▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『水の羽衣 〜ふしぎなおきゃくさまのおはなし〜 』
アルーシュ・リトナ(ib0119)

 とん、とん、とん。
 おうちからきこえる、はたおりの、音。やさしい、歌声。
 アルーシュの――私のすきなアルーシュの、音。

●ノックは3回
 森の入口に、小さな家が建っている。
 慎ましやかな小屋には年頃の娘さんが一人、淡い菫色した小柄な駿龍と、森に棲息する様々な存在と共に暮らしている。
 娘さんの名はアルーシュ・リトナ(ib0119)、美しい生地を織り上げるのを生業とする機織師だ。

 とん、とん、とん。

 小屋の中から音が聞こえる時は、アルーシュは仕事中。
 駿龍のフィアールカは機音を子守唄にして、森の奥でうとうと。
 仕事の間は遊んでくれないのをフィアールカは知っていたから、ひとりのんびりお昼寝中。

 とん、とん、とん。

 機音とは違う音に、フィアールカは瞼を半分開けて耳を済ませた。
 小屋の戸をノックする音だ。
 一度だけだと気付かないから、ノックは3回。それがこの森の約束。
(おきゃくさま、かな)
 フィアールカは彼女の許を訪れそうな人を思い浮かべてみた。
 アルーシュを姉と慕う開拓者かな? それとも甘いもの好きの黒わんこ? 歌とお話を聞きに来た街の子たちかもしれないし‥‥織物ギルドの顔役をしているアルーシュのお父さんかしら。
 あれこれ思い浮かべていると、小屋の方から声がした。

「おーきに♪」

 小さな女の子の声、知らない声だ。誰だろう。
 フィアールカは森の入口に行ってみた。

●水の羽衣
 人ならぬ訪問者だった。
 姿かたちは天儀風の衣装に身を包んだ童女なのだが着衣の袖が鰭になっている。昨今は獣人の開拓者も増えて来たものの――童女が纏う雰囲気は、人のそれとは明らかに異なるもので。
 にも関わらず、アルーシュの事となると普段の3倍は過敏になるフィアールカが静観していたのは、童女に害意が感じられなかったからだ。
 それに、この森に住んでいれば、人ならぬ訪問者は然して珍しい事ではない。
 魚を思わせる鰭の袖、どこか懐かしさを覚える独特の口調――具現化した水の精霊のお客様だとフィアールカは直感した。

「ひめさまの♪」
 そう言って水の童女は懐から手紙を取り出した。
 天儀風な巻紙の手紙だ。受け取ったアルーシュが、ぱらりと開くと文面に目を通す。
「水の羽衣‥‥?」
 初めて目にした単語に戸惑い、思わず声に出してしまった。
 機織師――布については専門職の機織を生業とするアルーシュでさえ聞いた事がない。手紙には水の羽衣を織って欲しい旨とその織り方、織成に使用する糸が添えられていて。
 一旦手紙から目を離し、アルーシュは糸の包みから一束取り出した。
 繊細かつ透明感のある糸束は冷んやりとした感触で、初めて触れる種類の糸だ。しかし機織師の経験がアルーシュにこの糸を使った織物の仕上がりを容易に想像させたようで、彼女はにっこり微笑んだ。
「肌に心地良い、しなやかな生地になりそうですね」
「ひめさまの、はごろもー♪」
 目の前の童女は歌うような声音で「織って?」と言わんばかりに小首を傾げている。
 その仕草があまりに無邪気だったもので、アルーシュは再び手紙を、真剣に文面の続きを追った。
 多少特殊で仕上げ工程に不可解な部分があるが、技術的には問題ない。安堵して、アルーシュは文面の末尾に目を落としたところ――
(あれ? アルーシュ、どうしたの‥‥?)
「ええと‥‥光栄です、ね」
 フィアールカが訝しく思ったのは、アルーシュが何だか複雑な微笑をしたからだ。
 何が書いてあったのかは判らなかったが、ともあれ機織師は「ご注文承りました」腰を屈めて童女に恭しくお辞儀したのだった。

●お仕事中
 それから暫くの間、フィアールカはまたアルーシュと遊んで貰えなくなった。
 水の子が持って来た不思議な糸束を、アルーシュは森の小川に持って行き、川水に浸した。しっとり濡れて重くなった糸束をフィアールカの背に乗せて小屋に戻ったアルーシュは、以来小屋から一歩も外に出ていない。

