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『とあるお店の軒先で。〜Me and me 』
フェンリエッタ(ib0018)

 ばちりと目が合って、思わずその店の前で足を止めた。その店の軒先にごろりと並べられた、不思議な模様をした幾つもの南瓜。中でもまるで、人の顔にも、また別の生き物の顔にも見えるその南瓜と、フェンリエッタ(ib0018)は出会ってしまったのだ。
 ぎょろりとした瞳に、にやりと笑ったような口。それはいかにもジャック・オー・ランタンを作るのにふさわしい、怖さと愛嬌が同居したような表情。

「‥‥で、どうしよう」

 この南瓜に出会ってしまったからには、ジャック・オー・ランタンを作らなくちゃ。そう思って買ってきたのはいいのだけれど、くりぬいた後の中身はどう料理しよう。
 南瓜のスープ。キッシュに練り込んでも美味しいし、ケーキにクッキー、パンプキン・プディング。ほっくりそのままサラダにしても素敵だし、くりぬいた後だと形がいびつだけどソテーにしても美味しいかも。
 じっと、相談するように手の中の南瓜を見下ろした。ずっしりと重い、人の顔にも動物の顔にもお化けの顔にも見えるその、コミカルな表情にお伺いを立てるように小首をかしげる。
 ねぇ、あなたはどんな料理が好き?
 そうしてしばらく耳を澄ましてみたけれど、もちろん、南瓜が何か言ってくれるわけじゃない。くすり、笑ってフェンリエッタはずっしりと重い南瓜を抱え直し、てく、てく、てく、と家路を歩く。
 シチューにしようかしら。シュークリーム? 南瓜のスフレ。ほっこり甘くて暖かな味のする、コロッケにしても美味しいかも。それとも、それとも――
 頭の中でレシピを思いつくままに、考えているうちにだんだん楽しくなってきて、鼻歌なんて歌いながら歩いていたら、不意に眩い光が見えた。

「きゃ‥‥ッ!?」

 びっくりして手の中を覗き込むと、抱えた南瓜が真っ白に――白に近い黄金色に――輝いていた。と、思う間もなくどんどん光は強くなり、とても目を開けては居られなくなる。
 まるで手の中に、真昼のお日様をすっかり抱え込んでしまったような。

(いったい‥‥ッ!?)

 頭の片隅で思いながら、ぎゅッ、とフェンリエッタは目を閉じた。そのまぶたの裏をも真っ白に、南瓜の眩い光が染め尽くす。





『男に生まれたかったんでしょ? じゃあ「リエッタ」は要らないわね?』

 遠くから響いてくるかのような、すぐそばでささやきかけられたかのような、そんな不思議な声がする。ぽっかり、白い意識の中に浮かび上がるように響いたその言葉に、フェンリエッタは恐る恐る、しっかり閉じていた目を開けた。
 すると、目の前に居たのは不思議な女性。南瓜のペンダントトップが胸元できらりと揺れて、両の耳朶を重たそうに飾るのは南瓜の耳飾。南瓜の髪留めでくるりと柔らかくウェーブを描く髪を留めて、右手と左足に南瓜の衣装のブレスレットとアンクレットをつけている。
 いったい、誰?
 見覚えのない、けれどもなぜか見覚えのある顔が、フェンリエッタを覗き込んで意地悪そうに微笑んだ。微笑み、ほら、と差し出された鏡をつられて覗き込む。
 そこに映っていたのは、懐かしい顔だった。それでいて、やっぱり見知らぬ誰かだと断言できる相手――祖父の若い頃だという絵姿、それに良く似た若い、そう、フェンリエッタと同じくらいの年頃の青年で。
 思わずぺたぺたと、自分の顔を触ってみる。触ってみて、視界の端に映った細い、けれども骨ばった確かな男の手に、びっくりして目を瞬かせる。
 いったい、何が起こっているんだろう?
 彼女の――彼の――反応を楽しむように、南瓜に彩られた女性はしばらくの間、意地悪な笑みを浮かべてそんな様子を見つめていた。けれども不意にピッと指を立て、ねぇフェン? と呼びかける。
 『じゃあ「リエッタ」は要らないわね?』
 そう言われた、言葉を思い出した。フェンリエッタから、リエッタを取ったら、フェン。それが彼の名前。
 女性が意地悪そうな笑顔で、くすくす笑いながら問いかける。まるで何かを試すように。

