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『流浪の果て、己で定めた道 』
桂木 涼花(ec6207)

●実りの秋
 旅装を整え、各地方へ伸びる街道が走るパリの門の前。
 迎えを待っていた桂木 涼花(ec6207)の前に現れたのは一組の人馬。馬上の待ち人を見上げ、少しだけ首を傾げる。
「ブランシュの騎士装束ではないのですね」
 彼の愛馬は、黒々と輝く毛並みが美しい青鹿毛馬。白い鎧姿は、さぞ映えるだろうに……。
 残念に思った気持ちが顔に出ていたのか、馬上からほんの少し苦笑する気配が伝わる。
「あれは目立つ。私事には向かない」
 オベル・カルクラフト(ez0204)は、軽やかに馬を降りると、自然な動作で涼花の荷を受け持った。さすがに騎乗は慣れた様子で、少しも無駄の無い所作に見惚れてしまうのは、久しぶりに会うからだろうか。
 そんな涼花の胸中などおかまいなしに、オベルは旅の荷をさっさと馬へ積む。
「さて、涼花殿」
「? ……はい」
 名を呼ばれ、目の前に差しのべられた手。涼花は小さく首を傾げながらも、素直にその手をとった。
 ためらいなく預けられた手に小さく笑うと、オベルは涼花を軽々と鞍の上へ乗せる。次いで自らも馬上で戻ると、愛馬を促し歩き始めた。
「今回は期待に添えずすまなかったな」
「いえ、お気になさらずに……!」
 つい出てしまった言葉なのに、気に掛けさせてしまったか。涼花が慌てて首を横に振ると、何がオベルの琴線に掛かったのか、笑われてしまった。
「まあ、いずれ飽きるほど目にするだろうから、それで帳尻を合わせてくれ」
 涼花の頬が赤く染まる。言葉の意味がわからないほど鈍くは無い。俯いてしまった頭の上で笑う気配もあって、暫くの間、涼花は顔をあげられなかった。
 何事も支障の無い円滑な旅立ち――収穫祭の準備で沸くパリの街を立ったのは、ランスへ共に……という約束を果たすためだった。
 オベルから預かった指輪は大切に懐に抱いたまま。
 日頃目にするものとは違う、軍用馬の高い背からの景色は、涼花にとって興味深く流れてゆく。街並みや風景について語られる想いといわれ、積み重ねられた時間に触れながらの旅を、涼花は忘れないだろうと思った。
 初めてオベルと共にみたランスの地――見渡す限り続く黄金の麦穂はうつくしく、オベルが好きだという黄昏の刻は、壮観だった。
 黄昏……誰そ彼とも書くとかつて故郷で学んだ時刻は、傍らにある人の顔すら判然としない夕暮れの頃。とろりと深い金色に赤橙の蜜をこぼしたように移ろう色合いは、空と大地の境界すら曖昧にする。夜闇が訪れる最後のひと時まで残る黄金と赤銅の光の欠片まで見届けた。
 初めて彼と二人見つめた景色……第二の故郷となる大地の色を、彼と共に生きている限り、ずっと忘れないだろうと、思った。

●祝福の秋
「……どうした?」
「いえ」
 じっと見つめすぎてしまったのか、窓辺から外を見下ろしながらタイを緩めていた彼が振り向いた。
 ただ彼を見つめていただけだったから、ゆっくり首を横に振ると、背を流したままの髪がさらりと揺れる。結いあげられる長さにまで伸びた黒髪が、出逢ってから今に至る時間を知らしめるよう。とても長かったような……短かったような。夢中で駆け抜けた時間を思えば、つい笑みが浮かんでしまう。ゆるり胸に湧く、温かな想いを映す笑み。
「そんな顔で何でもないと言われてもな」
 改めていわれてしまうと、どんな顔をしているのだろうかと自分でも気になった。そんなに情けない顔をしているつもりはなかったが……もしや。
「……化粧が崩れて?」
 はた、と思いつき頬を押さえると、小さく笑われた。
「いや、おかしいところは何もない」
 頬を押さえる手に、彼の手が重ねられる。
 触れる彼の左手に嵌められた銀の指輪は、自分の左手指に輝く指輪と同じもの。彼の指輪は彼の体温と同じ温もりだけど、自分の指輪はきっと彼よりも……熱い。
 先ほどまで庭園をみつめていたのと同じ優しい顔で見つめられて、頬が熱くなるのが自分でもわかった。
 彼が優しい笑みを浮かべていたのは、領民たちの笑顔をみていたからだ。
 今日、ランス領主が治める城の庭園は、祝賀のために開放されている。
 庭園から聞こえてくるのは、賑やかな実りを祝う音楽と、人々の笑い声。夜もだいぶ更けた頃合いだったが、ずいぶんと盛り上がっているようだ。祝いのたき火を囲むように出来た踊りの輪は、貴族たちの宴の席より堅苦しくなくて、好もしい。
 ……とは思うのだが、見つめられ過ぎて息が苦しくなる前に、涼花は話題を変えてみようと試みた。
「踵の高い靴には、難儀致しましたが……とりあえず、お相手の足を踏まずに済むようには、なりました」
「随分修練を重ねたようだな、上手だった。ドレスも良く似合っていた」
 さらりと褒められ、頭に血が昇る。話題の転換には成功したが、状況は打開できなかったらしい。
 彼の口数は余り多くない。少ないながらも女性にとって嬉しい言葉は、気負いも無く告げるので、心の準備が間に合わない時が往々にしてあった。
 言葉を惜しんでいるわけではなく、必要ならば大貴族らしく幾らでも出てくるが、私人としての彼は余り言葉を語らない。多くはないことを本人も自覚しているから、必要なことは伝えようとしてくれるし、彼にとって大切なものを見つめる眼差しと同じ瞳を向けられていることが分かっているから――多くを望むことはしまいと思う。
 求められるのではなく、共にありたいと願ったから。
 彼が長く独り身でいたことに、大きな理由も特別な理由もなかった。
 単に時間がなかっただけなのだろう。伴侶となる女性に理解を求める時を惜しんだ分、そのまま国と民に費やしてきた。
 解って欲しいとは決して言わない。理解してもらえないのならば、それでかまわないと思っている。
 仮に分かり合えない形だけの婚姻を結んだとしても……大貴族であり、王国の騎士である彼は、その立場に相応しい振る舞いで、いつでも騎士の礼節を持って優しく接してくれるだろう――そこに彼の心は無いだけで。
 その少しの時間すら惜しみ、形だけ、飾りだけの夫婦ならば不要と、王国の騎士であることを優先してきただけのこと。

