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『Special Summer Vacation 』
夢姫(gb5094)
●懐郷
「わぁ‥‥! 綺麗な海」
 白く華奢な腕を広げ、のびやかに海風に吹かれる少女の背を見つめて、ジョエル・S・ハーゲン(gz0380)が笑う。
「あ。‥‥子供扱い、してます?」
「いいや。幸せそうだなと、思っただけだ」
 男の様子に気付いて振り返った少女は、夏の日差しよりずっと柔らかで温かな笑みを湛えていた。

 夢姫(gb5094)は、Chariotの面々と共にリゾートホテルの警備に参加していた。
 訪れたこのホテルは存外平和で、周囲の情報を聞くところによれば、目撃情報レベルですらキメラの脅威は無いのだそう。
 結局のところ、高級リゾートの運営者が『客への安全アピール』として雇っただけのものらしく、ここに傭兵が居ると言う事実だけでも職務を十分果たせているようだった。
 そんな背景など全く気にも留めずに、頭のてっぺんから足のつま先まで解放感を堪能している少女が一人。
 ホテルのロビーから少女が見下ろした先には、眩しいほどに真っ白な砂浜と、限りなく澄んだ碧い海があった。
「夢姫は、海が好きなのか」
 ジョエルが穏やかに問えば、いつもより上機嫌な様子の夢姫はこくりと頷いた。
 その理由について、どこから話そうかと逡巡した後、海に纏わる昔の記憶を思い返すように瞳を閉じる夢姫。
 長い睫毛が形の良い瞼を縁取り、どこか儚げな印象を受ける。
「わたしは、日本の沖縄っていう所が故郷なんです。とても海がきれいな所なんですよ」
 眼下の海は、沖縄のそれでは無いけれど‥‥海は、この世界のどこまでも繋がっているから。
 だから、夢姫は海を見ていると、懐かしさと安堵感で胸中を満たされていく気がした。
 回想を終えるように瞳を開けた夢姫は、眼前の男を正面から捉えて微笑む。
「そうか、沖縄か‥‥。夢姫が言うんだ、美しい場所なんだろうな」
 初めて故郷のことを語る少女だが、その様子は努めて明るく、幸せそうに見えた。
 夢姫がその笑顔の奥に何かを秘めていたとしても、そうして笑える強さが羨ましく感じられ、ジョエルは少し眩しそうに眉を寄せる。
 「はい」と元気応えた後、夢姫はジョエルの傍に駆け寄った。
 どこか小さな企みを隠したような表情でジョエルを見上げる夢姫の唇は、緩く弧を描いている。
「‥‥遊びに行きたいんだろう」
 人とコミュニケーションをとる事が、この歳になっても未だ不得意であるジョエル。
 『目の前の相手が何を求めているか?』、それを察するという行為は、この男にとって正直ハードルが高い。
 けれど、なぜだか今、彼女の心境についてだけは、不思議と手に取るように解った気がしたのだ。
 いや、夢姫が敢えて「わかるようにしてくれている」のだろうとも思えた。この、心の優しい少女の事だから。
「分かります?」
 ふふ、と小さく笑って。
 夢姫は、その場にいたジョエルたちの手をとり、Chariotの面々を見渡した。
「行きませんか? 今は別働班が見ていてくれる時間ですし、ね」
 その誘いにジョエルはしばし悩んだ様子を見せるが、瞬間隊員らに頭を叩かれる。
「夢姫ちゃんのお誘い、断ろうとしてんすか? ったく、こんなとこまで来てあんた馬鹿じゃないの? ほら、行こうって!」
「‥‥馬鹿は余計だ」
 矢継ぎ早に言葉を繰り出す器用な副長に、少しだけムッとした様子をみせながら叩かれた頭をジョエルは擦る。
「いいえ、お馬鹿さんです。‥‥断ったりしたら、ですけど」
 くすくすと2人のやり取りを見守りながら、夢姫とジョエル、そしてChariotの面々は快晴の空の下へ歩き出した。
 少女に導かれるままに。

