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『ふしぎなあなのあるいす 』
松本・太一8504)&(登場しない)

 私はただ、いかがわしいお店に入っただけなんです。
 会社の同僚が無理矢理連れて行ったんです。私の意志ではありません。ええ、私も白いバニーガールに目がいってしまったのは認めます。ですが、だからって椅子に穴が開いたり、どこまでもどこまでも落ちたり、こんなのはあんまりではないでしょうか。
 そのうえこんな、メルヘンチックな世界に落ちてしまうなんて!

■□■

 今今現在あるお城に、タイチという男の人がいました。髪も目も真っ黒で、ちょっとここいらでは見ないような姿をしています。
 その男の人がいたのは、ハートの女王様のお城です。あなたも知っているでしょうが、あのわがままな女王様です。
 ほら昔、アリスという女の子が迷い込んできたじゃありませんか。この女王様、あの子をえらく気に入っていたようで、今でも時々、アリスと似た人をお城に招くのです。もっとも、今回の男の人は、私にはあまり似ているようには見えませんが。
「アリスや、クリケットをして遊ぼうぞ」
「ク、クリケット? 野球みたいなものでしたっけ?」
 タイチは差し出されたクリケットの棒を受け取って、戸惑ったように目を瞬かせました。野球というのは、アリスの世界の遊びで、クリケットよりも少し野蛮なスポーツです。
 もちろん、女王様がそんな野蛮なものを知っているはずがありませんから、少し憮然として首を傾げました。
「やきゅう? それはなんじゃ? クリケットはクリケットじゃ。おお、そのガラスはなんなのじゃ? 危ないではないか」
 そう言って、女王様はタイチが耳から掛けている二枚のガラス(眼鏡というそうです)を取りました。
 タイチは慌ててそれを取り戻そうとしましたが、すぐに不思議そうな顔をして辺りを見回しました。自分の手をまじまじと見つめて、裏表をひっくり返したりしています。私にはそれがどういう意味なのか分かりませんが、彼には必要なことだったのでしょう。
 そわそわと落ち着かない様子の彼を見て、女王様は嫌そうに眉を顰めました。
「汚いのう。着替えよ、アリス。そなたにそのような汚い格好は似合わん」
「き、きた……?」
 そのとき彼女が着ていたのは、なんというか、白ウサギが着ているような服を、もっとずっと野暮ったくしたものでした。
 女王様がベルを鳴らすと、メイドさん達が現れて、アリスの着替えを手伝いました。
「ちょ、ちょっと!? 着替えくらい自分で――!」
 すっかり着替え終わると、メイド達は来たときと同じくらい素早く引っ込みました。
 着替えの済んだアリスを見て、女王様はひどくご満悦です。可愛らしいワンピースを着たアリスは、恥ずかしそうにスカートの裾を引っ張りました。
「み、短い……っ! 私ももう、いい年した男なのに……!」
 顔を真っ赤にして俯くアリスを嬉しそうに見つめていた女王様は、ふと重要なことに気づきました。
 そう、アリスの真っ黒な髪と目です。
「のう、アリス。そなたの目はそのように濃い色をしておったか? 髪も……ふむむ」
 女王様はスコーンに使うバターナイフを使って、アリスの首を切り落としました。
 代わりにお人形のような綺麗な顔の頭を首に乗せると、今度は全身を見回して腕を組みます。
「体のバランスが悪いの」
 丁度通りかかった庭師の剪定バサミを借りると、もう一度首をチョンと切りました。
 頭に似合う華奢な体をくっつければ、どこから見ても可愛いアリスの出来上がりです。
「よい。これでよいぞ、アリス。さあクリケットをしようぞ」
「あ、あのですね、私は」
「その他人行儀な言葉遣いはなんじゃ? 折角わらわの元に帰ってきてくれたと思うたら、その態度」
 そう、アリスの声はとっても可愛いのに、喋り方が可愛らしくないのです。女王様が怒るのも当然でした。なんせほら、この女王様は人一倍我儘でしたし。
