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『見上げた空の、その先の。〜きみがため 』
フェンリエッタ(ib0018)

 見上げた先には、夜空があった。静かな、静かな。まるで吸い込まれてしまいそうな、そんな夜空。
 その中に小さく輝くのは、数え切れないほどの小さな小さな星達だ。暗い夜の中、道しるべのようにさやかに、力強く輝く星の光はまるで、夏の空を、その夜を、見守るように、見下ろすように瞬き、はるかな光を地上へと注いでいる。
 それはまるで、小高い丘の上から見上げれば、宝石のように夜闇の中で踊る煌めきが、四方から降り注いでくるかのような心地がした。きらきらと揺れる星の光は何だか、さざめき合っているようにも、笑い合っているようにも、或いは何事かを相談し合っているようにも見えて。
 フェンリエッタ(ib0018)はそんな夜空の星を見上げて、丘の天辺で、ちょこん、と膝を抱えて座っていた。たった独りぼっちで‥‥否、傍らに寄り添うように置いた、鉢植のミニ向日葵と一緒に。
 見上げる空はあまりに広く、無限にどこまでも続くような気がした。そんな星降る丘の上に、こうして座っていると何だか、世界中からたった一人になってしまったような気がして――けれどもなぜか、フェンリエッタだけがこの星空を独り占めしているのだと言う、不思議な満足感もあって。
 そっと、瞳を閉じて耳を澄ます。そうしたら何だか、夜空でさざめいている星達の声が、彼女にも聞こえる気がした。くすくすと、笑いあって。ひそひそと、何事か言葉を交し合って。

「‥‥ね。私の話も聞いてくれるかしら?」

 瞳を開き、満天の星空に向かってそっと囁いたら、良いわよ、とさざめく声が聞こえた気がした。くすくす、くすくす。どんな話を聞かせてくれるの? と楽しそうに星が笑う。
 そうね、とフェンリエッタは微笑んだ。傍らに寄り添う、鉢植のミニ向日葵の花びらをちょんとつついて、迷うように視線を巡らせる。
 誰かに聞いて欲しくて。でも、いざ言葉にするとなれば、何から話せば良いのか判らない。
 つんつん、と花びらをつつきながら、さざめく星達が笑い合い、ねぇ、と催促するのに苦笑して。そうね、ともう一度、フェンリエッタは呟いた。

「私のお母様のご実家は、騎士の家だったの」

 しんと、静まり返った星降る丘に、懐かしむ眼差しの少女の声がぽつり、響く。





 フェンリエッタ・クロエ・アジュール。それが彼女の名前だった。ジルベリアに数多存在する帝国貴族、その一つであるアジュール家の末娘。
 そんなフェンリエッタは、代々騎士を排出してきた母方の屋敷で、賢明な母によって愛され、まっすぐに育てられた。物心ついた時から、だからフェンリエッタの周りには当たり前のように騎士がいて。
 凛々しきその姿を見つめながら育ったフェンリエッタが、自らも騎士の道を歩みたいと願ったのはそれほど、突飛な事ではないだろう。幸い彼女にはテュール――天儀で言うところの志体があった。テュール持ちのすべてが修行を重ねる訳ではないが、騎士に囲まれて育ったフェンリエッタにとって、騎士を志すことはとても、当たり前のことだったのだ。

「でも、猛反対されたの」

 くすり、ミニ向日葵を見下ろし、フェンリエッタは微笑んだ。一番最初に彼女が『騎士になりたい』と家族に告げたときの、心配に顔色を変えた彼らの姿を思い出したのだ。
 それでも揺らがなかったのは、守られる者ではなく、守る者になりたかったからだ。末娘として生まれたフェンリエッタは、それゆえに家族達から大切にされ、愛され、守られている自分自身を、いつの頃からか自覚していた。
 粘って、粘って、粘り倒して。ようやく家族に許されて、歩み始めた騎士の道は、けれども決して平坦なものではなかった。
 たとえテュール持ちで、一般人に比べれば遙かに基礎体力に優れていると言っても、やっぱりフェンリエッタは女性だった。むしろ騎士の道を歩み始めて、自分と同じテュール持ちの中に放り込まれて、初めてそれを痛感したといっても過言ではない。
 同じテュール持ちでも、やっぱり男性と女性では力の差が出てしまう。それが、フェンリエッタには悔しかった。どんなに修行して、自分が血の滲むような思いをして身に付けたことを、同輩はただ男だと言うだけで易々とこなしてみせるのだ。
 
