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『見上げた空の、その先の。〜星のしるべ 』
タカラ・ルフェルバート(ib3236)

 暗い、暗い夜空が頭上に広がっていた。まいげればどこまでも吸い込まれてしまいそうな暗闇の中、さやかに、力強く輝く星の光が幾つも、幾つも、数え切れぬほど瞬いている。
 その、夏の夜空を見上げる姫の横顔を、じっとタカラ・ルフェルバート(ib3236)は見つめていた。知らず、息すら押し殺したかのような静寂が、その場を支配している。
 その場――句倶理の里にある玖堂本邸の祭事神殿、その最上階。通称を星見櫓と呼ばれるそこは、玖堂の者と、タカラのように玖堂に仕える側近以外は立ち入る事の許されない場所だ。
 だからこそ、玖堂の人々は独りになりたい時に、星見櫓を訪れる。玖堂 真影(ia0490)だけではない、彼女の父や双子の弟もまた、独りになりたい時にはここを訪れるのだ。
 つまり、今、真影がこの星見櫓に来ているのは、そうして思考を深めたいからで。そんな場所にタカラが同席するのを許されているのは、即ち、彼女が自分に寄せる信頼であると考えていいだろうかと、思う。
 星見櫓は見通しがよく、その分夜風に晒されやすい。幾ら夏とは言え、薄物一つまとわず長い時間を過ごしていれば、風邪のひとつも引きかねない。

「‥‥一ノ姫。夏とはいえ、お風邪を召されますよ」

 しばらく沈黙を守った後、そっと声をかけながら持参した薄衣を真影の肩にかけると、ふ、と彼女の髪が揺れた。「ありがと」と言葉すくなに礼を言って、肩越しにタカラを振り返る。
 紅玉のごとき瞳と、目があった。けれども彼女は不意とまた眼差しを逸らし、星を見上げる。
 その横顔をまた、じっとタカラは見つめた。ただ星を観賞しているのではなく、何事かを思い巡らせ、強い意志を秘めた眼差しで夜空を見上げる――真影の横顔が、この上なく美しいと思う。
 彼女の傍に居るために、揺るぎない力を欲し、愛妾候補にまで上り詰めた。公には玖堂の血を持たない事になっているタカラにとって、『そこ』がもっとも真影の傍に居れる最頂点だ。
 けれども。それが真影の心に波紋を呼んでいることも、知っている。彼女に全身全霊で仕える事がタカラにとっての最上の幸福で、どんな形であっても彼女の傍らに立てるのなら、それ以外の幸いなどありえないのに。
 その幸いを、良しとしない。それがタカラの敬愛する、真影の優しさであり、誠実さだ。

「――それは確か、なのよね?」
「はい」

 だから、星を見上げたまま問いかけてくる真影に、こくりと頷き返した。そう、と呟いた真影の肩は力強くて、小さい。幼い頃から変わらない、大切な従妹姫。
 ――タカラは真影に、他のものには内密にと念押しして、とある調査を指示されていた。句倶理の里は古く、神殿を始め、里には多くの古文書が保有されている。次期当主と定まっている真影ですら、常には触れることも許されぬその古文書を、誰にも知られぬように読み解き、件の掟がなぜ定められるに至ったのかを調べるよう、命じられたのだ。
 件の掟――未婚の女当主のみに定められた、未婚の娘が一族の長となる時には必ず、一族の男の中から愛妾を定め、傍に侍らせなければならないという、時代錯誤も甚だしいその掟。
 けれどもその掟は、新たに時代の長と選ばれた真影の前に、重くのしかかっている。タカラが彼女の傍にいるべく愛称候補の地位を手に入れられたのは、逆を返せばその掟があったからこそなのだけれど。
 けれども真影は、その掟を良しとしない。ならばその心に従い、命じられたままをこなすのが、タカラの喜びだ。
 そうして周りの目を盗み、古文書を幾つも紐解いて見つけた、古の記録。それは初代当主にまつわる物語。
 かつて一族を率いた始まりの長は、黄金の髪に緋蒼の瞳を持つ、麗しき姫であったのだと言う。彼女の傍らには常に、黒髪の青年が従者として付き従い、その様子は実に仲睦まじかったのだとか。
 けれどもそんな従者の事を、快く思わぬ者も当然ながらいた。それはきっと、長姫の厚い信頼を得ているという嫉妬であり、もしかすればこのまま彼が長姫の伴侶として選ばれるのではないか、という嫉妬でもあり、他にも恐らくは数多くの理由があったはずだ。
 ゆえに、彼らは何としても長姫から従者を引き離そうと、徹底的に従者の事を調べ上げた。調べて、調べて、ついにその秘密に辿り着いた――黒髪の青年の姿をした彼は、その実はアヤカシであったのだと。
 神聖なる長姫にそんな不浄を近づけておくわけにはいかぬと、青年は姫の命を盾に神域に放逐された。そうして閉じ込められたまま、ついにそこから出る事も叶わず、力尽きて瘴気に還ったという。
 ――句倶理に愛称制度が出来たのは、その後のことだ。

