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『見上げた空の、その先の。〜星の瞳 』
松浪・静四郎2377

 気付けば重い闇が部屋の中を支配していた。
 ふとその事実に気がついて、松浪・静四郎は机の上に置いた灯りに火を点けると、ふぅ、と小さな息を吐く。そうして灯り取りを兼ねた窓の鎧戸を閉めて、再び机へと戻る。
 机の上には幾つかの書物と、薬草と、それからところ狭しと置かれた道具。けれども乱雑なわけではなく、きっちりと整理されていて、そうして何かあればすぐに片付けられる程度だ。
 どうしても、やってしまわなければならない仕事があるわけではなかった。けれどもなぜだか今日は、とろりとした眠りがいっこうに訪れないものだから、ぱらぱらと書物をめくり、ごりりと薬草をすり潰し、カチャカチャと道具を動かす音はいっこうに、静四郎の部屋から消えてはなくならない。
 そのままいったい、どれほどの時間が過ぎただろうか。まったく訪れない睡魔に不審すら覚えず、ただ静かに、確実に手を動かしていた静四郎は、ふと己が生み出す幾つかの音の中に、かすかに混じる異音があったような気がして、ぴたりと動きを止めた。
 じっと耳を澄ませばもう一度、カツン、と小さな音。その出所を探して視線を巡らせると、その先には鎧戸をしっかりと閉めた窓がある。
 おや、と静四郎は一つ、小さく首を傾げた。鎧戸を閉めてからどれほど時間が経ったのかはよく解らないが、それにしたって夏の日暮れは遅いのだから、もう結構な時間になっていることだろう。
 そんな時間に、鎧戸を叩く者が居るとは。否――あの軽い音から察すると、小石か何かを鎧戸にぶつけたのだろうか?
 もしかすれば急ぎの用事なのかもしれないと、静四郎は重たい鎧戸を持ち上げた。そうして、心持ち窓の外へと身を乗り出す。

「――このような時間に、どなたですか?」

 外は、静四郎が最後に見たとき以上に暗くなっていて、すっかり夜闇に支配されていた。今までずっと灯火の元で作業をしていたから、なかなか目が慣れないまま、自分を呼んだであろう人物がどこに居るのかを探そうとする。
 静四郎が住み込みで働く城の、庭。それを取り囲む塀があって、その先には聖都へと続く街道と、さほど険しくはない峠に続く森が広がっている。
 その辺りに視線をさまよわせていたら、ぽっ、と夜闇の中から声が聞こえた。

「――夜遅くに悪い」
「おや、その声は心語ではありませんか」

 そうして言葉を紡いだ相手の、あまりにも聞き覚えのある響きに静四郎は知らず微笑んで、大切な義弟の名を呼ぶ。ようやくうっすら闇に慣れてきた目に、塀の外に佇む松浪・心語のシルエットが見えた。
 大切な、可愛い義弟。自分自身が末っ子だからだろうか、たとえ義理といえども弟と呼べる相手が居るのが心底嬉しく、くすぐったく、ついつい何かと世話を焼いてしまう相手。
 心語の方もそれを察してくれているのか、静四郎を素直に慕ってくれている。種族も違う義弟だけれど、だから静四郎にとっては真実、心の通う大切な相手だ。
 声色から、彼が心底悪いと思っているのが察せられて、静四郎は安心させるように柔らかな口調で言葉を紡いだ。

「‥‥いえ、良いのですよ、何かご用ですか?」

 そうしてこくり、首を傾げると心語は、これから星見はどうか、と言った。偶然、依頼の帰りに城のそばを通りかかったものだから、静四郎のことを思い出して誘いにきたのだという。
 心語の言葉に、静四郎は「これから一緒に星見を?」と呟きながら、ようやく気付いたように暗い、暗い夜空を、見上げた。そうして小さく、息を飲む。
 見上げた先に、数え切れないほどに広がる小さな小さな輝き。暗い夜の中、道しるべのようにさやかに、力強く輝く星の光。
 夏の空を、その夜を、見守るような、見下ろすような、それはまるで宝石のような煌めきで。夜闇の中でちらちらと踊っているさまに、知らず圧倒される。