「だから私は、いつからか劣等感の塊で‥‥女性である自分が大嫌いだったの」

 なんと自分は、戦う力に乏しいのだろうと。ただ女性であると言うだけで、うっかりすれば足手まといになってしまう自分自身が悔しくて、憤ろしくて――
 ぎゅっと、フェンリエッタは膝を強く抱え、きつく瞳を閉じてその感情をやり過ごした。あの悔しかった気持ちは、今でもこの胸にある。誰かを恨むことが出来たならまだマシだったのかもしれないが、怒る相手が非力な自分自身では、やり場のない憤りをただ、自分の中に抱きしめ続けるしかなかった。
 どうすれば良いのだろうと。どこまで修行すれば、頑張れば、皆の元に至れるのだろうと。どうやったら、皆と肩を並べられるのだろう、と。
 ぎゅっと、眉を寄せて。けれどもふと気付いて瞳をあけ、フェンリエッタを伺うように輝いている星達を見上げると、悪戯を告白するような笑顔で小さく、ささやいた。

「――あ、皆には内緒よ?」
『えぇ、もちろんよ、フェンリエッタ』
『それで? それであなたはどうしたの?』

 星達がクスクス笑い、さざめくように続きを促す。きらきらと、輝く光が絶え間なく、独りぼっちの丘の上に降り注ぐ。
 それににっこり微笑んで、あのね、ととっておきの宝物をそっと見せるように、大切に大切に呟いた。

「そんな私も、少しずつ、変わっていったわ。その、変わり始める切欠をくれたのが恋だったの」
『恋?』
『まぁ、すてき』
『もっと聞かせてちょうだい』

 星達が、嬉しそうにさざめいた。さざめき、ねぇ早く、とフェンリエッタに続きをねだった。
 その声を聞きながら、大切な大切なあの人の事を思い浮かべる――想うだけで嬉しく、切なく、苦しく、甘やかな気持ちになる、あの人。
 彼とフェンリエッタはなによりまず身分が違いすぎて、この片恋を叶えることは難しい。それでも、だからとたやすく捨てられるほどに、この想いは簡単なものじゃない。フェンリエッタの胸にほのかに、暖かな光として宿った恋は、なんとしても叶えたいという情熱を伴うものではないにせよ、静かに静かに輝き続ける大切なものだから。
 輝く瞳を甘やかな幸せに細め、フェンリエッタは知らず、微笑んだ。あの日、戦いの中で得た想いと、誓った願いは今もこの胸に変わらずある。

「だからこそこの道を全うしたいのは本当」

 ぽつり、決意を込めて呟いた。自ら望んで進んだ騎士の道。無力を噛みしめながら、それでも騎士たらんと努力したからこそ、今のフェンリエッタがある。それ故に得た、大切な想いがある。
 けれども、このままじゃいけない。そう、思っているのも本当だ。無力を噛みしめ、それを補うべく努力をしても、フェンリエッタの心の中にあるものは満たされない。
 つと、星空を見上げた。宝石のように輝き、踊り、笑い合う無数の輝き。

「私は、強くなりたい‥‥けど捻じ伏せる力が欲しい訳じゃないんだわ」

 単純な力と技なら、それでもいつか手に入れることが出来るかもしれない。けれども、そうして、どうすれば良い? ただ圧倒的な力で敵を圧し、屈服させ、そうして勝利を誇るのは、果たしてその後に何を生むのだろう。
 大事なのは騎士の形ではなく、心なのだと、フェンリエッタは思う。騎士の身なりをして、騎士の技を用いても、自分自身の心が騎士たるにふさわしいと思えなければ、己を騎士と名乗るのはおこがましい。
 ならば、騎士たるにふさわしき心を持つには、どうすれば良いのだろう。彼女の目指す「何も捨てず何も諦めず、全てを生かす道」を実現する為には、一体どうすれば良いのだろう。
 独り言のように、詩吟のように呟きながら、自らに言い聞かせるように、フェンリエッタはミニ向日葵を見るともなく見つめ、じっと考えた。星達が、そんなフェンリエッタを見守るように、きらきら、きらきら、光をこぼす。
 星達の声を聞きながら、ぽつり、呟いた。

