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『Phantasm 』
イアル・ミラール7523)&響・カスミ(NPCA026)


 人が住まう場所ならば、多かれ少なかれ都市伝説やそういった類の話は幾らでも出てくるものである。
 例えばあの屋敷に何かが出るだとか、どこそこへ一定の時間に向かうと神隠しにあうだとか。大体は眉唾ものであるし、それを聞いた人々もそう認識する。が、確かにそういう事象が存在することも確かである。
 そして、それは都内であっても変わりない。

 古い建物にも、やはり色々な噂が付き纏う。
 都内外れの某所、高級住宅街に近いそこは普段からあまり人通りも多くなく、都内にありがちな慌しい空気も一切ない。そんなところにある古びた洋館は、その中にあっても一種異様な雰囲気を放っていた。
 豪奢な造りは一見しただけでも伺えるが、そこが売りに出されたという話は一切なかった。所有者が誰なのか、そもそも誰か住んでいるのか。そんなことも近隣住民は全く知らず、しかしずっとそこにある洋館は一種の風物詩としてそこに鎮座している。
 ただそれは彼らが知らないだけで、所有者も、そしてそこに住まうものも確かにいる。ただ、それがただの人間ではないというだけの話だ。

 これだけ豪奢で得体の知れない物件となれば、それだけで色々な噂が流れていた。
 魔女が住んでいる、そこに向かい行方不明になった人間は数知れず、実は異世界に繋がっているなど、実に他愛のないものばかり。しかし、それが実は正鵠を射ていると知っている者はほとんどいない。いるとするなら、それはそこに住まう者と、そこに囚われた者だけだろう。
 魔女が住んでいるのは事実だった。そして行方不明になった人間がいるのも事実。そして異世界云々は、魔女の結界の中にあるのだからそれも強ち間違いとも言い切れない。ここは人間の世界にあって、実としてはそうでなかった。
 その佇まいは一種の蜜であり、それに寄ってきた人間たちを自分の物として魔女はそこに生きていた。
 美しいものを好む魔女は、やってきた人間が美少女や美女であればそのまま自分のメイドとし、醜い者であれば何かしらの餌にするなりして処分した。結構な数が行方不明になっていながら未だにそこがあまり大きな噂とならないのは、偏に魔女が屋敷に施した結界のせいだろう。

 そして今日、また獲物が屋敷に近づいていた。その気配を察し、魔女は怜悧な微笑を浮かべるのだった。
 先日偶々この屋敷に興味を持った生徒がいたらしく、それを注意していたらしい教師らしき女も美しかった。捕まえて即メイドにするほど気に入っていたが、こういうものは数が多くて困るものでもない。選り取り見取りというのは退屈な生活を退屈しないよう過ごすためのスパイスなのだから。





◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「魔女を倒す、ね……簡単に言ってくれるけれど」
 依頼書に軽く目を通し、イアル・ミラールは小さく一人ごちた。
 そもそも内容があまりに無かった。分かっているのは魔女が美しい女ばかりを捕らえていることだけ、その他能力などは一切分かっていない。
「ある意味シンプルで分かりやすいけど、それにしたってもうちょっと何かあってもいいと思うのだけど……」
 しかし幾ら嘆いても仕方がない。そもそもこのような依頼は巨万とある、今に始まったことでもないのだから。何度となく危ない橋も渡ってきたが、それでも今までやってこれたのだ。今回も自分の腕を信じるしかないだろう。

 そうしてイアルは件の洋館まで足を運んだ。
「なるほど、ね」
 一見しただけでわかる、その異様な雰囲気と結界特有の肌を刺す寒さにも似た薄気味悪さ。どれだけ巧妙に隠していたとしても、ここまではっきりと感じられるのは彼女は普通の人間とは違うからだろう。
 重く閉じた鉄門は、しかし鍵がかかっておらず、不躾な来訪者を抵抗もなく受け入れた。
「最初から分かってる、ってことかしら?」
 しかしそれならそれで話は早い。扉をくぐった後、無駄な時間はないとばかりに彼女は走りはじめた。