『質問です。貴方の好きな人は誰?』
「俺に好きな人なんていな‥‥い?」

 こくり、フェンは首をかしげながらそう言った。自分の、好きな人? 考えたって、思い浮かばない。思い浮かばないのに、何かがおかしいような気がする。
 胸の中がまるでぽっかり、その部分だけがらんどうになってしまったような、居心地の悪さ。ずっと胸の中にあった物がなくなって気分が軽やかになったようなのに、ほっと息をつける穏やかな心地良さなのに、何かが足りないような喪失感。
 無意識に胸の辺りをぎゅっと握る。でも、なぜそうしたのかが自分でも解らない。
 くすり、女性が鮮やかに微笑んだ。

『それじゃ、全部貰っていくわ♪』

 とん、と。
 そう言うなり軽やかに地を蹴って、ひらりと彼女は身を翻し、猫のようなしなやかさで箒に腰掛けて、フェンから逃げ始めた。そうしてあっという間に、その不思議な姿が小さくなる。
 訳が解らなかった。いったい、彼女は誰なんだ。いったい、何が起こってるんだ。
 まったく解らなかったけれども、ただ一つフェンに解るのは、どうやら自分が彼女に何かを奪われたらしい、という事。

「待て!」

 だからフェンは彼女を追いかけて、必死になって走り始めた。いったい何を奪われたのかは解らない。でもきっと、それを取り戻さなければ自分は永遠に後悔する。
 そんな予感が、した。





 とある町の片隅に、女性達の黄色い声が響き渡る。

『きゃあ、フェン様♪ フェン様がいらしたわよ♪』
『フェン、どこに行くの? 一緒に遊びましょうよ〜』
『あんな女、放っておけば良いじゃない。ね、フェン、おねーさんとイイことしましょ?』
「ちょ‥‥ッ! 頼むからどいてくれ‥‥ッ!?」

 しどけなく、或いは可愛らしい仕草で近寄ってきては、行かせまいとフェンの腕に絡みついてくる女性達に、当のフェンは目を白黒させた。そうして、箒に乗った女性を逃がすまいと必死に目を凝らすとまるで『私だけを見てよ!』と言わんばかりに、ますますひしっと抱きついてくるのだ。
 まさか女性を突き飛ばすわけにも行かないし、とフェンはほとほと困り果てた。柔らかな女性達の肢体。フェンに会えて嬉しいと輝く瞳、一途に彼を見つめる眼差し、行かないでと訴える声、柔らかくはにかむ笑顔。
 ねぇ、フェン。他の女性なんて見ないで、私を、私だけを見て? ずっと私の側に居て?
 くらり、眩暈がする。彼に恋する女性たち。これは一体、何の騒ぎだ。

「とにかく、俺、急ぐから!」

 けれどもついに箒の女性が見えなくなりそうで、焦って四肢に絡みつく肢体を振り解きながら走り出すと、そう、と寂しそうに彼女達はその場でフェンを見送った。誰一人、追いかけてはこない。
 ほぅ、と安堵の息を吐く。そうしてほんの少しの、胸に落ちてきた寂しさにまた、無意識にぎゅっと胸元を握る。
 だがその感情をじっくりと、考える余裕はフェンにはなかった。視界の中、再び大きくなった箒の女性が、あら、と面白そうな表情で振り返る。

『まだ諦めないの? 案外、往生際が悪いのね――じゃあ、これはどうかしら♪』
「な‥‥ッ!?」

 彼女がひょい、と指を振った途端、道の向こうに巨大な黄色と緑の壁が現れた。壁――否、それはまるで生き物のように蠢いて、あっという間にフェンめがけて押し寄せてくる。
 ゴロン、ゴロン、ゴロン、ゴロン――
 巨大な音が地響きとなり、足元の地面を大きく揺らした。まるで地の底から響いて来る地鳴りとも思えるそれは、けれどもあの黄色と緑の動く壁とともに、どんどん、どんどん、フェンの側へと近寄ってくる。
 どんどん、どんどん。ごろりとしたそのフォルムや、いかにも重量感のある形態。鈍く響く、その音――

(‥‥ちょっと待て)

