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『見上げた空の、その先の。〜星のまなざし 』
玖堂 真影(ia0490)

 暗い、暗い夜空が頭上に広がっていた。見上げればどこまでも吸い込まれてしまいそうな暗闇の中、さやかに、力強く輝く星の光が幾つも、幾つも、数え切れぬほど瞬いている。
 その、夏の夜空を玖堂 真影(ia0490)はじっと、静かに見上げていた。知らず、息すら押し殺したかのような静寂が、その場を支配する。
 その場――句倶理の里にある玖堂本邸の祭事神殿、その最上階。通称を星見櫓と呼ばれるそこは、玖堂の者と、玖堂に仕える側近以外は立ち入ることの許されない場所だ。
 だからこそ、真影は独りになりたい時に、星見櫓を訪れた。真影だけではない、父や双子の弟もまた、独りになりたい時にはここを訪れる。
 ただでさえあまり人の近づかぬ神殿の、最上階ともなれば、まるで世界に取り残されてしまったような静寂が辺りを支配していた。その、星見櫓を見守るように、見下ろすように輝く、宝石のような煌めきがいつまでも、飽くことなく瞬き続けている。

「‥‥一ノ姫。夏とはいえ、お風邪を召されますよ」

 不意に、そんな言葉とともにふわり、肩から薄衣をかける者があった。タカラ・ルフェルバート(ib3236)、真影の従兄にして愛妾候補でもある彼もまた、真影と共に星見櫓にやってきている。
 短く礼を言い、ちらりとタカラの顔を見た。そうして琥珀色の瞳と目があって、ふい、とまた眼差しを逸らし、星を見上げる。
 愛妾候補。未婚の女当主のみに定められた掟、未婚の娘が一族の長となる時には必ず、一族の男の中から愛妾を定め、側に侍らせなければならないと言う、いったい何の嫌がらせかと首を傾げずにはいられないような。
 けれどもその掟は、新たに次代の長と選ばれた真影の前に、重くのしかかっていた。タカラとて本来は、その掟ゆえに真影が長に立った時の愛妾候補として選ばれたのだ。
 見上げた空はあまりにも透明な夜で、ふと気を抜けば吸い込まれてしまいそうだった。煌めく夜空を、星を見上げながら真影は、ゆっくりと思いを巡らせた。
 たとえそれがどんなに馬鹿げたものだと思っても、掟というのはそもそも、しかるべき理由があって定められたものだ。ましてそれが脈々と受け継がれてきたのには、相応の理由があると思って間違いない。
 ならば、その掟を覆そうと本気で思うならば、子供のように感情で叫ぶだけではなく、すでにその理由が意味をなさないと言う明確な論拠をまずは突きつける必要がある。

「――それは確か、なのよね?」
「はい」

 傍らに立つタカラに、星を見上げたまま問いかければ、返ってくる答えは明瞭だ。幼い頃から変わらぬ、涼やかで柔らかな声色が、真影の言葉を肯定する。
 ――真影はタカラに、他の者には内密にとある調査を指示していた。句倶理の里は古く、神殿を始め、里には多くの古文書が保有されている。常ならば真影であろうともまだ触れることは許されぬそれを、誰にも知られぬように読み解き、件の掟がなぜ定められるに至ったのかを調べるようにと言ったのだ。
 その結果、タカラが見つけた古の記録。初代当主にまつわる物語。
 かつて一族を率いた始まりの長は、黄金の髪に緋蒼の瞳を持つ、麗しき姫であったのだという。彼女の傍らには常に、黒髪の青年が従者として付き従い、その様子は実に仲睦まじかったのだとか。
 けれどもそんな従者の事を、快く思わぬ者も当然ながら居た。それはきっと、長姫の厚い信頼を得ているという嫉妬であり、もしかすればこのまま彼が長姫の伴侶として選ばれるのではないか、という嫉妬でもあり、他にも恐らくは数多くの理由があったはずだ。
 ゆえに、彼らは何としても長姫から従者を引き離そうと、徹底的に従者の事を調べあげた。調べて、調べて、ついにその秘密に辿り着いた――黒髪の青年の姿をした彼は、その実はアヤカシであったのだと。
 神聖なる長姫にそんな不浄を近付けておくわけにはいかぬと、青年は姫の命を盾に神域に放逐された。そうして閉じ込められたまま、ついにそこから出る事も叶わず、力尽きて瘴気に還ったという。
 ――句倶理に愛妾制度が出来たのは、その後のことだ。

