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『見上げた空の、その先の。〜二つの夜空に 』
宿奈 芳純(ia9695)

 暗い、暗い夜空を、見上げる。
 じっと、静かに。
 知らず、息すら押し殺して見上げた先に、小さな小さな輝きを求めて。
 手元には使い込まれた六壬式盤。持ち運ぶにはやや大きな、けれども大柄な彼の前に置かれると妙に小さく感じられるその板の上には、小さな星空がある。
 やがて――ふぅ、と小さなため息を吐いて、宿奈 芳純(ia9695)は無意識に力の入っていた肩を、自らの手で軽く揉みほぐした。ゆっくりと首を左右に傾けると、こき、こき、と音がする。
 星空を、見上げることは芳純にとって、習慣のようなものだった。六壬式盤に記された星空と、実際の夜空を重ねてそこに、流れのようなものを見出そうとする。毎夜というわけではもちろんないが、それでも叶う限りの時間を割いて、芳純はそうして空を見上げるのだ。
 今宵の星は、けれどもなかなか芳純の前に姿を現そうとはしない。うっすらと雲がかかってしまっているのか、それともまだ十分な暗さではないのか。
 ほんの少し、六壬式盤に視線を落としてから芳純はまた、じっ、と夜空を見上げる。暗い、暗い夜空の中に、さやかな星の煌めきを探す。六壬式盤の中央に描かれた星図は、この時期のこの時間ならどの辺りに見えただろうかと、記憶を辿り、茶色い双眸をゆっくりと動かしていく。
 降り積もる静寂が、その場を支配する。

(‥‥少し、のどが渇きましたね)

 やがて、芳純はぽつり、心の片隅でそんな事を思った。夜とは言え、夏はすぐにのどが渇いてしまう。そのまま夜空に視線を置き、傍らを手で探って傍らに置いた器を手に取った。
 けれども、取り上げた器は拍子抜けするほど、軽い。おや、と眼差しを夜空から手の中の器に移すと、それはすでに空っぽだ――どうやら無意識に、飲み干してしまったらしい。
 やれやれと、六壬式盤をその場においたまま芳純は立ち上がって、いったん家の奥へと引っ込んだ。買ってあった岩清水を見つけると、また縁側へととって返す。
 そうして――息を、飲んだ。

「これは‥‥ッ」

 ほんの少し、芳純が席を外したその間に、夜空には降ってきそうなほどたくさんの、輝く星々が姿を現していた。つい先ほどまでは、どんなに目を凝らしても光の欠片すら見つけられなかったとは思えないほどの、美しい輝き。
 慌てて六壬式盤の所まで戻り、大きな両手でその小さな板を取り上げた。幾度も見つめたそれに眼差しを落とし、それから輝く夜空を見上げて、その2つの星空を重ね合わせようとする。
 中心となる星を見つけ、六壬式盤の向きを合わせて。重ねた夜空の中から、天地の気の流れを見出し、読み取ろうと心を凝らして――

「‥‥‥いや」

 ふいに、芳純自身にも明確には解らぬ苦笑が、彼の唇を彩った。そうして呟いた言葉が、芳純自身の耳を打って、消える。
 その響きの後を追うように、芳純は軽く首を振って六壬式盤をまた、縁側の床へと降ろした。そこに描かれた、染料の夜空をほんの少し、見つめる。
 六壬式盤は、天の星々の配置を描き、そこに実際の夜空を重ねて、天地の気を読みとるための道具なのだと、芳純は教わった。芳純にこの道具を教えてくれた人は、だからこの道具を使いこなして天の星々の動きを読みとることで、世の動きを読みとることが出来るようになるのだ、と語っていたか。
 以来、夜空を見上げて星々の動きを読みとり、六壬式盤に重ねてその流れを探ることを、芳純は己の習慣としていた。けれども――
 六壬式盤から視線を外し、見上げた夜空に輝く星々。とうてい筆では描き切れぬであろう、神秘的な美しさ。
 まさに筆舌尽くし難い光景の前で、圧倒的な美しさを誇る夜空の下で。小さな小さな板に描かれた夜空とそれを重ねることに固執して、いったい何になると言うのだろう?
 芳純にはすでに、これ以上、六壬式盤と夜空を見比べ、何かを読みとろうと心を澄ませよう、という気が失せていた。星はこれからも幾度となく夜空を彩り、輝くだろう――けれども、こんな見事な星空には、そうそう巡り会えるものではない。
 ならば。今宵くらいは素直に、ただ星々の煌めきに心を傾けるのも良いだろう。文字通りに、地上に降り注がんばかりの星を見上げて過ごすのも、良いだろう。
 だから芳純は、いささか足を崩してくつろいだ様子で座り直し、傍らへと六壬式盤を置いた。代わりに手元に引き寄せたのは、先ほど持ってきた岩清水。
 土器(かわらけ)に注いで口を付けると、清しく喉の奥を滑り落ちていく水が様々の感情を洗い流していく心地がした。ごくり、喉を鳴らして見上げた夜空の、数多の輝きに目を細める。
 暗い、暗い夜空。どことも知れぬ果てへと続いているかのような闇も、こんな星空の日にはまるで、闇それ自体が存在感を持って光輝くように見えるから不思議だ。
 時に、この空から何かを読みとろうとすることなど、人の身には過ぎた大それた事なのではないかと、恐怖にも畏敬にも似た感情すら、胸によぎり。けれどもそれを知りたいのだと、果ての知れぬ知識欲がひょい、と首をもたげて、また夜空にするりと溶けて消えていく。
 これだけでは如何にも味気ないと、脳裏を探れば甘酒が幾つかあったはずだった。どこにしまったのだったかと、記憶を手繰り、手繰って見つけ出し、岩清水の傍らにひょい、と添える。
 そうしてまた夜空を見上げて、甘酒や岩清水を徒然の供に、煌めく輝きをじっと、ただ見上げた。暗い夜の中、道しるべのようにさやかに、力強く輝く星の光。
 それはまるで、夏の空を、その夜を、見守るようで、見下ろすようで。ふと、本当にそうだったら面白いのにと、埒もないことを考え、微かに唇をつり上げた。
 暗い、暗い夜空の中。見上げる芳純の思惑など、もちろん知ったはずもなく、宝石のような煌めきはただ静かに、夜闇の中できらきらと踊っていたのだった。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /  PC名  / 性別 / 年齢 /  職業 】
 ia9695  / 宿奈 芳純 /  男  /  25  / 陰陽師

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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残暑お見舞い申し上げます、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

静かに星空を楽しむひととき、如何でしたでしょうか。
無心――とはほんのちょっぴり、離れてしまったやも知れませんが(汗
DTSの世界の夜空は、私たちが今、見上げる夜空と変わらず美しいのだろうかと、夢想しながら書かせて頂きました。

陰陽師様のイメージ通りの、美しい星空に心を寄せる、穏やかな時間のノベルであれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
Midnight!夏色ドリームノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2011年08月15日

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