 この洋館はどうやら居留地であったらしく、所々にその拘りが伺い知れる。普段であればその見事な造りに目を奪われるところであろうが、今はそんな余裕もない。折角いい物件なのだから、仕事が終わったら改めて見て回ろうと心に決めてイアルは屋敷へと侵入した。
 扉をくぐると、そこにはメイド服の女性が立っていた。そして、
「……嘘、でしょ……?」
 その顔は、確かにイアルが見覚えのある顔だった。
 いや、よくよく見ればそれとはどこか違う。ただ、よく似通っているのは確かだった。まるで別人とは思えないその顔は、イアルの心を激しくかき乱した。
「あら、もしかして友人か何かかしら?」
 呆けていたイアルが、冷たい声に一気に覚醒した。その声に含まれた響きが、それは標的のものだと彼女に教えた。
「っ……今は」
 メイドのさらに後方へ目をこらせば、濡れたような黒髪を闇の中に輝かせる魔女が立っている。その顔には、いかにもありがちな笑みが浮かんでいた。分かりやすいやつだとイアルは内心ごちる。
「まずはこちらを……!」
 精神を己の内に集中させる。そして己が力を解放せしめんとイアルが目を見開いた。
 洋館の中に力の奔流が溢れ出る。そうして出現したのは、恐ろしくも美しい東洋の龍の姿だった。
 天井の高い部屋で魔女を見下ろしながら、龍となったイアルは周囲の状況を確認する。どうやらメイド姿の女たちが数人いるようだ。下手を打てば彼女たちも巻き込むことになるだろう。であるなら、狙うは速攻のみ――。
 イアルが身を捩り魔女へと迫る。しかし魔女の笑みは変わらなかった。イアルの心を見透かしたように、先ほどの女性の髪を掴んでその前まで手繰り寄せる。彼女は髪を掴まれた痛みも知らぬようにされるがままだ。
「……!」
 他の者を巻き込むことを是とはしないイアルに、この手はあまりにも効果的だった。しかもその女性は彼女の知人によく似ており、それが余計にイアルを縛り上げた。
「駄目よ、彼女たちがどうなるか分かるでしょ?」
 魔女の言葉に、イアルは全く動くことが出来ない。そんな彼女の反応に満足したのか、魔女の笑みは一層深くなった。
「さぁ、それを解きなさい?」
 イニシアチブは、既にイアルの元には無かった。

 こうして囚われたイアルの美しさに興味を持った魔女は、気を失わせた彼女を調べるうちあることに気付く。
「ふぅん……『裸足の王女』、ね」
 ただ美しいだけではなく、彼女の中の力も、美術的な観点においても彼女は実に興味深かった。それは魔女の所有欲を大いに刺激し、彼女の暗い部分を突き動かさせる。
 今宵は丁度いい具合に満月の夜。そして既に帳は落ちていた。
 メイドたちに抱えさせ外に出た魔女は、庭にイアルを横たわらせる。そうすることで、彼女の中に眠る石化魔法を再活性化させ、再び彼女を石像へと戻らせた。
「このままでも十分綺麗だけど……もっと綺麗にしてあげるわ」
 小さな呟きがやがて魔法陣を描き石像を包み込む。すると美しさを讃えていた石像が削れ、形を変え、やがて美しくも醜悪な悪魔を象ったものへと変化した。
「いい? これからあなたはここで侵入者からここを守るのよ」
 一般的にガーゴイルと呼ばれるそれは言われるがまま飛び立ち、門を守るようにその上へ鎮座したのだった。

 魔女はイアルの中にある鏡幻龍を手に入れようと考えた。しかし、普通であればあれはそうそう簡単に取り出せるものではないだろう。
 そこで魔女は彼女を下僕とし、穢すことによって鏡幻龍が摘出しやすくなるだろうと考えた。そして何より、美しいものが醜悪なものとなり穢れることが彼女を楽しませてくれるだろうと考えたから。
 一先ずの仕事を終え、ガーゴイルを一瞥した後魔女は満足したように洋館の中へと戻っていった。





◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 イアルが失踪してから数ヶ月、依頼は失敗したと見做され、そして件の洋館にはやはりイアルと同じように仕事を受け持った者たちが絶えず訪れた。そしてそれらは全て入口を徹ことすら敵わず、ある者は息絶え、ある者は魔女に囚われた。
 それらは全てあのイアルであるガーゴイルが成したことだ。雨風に晒され汚れたまま磨かれることもなく、その石の体には苔も生えてきていた。魔女の施した魔法は相当強力であったらしく、強制的に動かされるイアルの意識はそれに引っ張られていく。
 誰かを殺め体が穢れていくほどに、イアルの心も蝕まれていった。やがて彼女が持っていた正義感や愛といった感情が塗りつぶされ、まるで自分が最初から怪物であったように思っていく。
 そんな彼女を眺めながら、魔女は上機嫌にワイングラスを傾けるのだった。

 もうそれほどの時間もかからずに彼女の心が侵食されきる、というときに異変は起こった。数ヶ月の時間の間に魔女の魔法が徐々に薄れはじめる者がいたのだった。
 それはあの日、イアルが顔を見て動きを止めた女性。私立神聖都学園の音楽教師、今は魔法によって魔女のメイドを務めている響カスミである。
 魔法によりほとんど意識がなかった彼女ではあるが、何気なく窓から見えるガーゴイルの姿に何かを感じる部分があったのだろう。そういったことが重なり、彼女は徐々に自分の意識を取り戻していった。