 その正体が何なのか、ようやく見て取れるところまで近づいて、フェンはひくり、唇の端を引きつらせた。壁とも、或いは黄色と緑の津波とも思えるソレは、なんと、1つ1つがフェンの身長よりも一回り大きな、巨大南瓜だったのだ。
 そんな巨大なお化け南瓜が、幾つも幾つも、見渡す限り隙間なく、フェンめがけてゴロン、ゴロン、と転がってくる。逃げなければ、と振り返れば寂しそうに、けれどもフェンが戻ってくるのをひたむきな眼差しで待っている女性達。

「あぁぁ‥‥ッ」

 戻ればつかまる、立ち止まればお化け南瓜に押しつぶされる。右を向いても左を向いても、抜けられそうな細道などどこにもない。
 フェンは束の間、頭を抱えた。そんなフェンをくすくす意地悪に笑いながら、箒で空を飛ぶ女性が巨大南瓜の波の上から見下ろしている。
 その、耳をくすぐる笑い声に、逆に腹が決まった。すっくと立ち上がり、きっ、と迫り来る黄色と緑の巨大な南瓜を睨み付け。

「うおぉぉぉぉぉ‥‥ッ!!」

 全身に気力を巡らせ、叫ぶ声に気合を込めて、フェンは巨大南瓜の波に向かってまっすぐに走り出した。どこにも逃げられないのなら、目の前のこの巨大南瓜を何としても乗り越えていくしかない。
 あらあら? と面白がる女性の声が聞こえたが、構ってなど居られなかった。全力のジャンプで最初の南瓜の上に降り立ち、次の瞬間には別の南瓜へと移動する。
 考えている余裕はなかった。直感と、一瞬の判断で次から次へ、黄色と緑の巨大な南瓜をあちら、こちらと動き回る。
 その、フェンの直感に一瞬、違和感があった。考える前に飛び移りかけた南瓜を蹴って避け、別の南瓜に着地する。
 飛んで、飛んで、さらに飛んで、ようやく巨大南瓜の波を乗り越えて、動かぬ地面にたどり着いた。地面が動かないってこんなに素晴らしい事だったのか、と幸せをしみじみと噛み締めながら、フェンは先ほどの違和感の正体を確かめようと振り返る。
 そうして、もう何度目になるか解らない、引きつった笑みを浮かべた。

『ふふッ♪ いい加減、諦めなさい? 要らないんでしょ?』

 くすくす、くすくす、南瓜に彩られた女性が笑う。箒に腰掛けて空を飛び、ソレと、ソレを見てしまったフェンの反応を楽しんでいる。
 そうしてフェンは、大きく息を吸って。吐き出しながら、天儀の空に響き渡れとばかりに、絶叫した。

「一体、どうなってるんだ―――ッ!?」

 そこに居たのは、ついさっきまでフェンが上を飛び越えていたはずの巨大南瓜。その巨大南瓜のこと如くが、にたりと笑ったジャック・オー・ランタンの顔になって、ぽっかり開いた目と口の奥にちらちら怪しい炎を点している光景。
 数え切れぬほどの、それは――巨大な南瓜の姿をした、アヤカシの群れ。
 もはやここまで来たらヤケクソになって、フェンはアヤカシ南瓜に向き直った。くすくす、くすくす、女性が笑う。笑いながら、一体どうするつもりなのかとフェンを意地悪なまなざしで見下ろしている。
 絶対に、何としても、捕まえてやる。
 固い固い決意を胸に、フェンはアヤカシ南瓜に向かって走り出した。





 最後のアヤカシ南瓜を瘴気に還すと、さすがに全身をぐったりとした疲労が支配して、フェンは大きく肩で息をした。けれども追いかけている女性はまだ、箒に腰をかけて余裕の様子で、少し先を楽しそうに逃げていく。

(追いかけ、ないと‥‥)

 疲労に麻痺した真っ白な思考の片隅で、ただそれだけを想ってフェンは、よろめきながらその後を追って走り出した。けれども幾らも行かないうちに、疲労しきった足が絡んで思い切り地面に突っ伏して。
 コロン、と懐から何かが零れ落ちる。そのかすかな音に、疲労のにじむ瞳を開いて見やればそこには、何の変哲もない呼子笛。
 何か特別な装飾が施されているわけでも、目を引く変わった形をしていた訳でもない。けれどもどうしてだか、その呼子笛が酷く気になって、フェンは鉛のように重く感じる腕を上げ、ようようの体で拾い上げた。
 そっと、口元に押し当て、息を吐く。何かが起こるだろうと、思っていたわけじゃなかった。ただなんとなく、妙に手にしっくりと来るその呼子笛を、吹いてみようと思っただけ。