「ええ、喜んで」

 静四郎は微笑んで、心語のシルエットにそう言った。

「わたくしも寝付けずにいたところです。今参りますから、待っていて下さいね」

 そう言って鎧戸と窓を閉め、部屋に戻ると簡単に身なりを整えた。当たり前のように灯りを手に持ち、部屋を出かけたところでふと、自分の行動に苦笑して元に戻す。
 こんな見事な夜空の下で、闇に惑うと言うこともあるまい。何より星見に灯火を携えていくのも、何だか無粋な気がする。
 眠っている人を起こさぬよう、静かな城内をそっと通り抜けて、静四郎は塀の通用口を潜った。そこで待っていた心語が、ぱっとこちらを振り返ったのに微笑みを返す。
 そうして2人は連れだって、灯も点けぬまま、城を囲む森の中を歩んでいった。頭上を指し渡す枝が星明かりも、月明かりすら遮って、おぼつかない足元を探るように夜闇に目を凝らしながら、慎重に。
 やがてしばらく行った峠のてっぺんで、ぴたり、と静四郎は足を止めた。

「‥‥ここなら森の木々に邪魔されずに空が見えますね」

 そう言って、見上げた先には先ほどまでの、頭上に差し渡していた枝がまるで遠慮するようになりを潜めた、ぽっかりとした空間が広がっている。木陰にはまるでそのためにあるように、腰をかけるのに手頃な石が2つ、並んでいた。
 可愛い義弟が夜露に濡れて、風邪でも引いてはいけないと静四郎は、自らその石に腰をかけながら心語を促す。それに頷いて隣に座った心語は、ひょいと眼差しを空に向けると、感心したように目を細めた。
 そこには、視界を遮るものは何もない。降ってくるような星空を見上げていたら、つい、と心語が指を空へ向けた。

「あれが天狼星。あっちに見えるのが大火の星、向こうが柄杓星‥‥だったな」

 記憶を辿るような、確かめるような言葉に、小さく頷いて静四郎も、心語の指に合わせて視線を動かす。夜空にひときわ強く輝く星は、誰の目にも見つけやすく、覚えやすい。
 覚えているか、と心語が懐かしむ眼差しで呟いた。

「‥‥昔もこんな風に、揃って星を眺めたな」
「‥‥ええ、もちろん覚えていますよ。最初に教えたのが、大火星と天狼星、柄杓星でしたね」

 あの頃を思い出すように目を細め、微笑むと心語がほっとしたように頬を緩める。だから静四郎にも、心語がその思い出を大切に胸に抱いてくれていたのだと解り、嬉しくなった。
 心語が松浪家に引き取られた、最初の頃。同じように見事な星空を、揃って眺めながら静四郎は、今の心語のように夜空を指さし、あれが大火星と天狼星、柄杓星だと出来たばかりの義弟に教えたのだ。
 けれども心語は、いったい何を言い出したのかこの義兄は、とでも言わんばかりに眉を潜め、首を傾げるばかりで。星には呼び名があるのだと教えたら、しばらく考え込んだ後、今度は地団太を踏まんばかりに唇を噛みしめ、悔しがった。
 心語の出自である戦飼族は星の名も知らず、文字も文化らしい文化もないのだという。ただ戦うことに、戦い続けることに星の名は必要なく、文化を営むことに意味はなかったから。

「‥‥思えば、あの時初めて戦を忘れ‥‥ゆっくりと星を見た‥‥。星の名や、星にまつわる伝説を教えてくれたのも‥‥兄上だったな‥‥」
「ええ、そうでしたね。‥‥わたくしはあの時、あなたにわたくしの持てる全てを与えようと決めました。いつか、あなた達の種族に独自の文化が生まれる、その礎にと――」

