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『●儚き夜の蛍火 』
ケイ・リヒャルト(ga0598)

 広場の方から、賑やかな音と歓声が聞こえてくる。こんな夜に珍しいこと‥‥ああ、そういえば今宵は祭りなのだった。
 だから、自分もこのように浴衣に着飾って出かけたのに。
 気分転換も兼ねて出かけたはずの祭り。なのに会場には入らず、仄暗い場所の小さなベンチに一人で――ケイ・リヒャルト(ga0598)は座っていた。
 どこからか虫の音も聴こえる静かな場所は、居心地もいい。
 どうしたの、お嬢さん一人? と雑音さながら気安く声をかける男を気怠げに、かつ適当な言葉であしらい、ほぅと小さく息を吐く。
 いつもの凛とした雰囲気と強い意志を宿した瞳の彼女はそこになく、心身に憂いと喪失感が荊棘のように絡みついたまま、離れない。
 だが、自分には支えてくれる友人も、恋人も‥‥大事で、大切な人は周囲にいる。それは大変幸せなこと。
(それなのに――)
 何故、なのだろう? 何がこの胸を、何を失くしてしまったと思わせるのだろう。
 そうして自問自答しながら、心か頭か――どこかで彼女も既に解っていた。自分を襲う虚脱感の原因を。

 どん、と体の中から震わせる大きな音に、ケイは顎を上げる。空に咲く大輪の花‥‥祭のメインだろう、花火が上がりはじめた。
 ここからでも見える通り――広場には幾重にも人垣ができており、皆一様に空を眺めていた。
 少々入り組んだこの場所からでも花火は見えるのだが、誰もここで足を止める気配はない。慌ただしく会場に入っていく。
 重低音と上がる花火をぼんやり見つめながら、ケイの意識は過去の戦いに引っ張られる。
――銀色が、頭の片隅で煌いて。
 花火の炸裂音と記憶の中の銃声が重なり、漂うはずもない火薬の匂いまで感じられそうな程。とある人物を思い描いた。
(シルヴァリオ‥‥)
 かつて因縁のあったその男は、真っ青な空と記憶の中に沈んだ。
 彼の存在が、視線が――そして、聞きたかったことが、自分にはあったのだ、と。
 ああ、とケイは心の中でその事実をゆっくり噛み締めて、瞬く。
 何だったのかと尋ねることも、自分に何かを与えていた、ぞくぞくするような眼差しを見ることももう――‥‥ないのだと。
 心の一番奥底の箱の中に、鍵をかけてしまうしか無いのだろう。緩々と胸の内から湧き出す靄より現実に戻る途中――

「――!」
 びくりと体を震わせ、一気に彼女の神経は戦場に立った時のように鋭敏となる。

 一体いつからそこに居たのだろう。彼女の隣には‥‥既に誰かが座っていた。
 人が来ればすぐに分かるはずの位置。ケイはこう見えても手練の傭兵であり、気配の察知、ましてや来た相手が一般人であらば気づかずに座ることなど出来るはずはない。
 しかし。ふわりと風に乗ってくる微かな香りに、ケイの緊張はわずかに溶け、強張った筋肉が弛緩する。
 香水かどうかは分からないが、兎も角その人物の『匂い』に憶えがある。淡い期待を否定しつつもそっと視線を隣に遣れば――

