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『Signs Of... 』
夢姫(gb5094)
●弱点(抗えないもの)
 規則正しいノックが2度聞こえる。
 小隊Chariotの面々が生活する寮の談話室で、隊員らは待ちかねたようにその音を出迎えた。
「こんにちは」
 そっと開かれた扉の向こうから、夢姫(gb5094)が少し顔を覗かせているのが見える。
「きたきた、いらっしゃい!」
 隊の副長は満面の笑みで少女をエスコートし、談話室の奥に据えられた2人掛けソファへ座らせた。
 けれど、そのソファには既に先客が居て。
「夢姫か? どうしたんだ、こんなところに‥‥」
 先客は、Chariotの隊長を務めるエースアサルトのジョエル・S・ハーゲン(gz0341)。
 彼は驚いたように顔を上げ、少女の姿を見上げていた。
「皆さんにお呼ばれして‥‥お祭りに行くんですよね?」
 ほくほくと嬉しそうな笑顔を浮かべて隣に腰掛ける夢姫から、ふわりと慣れた香りがする。
 少女の艶やかな黒髪は後ろにまとめられ、白く細い首の両サイドにかかる後れ毛がくるくると柔らかそうだった。
 だが、そんな少女の笑顔を前にしても、ジョエルは未だ譲らず。
「‥‥祭り、か。こいつらは行きたくてたまらないようだ」
「こいつら、って‥‥」
 どこか頑なな男の様子を不思議に思った夢姫が視線を泳がせると、丁度何か言いたげな副長と目が合った。
 彼曰く。
(隊長、祭りとか苦手だって駄々こねてんの!)
 隊長の男に気付かれぬよう伝えられたジェスチャーが、夢姫を得心させる。
(‥‥なるほど、なぁ)
 小さくくすりと笑いを零す夢姫に、怪訝そうな目を向けるジョエル。
「ほらほら、夢姫ちゃんが折角ここまで来てくれたんすよー! ここで行かないとか、ちょっと疑うって!」
「そっすよ。さっき自分で「働きづめだったから休めばいい」って言ってたじゃないすか。ねぇ、いきましょうよー」
 「夢姫が‥‥」というくだりには思う所があったのか俄かに眉を上げたものの、結局腕組みをしてソファから動く様子がない。
「‥‥お前たちだけで楽しんできていいんだ」
 困惑に近い面持ちで呟いたジョエルの服の袖が、少女の手にそっと引かれる。
 それに気付いて視線を夢姫の顔に落とせば、ほんの少し甘えたような目が自分を見上げていた。
 ここで既に男の心が傾いたのは否定しない。
「ジョエルさんは一緒に来てくれないんですか‥‥?」
 ねだる様な誘いに追い打ちをかけられ、選択肢を全て少女に持ち去られた男は盛大な溜息をついた。
 少女の誘いを断るに値する言葉も気持ちも持ち合わせてはいなかったし、何より、一緒に出かけなかったとしたら、恐らく祭りでの事を心配して寮の部屋をうろうろするだけだろうと気がついたから。
「‥‥今回だけだからな‥‥」
 漸く得られた同意に沸く小隊の面々の中、幸せそうに微笑む夢姫の姿があった。
(みんな、本当にジョエルさんのことが好きなんだな)
 隊員らに茶化されるまま、罰の悪そうな様子でいる男を見ていると、不思議と暖かな気持ちが胸を満たしてゆく。
 なんだかんだ言いながらも隊員らや夢姫の事を受け入れていくジョエルは、やはり以前の彼とは違う気がする。
「夢姫、どうした?」
 ふとジョエルが少女の表情に気付いて問えば、夢姫は「いいえ」と首を振った。
 考えていたことを男に伝えるには少し足りなくて、まだその気持ちを自分の中で把握しきれずに居たから。
「早く、遊びに行きましょ」
 準備不足な心の代わりに、夢姫は彼女らしい言葉を返した。

●言葉(まとまらないもの)
「夢姫はどこに行ったんだ?」
 ミュンヘンの広場。
 辿りついたそこで、ジョエルは少女の姿が無いことに気付く。
「どこって、もうじき来ますよ」
「もうじき? 逸れたとかでないなら、良いんだが‥‥」
「やだなぁ、こんな短い時間居ないだけで気になっちゃうんですか?」
 副長の男がからかうような声色で言えば、ジョエルの赤い瞳が一瞬で鋭さを増す。
「キメラ相手じゃないんだから、そんな顔しないでくださいよ」
 慌てて周囲の隊員が声をかけると、そこで漸く気付いたようにジョエルは片手で顔を覆う。
「‥‥何をやっているんだ、俺は‥‥」
 小さく漏らしたその呟きは、広場の雑踏に溶けていった。