 何も知らぬ事を悔やむこの魂に、大切な義弟に、だからたくさんの話をした。知る限りの星の名を教え、花の名を教え、草の名を教え、それにまつわるたくさんの言い伝えを繰り返し、繰り返し彼に語った。
 それでも足りなくなれば、その事実を喜びながら、心語に教えてやる為に新たな知識を求めて、また語り。そうやって過ごした懐かしい日々は、決して無駄ではなかったのだと今の心語を見れば解る。
 だからほっと微笑んで、静四郎はまた、降ってくるような星空を見上げた。時が経つにつれてゆっくりと星の輝きが空を動いていく様を見つめ、そうしながら時々ぽつり、他愛のない言葉を、交わす。
 ――どれほどそうしていただろうか。やがて心語が立ち上がり、静四郎を振り返った。

「‥‥そろそろ戻ろう、兄上」

 そうして告げられた言葉に、けれども静四郎は初めてその事実に気付いて目を瞬かせ、空を見上げた。いつしか空はゆっくりと白み始めていて、あれほど輝いていた星々は少しずつ、空から姿を消している。
 それに気付いて静四郎は、ほんの少し寂しく、名残惜しい気持ちになった。けれども永遠にこうしているわけにもいかないし、何より心語は依頼帰りで疲れているところを寄ってくれたのだ。
 だから静四郎を促す義弟に、感謝を込めて微笑んだ。

「‥‥そうですね、そろそろ帰りましょう」

 そうしてゆっくりと立ち上がり、来た時よりもほんのり明るくなった森の中を通り抜けて、2人は城へと歩き出した。行き道に比べて帰る道は、どこかもの寂しく感じられるのはきっと、気のせいじゃない。
 まるで静四郎を守るように、歩く心語の隣を無言で追いかけていた静四郎は、ようやく城の塀が見えた辺りでぴた、と足を止めた。そうして、不思議そうに見つめてきた心語を見つめ返す。

「――ここまでで大丈夫ですよ。ほら、もう通用口が見えています」
「だが、兄上‥‥」
「私にも、あなたを見送らせてください。――ありがとう心語、楽しかったですよ。気をつけてお帰りなさい」

 そう、微笑んだ心語の言葉に心語はもう一度だけ、本当に大丈夫なのかと確かめるように城の通用口へと眼差しを向けた。だがやがて納得したのだろう、それじゃあ、と手を振った心語は、聖都へと続く道を歩き始める。
 街道に立ち尽くし、静四郎はそんな心語の背中がどんどん、どんどん小さくなるのを見送った。途中、名残を惜しむように振り返った義弟に微笑んで手を振ると、心語も大きく手を振り返してまた、背を向けて歩き出す。
 そうしてまた、小さくなっていく心語の背中が、やがてすっかり見えなくなるまで静四郎はずっと、そこに立って見送った。輝く星よりも遙かに輝ける、彼の大切な大切な義弟を、いつまでも見送っていたのだった。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /   PC名   / 性別 / 年齢 /   職業  】
 2377   / 松浪・静四郎 /  男  / 28歳 / 放浪の癒し手
 3434   /  松浪・心語  /  男  / 12歳 /   異界職

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
暑い日々が続いていたと思ったら急に寒くなったり、お義兄様もお身体を壊されませんよう、くれぐれもご自愛下さいませ。

大切な義弟様と星空を楽しむひととき、如何でしたでしょうか。
発注文はむしろこう、いつもお気遣い頂いて本当にありがとうございます(深々と
こんな感じの方で大丈夫でしたでしょうか、蓮華にはなんだかすごく柔らかな、優しい方のイメージだったのですが;

お義兄様のイメージ通りの、優しく穏やかな、かけがえのないひとときのノベルであれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
Midnight!夏色ドリームノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2011年08月25日

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