「だって……私は……」
 口ごもるアリスを見て、女王様は溜息をつきました。すると女王様は頭から真っ二つに裂けて、中からチェシャ猫がにやにやと笑いながら出てきました。
「あきらめなよ、アンタはアリスさ。この世界に来たからにゃ」
「わ、私はアリスじゃない!」
「アリスさ。この世界の客人はみんなアリスなんだから。アンタがアリスじゃないとすりゃ、なんだってアンタはここにいる?」
「知らない、知らないったらそんなこと! 私はアリスじゃないったら!」
「アリス、現実を見なよ」
 チェシャ猫はそう言って、アリスの綺麗な青い瞳を覗きこみました。アリスも当然、チェシャ猫の目を覗きこみます。
 そこにはアリスではなく、帽子屋がいました。お茶の準備をしているようです。
「これは……?」
 首を傾げるアリスを、帽子屋は楽しそうに椅子に座らせてお茶を勧めました。
 アリスはありがとうとお礼を言って、テーブルの真ん中に置いてあるケーキやらご馳走やらに手を伸ばしました。
「誕生部じゃない日、おめでとう!」
 アリスはケーキと紅茶に口をつけながら、面白そうに笑いました。
「誕生日じゃない日を祝うの? 変わってるわね」
「変わってないよ。当然のことだよ」
「そうかしら」
 アリスはクスクスと笑って、ティーカップを覗きこみました。そうしたら中に何が見えたと思いますか? アリスはビックリして声をあげました。
「あら、中に小さい動物がいること!」
「そういうこともあるのかもね」
「お砂糖でも入れてみましょうか」
「それもいいかもしれない」
 アリスはネムリネズミがいる砂糖壺から砂糖を山盛り掬い出すと、ざばざばと紅茶に零し入れました。
 カップの中では、水面がばしゃばしゃと波打って大惨事です。
「やめてよ、誰だい、こんなことをするのは!」
「あたしよ、アリスよ」
 アリスはそう言って、澄ました顔で紅茶を飲み干し、顔を上げました。
 机の向こうでは、ハートの女王様が笑っています。
「アリス、クリケットをしようぞ」
「いいわよ。でもあたし、絶対負けないわ」
 アリスと手と手を取り合いながら、女王様は満面の笑みを浮かべた。
「うふふ、その意気じゃアリス。そなたはわらわを楽しませておくれよ」
「あたしは? 他の誰かは駄目だったの?」
「うむ、今までのアリスはの。あんまりつまらんかったから、スープにして食べてしまった」
「美味しいの?」
「うむ、やはり若い娘はの。それに肌にもいいのじゃ」
「それじゃあ私もいただこうかしら?」
 アリスが当然そう言ったかと思うと、今度は彼女が頭から真っ二つになりました。
 中から出てきた黒い髪の悪魔は、びっくりしている女王様をぱくんと食べてしまったそうです。

■□■

 ゴトンゴトンと音がして、太一は自分の首と体が付け替えられるのを感じた。あるいは、そんな気がした。
 付け替えられた体を、誰かが激しく揺り動かす。
「ん……?」
「松本、いつまで寝てるんだ? もう出ようぜ」
 呆れたような同僚の顔に、太一は慌てて飛び起きた。時計は日付が変わって久しいことを示している。
「い、いつから寝てました?」
「バニーのダンスが始まってから」
「それって何時くらいでしたっけ?」
 袖を捲って腕時計を見る太一に、同僚は苦笑した。
「さあな。でもまあ、寝ちまうのも仕方ねえよ。疲れてたんだろ」
「すみません、本当に。まったく、妙な夢は見るし、そろそろ有給でも貰いましょうかね……」
「そうしろ。流石に働きすぎだ」
 朝日が差し出した町に一歩出ると、二人はタクシーに乗り込んで帰っていった。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
一 一 クリエイターズルームへ
東京怪談
2011年11月04日

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