 ――それでもいいかと聞かれた。
 ――それでもいいと選んだのは、私。

 始まりは直感だったように思う。
 ただただ、心に掛かって……面会を願って。
 お会いしてはっきりと、この方の視界に入りたいと自覚した。
 拙いなりに伝を頼り、学び……追いかけて。
 振り向いて頂けた事は、未だに、時折夢のようだ思う。
 けれど、夢では済まない、超えるべき壁は未だに多く、この先も決して楽な道ではないだろう。
 それでも、ひとつずつ越えて行こうと……越えて、隣に在りたいのだと思える人に出逢え、在ろうと努力することが、己の道と定ったことが、心から嬉しく幸せに思えた。
「心より、御礼申し上げます……オベル」
 心のうちから生まれた気持ちをそのまま伝えただけなのに、彼が瞳を瞬かせた。
 特に変わったことを言ったつもりもないのだが……間誤付いた気配を察してか、彼はふわりと微笑んだ。
「……悔やまれぬよう努力しよう」
 礼を伝えたことだろうか、それとも。
 彼の手はまだ頬に添えられたままで。吐息が触れる程近く見つめられて落ち着かない。
 慣れてほしいと言われているが、果たして慣れることなど出来るのだろうか――出逢った頃のまま、静かで深い藍色の清廉な瞳を。
 動揺したまま何も言葉を返せずにいると、彼が笑みをおさめた。
 耳元へ顔を寄せ、彼が告げたもの――……。
「我が剣は、かつての誓いのままウィリアム三世陛下と民に捧げるが――心は貴女へ。愛している、涼花」
 囁かれたのは、彼の真心をうつした誓句。
 神の前で共に誓った言葉とは違う、真実『私に捧げられた』彼の言葉。気持ちが嬉しくて、潤む視界を誤魔化すように瞳を閉じるが、こらえきれなかった涙がこぼれた。
「……泣かせるつもりはなかったんだが」
 目の縁を、眦を、そっとぬぐう彼の指が優しくて、嬉しくて。堰をきったように涙が溢れ、とまらない。
 困ったように笑う気配に、違うのだと伝えたくて彼の背に腕をまわす。そっと抱きしめるように力を込めれば、濡れた頬をぬぐうようにくちづけられ、力強く抱き寄せられた。
「どこへ行こうとも、貴女の元に必ず帰る」
「……はい。お待ちしております、ランスで。貴方の治める土地で。貴方の帰るべき場所でありましょう」
 背にまわした腕に、伝えきれない想いを込めて抱きしめると、彼が小さく笑う。低い、耳に心地よい笑い声が、抱きしめられた身体に響いた。
 力強い腕のぬくもりに安堵し、ようやく涙が止まると、唇が重ねられた。
 羽根のように軽くやさしいくちづけは、やがて想いをそそぐように甘く、深く。
 追いかけて追いかけた道のりは、今一つの終着点を迎えた。
 王国の騎士、ランスの主たる方の……時に後ろを守り、時に並び立ち。
 そして、オベル・カルクラフトという一人の殿方の、心安らぐ場所でありたいと願い、心に誓う。
 貴方の帰る場所であり続けることが、私が見つけ選んだ道だから。
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Asura Fantasy Online
2011年09月15日

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