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『Your Affection 』
藤宮 エリシェ(gc4004)
●How to Make
「‥‥仮装をして売り子、ですか」
 ドイツのある菓子店へ訪れていた藤宮 エリシェ(gc4004)は、店員にある条件を提示されていた。
「ええ、そうしたらここらの地方菓子について作り方を教えてあげるよ」
 何店舗目かぐるぐると回ったドイツの菓子屋。
 そこで気に入った味の店を見つけ、菓子作りを教えてもらおうと考えていたエリシェは、出された提案に少々面食らう。
「売り子は全然構いませんが‥‥どうして仮装、なんです?」
 問題はそこだった。
 店主曰く、明日よりこのミュンヘンではオクトーバーフェストという世界最大規模の賑やかな祭りが始まるらしい。
 そんな中、広場に出展を予定していたこの菓子屋を騒がしたのはある噂。
『ライバル店舗が若い売り子に魔女の仮装をさせるらしい』
 かたや、こちらの店で売り場に立つ予定だったのは中年の女性店主。
 年に一度の商戦期をどう乗り切ろうか、考えあぐねてのことだったらしい。
「なるほど‥‥。そう言うことでしたら、お引き受けします」
「そうかい、ありがとう。近くの貸衣装屋に話をつけるから、明日朝、この名刺を持ってこの店に行ってもらえるかい」
 エリシェは安堵した様子の女性店主から一枚の名刺を受取ると、柔らかな笑顔を浮かべた。

●Dressed in Black
「‥‥これはお綺麗な娘さんだ」
 オクトーバーフェスト初日の早朝。
 エリシェは菓子屋の店主にもらった名刺の住所を頼りに、指定時刻にある貸衣装屋を尋ねていた。
「おはようございます。あの、こちらのお店の事を伺って‥‥」
「いやいや、話はきいとるよ。さ、奥にお入り」
 感じの良い初老の男性が、これまた感じの良い笑みでエリシェを出迎え、店の奥へと案内していく。
 そこには結婚式のドレスやパーティ用のショールやハイヒールを始め、その他様々な衣装が並べられていた。
 いずれの衣装も美しい色彩や光沢のある生地で仕立てられ、女性であれば思わず「どれを着ようか」とうきうきしてしまう程の華やかな空間が広がっている。
「どれでも好きなものを選ぶといいよ。あの菓子屋には、私が小さい頃から大好きなタルトがあって、良く世話になっているの」
 気付けば初老の男性と入れ替わる様にして、初老の女性が隣に立っていた。
「‥‥とてもおいしいお菓子を作られるお店ですよね」
 エリシェは昨日のことを思い返しながらそう返すと、初老の女性は嬉しそうに頷く。
「今の若い子の好きそうな流行りとか、見栄えもあまり考えない地味な菓子が多いけれど、ずっとずっと変わらない味。暖かくて、作り手の優しい気持ちが伝わる菓子なんだよ」
「私も、そんなお菓子を作れるようになりたいです」
「作ってあげたい人が、いるんだね」
「‥‥はい」
 その言葉の意図するところをエリシェが意図通り組んだかは定かではないが‥‥はにかむように、控え目に笑うエリシェの背に女性はそっと手を当てた。
「そうとなれば、今日一日がんばらなくちゃねえ」

 大きな部屋中に広がる色彩豊かな衣装室には、“女の子の夢”が詰まっていた。
 ドレスにティアラ、ハイヒールやミュールにショール。
 ピアスはレンタルはできなかったけれど、イヤリングやネックレス、レースのグローブなど1つ1つ選んで身につける楽しみが広がっている。
 それに、ドレスと一口に言ってもシンデレラや白雪姫と言ったお姫様の衣装から華やかな色をした妖精をイメージする軽やかな衣装まで、そこにはあらゆるものがあった。
 しかし、そんな中。
「本当に、それでいいのかい?」
 女性に声を掛けられて、エリシェは確かに頷いた。
 少女が手に取ったそれは、華やかな衣装の中にあって決して色を見失わない漆黒のドレス。
 サキュバスという悪魔をイメージしたもので、胸元が大きく開き、潔い程にスリットの入った大胆で妖艶なデザインのものだった。
 いくらでも色鮮やかなものはあった。年の頃に合う可愛らしいものもあった。
 けれど、エリシェはそれを選んだのだ。
(黒は‥‥“彼”の色、だから)
 そのドレスの向こうに、ある男の姿を思い描きながら。
 少女は露出の大きなドレスをゆっくりと身に纏っていく。美しいシルクが白い肌を滑るように覆い、対照的な黒さを堅持していた。
 試着室を出たエリシェはそのままメイク台に向き合うと、無数に並ぶメイク道具の中から濃く深いパープルのアイシャドウをとる。
 目元にふわりと小さくさす紫はエリシェの瞳と同じ色をしていながら、どこか色香を感じさせる雰囲気を伴っていて。
 長い睫毛に漆黒を乗せると、肌の色に近いヌーディカラーのリップにグロスを重ねる。
 衣装に合う大人っぽいメイク。まだもう少し届かない先の未来へ、少女は少女なりの背伸びをしていたのかもしれない。
 プラチナに輝く美しい髪を緩やかに纏め直し、全ての支度を整えた後に姿見に見えた自分の姿にエリシェは驚きを隠せなかった。
「お嬢ちゃん、本当に素敵よ」
 その声にハッと振り返ったエリシェはどこか気恥かしさを隠せずにいた。
「あ、あの‥‥」
 口籠るエリシェに、老齢の女性はそっと二の腕を十分多い隠す丈の漆黒のマント──ポンチョに類似した形状のもの──を差し出した。
「朝晩は少し冷えるだろうからね。気をつけて、行っておいで」
「はい‥‥! ありがとうございます」


