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『灯火は紅に惑う 』
綾河 零音(gb9784)

 ふらふらと、長い旅をしているかのように、広場で鬼火が揺れる。
「――おおっ!」
 両手で包み込むように灯火を捕えた綾河 零音は紅い瞳を瞬かせた。目の前を、船を漕ぐかのように横切ったものを反射的に掴んだのだ。
 中心は煌々と、周りは淡く光るそれは、零音の体温と丁度同じくらいで心地良い暖かさを掌に伝えてくれる。
 だが、彼女がそれを何かだと認識する前に、鬼火を追ってこちらに走ってくる人々が見えた。宝探しのつもりなのか、皆鬼気迫る雰囲気が滲み出ている。
「やっば……!」
 多勢に無勢。
 そう感じた零音は、来た道を全速力で戻り始めた。
 
 ●
 
「に、逃げ切ったけど、足痛ぁ……」
 別の小さな広場まで逃げ切った零音は、ベンチに腰掛けて右足首を摩った。片手に掴んだままの鬼火が、彼女の僅かに赤くなった足首を照らし出す。何てことはない、単にくじいただけだ――そうは思ってみても、一人の時に怪我をすると心が痛くなる。
「ああ、ったく……腫れてやがるし。ちきしょうめが」
 気丈に振舞って舌打ちした零音だが、その言葉を偶然拾い聞いた人物がいた。
「おー? 舌打ちもすんだな、綾河」
「……先生? ……ヘヘヘ、ヘンリー先生!?」
 遅れてやってきた思考回路に愕然としつつ、零音は目の前に立っている赤毛の男性を見上げた。黒のミリタリーコートに、クラッシュ加工のスキニージーンズ、じゃらじゃらつけたシルバー等々、普段の彼に見慣れた彼女には、スタイルから彼を判断するのは難しかったのだろう。
 慌てて立ち上がった零音は、顔の前で思いっきり手をぶんぶん振ってみせた。
「あ、あ、ああああたしじゃない! 今の発言あたしじゃないから!」
「ほー? じゃあ俺の目の前にいる可愛い子は綾河じゃねえ、と? 超似てるんだけど?」
「ほほほほら世の中には顔の似た人が三人はいるっていうし!?」
「じゃあアレだな。俺はあと二回はフラれて良いってことだな?」
「そそそんなこと……あ、あれ!? ん? え、ちょっと分かんなくなってきたー!」
 頭の中がぐるぐるする。否定して良いのか、肯定すれば良いのか、咄嗟の判断が出来ないくらい、ヘンリーとの会話は弾んでしまう。
 それでもまだ、赤毛の教官の方が一枚上手なようで、遊ばれている感覚はまだ抜けそうにない。
「んー、じゃあ今夜のテストだ……お前の名前は?」
 にんまりして尋ねるヘンリーに、零音は負けじと見つめ合ったが、やはりまだ根気が足りなかったようだ。
「……あ、綾河、零音」
「よろしい。合格だぜ、綾河」
 わしゃわしゃと頭を撫でられて、零音の頬が僅かに熱を帯びる。これは灯火の光か、それとも、内側から溢れる想い火なのか、彼女にはまだ分からない。
 けれども、とにかくこの状況を脱したくて、零音は出来るだけ明るく、そしてさりげなく話題を彼から攫った。
「……あー、そういや先生、こんなの見つけたんですけど」
「おー? 何だこりゃ?」
 細く長い指が伸びる零音の掌を覗き込んだヘンリーである。息のかかるくらい近づかれて、中指の先がくすぐったい。
 口を緩めるのか締めるのか分からずに妙な表情になっている零音には気づかず、ヘンリーは「あー」と間の抜けた声を上げた。
「これ、何か変な坊主が探してたな」
「こ、これ他人のだったんだ……」
「おう。つーかこれ、どうやって光ってんだ?」
 つんつんとヘンリーが指で鬼火を突付いた。驚いた光が零音の掌の上で跳ねると、彼女の掌が一層暖かくなる。
 そして同時に、零音の心もまた暖かくなった。幸せという言葉では月並みだが、胸の奥に灯火が宿ったかのようで、自然と口元も綻びる。
 だが、得てしてそういう火は、誰かに吹き消されそうになるものである。
「――こら、ヘンリー。私を置いて消えるな」
 ふと、遠くから聞こえた女性の凛とした声に、零音の心の火が僅かに揺らいだような気がした。



