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『あれから7ヶ月の時が経って。 』
藤宮 エリシェ(gc4004)
●祈り願う日々
「今日も、いらして下さったんですね」
 すっかり顔馴染みとなった看護婦が、少女の姿を見て穏やかに微笑む。
 それに軽く会釈をすると、週に一度の花束を持って少女は病室へと向かった。
「こんにちは、お加減はどうですか。今日は新しいお花を持ってきたんですよ」
 真っ白なレースに包まれた、繊細な花束は小さな手の中で生き生きとしていた。
 少女は包みを解くと鮮やかな赤を放つ花々を丁寧に手に取り、病室の花瓶へ新たに生けていく。
 ふと眺めた窓からは強い光が差し込んでいて、カーテンを揺らす風が、夏の匂いを孕んでいた。

 忘れもしない、今冬‥‥2011年、1月。
 それは、この病室の主が重体になった忌わしい日。
 あの時からずっと、藤宮エリシェ(gc4004)は自分を責め続けてきた。
 アルジェリアでの都市制圧戦。数えきれないキメラと、ワーム。紅き大地に巻き上がる砂塵と、流れる血の匂い。
 エリシェの目の前で、この病室の主は倒れた。
 プロトスクエアの朱雀と相対し、エリシェたちを守る為に‥‥。

 あれから半年以上の時が経った。
 彼は一度も目を開けてはいない。毎日呼吸をして、温もりも感じられるのに、会話を交す事は出来なかった。
 しかし、エリシェはそれでもこの病室へと通い続ける。
 Chariotの面々の‥‥そして、隊長であるジョエル・S・ハーゲン(gz0380)の笑顔を見られるその日まで、絶対に希望を捨てはしないと心に誓って。
 見舞う日々はひとえに、エリシェの願いであり、希望でもあった。

●邂逅
 真っ白なワンピースが、海風に揺れる。レースが柔らかく波打つ裾に連動し、ゆったりと涼やかに弧を描いた。
 一人で海辺を歩いていると、どこか心が穏やかになってゆく気がする。
 それは決して、あの日の出来事を忘れたわけではなくて。
 希望を捨ててはならないという前向きな感情が、波と共に柔く心に寄せる気がした。
 時折、どうしようもなく不安で、苦しくて、心が砕けそうになるほどの重責を感じる時がある。
 けれど、誰かに甘えることをこの人生で学んできてはいないし、元よりそうした事が自分に出来るとは思えなかった。
 だから、エリシェは誰に何を言うのでもなく、自らの中に色々なものを閉じ込めて、過去に向き合い続ける日々を送るつもりでいた。
 胸に手をあてる。祈る様に目を閉じた暗闇の中、そこにある存在を思い描いた。
(‥‥会いたい)
 言葉にしてしまえば、それは世界に木霊して、たちまち誤魔化せなくなりそうだったから。
 だから、決して口にはしなかったのに。現実は、思いの外、気まぐれであると気付いたのはその時。
「エリシェ?」
 あり得ないこと。考え付かないこと。想像も難いこと。
 けれど確かに聞こえた声に、体が硬直した。振り返ろうとするのに、足が上手く動いてくれない気がする。
 どうしてだろうと考えても、エリシェには解らなかった。けれど、一瞬一瞬が、妙に長いのは気のせいではないはずで。
「‥‥ジョエル」
 目の前の男の姿に、驚きと、戸惑いと、そして複雑な感情が渦巻いて、思わず涙が溢れそうになった。
 もう長い間、その姿を見ていなかったからかもしれない。
 涙の理由などどうでもよくて、けれど、泣く事はしたくなくて‥‥少女は、溢れかけた涙を喉の奥へと押し留めた。

●変わらないもの、変わるもの
「エリシェちゃん!!」
 ジョエルの後方から、慣れ親しんだ傭兵達の姿が見える。
 エリシェは彼らの元気そうな姿に胸を撫で下ろし、そして同時に、Chariotの面々も心から穏やかな笑みを浮かべて少女を迎えた。
「よかった、元気そうっスね」
「‥‥皆、心配してたんすよ」
 あれから大規模作戦もあった。
 傭兵であれば、日常に身を置くことよりも、戦いの渦中に身を置くことの方が多いとも言える。
 だからこそ、隊員らはエリシェを取り囲み、その無事を心から喜び合った。
「ずっとずっと、皆さんにお会いしたかったです‥‥。お元気そうで、安心しました」
 顔を合わせない時間は長かったけれど、エリシェの控え目な笑顔が記憶のそれと変わらなかったから、喜びは安堵へと変わって行く。
「んなのこっちの台詞っすよ! ねぇ、隊長?」
「あぁ、そうだな‥‥」
 エリシェは、どこか口数の少ないジョエルを見上げる。
「‥‥ジョエルは、変わりましたね」
 記憶の中のジョエルと外見はなんら変りないはずなのに、少女には“それ”が感じられた。
 エリシェの言葉に驚いた様子のジョエルだが、ややあって小さく息を吐く。
「そう見えるか」
 流れる穏やかな空気。久々故か、少しぎこちない雰囲気に気付いた隊員らは目配せし合い、そして‥‥。
(エリシェちゃん!)
 こそっとエリシェの肘を突く。
 それに首を傾げた少女は、続く言葉に照れくさそうに微笑んだ。
(隊長、預けていいすか? 俺らちょっと遊びに行ってくるんで!)
(‥‥はい)

