▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『ねこの世界、ねこの庭園 』
物部・真言4441)&(登場しない)
「……うん?」
 閑静な庭園をふらりと歩いていた物部・真言(ものべ・まこと)は足をとめふり返った。
 猫の鳴き声を聞いたような気が、それも、自分を呼ぶものだったような気がして、彼は声が聞えたと思しき方へと歩み寄る。
 ぽかぽかと日の当たる、草むらの先へと。
 がさがさと下生えを掻き分け進んだ所で、真言は驚きに目を見開いた。
「……これは……」
 歩んだ先には、初めて見る光景が広がっていた。
 丁寧に刈り込まれた日当りのよい芝生、整えられてた樹木。そして、見慣れぬ鳥居が彼の来訪を待ちわびていたのだ。
(「実家のと形は違うな……」)
 思いつつも、鳥居自体は見慣れている。驚いた理由は鳥居ではなく、そこに居たものたちの為だった。
 白の、黒の、ミケの、トラ模様の……様々な猫たちが思い思いに芝生の上に寝転がり、ひなたぼっこしていたからだ。
「にゃぁ」
 真言の姿を見て、比較的彼の近くに居た1匹が小さく鳴いたが、突如やってきた来訪者を警戒する様子はない。寧ろ、良く来たと歓迎しているかのようでもある。尻尾でぱたぱたと芝生を叩いているものや、真言を一瞥してまた昼寝に勤しむものなど、猫たちは思い思いに彼を迎える。
(「これが噂に聞く猫の集会か、もしくは猫が祀られてる猫神神社という所か……?」)
 思考を巡らせつつも彼は鳥居の先へと足を進める。
 ぶちねことハチわれ猫が気儘にじゃれ合うのを邪魔しないようにし、ブサカワにゃんこやちびな子猫が彼の足元へと擦り寄る合間を踏まないように気をつけながら。
 しかしながら、これだけ猫がいてそれぞれ思い思いに過ごしている状況で、のほほんとした雰囲気もかもしつつもどこか凜とした清浄な気配が漂っているのも不思議だ。
 清らかな空気に懐かしさを覚えつつ真言は更に足を進める。
 そんな彼の行き先に、小さな建造物が見えてきた。
 ここに来るまで、建造物らしいものといえば、鳥居しか見ていない。あとは植物と、岩と猫ばかりだ。
 それでも建物が何かと考えれば、答えは一つしかない。
「……社殿か」
 自分を呼ぶ何ものかがいるとしたら、ここかもしれない。
 彼は警戒もしつつ建物の前へとゆっくりと歩み寄る。

 社殿の前には1匹の猫が黙して佇んでいた。
 妙に落ち着いた雰囲気で、他の猫とはあきらかに違う気配を漂わせるその猫を、真言は即座に何ものであるか見抜いた。
 ――猫又。
 長い事生きた猫がなると言われる妖怪、あるいは山の中にいる獣という説があるようだが、それはさておき。
 目前の猫はパッと見金色にも見える茶の毛並みをしており、碧の瞳で真言を見据える。
 そして一言「にゃー……」と鳴いた。
『そこの人間の若人、すまんがわしの病をなおしてくれんかのぅ』
 にゃー、と同時に真言の頭の中には女性の声が響く。
 あっけにとられた真言に金色の猫はからかうようにこう続けた。
『なんじゃ、喋る猫は珍しいかの?』
「……いや」
 真言としてはこの手の現象には慣れている、だがそうではあっても唐突に喋られると驚きはするものだ。
『そうかえ。珍しいなら病を治してくれたならなんぼでも喋ってやりたいんだがの』
 少しだけ笑みを含んだ声で猫又はそう述べる。
 そんな会話をしているうちに真言と猫又の周囲はひたすら猫の群れ。しっかり包囲状態になっている。
 どうやら1人と1匹の会話を知って集まってきたようだ。
 長毛の猫も、短毛の猫も、それぞれに訴えるようににゃーにゃーと鳴いている。
 彼らが伝えようとしているのは、恐らく猫又の事だろう。
 心配そうに猫たちが鳴く様子を見ていると、断ろうにも断れる雰囲気では、無い。
「いや元から断る気はなかったけどな」
 悪いが失礼するぜ、と小さく呟き、真言は意識を集中。そして言霊を紡ぎはじめるのだが……。
「波瑠布由良由良・而布瑠部由良由良……」
 言葉が途切れる。
 雑念が湧き、どうにも集中できないのだ。
 というのも、先ほどから彼が集中し言霊を紡ごうとする度に、心配そうに周囲の猫たちが彼の顔を覗き込んでくるのだ。
 覗き込んでは「にゃー」「みャー」「みぃ……」と鳴く様子は、正直、可愛らしい。
 しかもかわりばんこにひょこひょこと顔を出してくる。
 しまいには彼の足にじゃれついたり、足からのぼろうとするものがいたりする始末。
 かわいいは時に凄まじい破壊力を持つ。少なくとも、真言の集中力を削ぐ程度には。
 寧ろ、真言ではない他の猫好きだったら、もう既に集中なんて放り出し、猫を抱きしめその場にごろごろ転がりかねない勢いである。
 彼が集中を時折途切れさせつつも、猫を抱きしめたい衝動を制御しているのは、猫又への心配と、猫たちの思い故だ。落ち着きの無いにゃんこ達の行動も仲間――猫又を心配するが為だろう。
 そんな彼らの思いを考えれば、少しでも早く猫又を癒してやりたいと思うものだ。
 流石に何度か中断させられる様子に猫又も心配そう。
『……大丈夫かの?』
 改めて真言の顔を覗き込む猫又。妙に人間くさい仕草に真言は小さく笑い、再度集中を試みる。
 その後も猫たちによるちまちまとした妨害(と、恐らく猫たちは意識していないだろう行為)に、ようやく彼が言霊を完成させたのは、幾度もの試行の後だった。

