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『●夢幻の邂逅 』
煉条トヲイ(ga0236)

 夕暮れ時。家路に急ぐ人や談笑しながら素通りしていく人々を感じながら、紫苑色の着流し姿の煉条トヲイ(ga0236)は袖をなびかせ当て所なく彷徨う。
 その表情には影があり、その姿に数人が振り返るが――彼は気にも留めない。
(戦わずに済む道。そんな物、ありはしないと知っていて。それでも尚、『もしも』と願わずにはいられないのは‥‥それは俺の弱さ故)
 行き場のない苦しさと切なさが、トヲイの胸に渦巻いている。見上げた黄昏の空は青と赤が入り交じり、今の彼の心境と同じだった。
 戦いに明け暮れる毎日に疲れてしまったのかもしれない‥‥。そう感じる、一人の青年としての自分。
 だが、その剣を振るうことは自分を棄てること――‥‥生きていると実感できるのは戦っている間。戦うため、強くなるために鍛錬を積む。
 体に染み付いたその生き方は、既に運命。やめようと思って止められるはずもないのだ。
 どうしたらいいのか、どうすればいいのか。このまま全てを見失ってしまいそうなトヲイは――虚ろな瞳のまま、幼子のように何かを探し彷徨う。
 心が、痛いのか麻痺してしまったのかも――判断がつかないまま。

――そんな顔じゃ、見つからないぜ。

 不意に聞こえた男の声。弾かれたように、トヲイは前を‥‥見据えた。
 そこに居たのか、それとも浮かび上がるように現れたのか。今まで気づかなかったが、銀髪の男がトヲイの少し前に立っている。
 黒いシャツには襟と前立てに白のラインが一本入っており、細身のジーンズを履いている。いつもの服装ではなかったが、誰なのかは一目瞭然だった。
「――シルヴァリオ‥‥」
 弱さを乗せた彼のトヲイの声。訝しげに片眉を上げたシルヴァリオは、トヲイの様子に気づいて近寄ってくる。
「お前、まさか泣き虫なのか? ガキじゃないんだ、大人が泣いていても誰も助けちゃくれないぜ?」
 からかうような口調のシルヴァリオに、何か言おうとするトヲイ。だが、言葉に出来ず、彼も項垂れる。
 腕組みをしながらそれを見ていたシルヴァリオは、小さく息を吐いてからトヲイの腕を引いた。
「ったく、見てらんないぜ‥‥ちょっと来い。迷ったら無茶苦茶やって、一時忘れるってのも必要だ」
「迷いが、必要‥‥?」
 トヲイは手を引かれながら、男の革製の白いヒップバッグを眺めている。
「人は迷い、悩んで進む生き物だっていうぜ。すぐ決めるのだけがベストじゃないってことだ」
 その言葉はトヲイの胸に、じわりと染みた。

●夏の陽炎

 彼に連れてこられたのは、夏祭りの会場。呆気に取られたトヲイが、胡乱気な目をシルヴァリオへと向ける。
「なんだ、そんな顔して。お前、そんなの着てるからここに来る予定なのかと思って連れてきてやったんだぞ」
「勝手な‥‥それに、これは浴衣じゃない」
「くくりは全部着物だろ」
 自分が連れてきたくせに、悪びれも無く言ってのけるシルヴァリオ。とはいえ、日本の文化に馴染みのない彼には分からないだろう。
「どっちでもいい。着るものが違ってもお前はお前だ」
 その言葉が、トヲイの心を重くさせた。
 自分とは一体なんなのか。それが分からないから悩んでいるのに、シルヴァリオは何も考えていないかのような気軽さで口にする。
 ぐっ、と拳を握り、顔を上げて――近くの店から戻ってきたシルヴァリオを睥睨した。
「‥‥シルヴァリオ。貴様にとって、俺とは何だ」
「変な質問だな。そういうのは、異性にするもんだろ」
 買ってきたラムネをトヲイに渡しながら、苦笑するシルヴァリオ。
 好きな奴とかは居ないのか、と聞いてみたが、トヲイは少し狼狽えて視線をラムネのビンに落とす。
 ラムネを握る手がそわそわと動くので、シルヴァリオはニヤリと意地悪く笑った。
「なんだ。いるんなら、オレと遊んでる場合じゃないだろ?」
「‥‥こんな‥‥弱音など、吐けない」
「んー‥‥その気持ちは、分からんでもないような。オレは適当に話すかもしれんが」
 ばしゅ、と指で突いて入り口のビー玉を落とすと一口飲み、ぐいっと瓶を傾けた。
 喉を潤す清涼感が刺激となって通過し、その余韻を十分味わってから答える。
「お前は近くて遠い。裏と表みたいに。オレにとても近いが、互いは絶対に同じ『もの』を見ることはできない」
 だから、気が合うところもあるのではないか、と言いながら。
「オレが女じゃなくて残念だったな。わたしが泣かせてあげる、とか何とか言って胸に抱きしめて慰めてやれたのに」
「なっ‥‥馬鹿な事を。お前が女性なんて考えたら気色悪いことだし、想像できん」
 そう言いつつ、想像しそうになって必死に打ち消すトヲイ。
「ハハ、冗談だ。オレには、誰かを愛するとかそういうのは――まだ分からない。いや、気に入ってるのはそういうことになるのかもしれないが」
「人の悲しみも怒りも理解できるお前なら、きっと解かる‥‥だから、こうして俺の事を気に留めてくれたのだろう」
 微笑んだトヲイは、シルヴァリオとこんな話をする時が来るなんて思わなかった‥‥と――感慨深そうに目を閉じた。
 彼が望んだ、かもしれないもう一つの答え。これは、なんて‥‥平和な日常なのだろう。
 時間を忘れてしまうほどに、平和で。気がつけば夕暮れだった空は陽も沈み、夜の帳が降りていた。