(僕には、その気持ちが良く解る)

 胸の中だけで、タカラはそっと呟いた。もし、自分以外の男が真影の信頼を得て片時も離れることなく一緒に居たなら、タカラは何としても彼を追い落とすべく、相手の事を徹底的に調べ上げただろう。
 けれども、同時にタカラだって秘密を抱いてここにいる人間だ。そうして愛称候補と言う立場にいて、恐らくはかの青年のように、かの青年ほどではないだろうけれども、それでも他の人間からは羨ましがられ、隙あらば引きずり落とそうと狙われる立場でも、ある。
 だから、かの青年に嫉妬せずには居れなかった一族の胸中を思い、姫の命を盾に命奪われたかの青年の胸中を思った。かの青年は、果たして真実にアヤカシだったのだろうか。それともアヤカシに似た、別の存在だったのだろうか。
 真影は彼を、恐らくは人妖だったのだろう、と言った。アヤカシと同じく瘴気から作り出され、けれどもアヤカシとは異なり人と生きる事を知るかの存在ならば、人の命を盾に自らの命を投げ打つ事もあるのではないか、と。
 きっと、真影が言うならそれが真実なのだろうと、タカラは思う。人妖が人間と見分けがつかないほどの大きさを持つ事は、現在ではまったくと言っていいほどありえない。けれども古文書の時代ならば、そういう事だってあっただろう。
 そう、希少ながらもそこそこ人妖と言う存在の知れている現在なら、なんとしても長姫から引き離さなければならない、という気運にはならなかったかもしれない。或いはそれでも――例えば真影の傍らに、恋人と見まごうばかりに仲睦まじい人妖が居たなら、果たしてタカラは冷静な気持ちで居られただろうか?
 考えても、その思考に答えは出ない。出す必要も、きっとない。だからタカラはただ静かに、真影が自分の中の答えを出すのを見守る。思考を巡らせ、意思の光を漲らせる美しい紅玉の瞳を見つめ、目を細める。
 美しい、美しい彼の従妹姫。何にも代え難い、大切なタカラの主。彼女の傍にいるために力を欲し、地位を欲し、そうして今ここに在れる幸福。

「――あたしは、句倶理の掟を変えたい」

 だから、決意を込めた紅玉の瞳が、星の輝きを映してまっすぐにタカラを見つめた、眼差しを、決意を図るように見つめ返した。彼女が心底そう望むなら、何としても叶えよう。例えそれが、自身の立場を失う事になったとしても。
 しばしの間、見下ろすタカラに挑むように、真影はじっと見上げてきた。その眼差しの奥の奥までを見つめて、ふ、とタカラは不意に頬を緩める。
 そっと、真影の前に腰を折った。

「僕はいつでも一ノ姫の、貴女の御意のままに。――我が君」

 そうして頭を垂れて告げた言葉は、真実の気持ちだ。愛妾候補と言う立場によって、タカラは彼女の傍にいる権利を得た。けれども彼女がそれを望まず、けれどもタカラの忠誠を望むならば、新しい立場など幾らでも作り上げて見せる。
 そう、決意を込めて告げた言葉に、真影は「――ありがとう、タカラ」と安堵するような息を吐いた。それに、間違ってはいなかったのだと、タカラもまた安堵する。それは自分自身の選択かもしれないし、彼女自身の選択かもしれない。
 句倶理の掟を変えたいと、願う真影。けれどもその道のりが容易いものではないと言う事は、真影の父の側近衆でもあるタカラには痛いほど、よく解った。
 掟と言うのはそもそも、例えそれがどんなに馬鹿げたものだと思っても、しかるべき理由があって定められたものだ。ましてそれが脈々と受け継がれてきた以上、すでにその掟はそれ自体が理由となって、変革を望む者を拒む。
 たとえ真影が長となって、いかに言葉を尽くして長老衆を、父親を説得したとしても、それを彼らは頑迷に拒むだろう。古くからの掟だからという、ただそれだけで真影の望みは、例えその真の理由を突きつけた所で叶わぬに違いない。
 真の理由――未婚の長姫に、二度と得体の知れぬ不浄の輩を近づけぬよう、そうして下手をすれば長姫との間に子をなしてその不浄の血脈を一族に取り込んでしまわぬよう、長姫を監視する事。男長ならば子をなした相手を子ごと放逐すれば良いが、女長となるとそうも行かない。
 真影とて、それは百も承知しているはずだった。それでも掟を変えたいと願う彼女の力に、なれるものが果たして今の一族の中で、どれ程いるだろうか。
 句倶理の掟を変えるという事は、あの強大な今の長に挑むと言うことだ。真影がその意味を、解っていないとは思えない。