●その瞳に映るものは
 2人の手を引き、砂浜を駆け降りる夢姫。
 日焼けも砂に塗れることも、年頃の女の子が懸念するような細かいことを一切気にする素振りもなく、
 履いていた華奢なミュールを脱ぎ捨てて、夢姫は裸足になってゆく。
「夢姫、靴は‥‥」
「いいんです!」
 オーロラやぺリドット、ライトピンクなどの大ぶりのビジューが輝くミュールは、砂浜の上、砂に埋もれたまま主の背を見送る。
「‥‥綺麗な靴なんだ。後で忘れないように、な」
「大丈夫ですってば。ジョエルさん、心配性です」
 楽しそうにはしゃぐ少女の姿に、思わずジョエルも引きずられていった。
 波打ち際を、裸足で波を踏みしめるように一歩一歩楽しげに歩いてゆく夢姫。
「冷たくて、気持ちいい」
「海も‥‥たまには悪くないな」
 夢姫が波に囚われて転ばないようにと、ジョエルは何も言わずにその隣を歩いた。
「たまには? いつも良いもの、ですよ。だってほら、潮の香り、さざ波の音、太陽が輝く水面‥‥」
 ふと、ジョエルは不思議に思った。というより、強く興味を引かれたことがあった。
 一体、少女の目には、この景色がどう映っているのだろうか? ‥‥と。
 恐らく、今自分が見ているものよりずっと、1つ1つが色鮮やかに光輝いて見えているのだろう。
 それほどまでに、夢姫から紡がれる沢山の言葉は、力強く、生命力に溢れていた。
 世界の全てに感謝するように。この世にあることを、幸せに思えるように。
「‥‥みんな大好き」
 そして、全てを愛しく思っているように‥‥。
 ジョエルは、今まで夢姫から与えられたいくつもの言葉を反芻した。
 何度救われたことだろう。自分より、一回り近くも幼い少女に。

 大きな波が押し寄せる。
 波の音が一際大きく聞こえ、海風が少女の髪を遊ぶ。
 夢姫の傍にいると、今まで見えていたモノクロームの世界が鮮やかさを取り戻し、蘇っていくような気がした。
 同時に、自分が生きていること、人であることを強く感じる。
 それは、一人ではないということ。周りにはいつも、誰かがいて、思い合い、支え合い、叱咤し合いながら時間を紡いでいるということ。
 自分以外の他者を大切に思える幸せと、彼らを失うことへの強い恐怖を得たことを思い返していた時。
 どこか感慨深く物思いに耽っている様子のジョエルに気付いて、夢姫とChariotの隊員らはこっそり目配せし合う。
「‥‥っ!」
 不意打ちのように突然浴びせられた海の水。驚いたジョエルが視線を流すと、そこには楽しげに笑う夢姫の姿があった。
「ふふ、びっくりしました? 折角こんな場所にいるのに、考え事なんてしてるからです」
 一体何人が同時に自分へ水を浴びせかけたのだと言いたくなるくらい、ジョエルは髪から服から靴から、文字通り水浸しだった。
 それでも前髪から頬へ滴り落ちる海水が、どこか心地良く感じるのは気のせいではないのかもしれない。
 笑う少女に応えるように、濡れた髪をかきあげると、ジョエルは笑う。
「ああ、驚いた。‥‥それと、悪かった。考え事をしていた」
「‥‥何か、良くない事ですか」
 どこか不安げに、案ずるような視線で自分を見上げる夢姫をなだめるように、その頭に手を置いて。
「いや、気にしなくていい」
「気にします」
「夢姫はそういう性質だったな。‥‥お前から力を分けてもらってばかりだなと、思い返していたんだ」
「‥‥そう、ですか?」
 どこかぎこちない笑みだったが、それでもそうして笑うようになった事が進歩だと感じる。
 夢姫は、以前より自分の事を語ろうとするジョエルの変化に、頬を緩めた。
「じゃあ、みんなでもう一度ジョエルさんに水かけちゃいましょ!」
「ラジャ!」
「‥‥なぜ、そうなるんだ」
 夢姫とジョエルたちは、各々抱えた様々なしがらみを、僅かな間だけ心の隅に押しやるようにして、子供に戻ったように波打ち際で遊ぶ。
 葛藤や立ち塞がる壁、過去の因縁が消えることは無いし、当然忘れる訳ではないけれど。
 ただ一時、その苦難を共有し合った者達は、傷ついた互いを支え合うように、今しかない時を大切に過ごした。
「あは。ジョエルさん、もうずぶ濡れですよ」
「‥‥誰のせいだと思っているんだ」
「私だけのせいじゃないですもん。ね?」
 くすくすと笑う少女の声が、押し寄せる波の音に溶けてゆく。
 そこへ一際大きな波が訪れ、遊びに興じていた隊員らが何名か海へ転倒している様子が見える。
 が、夢姫はといえば。
「‥‥あ、ありがとう、ございます」
 引く波に足を取られそうになったところを、ジョエルが手をとり、それを支えていた。
「あいつらのようにならなくて、良かったな」
 ジョエルはただ穏やかに笑んで手を離す。
「別に、濡れても気にしませんけど‥‥」
「俺は気にするんだ」
「でも、こんなに暑い日なら直ぐ乾きますよ?」
「そういう問題じゃない」
「えー‥‥」
 特に理由を言いたがらなかったが、ジョエルは夢姫がずぶ濡れになることを嫌がったようだった。
「教えてくれないなら、皆に水かけてもらいに行っちゃいますから」
 言うが早いか、夢姫は転倒した後ようやく海から上がってきた隊員らの元へ駆けだそうとする。
「待て、夢姫‥‥!」
 ジョエルはそれを僅かに焦った様子で引き留め、夢姫の腕を掴む。
 腕を引かれて勢いをそがれた夢姫が振り返ると、途端に覚えのある香りがふわりと周囲を包んだ。
「‥‥?」
 理由はわからないながらも、ジョエルが羽織っていた黒い5分袖ジャケットが、夢姫の肩にかけられる。
「遊びたいのなら、止めはしないが、その‥‥羽織っていくといい」
「‥‥はい」