(多分‥‥その従者は人妖、だったのね)

 本来、人妖はせいぜい大きくても1メートルを超えることは稀である。けれどもそれは現在のことで、もしかしたら古文書の昔には、人間と見紛う姿を持てる人妖だって、存在したのかも知れない。
 そうとでも思わなければ、理屈の通らない事もあった。もし青年が真実にアヤカシならば、人間の命を盾に取られて自らを死に追いやるような行動を取るとは考えにくい。ならば、アヤカシと同じく瘴気から作り出され、人と共に生きることを知る人妖であった、とした方がまだ理屈は通る。
 けれども、もし彼が真実、類稀な人妖だったのだとしても、当時の句倶理の民にとっては恐怖の対象であったのに違いなかった。厳密には異なるとは言え、乱暴に言ってしまえば人妖は自我持つアヤカシのようなものだ。
 だからきっと、当時の句倶理の民は彼を恐れ、引き離し、氏族の男達をあてがった。そうして二度と同じ事が起こらぬように、未婚の女当主に限ってはその後も必ず、氏族の男達の中から側に侍る愛妾を定める事として――事実上、監視させたのに違いない。
 そうと、知れてみれば何と他愛のない、底の知れた理由だろう。愛妾制度などと、真の理由を人の目に触れなくするための隠れ蓑に過ぎないのだ。
 もしかしたら初代当主は、アヤカシに操られたとすら思われたのかも知れないと、真影は会った事もない長姫の事を思った。そのような理由で大切な存在と引き離され、望みもしない男をあてがわれた長姫の無念は、想像するにあまりある。
 何より、彼女は巫女と陰陽師の資質を持っていた、と聞いていた。ならば陰陽師でありながら一族の長に立とうとする真影と、彼女はよく似た立場にあって――そう思えばなおさらに、その無念を思わずには居られない。
 だからこそ。

「――あたしは、句倶理の掟を変えたい。ねぇ、タカラ。あたしに力を貸して欲しいの」
「一ノ姫‥‥」

 傍らに立つタカラを降り仰ぎ、強い口調でそう言った真影の意志を、探るようにタカラはほんの少し笑みを潜め、真影を見下ろした。視線と視線が絡み合う。
 それに、臆する事なく真影はタカラを見つめ続けた。しばし、そうしているとやがてタカラは微笑んで、そっと真影の前に腰を折る。

「僕はいつでも一ノ姫の、貴女の御意のままに。――我が君」
「――ありがとう、タカラ」

 それに、ほっと真影も息を吐いて、己に腰を折る従兄を見下ろした。
 この身に迫る長姫の無念は、何としても己が晴らしてやりたい、と思う。だがそれには生半可な説得の言葉では無理だ。たとえどれほどに言葉を尽くしても、それでも父は、長老達は、掟だからと頑迷にそれを変えることを拒むだろう。
 一度、それが掟として形を持ってしまった以上、今度はその形自体が力を持つのだ。そうしてその形を信じる者が居る限り、守らねばならぬと動く者が居る限り、形を喪わせることは難しい。
 ならば、それ以上の力を持って打ち砕く以外に、一体どんな方法があるというのだろう? 句倶理は古来より、強い者が頂点に立つのだ。だったら己が力で頂点となって、くだらぬ掟の正体を晒し、跡形もなく無くせば良い。

(‥‥今のあたしで、父様に挑んで勝てるか)

 冷静に、己の胸の中に問いかければ、返ってくる答えは決まっている。けれども父に挑むことに、恐れは無かった。
 脳裏に浮かぶのは弟とその恋人。いつでも絶対に自分の味方で居てくれると、確かめるまでもなく確信できる2人。
 そうして――

(あたしには、タカラが居る)