●伝えられなかった謝意
「‥‥あいつらは何を言ったんだ?」
 少しむくれた様子のジョエルの隣を、砂を踏みしめるようにゆっくり歩く。
「いいえ、特には何も言っていませんでしたよ」
 自分より30cm以上高い位置に在る赤い瞳は、自分の記憶していた“それ”よりどこか柔らかく穏やかな色を滲ませている気がした。
 けれど、そんな変化をエリシェ自身嬉しく思ったのは確かで、密やかに笑みを浮かべる。
「何もない訳は無いだろう。なぜ、こんな‥‥」
 そこで口を閉ざすジョエル。
 恐らく「なぜ俺とエリシェを2人だけ残してどこかへ行ったんだ」と、言いたかったのだろう。
 それも察したエリシェは、笑い声を噛み殺しながら隣の男をを見上げる。
「ジョエルは、皆と一緒に他の女の子を探しに行きたいのですか?」
 少しだけからかうような口調で。けれど、その言葉の中に少し、何かしら自分の中にくすぶる想いを織り交ぜるように言う。
「!」
 ようやく隊員連中の行動に見当がついたジョエルは、エリシェの視線から逃れるように顔をそむけた。
「俺は、特にそういった事を希望した訳ではなく、だな‥‥」
 拙い言い訳を不器用に並べる男に、思わず噛み殺していた笑いを溢してしまった。
 その様子が、あの頃のままだったから。

 静かな海を、2人並んで歩く。
 まるで、すぐ傍にある互いの気配を、記憶の中のそれと照らし合わせるようにして。
 浜辺はいつしか整えられた南国風の庭に変わり、そしてリゾートホテルのロビーへ繋がる。
 ロビーが見えてきたころ、ジョエルはようやく口を開いた。
「エリシェ」
 名前を呼ばれ、返事も無く視線を男の瞳へ移す少女。
「お前に、ずっと礼を言いたかったんだ」
 言葉を慎重に選びながら、ジョエルは真直ぐエリシェを見つめる。
「私に、ですか?」
 ジョエルの言う“礼”に、見当のつかない様子のエリシェは、少し不安げに小首を傾げた。
 海風が、プラチナのように輝く少女の長い髪を優しく撫でてゆく。
「お前だろう? あれからずっと、あいつを見舞ってくれているのは」
 一際強く、風が吹き付けた。
 周囲の大きな木々を揺らして、エリシェの心までも揺さぶってゆく。
「‥‥どうして‥‥」
「ばれないとでも思っていたのか?」
 不思議そうに見上げるエリシェの頭を、久々の感触が支配してゆく。
 大きな掌が、柔く2度3度、少女の頭をぽんぽんと撫でる。
「いつも、花をありがとう。あいつも、お前が来てくれるのを嬉しく感じているはずだ」
 他でもない、自分が守った相手なのだから。
 そういってジョエルは、エリシェが初めて目にする表情を浮かべる。
 ひどく穏やかで、暖かな笑み。それは、実に人間らしい、血の通った感情を含んでいた。
「いえ、あれは‥‥」
 「自分の責任である」と、言おうとしたエリシェの言葉は男の声に遮られる。
「お前は、俺を優しいと言う。だが、俺は、お前が優しいからこそ、背負ってしまった咎を苦しく思う」
 ‥‥もう、責任を感じないでやってくれないか?
 そこで途切れた言葉は、次第に少女に沁み入っていく。
 大きなアメジストの瞳の縁に溜まってゆく雫を溢してしまわないように、エリシェは小さく小さく頷いた。