『助けられてしもうたのぅ』
 猫又の声に真言は苦笑する。
「いや俺もまだ未熟だな……」
 言いつつ、改めて彼は猫又を見やる。
 彼の言霊により落ち着いたのだろう。猫又はぺろぺろと己の金色の毛を舐めている所だ。
 それどころか、傍に寄ってきたチビ猫の毛繕いまでしてやっている。
 チビ猫の毛もふわふわしているが、猫又も老猫のわりにはふっかりとした様子。
 ついつい手を伸ばしかけ、慌てて彼は猫又へと問いかける。
「触れてもいい、か……?」
『わしで良ければ幾らでもかまわんよ。それくらいしか礼も出来ぬしのぅ』
 ごろりと寝転んだ金色の猫へと、真言は指をそっと伸ばす。指先に触れる、柔らかな感触。掌で撫でると猫の温かな体温も伝わってくる。
 猫又も気持ちよさそうに目を閉じ撫でられるままだ。
 暫く猫又を撫でていると、真言に興味を持ったのか子猫たちも集まってきて彼を見上げてみぃみぃ鳴き始める始末。
「お前達も撫でていいのか?」
 猫たちのあまりの気合いの入り具合に真言は少しうろたえる。そんな彼を慮ったのか、猫又が子猫たちの言葉を通訳する。
『撫でてほしいと言っておるのぅ』
「……そうなのか」
 ならばと彼は子猫たちのちっちゃな頭をうりうり撫でていく。ふかふか柔らかな毛のにゃんこたちは最初は幸せそうに目を細めているだけだったが、ついには真言のなでなでを巡ってにゃぁにゃぁ喧嘩を始める程だ。
 そんな子猫たちをまるで母のような視線で見つめる猫又。
 一見微笑ましい光景ではあったものの、真言はなでなでをせがまれ、幸せだがとても大変な時間を過ごしたとか。

 そうこうしているうちに時は過ぎ、流石に真言が疲れ果てた頃。子猫たちも満足したのか、くわわ、と大きくあくびをし、その場で丸まって眠りはじめた。
 次第に日も傾きはじめ、そろそろ帰らねばと真言もようやく立ち上がる。
 気づけばズボンも上着も猫毛だらけ。服を軽くはたいてから、大きく背伸びをした。流石にずっとしゃがみっぱなしは全身が痛むのだ。
「じゃあ、俺はそろそろ帰らせて貰う」
『わしの病を治してもらったり、幼子の遊び相手になってもらったり、世話をかけたのぅ』
 座ったままだが小さく頭を下げてみせる猫又。どうやら彼女なりに人間むけの礼をしようと頑張ったようだ。
「いや、俺も……和ませてもらったしな」
『そう言うてもらえるとわしも心が楽になるの』
 小さく笑んだ真言へと猫又も笑い返す。
『時に若人。猫は好きかの?』
「え? ……あ、ああ」
 唐突に問われ動揺しつつも真言は頷く。
『なら、いつでもここに来るとええ。おんしだったらいつでも歓迎させてもらうぞ』
 大したもてなしはできぬが、人間の社会で疲れてしまったら休んでいくと良い。
 そう猫又は述べたのだった。

 鳥居の外まで歩んだ真言は社殿の方へと振り向く。
 そこには鈴なりの猫たちの姿。
 白猫も、黒猫も、ブチ猫も、ミケ猫も、トラ縞模様の猫も、そして、チビ猫も、ブサカワ猫も、ハチ割れ猫も、みんながみんな揃って彼を見送るかのように並んでいる。
 鳥居の真下にはひときわ目立つ、金色に輝く猫の姿。碧の瞳の、猫又。
 夕暮れ時のオレンジの浴びつつ、猫たちがにゃーと合唱する。
『また遊びにおいで』とでも言いたげに。
「ああ、また遊びにくるさ」
 真言は僅かに笑んでそう呟くと、人間と、ひと掴みの怪異に彩られた日常へと帰って行くのであった。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
小倉 澄知 クリエイターズルームへ
東京怪談
2011年10月27日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.