 夜の帳が落ち、洋館のあらゆるものが寝静まったその時。カスミは物音を立てず外に出た。
 手にはブラシとバケツ。そして彼女は門へと上り、ガーゴイルの体をブラシでこすりはじめた。
 彼女から見たガーゴイルは、穢れていく程に何かを叫んでいるように見えたのだ。それが可哀想で我慢出来ず、彼女はその体の汚れを落としていく。
 カスミからすればそれ以上の意味はない。しかし、それは偶然にも魔女の魔法を解く切欠となった。
 表面の苔が落ち、大理石特有の輝きが戻ってくる。それは徐々に穢れに侵食されたイアルの心を呼び起こした。そして、イアルの意識が戻ってくるということは、彼女の中で眠らされていた鏡幻龍が目覚めるということでもある。
「ぇ……?」
 何も予測していなかったカスミの前出、石化していた表面が少しずつ剥がれ、生身の人間の肌が現れる。それは徐々に広がり、そして背中に達したところで一気に割れ、中からイアルが産まれ出た。
 それはまるで羽化のよう。一連の出来事を理解出来ず呆けるカスミに、イアルが微笑みかけた。
「ありがとう……」
「ぇ、あ、いや、どうしたしまして……?」
 状況を理解できないカスミに小さく苦笑を浮かべ、しかし次の瞬間には顔を引き締める。
「お礼は後で改めて」
 それだけ言い残し、イアルは産まれた姿のままで走り出した。
 玄関を駆けあがり、適当なカーテンを走りながら手にとって身に纏う。今はそれだけで十分だった。そんなことよりも、今は時間が惜しい。
 魔女も眠りふけているはずのこの時間、それを逃がす手は無かったのだから。

 魔女が異変に気付き、目を覚ました頃には全てが遅かった。外を見れば、見えたはずのガーゴイルがそこにいない。それはつまり、イアルが元に戻ったということ、そして彼女が何をするかはすぐに想像がついた。
 自身の寝室にいたメイドは引き払っている。そしてそこに突入してくるであろうイアルが、人質のいない部屋で全力を出さない理由がないのだから。
 そんな魔女に、迷う時間は与えられなかった。ドアが吹き飛び、有無を言わせないとばかりにイアルが力を発現させながら飛び込んできた。
「そ、そんな……!?」
「遅い……!」
 勝負はまさに一瞬。既に龍の力を発現させたイアルと、呪文を唱える余裕も無かった魔女。享楽の魔女の目に、最後に映ったのは美しい龍の姿と眩い光。その傲慢さゆえに滅ぼさず欲した力により、魔女は消滅させられたのだった。





 魔女が滅んだ瞬間洋館にかけられてい結界が解けた。そうして晒された真の姿は、見る影もない廃墟の洋館だった。
 同時に魔法が解けたはずの、今この場にいないメイドたちも恐らくほどなく目を覚ますだろう。
「時間がかかりすぎたけど、これで仕事は終りね」
「あのー……終わりました?」
 先ほどのイアルの攻撃で吹っ飛んだ魔女の寝室に、ひょこっと顔を出したのはカスミだった。どうやら派手な爆発が起こったので心配になって身にきたらしい。
 どこか抜けた彼女の様子がおかしかったのか、イアルは思わず吹き出した。
「ありがとう、あなたのおかげでどうにか」
「あー…なら良かったわ、何がなんだかさっぱりなんだけど」
「ふふっ、それもそうよね」
 まぁカスミが深く知る必要もないだろうとイアルは肩を竦め、部屋を出た。
「ねぇ、あなた」
「えっ?」
「それじゃちょっと、恥ずかしくない?」
 カスミが指差すのは、素肌の上に巻き付けたカーテンだった。

「それにして、なんで私こんなところにいるのかしら?」
「さぁ、なんででしょうね」
 イアルの知る面影によく似たカスミは、この数ヶ月の出来事をほとんど覚えていないらしい。魔女の魔法にかかっていたのだからそれも仕方のないことだろう。恐らく、後で数ヶ月の時の流れに驚くことにもなるだろう。
 未だに考えが纏まらずあれこれ考えるカスミの横顔を、イアルはまじまじと見つめていた。くりくりと次々に変わる表情は、やはりどこか懐かしい。
「……ん? どうかしたかしら?」
「あぁいえ、わたしの知人に似ているな、って」
「そうなの?」
「えぇ」
 そんなイアルに興味を持ったのか、カスミはにっこりと微笑みかけた。
「折角こうして知り合えたのだし、どうせだから自己紹介。私は響カスミ、あなたは?」
 その笑顔は、やはり遠い記憶にあるそれと似ていて、イアルの中が小さく疼く。少し泣きそうになる衝動を抑えこみ、イアルは微笑んだ。
「イアル・ミラールよ」

 そうしてお互いに差し出された手を握り合い、二人はまた微笑んだ。
 ここから、二人の時間が進み始める。





<END>
PCシチュエーションノベル(シングル) -
EEE クリエイターズルームへ
東京怪談
2011年09月26日

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