「こういう生活も、悪くないと思う自分がいる‥‥」
 ぽつりとトヲイは心情を吐露するが、シルヴァリオは何も答えず顔を向けた。緑の瞳は闇に紛れて暗く、無表情の彼は何を思っているのか読み取れない。
「だが‥‥平和は束の間ではいけないのも分かっている。何かを変えることはできても、続けていくことは難しいな、シルヴァリオ‥‥」
 頭では判っているのだが、自分自身の心が――拒否をする。いや、逆だろうか。
 やがて、シルヴァリオの口から出た言葉は『ユメは、醒めるものと掴めるものがある』だった。
「ユメを見ようが、掴もうが‥‥オレにはどうでもいい。
 ただ‥‥あれもそれも嫌だというのなら――お前に『どうしたい』に納得が行く答えも無いんじゃないのか?
 オレにはヨリシロの記憶からしか読めないが、人間の持つユメっていうのは、希望なんだろ。
 お前にはそれが、大事なものがある。その強い想いを、一刻の迷いで捨てていいのか‥‥?」
 それほど弱い望みなら、他にすり替えるのも構わないだろう。だが、そんな弱い望みを持ったお前にオレが共感してしまったなら、恥だ。
「‥‥オレが見たお前は何事も諦めず、その身が傷つこうとも、誰かが傷ついても自分のことのように怒り、悲しむ。そうだな、オレが壊すと決めた戦艦ブリュンヒルデより眩しかった。
 だから、お前も殺す気になったんだぜ? オレを失望させてくれるな、トヲイ」
「‥‥中々、猾いなシルヴァリオ。嫌だと言えなくなるやり口だ」
 瓶を置いて、深呼吸したトヲイは清々しい気持ちでシルヴァリオの方を向く。 
「‥‥良い夢を見た。俺が求めていたのは、こんな小さな幸せだったのか‥‥」
 微笑むトヲイ。その瞳に、もう迷いはない。
「地球を、青い空を取り戻すと決めたあの日から、俺の願いは屍山血河の先にある――此処で立ち止まる訳には行かない」
 戦場を駆け抜け、戦い抜こうと決意した彼はもう、同じようなことで迷ったりはしないだろう。
「そうか。だが、忘れるなトヲイ。お前が築いた山の頂は、お前の死で完成する。オレたちバグアとの戦いが終わればお前の人生は平和の証と言えず、称賛もされず、決して安寧は待っていない」
 それでも進むか。そう尋ねても、無言で力強く頷くトヲイ。それを確認したシルヴァリオは、すっと立ち上がる。
「お前が決めた道ならそれでいい。もう同じ事で助けてやれるほど、オレも暇じゃないからな‥‥」
「いつの日か地獄で共に語り明かそう。それまで暫しの別れだ‥‥シルヴァリオ」
 ふん、と鼻を鳴らすシルヴァリオ。照れ隠しか、何かに気づいたように『あ』と声を上げた彼は、手首に巻かれた赤い紐を見せる。
「返し忘れてたな」
「いい、持っていてくれ。地獄での目印になるだろう」
「お前は――地獄に来なそうな気もしないではないが、期待しないで待っている。せいぜい見つけろ」
 六文銭の他に今回の飲食代金も持ってから死ねよ、と軽く片手を上げると背を向け、夜の闇に溶けるように消えていくシルヴァリオ。――あのラムネは『ツケ』のようだ。
 それを見送っていたトヲイも背を向けた。
 近くの川では、灯篭流しをやっている。
 沢山の灯籠がゆっくりと流れる幻想的な送りの行事に、目を細めるトヲイ。
 夢か現か。そんな事に理由はない。確かなのは、この胸に立ち込めていた暗雲が晴れたということ。
 目的を果たすまで――倒れる訳にはいかないから。

(ありがとう‥‥いつの日か、また会おう)
 心の中で礼を告げ、確かな足取りでシルヴァリオとは逆の方面へ歩き始めていく。
 希望を繋ぎ――己の悲願成就のために。

-END-

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ga0236 / 煉条 トヲイ / 男性 / 外見年齢21歳 / エースアサルト】
【gz0328 / シルヴァリオ / 男性 / 25歳 / バグア】

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2011年08月18日

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