「御苦労さま! 今日のお菓子はこれで売り切れだよ」
 陽もとっぷりと暮れた頃。空には星々や大きくまんまるい月が淡く白い光を放ち始めていた。
 楽しい笑い声が響く中、エリシェは常連客と会話の弾んでいる店主に先んじて店へと戻ることとなる。

 店に戻る途中、収穫祭の酒に酔っぱらった男性と仮装した少女が衝突した現場を目撃する。
 男性の方は気のつかない様子でそのまま広場の向こうへと歩いていってしまったが、少女の方はと言えば衝突した弾みに大きく転倒し、ドレスのすそが大きく破れてしまったようだった。
「大丈夫ですか? 良かったら、これを使って下さいね」
 立つのもはばかられると言った様子で弱り切っている表情の少女へ、エリシェはそっと自分が羽織っていたマントを差し出す。
 突然のことに驚いている少女に安心させるように、エリシェは今日の褒美に店主から貰っていたお菓子を白い手の中に握らせるととびきりの笑顔を浮かべる。
「今日が、貴女にとって良い日でありますように」
 それは、夢魔の仮装には似つかわしくないほど穏やかで優しい笑みだった。

 覆っていたマントを少女にさし出したことで、今度はエリシェがその身に注目を浴びることとなった。
 大きく開いた胸元、肩や背が大きく露出し、漆黒のドレスと相対する雪のような白さがあまりに眩しくて、すれ違う人々は男女問わず少女の姿を目で追った。
 だが、異性の視線にだけはやはり耐えられないものがあるようで、少女は俯き胸元を隠すようにして足早に店を目指した。
 すれ違う人の声が聞こえる。口さがない野次は気にとめないようにしていたけれど。
(やっぱり、他のドレスにすれば‥‥)
 少女が背伸びを激しく後悔し始めた瞬間、それは現れた。
 俯きがちに歩いていた少女は、通りの角から出てきた背の高い男と衝突する。
 もちろん華奢なエリシェがよろける形になったのだが、しかしその手はしっかりとぶつかった男が掴んでくれていた。
「ごめんなさい。私、よそ見をしていて‥‥」
 態勢を整えた後、見上げた顔に驚き言葉を見失うエリシェ。
 だが、同様に相手の男も息を呑んだ様子で少女を見降ろしていた。
「‥‥ジョエル‥‥?」
 そこに居たのは、少女の“黒”の記憶の向こうに居た男‥‥ジョエル・S・ハーゲン(gz0380)だった。
 相手がこの男であったという驚きも当然あった。だが、男がジョエルであると認識したエリシェはふと彼の仮装に意識を伸ばす。
 ジョエルは吸血鬼の仮装なのか、皺ひとつない漆黒のスーツと、パリッとした真っ白なシャツを纏い、裏地が血のように赤い黒い外套に身を包んでいた。
 唇から覗く2つの牙と、いつもと同じなのに少し印象の違う赤い瞳がエリシェにはどこか魅惑的に思える。同じ“黒”に、身を包んだ男が。
 思わず見惚れそうになった自分を律するように小さく首を横に振ったエリシェは、自分の状況(主に身に纏っている仮装)を思い返すと頬を朱に染めた。
 大きく露出する形のドレスに、背伸びをしたメイク。
 普段の自分ではない自分を、男に見られることは想定していなかったし、それがなぜかとても恥ずかしい事のように思えた気がして。
 エリシェは男に掴まれていた腕を振り払い、店の方へ走って逃れようとする。
「どう、して‥‥」
 けれど、少女の姿が危うげに見えたのかもしれない。
 振りほどかれた腕を易々と掴み直すと、ジョエルは言葉もなく少女の手を引き路地へ歩き出した。


