃色の衣装。
 ひらめく纏った服が。
 体で刻んだリズムが。
 早朝の避暑地の気配が。
 それぞれ親和し心を弾ませる。
 何かあるかも?
 きっと何かありまますよ。
 黒い在恋の瞳に、緑色のアルーシュの瞳が答える。
 と、ここでアルーシュが瞳を閉じ、風に身を預けるように顎を上げ、両手を広げてくるりと回った。

♪一緒に蓮を見に行きましょう 早起きをして
 聞こえるかしら朝霧に隠れ 耳を澄ませば、ほら‥‥
 そっと開く蓮の花の音(ね) 
 陽に恥らう清廉の花 淡紅は緑に隠れて‥‥

「あ」
 在恋の声で、アルーシュも気付いた。


「すごい。昨日の夕方到着した時は咲いてなかったのに」
 湖に近付いたこと、霧が薄まり始めたことで、ぱあっと視界が開けたのだ。
「白に桃色に、赤。‥‥点々と浮かんで、思いっきり花を開いて」
 興奮して衣装を引っ張る在恋の肩に、そっと手をやるアルーシュ。小さな薄桃色に、淡い緑色。
「不思議、不思議‥‥」
 珍しくまくし立てる在恋。身を翻して駆け出した。
「あ」
 瞬間、彼女の衣装の胸元から音符のネックレスがこぼれたてきらめいた。
(いつか贈った首飾り‥‥)
 微笑して、在恋を追い掛けるアルーシュ。在恋の向かっている先には、湖面に張り出すテラスがある。
「素敵、素敵‥‥」
 うわごとのように言う在恋に追いついたのは、テラスの手すりで。
 湖面は一面の葉に覆われ、ところどころに咲く花が見事に映えていた。
「あそこに鯉が」
「ふふっ、そうですね」
 左右に大きく広がる、早起きした人だけに自然がプレゼントする幻想的な光景を見渡す。逆から見れば、生命に溢れた世界にぽつりと二人が立っているとも言える。

♪す・て・き‥‥

 在恋がリズムを取った。

♪ふ・し・ぎ‥‥

 アルーシュが応じる。
 とん・たたんと手すりも叩く。

♪す・て・き (タタン・タ) ふ・し・ぎ‥‥

 交互に歌っては、跳ねたり回ったりして湖畔一周の旅に出る。他に歌詞はいらない。
 あはは、うふふとステップを踏んでいたが、ここでアルーシュの瞳が曇った。
(これでいいのかしら‥‥)
 静かな、静かな涼色に満つる時。
 しかし、美しい自然に対し、歌詞は出てこなかった。
 在恋は、最初は自分のために歌ったと言った。
 自分は、機織の音にあわせて歌うと聞きに来た子供達の為に新しい歌や物語を。
(歌は何処から何の為に‥‥。時に人の心に立ち止まり、時に意味も無くすれ違って行く)
 救われた在恋。では、自分の場合は?
(分からない。でも、どうしたらいいの?)
 髪留を外し、緩やかに波打つ髪を左右に振った。
 言葉にならない思い。歌詞にならないもどかしさ。押し付けや説教にならない、そんな歌詞に――。
「あ‥‥。歌姉さん、いい匂い」
 在恋の声。アルーシュ、朝の支度で髪に梅花の精油を薄めて髪に霧吹きしていたのだ。
「ど、どうしたの? 歌姉さん!」
 突然在恋の声が強くなったのは、アルーシュの瞳に涙が浮いていたから。
「ごめんね。私が‥‥、何処までも小さな私の歌が‥‥。でも何時か、押し付けるでなく、ふと誰かの心に素直に落ちていく様な歌が歌えたら、と」
 あまりに大きな自然に対する無力感に、言葉は散り散りになる。
「もどかしい‥‥。この素晴らしいひとときを歌に表せなくて」
「そんな。心が弾んだから、それでも私、いいと思う‥‥」
 苦しそうなアルーシュに、在恋はそれだけ言うのがやっとだった。
(それでも、歌う事を今は止めたくない)
 だって、心は間違いなく弾んでいるのだから――。
 多くの気配を感じながら、意識が遠のいていくアルーシュだった。


「ん‥‥?」
 次に気付くと、アルーシュはハンモックに揺られていた。

♪風斬る短剣
 流るる剣舞‥‥
 技はきらり星 楽しき香鈴雑疑団

 在恋の歌声が聞こえていた。出会った最初に歌った曲だ。
 もぞり、と起きると梅花の香りが広がった。自分の付けたにおい。小さいけれど、自分の世界。
「あ。歌姉ェ、おはよう。‥‥今度は歌姉ェが歌ってよ」
 雑技の子どもたちがいた。力持ちの子にここに横たえられたのだろう。
 そして、心配そうな在恋の顔がある。
「ええ、歌いましょう。‥‥見て感じる全てを」
 自分だけのために。
 そして歌い、出だしの直後に顔を上げた。
(いい。すとんと心に落ちる。これなら‥‥)
 口を一層開く。体の底から、いや、心の底から歌声が出てくる。
 さあっ、と涼風が湖畔を渡った。
 伸びやかで清らかな歌声が、妖精のように辺りを巡った。
 揺れる、睡蓮。
 きょろ、と弾む心を隠しきれない小鳥。
 アルーシュはただ、歌うだけ。
 聴く、子どもたちがリズムを取り始めている。
 湖畔も、夏のざわめきでリズムを取り始めていた――。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【ib0119/アルーシュ・リトナ/女性/19/吟遊詩人】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
アルーシュ様

 いつもお世話様になっております。
 リプレイ既存曲メドレーのミュージッククリップ的内容にするか迷ったのですが、若干重い話でまとめました。
 詰め込みすぎで(ここすら)急ぎ足ですが、お気付きの点があればお知らせください。

 連れて行ってもらった在恋ちゃん、とっても喜んでましたよ。
 この度はありがとうございました。
Midnight!夏色ドリームノベル -
瀬川潮 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2011年08月10日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.