●強さの裏と、笑顔のひみつ
 ここが全く別の外国であるにもかかわらず、夕暮れの海はどこか夢姫にとって懐かしい心地を与えてくれた。
「子供の頃を思い出すなぁ‥‥」
 ホテルへの帰り際、近くのシャワーに隊員達が駆けこんでいったあとで夢姫がぽつりと呟く。
 ジョエルは、そんな少女の様子をただ穏やかに見守っている。
「小さい頃、か。今と同じように、元気いっぱいの子供だったんだろうな」
 優しく降ってくる言葉に、どこか儚げな笑みを浮かべ、夢姫はジョエルを見上げていた。
 そんな中、賑やかな会話が聞こえてくる。
「お待たせ、っす」
「帰りましょー腹減った!」
「夕飯、夢姫ちゃんは何食いたいすか?」
「隊長のおごりだし、なんでもいいよ。美味しいもん食おう!」
 今ここにある現実。得た信頼と、繋いだ縁。
 かけがえのない仲間の存在が、人を強くする。人を、変えてゆく。
「馳走するのは夢姫だけだ。お前ら、自分の分くらい自分で払え」
「‥‥なんだかんだ言って隊長女の子には甘いっていうか」
「最近俺らに冷たくないすか」
「あーもーはいはい。うるさい、帰るぞ」
 隊員の一人が手を叩きながら、騒がしい隊員達を追いたてる牧羊犬のように、ホテルへ連れてゆく。
「俺ら先に行ってるから、隊長は、夢姫ちゃん連れてきて下さい」
「‥‥ああ」
 苦笑いを浮かべて、大切な仲間たちを見送るジョエル。
 彼らの固い絆を改めて感じると同時に、夢姫は幼い頃を思い出していた。
 家族全員が揃っていた、懐かしい、あの頃。
 大切な存在が傍にいることは当たり前で、今のようになることなど想像もしていなくて。
 あの頃のことを思い返すと、付随するようにわき上がるのは“居るはずの人が欠ける辛さ”。
 乗り越えたはずだけど、それは過去確かにあったことで、消すことも忘れる事も出来はしない。
 けれど、確かにあった幸せは自分の奥底にちゃんと在った。そして今も、自分の周りには沢山の絆がある。
「いつか、沖縄の海に‥‥みんなを誘いたいな」
「お前の誘いなら、あいつらはいつでも喜んで行くだろう」
「ジョエルさんは?」
「‥‥俺も、だ」
「約束、ですよ」

 だから、わたしは笑顔でいる。
 みんなが、ここにいる限り。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【gb5094 / 夢姫 / 女 / 16 / ペネトレーター】
【gz0380 / ジョエル・S・ハーゲン / 男 / 27 / エースアサルト】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております! 藤山です!
Chariotの連中と遊んで下さってありがとうございますっ。
夏にぴったりの明るくさわやかなテーマで、楽しく書かせて頂きました。
イメージと違う箇所がありましたら、遠慮なくリテイクしてくださいませ‥‥!
今年の夏はまだ続きますが、お体にはお気をつけてお過ごしくださいませね。
最後になりますが、この度はご発注頂き、誠にありがとうございました!
(担当ライター:藤山なないろ)
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2011年08月16日

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