「あれ? お前後ろからついて来てたんじゃねぇの?」
「馬鹿言え。あんな人混みで私が満足に動けるわけないだろう」
「ああ、そうか。お前背が低――」
「うるさいっ」
「ぐえ……っ」
 銀髪の女性は柳眉を歪めて、ヘンリーの脇腹を殴った。それはもう思い切り殴ったように見えたのだが、意外にも彼は平気そうにへらへらと笑っている。
 そうして、零音の視線に気づいたヘンリーはにこやかに――楽しそうに言った。
「おお、そうだ、綾河。こいつはシャル……シャルロットだ。俺の同期で、腐れ縁だな」
「よろし、く……」
「ああ、よろしく。ヘンリーには――」
 言いかけたシャルロットが口を噤む。怪訝そうな顔になったヘンリーは気づいていないのだろう。
 全く同じ目線で無意識に彼女を見る零音の瞳の奥に煌く炎を。
 裏を返せば、それを感じ取ったからこそシャルロットは余計な事は言わなかった。
 代わりに、零音がヘンリーに向き直り、その紫色の瞳を朱の瞳で射た。
「どういう関係(こと)なの……?」
「んー? や、だから、腐れ縁。俺を追って、学園まで来ちまったんだぜ」
「誰も追って来てなどいない。むしろ二度と貴様の顔は見たくない」
「つれねぇなぁ」
「……それだけ?」
 呟いた零音に、ヘンリーは首を傾げた。
「ん? 他に何かあって欲しいのか?」
「ヘンリー……」
 こめかみを押さえたシャルロットは、二の句が繋げなかった。
「まー、何かあったらこんなところでぶらぶらしてねぇよなー」
 けらけらと笑うヘンリーに、笑い返す余裕などあっただろうか。
 同期でも良い。腐れ縁でも良い。そんなことは気にならないのだ。
 それよりも、彼女が自分以上に親しげに話していることに零音は衝撃を受けた。
 一番とは言わない。けれども、少なくとも普通よりはヘンリーに気に入られていると思っていた。それを根底から覆された気分だ。
 いや――そういうことではない。
 これは、『差』だ。
 シャルロットとヘンリー。
 自分とヘンリー。
 その関係の深さの差を、見せつけられているようだった。
 胸の奥がちりちりと痛む。消えかけた淡い灯火を補うかのように、心に青い炎が姿を見せた。
 その感情の名を、零音は知っていた。
「……あたし、向こうの広場を見てくる」
「綾河? 迷子になるなよー?」
 ぼそっと不機嫌そうに言った零音は、ヘンリーの言葉に応えずその場から逃げるように走り去った。
 逃げる必要など、どこにもないはずなのに。
 むしろ、平然と笑顔を浮かべていれば良かったのに。
 ――後悔ばかりが募って、折角灯した青の炎まで、醜く消えてしまいそうだ。


「お前、馬鹿だろう」
「うるせぇなー。ああでもしねぇと、あいつがお前から離れられねぇだろ?」
「……前々から思っていたんだが、お前はもっと言葉を選べ。レディは繊細なんだぞ」
 その言葉、そっくり返してやるわ、とげんなりしたヘンリーのもう片腹を小突いたシャルロットは呆れるばかりで、しばらく腕を組んで額に手を当てていた。
「何だか気の毒なことをした……誤解されたぞ、あれは」
「まあまあ、シャルのせいじゃねぇって」
「どこからどう見ても私の間の悪さとお前の無能っぷりが原因だろうが」
「そんなはっきりと無能呼ばわりしなくてもだな……まあ、あれだ」
 頬を指で突いていたヘンリーは、すっと紫の瞳を細めた。口角を僅かに上げて、不敵に微笑んで見せる。
「傷心のレディを慰めるのは、男の役目……だろ?」