 銀の髪の男が、うっすらと微笑んでケイを見ている。この表情もまた――逢うときに『いつも』見ていた貌だった。
 トレードマークのような白いコートではなく、今日は黒いシャツ。白い麻のストールを首へ巻いている。
「よう。お嬢さん、一人か?」
「‥‥‥‥」
 ケイは答えなかった。よくあるナンパ口調に閉口したわけではない。逆に、彼がここに居る筈はないが、逢えて『嬉しい』――があったので、言葉に詰まっただけだろう。
 それをどう取ったのかは知らないが、シルヴァリオはベンチに背をべたりと付けて空を眺めた。
 無言のまま、ゆっくりと刻は流れていたが――シルヴァリオが、不意に口を開いた。
「傷は」
「‥‥え?」
「お前に付けた傷。消えたか」
「ええ‥‥でも、心の傷は消えないわ」
 そっと浴衣の合わせに手を置いたケイ。黒から紫色のグラデーションに変わる地には、蝶と薔薇が描かれていて如何にも彼女らしい柄だ。
「身体に残らないだけいい。まさか、残して欲しかったわけでもないだろ?」
「ふふ、どうかしら‥‥貴方につけられる傷なら悪くないかもね」
「お前は良くてもオレは嫌だぜ。オレの身体はほとんどお前のせいで穴だらけだったぜ? あんなになっちまったら、残したいものも残らねえよ」
 もう心配も要らないけどな、と言って、シルヴァリオは自分の胸を掌でさする仕草をする。
 それを見ていたケイの顔も優しいものだったのだが、自分が笑っているとケイ自身気づいたわけではないようだ。
 他愛ない会話を数度行った後、思い至ったことがあるのだろう。ケイの表情から笑みが消える。
「ねえ、シルヴァリオ‥‥」
 そう呼びかけて、ケイは戸惑うように彼を見つめた。呼ばれた当の本人は、わずかに片眉を上げた後小さく返事をして顔をケイへ向ける。
 笛のような甲高い音を立てながら花火が夜空に咲く。光が二人を照らし、そしてすぐに消えて。それが三度ほど繰り返された後に――ケイは太ももの上に置いた手を握りしめ、やや遠慮がちに訊いた。
「シルヴァリオ」
「なんだよ。何度も呼ばれなくたって――」
「ごめんなさい、そうじゃないの。――前にも訊いた事だけど‥‥貴方の『大切なモノ』って、一体何だったのかしら‥‥」
「‥‥そんな事にまだ拘ってたのか。考えすぎて眠れなくなったか?」
 呆れたように肩をすくめたシルヴァリオ。だが、どこか茶化すような口調に、拒絶は感じられない。
「眠れないほどじゃないけど‥‥」
「――お前は言ったな。『大切なモノ』があるオレはお前達と同じではないかと。お前達にとってはそれが『仲間』だとも」
「ええ‥‥」
 その気持と考えは今も同じだ。だが、聞きたいのはその先だ。ケイは懇願するような気持ちでシルヴァリオを食い入る様に見つめた。
 今は大きく響く花火の音も気にならない。
 頭の後ろをガリガリと掻いてから、シルヴァリオはようやく話し始めた。
「オレは永い間‥‥自分にとって他者は敵か、どうでもいいか、実力はどうか――という位でしか見てこなかった。お前たちにはそれがどう映るのか知らないが、バグアには割と当たり前でな。
 あとはヨリシロに値するかどうかくらいだ。オレたちが『奪う』のは生きる・学ぶという事に等しい。お前たちとは違ったのさ。ま、分からないとは思う。いいぜ、分からなくても。文化の違いってやつだ」
 だが、それを変えたのはお前たちだった――と、シルヴァリオは先ほどのケイと同じように剣を交えた日々を思いながらも花火を見つめる。その優しげな横顔は、本当に人間らしいものだった。
「初めは地球人‥‥人間の感情を知りたい、と興味を持っただけなのにな。それとヨリシロの記憶は高くついたぜ。
 あの島でお前らを待つ間、ヨリシロのかつての仲間が倒れるさまを見てオレが味わった感情は――ヨリシロの感情でもあったのかもしれない。涙は出なかったが、胸は苦しかった。
 何故人は死ぬのかとまで思ったくらいに――そうだな‥‥『悲しかった』がしっくりくるな」
 オレにとってはあいつらが死んでも関係ないのにな、と言った彼の表情は憂いがあって。死闘を繰り広げた時に、垣間見せた貌と似ている。
 その感情が感染(うつ)ったのか。ケイもその瞳に憂いを湛える。そんな顔するなよとシルヴァリオは言うのだが、彼自身どうしてやればいいのかわからないようだった。
「じゃあ、シルヴァリオ、つまり貴方――」
「ああ――‥‥」
 彼の唇から出る言葉は、ケイにとっては一番聞きたいことなのに。花火の一番の見所であるらしい速射連発花火の音にかき消されていた――‥‥
 そして、照れ隠しか‥‥笑った彼は、全て言いたいことを言ってしまったのだろう。それを残念に思いながらも、答えは判ったような気もした。
 ケイも微笑みを返した後。今しがた上がった、特大花火を見つめる。ぱぁっと明るくなる周囲と、彼女の心。

「じゃあな。地獄で待ってるぜ‥‥ケイ」
 
 その言葉にハッとして振り向いたときには――もう彼の姿はどこにもなかった。
 眼を離したほんの数瞬の間だったはずなのに。
 思わず立ち上がったケイ。一度小さく呼びかけ、周囲に視線を徨わせる。
 フェンス越しの川辺から、ちら、ちらと。暗闇に淡い光が舞っていた。

 夏の夜の淡い邂逅。蛍の光は、死者の霊魂だとかいう言い伝えもあるのだが――

 それは、あながち嘘ではないのかもしれない。

(そうね。いつかまた――会いましょう?)
 やや緑がかった黄色い蛍の光を見つめながら、ケイはそう心の中で呟いた。

-END-

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【ga0598 / ケイ・リヒャルト / 女性 / 21歳 / イェーガー】
【gz0328 / シルヴァリオ / 男性 / 25歳 / バグア】
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2011年09月09日

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