●お守り
 アジアンリゾート風の籐編み風ソファに並んで腰をかける2人。
 そこへカフェの店員がメニューを持ってくると、エリシェがある一点を見つめて黙り込んでしまった。
「なんでも好きなものを頼めばいい」
「あ、いえ、あの‥‥!」
 ジョエルの勧めに、少女は慌てて首を振る。
「‥‥どうした?」
「私、クリームソーダが大好き、なんですけど‥‥その、飲むと酔ってしまうんです」
 少女は恥ずかしそうに俯いて、消え入るような声で呟く。
「だから、やめておきます、ね」
 炭酸で酔う人間がいるとは聞き及んでいたものの、少女の様子が妙に深刻そうだったので思わずジョエルはおかしそうに笑い出す。
 笑われていることを一層恥ずかしく感じたのか、隠すようにページをめくり、エリシェは店員を呼びとめると別のメニューを指差した。
「あの、アッサムティーを‥‥」
 エリシェはそこまで言うとちらりとジョエルへ視線を流す。
 そんな様子さえもおかしくて、けれど男は笑いを押さえながらこう告げた。
「あと、クリームソーダを1つ、頼めるか」
 去っていく店員の背を見送った後、何か言いたげなエリシェがジョエルを見上げている。
「丁度、紅茶が飲みたかったんだ」
「‥‥嘘つき」
 男の不器用なりの優しさを感じ、それに甘えることにしたエリシェ。
 手元に置かれたクリームソーダは涼しげにしゅわしゅわと気泡を立てて、鮮やかな緑が心を晴れやかにしていくようだった。

 2人は今までの事を話した。
 これまでどうしていたのか、どんなことがあって、今どうしているか。
 そんな中で、ジョエルが語り始めたのは、エリシェが未だ責任を感じ続けている事件のその後だった。
「2月、ティンドゥフでの作戦のことだ」
 エリシェは、出発前にジョエルとやりとりしていた手紙のことを鮮烈に思い返していた。
「あの時‥‥エリシェが伝えてくれたことを、覚えているか?」
「はい。ジョエルが無事、こうしていられることを嬉しく思います」
 問いかけに、エリシェははにかむように笑って頷く。
 その様子を確認すると、ジョエルは懐から擦りきれつつある封筒を取り出した。
「‥‥それは‥‥」
 驚いた表情のエリシェをよそに、ジョエルは当時を思いながら慎重に言葉を進める。
「戦いの中、お守り代わりに持っていくとお前に伝えただろうか」
 男はまた胸元のポケットへそれをしまい込むと、深く息を吐いた。
「感謝している、と伝えようにも‥‥言葉にすれば、えらく陳腐になるな」
「そんなこと、ありません」
 甘えるようにジョエルの肩に頭をのせ、エリシェは瞳を閉じる。
 その様子に少し驚いたジョエルは、そっと少女を覗きこむ。すると、そこにはいつもより血色の良い顔があって。
「‥‥エリシェ、お前‥‥酔っているのか?」
 案の定、と言えば案の定。
 少女が飲んでいたクリームソーダは、グラスの底にさくらんぼを残して空になっていた。
 溶けかけた氷が、かしゃりと音を立てて崩れる。
「酔っているのかも、しれませんね」
 いつも気丈な少女が、今だけは、いつも見せることができない弱みや甘えを曝け出せるのなら。
「たまには、いいんじゃないか」
 ジョエルは、しばし少女の成すがまま、もたれる重みをしっかりと感じていた。
「大人になったら‥‥酔わなくなるかな‥‥」
「どうだろうな。案外、そのままな気もする」
「ふふ。そうかもしれません」
 頭を預けたまま、少女はゆったりした気持ちで瞳を開けた。
 視界には、隣に座る男の無骨な手と、長い足があって。
 相手の顔はみえないけれど、触れる場所から感じる体温が互いの表情を伝えてくれるようだった。
「誰かに甘えるのって‥‥すごく心地良いですね」
「互いに、もう少し‥‥頼る事を覚えられればいいのに、な」
 今までこうして甘えたことなどなかったから、少しだけぎこちなかったけれど、時は緩やかに流れてゆく。
 次に再び会う場所が例え戦場であったとしても、確かに過ごした穏やかな時間を、決して忘れないだろう。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【gc4004 / 藤宮 エリシェ / 女 / 16 / フェンサー】
【gz0380 / ジョエル・S・ハーゲン / 男 / 27 / エースアサルト】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お世話になっております! 藤山です。
あれから半年以上が経ってしまいましたが、その後もジョエルたちをお気遣い頂き、ありがとうございます!
今回は久々の再会を描かせて頂きましたが、如何でしたでしょうか‥‥?
イメージが違う箇所などありましたら、お気兼ねなくリテイクしてください!
今年の夏はまだ続きますが、お体にはお気をつけてお過ごしくださいませね。
最後になりますが、この度はご発注頂き、誠にありがとうございました!
(担当ライター:藤山なないろ)
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2011年08月16日

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