 とん、とん、とん‥‥‥‥

 機音に混じって、アルーシュの歌声が聞こえる。
 経糸に織り込む歌はどんなうた?
 ひんやりした糸束の重さを思い出しながら、フィアールカは切り株を枕に微睡む。

 とん、とん、とん‥‥‥‥

(しかたない、よね。おしごと、だもん)
 夢と現の狭間を、フィアールカは行ったり来たり。機音に耳を傾け、心中で寂しさを呟く。
 森の奥で微睡む駿龍の側を、野兎が跳ねていった。

 とん、とん、とん‥‥‥‥

 フィアールカは大きな欠伸をした。
 この切り株にアルーシュが座って、竪琴を奏でながらお歌唄って、森の小動物達が集まったら、どんなにか素敵だろう。
 だけど今は、アルーシュは仕事中。水の羽衣を織っている真っ最中で。
(つまんない、けど、がまん)
 アルーシュが小屋から出てきたら、思いっきり甘えよう。だってそれはお仕事が終わったって事だもの。

 とん、とん‥‥‥‥

 暫くして、ようやく小屋から機音が途絶えた。
「フィアールカ?」
 大好きな声が自分を呼んでいる。嬉しくて、フィアールカは大急ぎで小屋に向かった。

●水の織物
 小屋の前ではアルーシュが、織り上げたばかりの布地を抱えて立っていた。
(アルーシュの、布‥‥きれい)
 童女が持ち込んだ糸束は涼しげな布に姿を変えていた。本当に、いつ見てもアルーシュの織る布は見事な出来栄えだ。
 だが、アルーシュ曰く、あと一工程あるのだと言う。機織の詳細を知らないフィアールカには織機から外したばかりの経糸の始末が如何などと言った事は解らなかったが――

(アルーシュ、なに、するの!?)

 さすがに妙だと思った。
 糸切り鋏を手にしたアルーシュが、布目を見ながら経糸を引き抜き始めたのだ。
 そんな事をしたら、せっかく織った布はばらばらになってしまわないの?
 心配そうなフィアールカに見守られ、アルーシュは一本一本丁寧に経糸を引き抜いてゆく。やがて経糸を抜き終えた彼女は完成した生地をふわ、と広げた。

 水を織って作った、羽衣が出来ていた。

 川水に浸した糸束の、ひんやり清い水だけが生地に残った、水の精霊が纏う不思議な羽衣――
(きれい‥‥)
 経糸を抜く前も綺麗だったけれど、水の羽衣はそれとは一線を画した厳かな美しさがある。自然界に親しみ不思議を受け入れる者だけが感じ取れる、麗姿。
「水姫さまの‥‥水の羽衣」
 きっと、似合うに違いない。水精霊が羽衣を纏う姿を思い浮かべ、フィアールカはそう思った。

●不思議なお客様のお話
 その後、受け取りに訪れた童女によって、水の羽衣は水姫に届けられた。
 アルーシュはまたフィアールカの相手をしてくれるようになり、暫くして見慣れる貝殻が小屋の前に置いてあったのだが――

「アルーシュおねえちゃん、それで?」
 森の奥、切り株に腰掛けて街の子供達に語るアルーシュは、少し残念そうに「朝日に消えてしまいました」と結んだ。
 だけどアルーシュとフィアールカは覚えている。
 機を織る時の柔らかい水音、経糸を抜く前の湖面のような輝き、ふわりと広げた羽衣の水面のような美しさを。

 それから更に暫く後――
 織物ギルドの仕事を持って来た彼女の父親に、アルーシュは言ったものだ。
「腕がそこそこで、驚いて逃げない機織師は貴重なんですって‥‥」
 何とも微妙な表情で語ったテュールの娘の話を、父は微笑ましく聞いていたのだった。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【ib0119/アルーシュ・リトナ/女/19/機織師】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
 周利でございます。ご指名ありがとうございます。
 上位精霊と開拓者の交流という一夜の夢。不思議な依頼に相応しいかと、フィアールカ視点で物語を紡いでみましたが如何でしたでしょうか?
 依頼者を川姫さまにするか迷ったのですが、舵天照世界に於いて同名のアヤカシさんもおられますので、水姫さまとさせていただきましたが、おそらくあの御方です。
 きっと今頃、水童女を侍らせて新しい羽衣にご満悦な事でしょう。
Midnight!夏色ドリームノベル -
周利 芽乃香 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2011年08月31日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.