「お待たせしました!」
 溌剌とした声に振り向いた先、そこにある少女の姿にジョエルが目を丸くしたのは言うまでもなく。
「お、黒猫にしたんだ!」
「夢姫ちゃん、かわいー」
 夢姫を囲む隊員達の輪の外に、男は独り立ったままだった。
「‥‥あの、似合いませんか?」
 その様子に気づいた夢姫が、おずおずとジョエルの前で自分の格好を再確認し始める。
 少女は、猫耳がついた黒いパーカーに、同じく黒いバルーン型のパンツ(俗にかぼちゃぱんつと呼ばれるアレに似ている)、ハロウィンらしい色彩のボーダータイツを身にまとっていた。
 パンツの後ろから可愛らしく伸びる尻尾は、柔らかそうにゆらゆらと揺れ。
 首元を飾る赤い首輪についた金色の鈴は、夢姫が首を傾げるたびに寄り添う形でちりちりと可愛らしい音を鳴らした。
 ここでジョエルは思考する。
 自分は何と言えば良いのだろうか?
 単純に想った事を口に出来るほど器用な性格でもなければ、そもそも“これ”を言葉にするにはおよそハードルが高いと判断する。
 口元を覆うようにして逡巡しているジョエルだが、夢姫は男の答えを待った。
 急かすことなく、ただ、傍で見上げながら。
「‥‥ている」
 他の隊員達に聞かれたくないのか、夢姫にすらも聞きとれるか否か程度の音量で言葉は紡がれた。
「あ、あの、広場の音が賑やかで、聞こえなかっ‥‥」
 聞き返そうとジョエルの方へ向けた少女の形の良い耳に、男はその口元を近づけた。
「‥‥良く似合っている」
 囁かれた言葉は存外ぶっきらぼうで、言った当人も気恥かしげに視線を逸らしていたけれど。
「嬉しいです」
 満足そうに笑みを浮かべて、夢姫はジョエルの顔を見上げていた。

「あのー‥‥ジョエルさんも一緒にどうですか?」
 一緒にどう、というのは恐らくハロウィンのコスプレの事だろうと気付いたジョエルだったが、夢姫の誘いにもこれにはしばし表情を曇らせる。
「いい歳の男がそんな事をしても、仕方がないだろう」
「‥‥そうですね、ジョエルさんは騎士姿だと似合いすぎなので、ジャック姿はいかがです?」
 かくりと傾げた首元から、また愛らしく鈴の音が響く。
「夢姫、話を聞いていたか?」
「いいえ、聞こえませんでした」
 ふふ、と悪戯っぽく笑う少女の笑みに小さく息を吐く。
 こんな自分と共に居ても、楽しい想いをさせてやれないのではないかという気持ちもあった。
 けれど、今日ここに来てからも、夢姫は幸せそうに優しく笑っていてくれるから‥‥どこか、男は安堵していた。
 以前から少女に対して抱いている甘えは、本来ジョエル自身の中で許してはいけないものとして断じていたが、またその感情が湧き上がる気配を感じる。
「全く‥‥俺の事はいいんだ」

 賑わう広場を歩く。
 陽気なミュンヘンの祭りでは、人々がそこかしこでジョッキを片手に収穫を祝うビールの味を堪能していた。
「‥‥っ、ごめんなさい」
「気をつけろ!」
 酒気を纏うがゆえの小さな諍いはもちろん皆無ではないし、ジョエルはそういった事に夢姫が巻き込まれぬよう気をつけていたつもりだったが。
 酔った男が予測不能な動きで夢姫にぶつかれば、能力者といえど華奢な少女はそれによろめく。
 しまった、と気付いた時には既に遅く、夢姫は振り返ったジョエルに「大丈夫です」と言って苦笑いを浮かべた。
 どんな時も、夢姫は自分に心配をかけさせない。
 何も心配ありません、とばかりに少女自身の事は気遣わせないのに、ジョエルや仲間の事ばかり気遣い、暖かな言葉をくれる。
 ‥‥いつも、甘やかされる。自分よりずっと歳若いこの少女に。
「?」
 考えが言葉にまとまるか否かはどうでもよかった。
 ただ、その時ジョエル自身が“そうしたかったから”、彼はそう言った手段をとっただけで。
「‥‥傍を離れるな」
「はい」
 人ごみの中、少女がこれ以上気を遣わなくて良いようにと、ジョエルは夢姫の肩を抱き寄せた。
 その手は壊れ物を扱う様な優しさを孕みながらも、抱き寄せる力には意思を持った強さが感じられた。