 傍らを見上げれば、当たり前に真影を見下ろしてくる優しい琥珀の眼差し。タカラからふわりと漂ってくる異国の香草の匂い。真影に触れる、大きくて綺麗な温かい手。耳をくすぐる、甘く低い声。
 対である弟と同じ位、彼はいつも傍に居た。だからこそ、タカラに突然去られた時の悲しみは、言葉では言い尽くせないほどに大きかった。
 ましてやっと一族に戻ってきたと思ったら、今度は真影の側に居るのではなくて、父の側近衆になったという。それを知った時に胸を焼いた感情は、今ならわかる――嫉妬だ。
 真影は、タカラを手に入れた父に嫉妬した。真影ではなく父を選んだタカラに嫉妬した。一体どうしてと、胸を焦がしたその感情に、けれども名前を付けることを避けて、ただタカラへの怒りを抱いていた。
 ――けれども。

「タカラ。ずっと、あたしの側にいてくれるわよね?」

 幼い子供の独占欲とはまた違う、真剣な眼差しでそう問いかけた真影の言葉に、秘められた響きに気付いたタカラははっと、息を飲んだ。そうして、一ノ姫? と戸惑うように、確かめるように真影を呼ぶ。
 その声色が、眼差しが、表情が、真影にとっては全部特別だった。自分の分身とも思える弟へのそれとはまた違う、ただ一人を特別に想うその感情を、何と呼ぶのかと言えばそれは恋なんて可憐なものではなく、愛ではなかろうか。
 ただ恋い焦がれ、憧れる。そんな気持ちを抱いた人は、真影にだって居たけれど。

「彼の事は今でも好きよ? ‥‥でも、愛しているのは‥‥多嘉良よ」

 その人の事を思い浮かべながら、告げた自分自身の言葉に恥ずかしさというか、照れくささを覚えて、それでもそれが揺るぎない真実なのだと笑った真影に。自分しか知らない、自分がつけた彼の真名を呼んだ彼女に。
 タカラはしばし、沈黙していた。けれどもそれが真影の言葉を厭ってのことではないのは、見ていれば解ったから。
 じっと、彼の答えを待つ。そんな真影の眼差しの中で彼は――タカラは。真影の言葉を反芻するように、パチパチと目を瞬かせた後――ふわりと、甘やかに微笑んだ。

「‥‥僕の勝手な、都合の良い夢じゃ‥‥無いんですね?」

 柔らかな、甘やかな。この上なく幸せそうな、微笑み。
 そうよ、と真影は頷いた。頷き、もう一度「ずっと、あたしの側にいてくれるわよね?」と確かめた――返ってくる答えなんて、解りきっていたけれど。
 タカラは予想通り、もちろん、と頷いた。従妹を見つめるのでも、主を見つめるのでもない眼差しで頷いて、真影の手を取り口づけた。

「――改めて僕の忠誠を貴女に、王理姫」

 そうして彼が口にしたのは、彼女の真名。対たる弟の他には彼しか知らない、真影の魂を表すその名前。
 己を愛し支えてくれる彼が居る限り、真影は絶対に独りじゃない。どんな時だって、タカラは今度こそ真影を独りにはしないだろう。
 それを、真影は信じている。心から信じている、から。

(きっと、道は開ける筈――!)

 弟と、彼女と、タカラ。こんなにも力強い、大切な存在が自分を支えてくれているから、だから真影は戦える。父に挑む事に、緊張はしても恐れはしない。
 ――必ず、成し遂げてみせる。
 そう、決意の眼差しで再び、星空を見上げた真影を星達は、きらきらと静かな光を放ちながら、見守り続けていたのだった。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /      PC名     / 性別 / 年齢 / クラス 】
 ia0490  /    玖堂 真影     / 女  / 18  / 陰陽師
 ib3236  / タカラ・ルフェルバート  / 男  / 27  / 陰陽師

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

お嬢様と従兄様の星見櫓でのひととき、如何でしたでしょうか。
お嬢様はなんともうしますか、色々と、色んな意味で潔いというか、男前というか(※誉め言葉です
逆求婚‥‥とても、お嬢様らしいと思います(笑

お嬢様のイメージ通りの、色んな決意と始まりを込めたノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
Midnight!夏色ドリームノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2011年09月26日

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