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『扉の向こう 』
栗花落・飛頼7851)&守宮桜華(NPC5244)

 扉を開くと、そこは違う世界だった。
 フェアリーテイルの中でその出だしはお約束であり、そのお約束は戯曲、映画などでも多用される事となる。
 だがしかし。
 お約束であるにも関わらず、人の心の扉を開くと言うものは至極大変な作業である。
 いや、それを作業と思っている時点で、心の扉を開く事は不可能だと思った方がいい。
 扉を開いた先に広がる世界は果たして綺麗な場所なのか。
 それとも絶望しかないのか。
 開かなければそれは分からない。

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「ふう」

 栗花落飛頼は楽譜をファイルに片付けながら溜息をつく。
 既に音楽科塔から眺める空の色はサーモンピンクになっており、上から眺める人の行き来も少しだけ緩やかになった所であった。
 飛頼が溜息をつくのは他でもない。
 守宮桜華の事である。
 別に彼女に対して恋煩いをしている訳ではなく、今の彼女の状態は非常にまずいと言う事だ。
 自分は気付かなかったが、彼女を変だと言う女子生徒達は増えている。
 それを飛頼が気付いたのは、桜華の中にいる(らしい)星野のばらに会ったせいである。
 うーん。
 桜華の事を考えながら階段を降りる。
 少なくとも飛頼は1度、利用される形になったとは言えど彼女に助けられているし、彼女がまずい状態なら助けたいと言うのがある。
 もし織也君と仲良くなってくれるのなら、守宮さんにとってはそれが1番幸せなんだろうけど、人の心って上手くいかないなあ。好きって気持ちを逆手に利用されちゃっているみたいだし……。
 自分に何ができるのかと考えてみても、彼女に危ない事をしないで欲しいと伝える事位しかできない。
 それしかできないって考えるべきか、それができるって考えるべきか。
 まあどっちみち、何もしないで守宮さんが消えてしまうって事になったら嫌だなあ。
 そう飛頼がぐちゃぐちゃ考えている間に、バレエ科塔が見えてきた。

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 確か今日は美術科が舞台設置の作業に入るから、芸術ホールや体育館は他の生徒は立ち入り禁止なはずだけど。でも守宮さんの性格上、多分また練習しているんだろうなあ。
 バレエ科塔は他の塔と同じく、基本的に教室しか並んでいないが、1つだけ違う点がある。
 廊下の広いスペースにバーが設置してあるのだ。
 基本的にバーに限らず手すりは階段にしかないのが常だが、バレエ科は自主練習ができるようにとあちこちにバーがあるのが通例である。
 高等部の階をうろうろしていると、案の定廊下には見覚えのある後ろ姿が見えた。
 今日の桜華はレオタード姿ではなく、制服のままだったが。
 足元は制靴ではなくバレエシューズで包み、ピンと背筋を伸ばしてバーに手をかけ、空いている手は天井を仰ぐ。
 足はぴったりと床を踏み、足の裏をきっちり180度でくっつけていた。
 念入りな柔軟体操で、時折足が高く上げられるが、そこに色香はない。
 あるのはエトワールとしての光だけである。
 飛頼は、少しだけくらくらするのを感じた。
 彼女の中にのばらがいるせいなのだろうか。少しはマシになっていたと思っていたバレエを見た途端に眠たくなる癖が、少しだけ出てきたのである。
 守宮さんは星野さんとは違う人だから。
 違うから。
 そう思って、飛頼は無意識の内に手の甲に爪を立てた。爪が食い込む事で発する痛みが、飛頼を眠りに落とさなかった。
 やがて、桜華はくるりとターンをする。スカートがひらりと浮き上がり、そこでようやく飛頼と目があった。

「あ……ら? 先輩?」
「あー……こんにちは」
「こんにちは……珍しいですね、わざわざバレエ科塔まで。どうかされたんですか?」
「うーんと……」

 少なくとも。
 今の桜華の声はとても落ち着いていて、前に出てきたのばらの甲高い声からは遠い。
 普段通りの桜華に見えた。
 もっとも、それは今は飛頼が来たせいかもしれないが。

「こんな所で練習?」

 ひとまず当たり障りのない事を聞いてみる。
 桜華はきょとんとした顔をした後、くすくすと笑い始めた。

「はい、そうです。今日はダンスフロアは使えませんし。流石に着替える所もないから廊下で柔軟体操しかできませんけど」
「そっか……そう言えば守宮さん」
「はい?」
「その……身体は大丈夫?」
「身体ですか?」
「うん、そう。この間具合が悪そうに見えたから。意識が飛ぶとかって」
「そうですね……」

 桜華は少しだけ目を伏せるが、それも本当に少しだった。
 いつもの笑みを浮かべている。

「大丈夫です。何でしょうね、あれ。貧血かもしれません」
「うん」

 嘘だなあ、と何となく飛頼は思う。
 別におかしいと入れ知恵されたからではなく、単なる直観である。
 少なくとも飛頼は、それが分かる位には桜華に会っている。
 彼女は基本嘘つきなんだろうなあ。それが性分なのかは分からないけれど。
 飛頼はそう思いつつ、ぽつりと言ってみる。

「ぼうっとしているのが多いと、心配するから。あんまりぼーっとしているの多いようなら、言ってみてもいいよ?」
「えっ? どうかされましたか? 先輩」

 桜華は少しだけ困ったように首を傾げる。
 本当に性分なんだなあ。誤魔化したりするのは。

「うーんと、守宮さんが何考えているかはともかくさ、僕は君の味方だから。本当にどうしようもない時は、話位聞けるから」
「……先輩」

 少しだけ、桜華は沈んだ顔をした。
 そう言えば。
 少しだけ飛頼は思い当たる事があった。
 守宮さんと会って、彼女が笑っていない所なんて見た事あったっけ?
 星野さんの話をする時くらいじゃなかったかな、沈んだ顔をしていたのは……。

「大丈夫?」
「……先輩。あの」
「何?」

 桜華は少しだけ迷ったように目を伏せ、眉を寄せる。
 飛頼は黙って彼女を見ていた。
 もう、伝えないといけない事は伝えたから。後は彼女の意志だ。
 彼女はやがて、唇を動かした。

「……けて」
「えっ?」
「助けて……下さい」
「…………」

 それは、はっきりとした、桜華からの救難信号だった。
 飛頼はこくり、と頷いた。

「理事長館へ」

<了>
PCシチュエーションノベル(シングル) -
石田空 クリエイターズルームへ
東京怪談
2011年08月29日

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