(父君の座を力ずくで奪う気か――あるいは別の策を弄するのか)

 いずれにせよ、その道程がこんなんである事は、火を見るよりも明らかだ。そんな中でなお、彼女を助けようとする人間はといえば、とっさに思いつくのは彼女の弟と、その恋人である少女くらいしか思いつかない。
 なんとも心強い味方だと、タカラは小さく微笑んだ。もちろん自分自身は、誰よりも一番の味方であると、自負している。
 かつて真影がくれたもの。それは本来ならタカラに与えられる筈のない真名であったり、この胸に抱くたくさんの覚悟であったり、数え切れない大切なもの。
 いつだったか、真影が言ったことがある。『どんな時も何があっても、自分で選ぶ事で幸せになれる』と――ならばすでに真影を選んだタカラは、とっくの昔に幸せだ。
 だから。真影がどんな思惑をその胸に抱いているのだとしても、タカラが取る行動は変わらない。タカラはただひたすらに、真影のためだけに動く。それが自分自身の幸せなのだと、タカラ自身がそう選び、そう決めた。
 例えその想いが永遠に、報われる事はなくても――そう、考えていたから咄嗟に、反応が遅れる。

「タカラ。ずっと、あたしの傍に居てくれるわよね?」

 幼い子供の独占欲とはまた違う、真剣な眼差しで告げられた、真影の言葉。そこに秘められた響きに気付いて、タカラは知らず、息を呑む。

「一ノ姫?」

 惑うように、確かめるように、彼女を呼んだ。特別な想いを込めた、そうとしか思えない眼差しで、声色で告げられたその言葉が、俄かには信じられなかった。
 だって、真影には自分ではない、想いを寄せる大切な人がいる。それを、タカラは知っている。それを知っていて、それでも彼女の傍らに立てるのは自分なのだからと、言い聞かせた存在がいる。
 それなのに。

「彼の事は今でも好きよ? ‥‥でも、愛しているのは‥‥多嘉良よ」

 はにかむように、大切に告げられた言葉に、眩暈がした。真影の言葉が心からの真実だと、痛いほど理解していて、けれどもしばしの間ぱちぱちと目を瞬かせていたのは、だからだ。
 だから少しの間、真影の真剣な、どこか不安げにも見える眼差しの中で、不意打ちに乱れた心を落ち着けて――ふわり、微笑んだ。

「‥‥僕の勝手な、都合の良い夢じゃ‥‥無いんですね?」
「そうよ」

 確かめた言葉に、微笑みと共に当たり前に返ってくる言葉。そうしてもう一度、ずっと傍に居てくれるわよね、と尋ねられた言葉に、自分が返す答えもまた、決まっている。

「もちろん。――改めて僕の忠誠を貴女に、王理姫」

 報われる事はなく、それでも彼女のそばにいることが幸せだと選んだこの道程で、思いもよらず向けられた告白。その言葉を、大切にタカラは胸の中に仕舞いこみ、真影の手を取り口付ける。
 真影がこれまでにタカラに与えてくれたものは、タカラが句倶理で生きるための指針となった。この告白も、同じように、それ以上に句倶理で生きていくための、大切な大切な、見上げればいつでもそこにある星のように輝ける道しるべとなるだろう。
 そんな真影が、タカラの誇り。そんな真影のために生きることが、タカラの幸福。

(だから――姫に、僕の心も体も命も全て捧げる)

 その選択には、真影自身の意思すら差し挟む事は出来はしない。そうする事がタカラの一番の幸いなのだと、彼自身の魂が知っているのだから。
 そう、決意の眼差しで再び、星空を見上げた真影の横顔を見つめた。そんなタカラを星達は、きらきらと静かな光を放ちながら、見守り続けていたのだった。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /      PC名     / 性別 / 年齢 / クラス 】
 ia0490  /    玖堂 真影     / 女  / 18  / 陰陽師
 ib3236  / タカラ・ルフェルバート  / 男  / 27  / 陰陽師

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

従妹姫と過ごした星見櫓での決意のひととき、如何でしたでしょうか。
蓮華のノベルが息子さんの未来を決めたとは――驚きのあまり、ちょっとドキドキしています(笑
初代の長姫様の裏設定は、なかなか盛り込む事が難しく;
じ、次回以降(があれば)の課題とさせてくださいませ><

息子さんのイメージ通りの、思いがけぬ幸せを噛み締める始まりのノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
Midnight!夏色ドリームノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2011年09月26日

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