 やっぱり戻ろうかな……。
 大広場まで来た零音は石ころを蹴飛ばしながら思った。きっとヘンリーの事だ、適当にとぼけて許してくれそうだが、それでは矜持が許さない。
 悶々としている零音の前に、小さな少年が飛び出したのはそんな時だった。目から光の消えたカボチャを持って、辺りをきょろきょろと見回している。
 本能的に彼の求めているものを悟った零音は、それまですっかり忘れていた右手の拳を解いてみた。あれだけ強く握ったのに、鬼火は全く潰れていない。
 少年がどこかへ行きそうだったので、零音は慌ててその背中に声をかけた。
「あ、ねぇ! これ、君の?」
「……っ、それだーーーー!!」
 いきなり泣き出した少年は零音の手に飛びついた。灯火を受け取ると、丁寧にカボチャの中へと入れる。
 一拍置いて、柔らかな光がカボチャから溢れた。
 その光を見ていると、零音の心に芽生えた青い炎がゆっくりと溶け始めていくのが分かった。今にも後悔という棘が芽生えそうだったのにそれさえも抑えて、穏やかな光が彼女の中にも戻ってくる。
「ありがとう、お姉ちゃん。これで帰れるよ……」
 しみじみ言った少年は、フードを目深くかぶり直すと暗闇の方へ走りだした。
 途中で一度零音の方を振り返り、元気良く手を振ってみせる。
 その表情は暗くてよく見えなかったが、きっと笑ってくれていただろう。
 そう思うと、零音も自然と表情が和らいでくる。
「――あれだな。やっぱ、女は笑ってる顔が一番綺麗だと思うぜ、俺」
 偶然なのだろうか。それとも、彼の計算なのだろうか。
 はっとして零音が振り返った先には、赤毛の教官が変わらぬ笑顔で立っていた。


「お? さっきの光、どっか行ったのか?」
「うん。返しちゃった」
「返した?」
 聞き返したヘンリーには答えず、零音は噴水に腰掛ける。
 黙って隣に座ったヘンリーだったが、やがて世間話をするかのように口を開いた。
「あー。あのな、綾河……別にシャルとは昔も今も未来も何もねぇからな」
「……」
「あんなキツい性格の女は俺から願い下げだっつーの……あれ、俺なんでこんなこと言ってんだ?」
 うん? と本気で首を捻ったヘンリーである。余程同期からのボディブローが効いたのだろうか。
「あー……つまり、あれだ。うん」
 何があれなのかヘンリーは言わなかった。言えなかった、という方が正しいだろう。
 気不味そうに髪を掻き上げた彼の左耳のイヤリングを見つめていた零音は、わざと踵を大きく打ち鳴らして立ち上がった。
「ねえ先生」
「ん?」
 顔を上げたヘンリーに、零音はぱっと華やかな笑顔を向けて手を差し出した。
「まだ夜はこれからだよっ! もーちょっと見て回ろ?」
「……そうだな」
 肩を竦めて苦笑した教師の腕を、生徒の零音が捕える。
 ほんの少しだけ、恋人気分で腕を絡めたりして――少し驚いたような顔になったヘンリーを見上げて微笑んだ零音の髪を、彼がそっと撫でる。
 心の中に、あの消えかけていた仄かな灯火が戻った。
「先生っ」
「んー?」
「もうちょっと待っててね」
 そうしたら、誰にも負けない良い女になるから。
 挑戦状を叩きつけるように、けれども、愛嬌のある表情で言った零音に、ヘンリーは一度息を吐いて、それからニッと笑ってみせた。
「そうか。じゃ、俺がおっさんになる前に頼むわー」

 けれども、今だけは特別――腕を組んで、二人はしばらくこの不思議な夜を楽しむことにした。
 
 
 了


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【gb9784 / 綾河 零音 / 女 / 16 / ハイドラグーン】
【gz0630 / ヘンリー・ベルナドット / 男 / 29 / フェンサー】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 こんにちは、冬野です!
 この度は、ご発注ありがとうございました!
 
 拗ねて気を取り直して、翻弄する……と、こう書くと魔性の女のようですが、そんな乙女な零音ちゃんを書けて楽しかったです。
 乙女すぎていないか心配ではありますが……楽しんで頂ければ、何よりです!
 いつもうちの赤い人と遊んで下さいまして、ありがとうございます。
 また御縁があれば、よろしくお願いします!

 冬野泉水
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CATCH THE SKY 地球SOS
2011年10月05日

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