●時間(過ぎてしまうもの‥‥否、積み重ねるもの)
 やたら人で賑わう評判の菓子屋が広場に出店していると聞いて、夢姫のねだりに否応なくジョエル達は菓子屋を目指した。
 その店の中で愛想よく、しかしてきぱきと仕事をこなす魔女姿の売り子を見ると夢姫が目を輝かせる。
「可愛い!」
 思わず夢姫が魔女に抱きつくと、抱きつかれた側は大層驚いた顔を見せた。
「夢姫!? わ、わっ、びっくりした、こんなところで会うなんて。ていうか、黒猫ー! かわいい、やばいっ」
 売り子の少女‥‥ジル・ソーヤ(gz0410)も振りまいていた愛想とはまた違う、嬉しそうな笑みを浮かべて黒猫をぎゅっと抱きしめる。
「‥‥なぜお前がここに居る」
 が。
 夢姫の隣で眉を寄せながら溜息を吐くジョエルの姿に、ジルは片眉を上げる。
「いやいや、こっちの台詞だから」
「その格好はなんだ。評判の店と聞いてくれば‥‥」
 よくよく周囲の客を見渡せば、純粋な子連れのファミリーか、そうでなければ男ばかりだ。
 こんなところに長時間夢姫と居る訳にはいかない。少なくとも、ジョエルはそう判断した。
「格好って‥‥お祭りだし、ハロウィンでしょ? 夢姫だって黒猫じゃん!」
「そうですよ。ジョエルさんも一緒に着替えれば良かったのに‥‥」
「‥‥そういう問題じゃない」
 未だにハグをしたままの少女二人から口々に飛んでくる言葉をひらりとかわしながら、溜息をひとつ零す。
 黒猫に頬を寄せる魔女に、しばし恨みがましい視線を飛ばしながらジョエルは口を開く。
「ジル、夢姫を離して菓子を詰めてくれ。後ろが閊えているだろう‥‥」
「わかったってばー。ねぇ、夢姫はどれがいい? 好きなの詰めるよ、チョコ? キャンディ? それともクッキー?」
 色とりどりの、賑やかな菓子を両手に抱えてジルが笑う。
 夢姫とジルのやり取りを見守る様にして傍に居るジョエルも、まだぎこちないながら笑みを浮かべている。
 当たり前の日常は、傭兵達にとっての非日常で。
 けれど、この時間は夢姫にとってかけがえのない大切な思い出としてしっかり記憶されてゆく。
「じゃあ‥‥全部、たくさん下さい」
「任せて! 夢姫は可愛いからいっぱいオマケしちゃうよ」

 沢山のお菓子が詰め込まれたプラスチック製のカボチャを腕からぶら下げてご機嫌そうな夢姫は、クッキーを一つ手にとり、それを器用に2つに割った。
 そして1つを自分が頬張ると、もう片方を傍に居る男の口元に差し出す。
『今、クッキー食べてるからしゃべれないんです』
 夢姫がそう言わんばかりにジョエルをじっと期待のこもった眼差しで見つめていると、その目に弱いらしい男は易々と折れ。
「‥‥わかった」
 そう言って、少女の持つクッキーを口で奪うと「仕方がないな」といった風の笑みを浮かべた。
(依頼で見せる顔だけじゃなくて、ジョエルさんの日常の顔‥‥もっと見ていたいな)
 ふと、少女の胸にそんな想いが過った。
 日常の顔とはつまり、依頼の外の事であり、それは仕事でも何でもない個人としての付き合いで、そして‥‥
(‥‥あれ?)
 夢姫は、先日から時折こうして首を傾げることがあった。
 前回はいつだっただろう。
 ‥‥そうだ、あれはベルリンで事件があった日。
 ジョエルが、紛れもなく夢姫自身の力を必要とした時のことだ。
 必要としてくれたことを嬉しく思った理由は、あの時解らなかったけれど‥‥今もまた、解らない壁に突き当たる。
(どうして、だろう‥‥?)
 聡明な少女はしばらく思案してみたものの、結局その答えには辿りつけないまま。
 自然とこれが嫌な気持ちでない事だけは理解していて。
 シンクする心音がゆっくりと穏やかだったから、敢えてそのままにしておいた。
「夢姫、そろそろ帰ろうか」
 あの日少女が男に手を差し伸べたように、今度は男が少女にその手を差し出して。
 戦う為、刀を握る為に骨格を少しずつ変えていった無骨な手が、どうしようもなく暖かで優しいものに見える。
「‥‥もう少しだけ、遊んで行きませんか」
 だからこそ、差し出されたその手をとって、夢姫はまた微笑んだ。
 人生の時間は限られていて、いつ突然別れが訪れるか分からないから。
 後悔だけはしないように、今この瞬間を精一杯紡ぎながら、みんなでたくさん素敵な時間を過ごして心の中のアルバムを増やしていきたい。
 少女はそんな事を想いながら、繋いだ手を引いてランタンの明かりが輝く街へと男を誘う。
 まだこの秋の夜の夢を、終わらせたくないと願った誰かの気持ちのままに‥‥。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【gb5094 / 夢姫 / 女 / 16 / ペネトレーター】
【gz0380 / ジョエル・S・ハーゲン / 男 / 27 / エースアサルト】
【gz0410 / ジル・ソーヤ / 女 / 19 / ハーモナー】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております。藤山です。
秋のお祭りのひととき、いかがでしたでしょうか?
テーマは、笑顔。暖かで、穏やかで、幸せな時間、です。
イメージと違う箇所がありましたら、遠慮なくリテイクしてくださいませ。
すっかり秋になり、肌寒い季節になってまいりました。
季節の変わり目は何かと体調を崩しがちですが、どうかお体にはお気をつけてお過ごしくださいませね。
この度もご発注頂き、誠にありがとうございました!
(担当ライター:藤山なないろ)
PM!ハロウィンノベル -
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2011年10月31日

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