「――もっと見識を広げ考える力をつけなくちゃ‥‥」

 もっと、もっと広い世界を見つめて、もっと広い知識を身に付けて。彼女が見ているこの世界は、また異なる立場に立てば全く違う表情を持っているのだから――それを見たことはなくとも、フェンリエッタは知っているのだから。
 ――だから。ここにただ立ち尽くし、目の前にある道を進むだけではきっと、そこに至ることは出来ないから。

『じゃあ、フェンリエッタ、どうするの?』
『あんなに騎士になりたかったんでしょう』
『ねぇ、フェンリエッタ。騎士を、辞めてしまうの? 騎士の道を捨てるの?』
「――騎士を捨てる? いいえ」

 驚いたようにさざめき、問いかけてくる星達に、フェンリエッタは微笑んだ。その顔にはすでに迷いはなく、翠の瞳は星のように力強く、きらきらと輝いている。
 晴れ晴れと、鮮やかに。丘に降りそそぐ星達に、一言一言、力強く誓った。

「捨てるんじゃないわ。もう一度、私がなりたい騎士の在り方を目指すの」

 すべての迷いを捨てたと言えば、それはきっと嘘になるだろう。あれほど焦がれた騎士の道を、最期まで全うするのだと強く、強く、それ以外の道など見えぬほどにずっと、フェンリエッタは信じていた。
 けれども、このままではいけないのだと気付いてしまったから、フェンリエッタはただがむしゃらに騎士の道を進む事など出来はしない。このまま歩み続けた所で、辿り着く先は彼女が胸に憧れ描く、誇り高き騎士ではない。
 あの方の前に、何より自分自身の前に、気付いてしまったのにどうしてそんな姿を見せ続けていられるだろう?

(諦めるんじゃないもの)

 これからもずっと騎士として生き続けるために、より高みに登る為に、違う視点を持つことは決して無駄な事じゃなくて。騎士という道を違う立場から見つめてこそ、見えてくるものがきっとあるから。
 そよそよと、涼やかな夜風に揺れて、傍らのミニ向日葵がフェンリエッタの腕をくすぐった。それにくすりと微笑を零し、柔らかな花びらをまたちょん、と突く。

『素敵ね』
『素敵よ』
『応援してるわ』

 星達がくすくす笑い、さざめいた。そうして夜空からきらりと零れ落ちた小さな星が、まるでフェンリエッタの道行きを照らすかのように、ふわりと目の前に降って来る。
 それを、両手でそぅっと受け止めた。フェンリエッタの手の上で、ひときわ強く煌いた星の欠片を、大事に大事に抱き締める。
 ささやかで、力強い煌き。フェンリエッタを導く光。フェンリエッタを生かす、一縷の可能性‥‥それを、ぎゅぅッと胸に抱き締めて、フェンリエッタは静かに微笑んだ。
 また迷う事は在るかもしれないけれど、それでも自分は進んでいく。より高みを、誇り高き騎士を目指して、たとい一度は道を離れても。
 ――この道は必ず、騎士へと繋がっている。
 その先にはいつだって、この輝きがフェンリエッタを見守るように、導くように、ただ煌きながらそこにあるだろう。そう――信じてフェンリエッタは静かに微笑んでいたのだった。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /   PC名   / 性別 / 年齢 / 職業 】
  ib0018 / フェンリエッタ /  女  /  18  / 騎士

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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初めまして、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
残念ながらギルドでご一緒させて頂いた事はなかったかと思うのですが、こちらでご発注を頂き、ご縁を繋いで頂けた事に、心からの感謝を。

星降る丘でのさやかなひととき、如何でしたでしょうか?
時折、ギルドで拝見していたお嬢様のご様子などから、お言葉に甘えて自由に描かせて頂いてしまいましたが‥‥あの、うちの娘はこんなんじゃないとか、他にも何かありましたらもう、いつでもためらいなくリテイクをお待ちしております(全力土下座←
えぇ、そこは躊躇っちゃいけません(ぐぐっ

これからの道行きは厳しい事もあられるでしょうけれども、やがてお嬢様の理想の場所へと辿り着かれます事を、影ながら応援させて頂きます。
お嬢様のイメージ通りの、優しく穏やかで、始まりの決意を込めたノベルであれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
Midnight!夏色ドリームノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2011年08月30日

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