 ピィ―――

 呼子笛の発した甲高い音が、青い空へと響き渡った。まるで誰かを探すように、ここに居るよと教えるように、ここに来てと呼ぶように――フェンの心の中に、響き渡る。
 つきんと、胸が痛んだ。忘れている何かを想った。この切ない胸の痛みと、それなのに小さな火がぽつりと灯ったような暖かさは、一体なぜなんだろう。

『そのまま人並みの人生を送った方が幸せよ』

 いつの間にか、箒から降りた女性がフェンの目の前にいて、いつかと同じ様に彼の顔を覗きこんでいた。意地悪な笑顔。けれども、それだけではない笑顔。
 人並みの人生ってなんだ? フェンは自分自身に問いかける。一体、自分は何を奪われて、何を取り返すために彼女をずっと、こんなにクタクタになるまで追いかけて居たんだ。
 『じゃあ「リエッタ」は要らないわね?』
 そう言って意地悪そうに微笑んだ彼女。フェンリエッタから、リエッタを取ったら、フェン。それが彼の名前なら、じゃあリエッタはどこに行った?

「それは」

 言葉を紡ごうとして、からからに渇いた喉に一瞬、咳き込んだ。けれどもぐっと、力いっぱい頭をもたげて、上半身を起こして、そうしてフェンは彼女をまっすぐ見つめた。

「それは他人が決める事じゃない。だから、返してくれ」
『――本当に。あなたってばかね』

 フェンの言葉を聞いた彼女は、くすり、と微笑んだ。いままでの意地悪そうなそれとも、面白がっているそれとも違う、暖かな微笑でそう言って、とん、と指先でフェンの胸を突く。
 だからフェンも彼女に向かって、肯定を含む笑みを返した。そんな事、自分でも嫌というほど解ってる。解っている事を、彼女も判って居るだろう。だって、彼女は――消えた『リエッタ』の行く先は‥‥





 不意に吹き抜けた冷たい風に、ピク、と肩を震わせてフェンリエッタは目が覚めた。暖かな陽射しの下でつい、転寝をしてしまっていたようだ。
 きょろ、と辺りを見回して、他に誰も居ないことを確かめる。当たり前だ――あれはただの夢、なのだから。
 ただの夢、だけれども。無意識に懐を探って、あの呼子笛をぎゅっと握った。
 初めてあの方にお会いした時、彼から貰った大切な、大切な思い出の品。きっとそれはフェンリエッタだけじゃなくて、あの場に居た全員が貰ったものだろうけれど、彼女にとっては何より特別なもの。
 あの日、生まれた想いを、想う。夢の中で奪われた彼の記憶は、彼への想いは、ちゃぁんとこの胸に戻ってきた。
 その事に安堵する。恋の切なさに苦しむ夜は、忘れてしまいたいと願ってしまう事もあるけれども。それでも絶対に忘れたくない、失いたくない、これは大切な想いだから。
 しみじみとそれを噛み締めて、それからフェンリエッタはテーブルの上に置いた、あの不思議な南瓜を軽く睨んだ。人の顔にも動物の顔にもお化けの顔にも見えるその、コミカルな表情。

「悪戯南瓜め。覚悟しろっ」

 そうしてフェンリエッタは傍に置いたスプーンとナイフを手に取って、颯爽とランタン作りを開始した。あんなおかしな不思議な夢を見せた、この南瓜を懲らしめなくちゃ。
 南瓜グラタン、南瓜のクリーム煮、天儀にも南瓜の美味しい料理はたくさんある。そうした物に変えてしまって、夢はすっかりお腹に納めてしまわなくっちゃ。

 ――‥‥ね?





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /   PC名   / 性別 / 年齢 / 職業 】
  ib0018 / フェンリエッタ /  女  /  18  / 志士

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

夢の中での南瓜との奮闘劇、如何でしたでしょうか?
こんな悪戯っ子の南瓜は、開拓者さんに懲らしめて頂きませんと、平和が守れませんね(笑
男になってしまったお嬢様、きっと凛々しいけれども、やっぱりお優しいのだろうなぁ、と思いながら書かせて頂きました。

お嬢様のイメージ通りの、ほんのり切なさを含ませながら、楽しく賑やかなノベルであれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
PM!ハロウィンノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2011年10月31日

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