「エリシェ、お前には聞きたいことが山ほどあるが‥‥」
 賑やかで人目のつく広場や大通りを避け、早足で人気のない路地をぬけてゆくジョエルとエリシェ。
 男は黙って少女の手を引き先導してはいたが、辺りが静かになったのを見計らって漸く口を開いた。
 あいた方の手で自身の黒髪をがしがし掻くと、ジョエルは速度を緩めながら順を追って尋ねてゆく。
「どうして此処に居たんだ」
「‥‥お菓子の作り方を、教えてもらおうと思ったんです。ジョエルは、甘いものが好きだから‥‥」
 経緯を丁寧に説明しながら、エリシェは引かれる腕に視線を落としていた。
 返答が予想外の言葉であった為か、目を丸くしたジョエルは思わず少女の顔を見やる。
「だからと言っても、その衣装は‥‥あまり、感心しない、というかだな‥‥」
 咎めるような口調ではなく、どちらかと言えば言いにくそうに男は口籠り、また少女から視線を外した。
「‥‥気前よく見せすぎ、じゃないか」
「え‥‥?」
 自分から言っておきながら、自分の言葉に溜息をついてジョエルは続ける。
「とにかく‥‥エリシェなら、もっと似合う衣装は他にいくらもあっただろう?」
 ただ、少女を心配したが故の返答は穏やかさというオブラートに包まれていた。
 その声色があまりに優しかったから、少女は少々苦しげな面持ちながらも閉ざしていた唇を緩め始める。
「大人になりたかった‥‥んです」
 素直に白状した言葉。
 恥ずかしそうに俯けば、首元からさらさらと美しいプラチナの髪が零れ出し、次第に少女の顔を隠してゆく。
 少女の声がか細く消え入りそうで、ジョエルは思わず立ち止まった。
「‥‥らしくないな」
 そう言って、輝く髪に大きな手を載せる。
 そっと上向いエリシェと視線があったのを確認すると、ジョエルはゆっくり語りかけた。
「戦いの場で見せる無茶も、時折見せる弱さも、それは全てエリシェのもので、等身大のお前、だろう」
 普段あまり語ることのない男は、懸命に自身の底から言の葉を拾い集めて少女に伝えてゆく。
「急いて大人になる必要など、ないんじゃないか?」
 男の声と入れ替わる様にして鳴り響いたのは、花火の音。
 一際光り輝く大輪の花々は、ランタンの明かりに照らされた幻想的な街並みに彩りを添える。
 鳴り響く音に煽られるように、心臓も大きく鼓動していくのが解った。
 ふと、花火に目を奪われている男の横顔を見る。
 真面目で融通が効かず、中々人と交わることのない不器用な男の横顔は、今日はどこか穏やかに見える。
(ジョエル‥‥)
 特に口に出すでもない名を心の内で呼べば、見つめていた横顔が此方に振り向いた。
 赤い瞳と視線が合うと、まるでそれに囚われてしまったかのように、視線を逸らせなくなる。
 その時、漸く少女は気付いた。
(こんな風に背伸びしたのは‥‥きっと、ジョエルに女の子ではなく女の人として見てもらいたいからだったんだ)
 それは男に追いつきたい、ただその一心だったのかもしれない。
 どうしてそう思ったのか、それ以上の真意には未だ至らなかったけれど。
(今、私は彼の目にどう映っているのかな‥‥)
 また、花火があがる。
 その弾ける音があまりに大きかったから、心臓までリンクしてしまう。大きく鼓動するそれに、息が詰まりそうになる。
 瞬間、強張っていた指先が再び暖かな手に包まれた。
 大きな掌は、緊張も、不安も、恥じらいも、そして未成熟な気持ちすらも全て包み込むように覆ってくれる。
 暖かな体温が、ひどく心地よい。このまま、委ねてしまいたくなるほどに‥‥。
「‥‥今なら、皆空を見上げているだろう」
 そう言って、男は少女の手を引いて再び歩き始めた。

「ジョエルは、どうして吸血鬼の格好を選んだのですか?」
「こ、これは‥‥俺が着たくて着た訳じゃない、というか‥‥」
「それじゃ、隊の皆が選んでくれたのですね」
「‥‥こんな歳の男が何を、と思われるだろうな」
「そんなことありませんよ。ジョエルに似合っていて、とても素敵です」
 僅かな沈黙。考えあぐねた挙句に、男は少女に視線を合わせてこう言った。
「エリシェのその衣装は、だな。‥‥似合いすぎて、こちらが緊張する。というか、目のやり場に‥‥困る」
 思わず、楽しげな笑い声が零れる。
 今日はじめて、少女が無邪気な笑みを浮かべてくれたことに安堵しながら、男も不器用そうに笑みを浮かべた。
「だから、次からは‥‥」
「はい。次は、もう少し大人しい衣装を選びますね」
 ランタンの明かりに照らされる幻想的な街が、夜空の光に照らし出される。
 花火は、まだ終わらない。少女の心もまた、終わりの見えぬ暖かな律動を繰り返していた。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【gc4004 / 藤宮 エリシェ / 女 / 16 / フェンサー】
【gz0380 / ジョエル・S・ハーゲン / 男 / 27 / エースアサルト】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お世話になっております! 藤山です。
オータムフェストの一日、いかがでしたでしょうか?
テーマは、色です。色味、色香、パーソナルカラー(個性)。きっと、ドレスは背伸びでなくお似合いだと思うのです。
イメージが違う箇所などありましたら、お気兼ねなくリテイクしてくださいませ!
11月に入り、朝晩の冷え込みが厳しくなってまいりそうです。
お体にはお気をつけてお過ごしくださいませね。
最後になりますが、このたびもご発注頂き、誠にありがとうございました!
(担当ライター:藤山なないろ)
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2011年11月07日

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