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『聖都 -朝焼け前の攻防- 』
天井麻里0057)&レーヴェ・ヴォルラス(NPCS008)

「少し冷えるわね」
 見晴らしの良い高台に立ち、朝日の昇る前の街並みを見下ろしていた。
 凛と張った空気は澄んで冷たい。
 朝焼けにかかる僅かに青みの仄暗く、静寂と秩序が支配していた。
 天井麻里は聖都エルザードを護る任務に就いていた。
 ここ数日、聖都に敵が紛れ込んでいるのではという噂が流れている。緊張の走る都は手練れの警護を増員させた。そこで、最近武功を挙げている麻里に声が掛かったのだった。
「まぁ、わたくしの実力からしたら当然よね」
 唇の端が自然と笑みの形になった。難点といえば朝が早いことと、高台にいると少々冷えることか。
 朝食の温かいスープを思い浮かべ、すっかり揺るんだ表情で惚けていた。

 突如、麻里の目が鋭く光った。
「そこにいるのは誰?出て来なさい!」
 首筋に奇妙な違和感を感じ、振り返る。格闘家としての動物的な感性だろうか。
「気付かれないよう息を潜めていたのだが、さすが聖都の護衛だな」
 建物の影から黒ずくめの戦闘服に身を包んだ男が現れた。
 驚いた事にそいつは2メートルを超す程長身で、ガタイもある。悲愴のような憤怒ような表情の読めない奇妙な仮面をつけていた。
 見上げる大男に一瞬怯んだが、勢いをつけて睨み返した。
「息を潜めていても、ギラギラした殺気でバレバレよ!」
 仮面からくぐもった声が聞こえる。
「気付かない方が楽に逝けたものを。残念だよ!」
 男が踏み込む動作をした。
 麻里も迎え撃つ構えをするが、その瞬きの間に男は懐まで飛び込んできていた。
 辛うじて大凪ぎの蹴りを両腕でガードする。
(何こいつ、でかいくせに早い……!)
 後方に大きく吹き飛ばされ、麻里は顔をしかめた。両手がびりびりと痺れる。
 こちらから仕掛けようとしたが、それよりも速く男は蹴り技を繰り出す。
 こちらが攻撃を繰り出すこともできず、防戦一方だった。
 麻里はこの任務でどんな敵だろうと退けられる自信があった。今まで色んな強敵とも戦ってきたが、これほど強い敵がいるとは思ってもなかった。
 リーチの長い足のために、反撃の糸口が見えない。
 焦って油断しているところをつかれ、ガードの空いた脇腹に強烈な蹴りを受けて吹き飛ばされた。
 咳き込んでいる横に黒ずくめの男は立ち、やはりくぐもった声で語りかけた。
「そのような美しい顔を散らすのは勿体ないものだな。格闘家などという看板を掲げなければ、こんな惨めな思いはせずに済んだろうに」
 それは同情から出た言葉だろうか、仮面で遮られていては表情も声も読めない。

 麻里はこんなところで死ぬつもりはなかった。
「……そうね、わたくしはまだ生きたいわ」
 咳き込みながらも麻里は上目遣いで男を見上げた。
「わたくしはまだ綺麗でいたいの!可愛い服が着たい!美味しいものだって食べたい!焦がれるような恋もしたい!……ねぇ、お願いよ。命だけは助けてよ」
 目に涙を浮かべ、必死で訴える麻里。無言の男、その仮面から様子を窺い知ることは出来ない。
 すると、黒ずくめの男は踵を返し、麻里に背を向けて立ち去ろうとした。
 つい先ほどまで目に涙を浮かべていた麻里の眼光が鋭くなった。
 跳躍し、大きく腕を振りかぶり大技を決める動作に入る。
 仮面が少しだけ横にずれ、その隙間から冷笑を浮かべる男の顔が見えた。その一瞬だけ麻里は身体を硬直させる。
 気付いた時には麻里は地面に叩き伏せられていた。
「……まさか、わたくしの不意打ちを」
「分かっていたとも。武道家なら自分を知らないわけではあるまいよ」
 仮面を外した男の顔は見覚えのあるものだった。
 厳つい顔をしており、鷹のように鋭い眼光。
 聖都最強の騎士レーヴェ・ヴォルラス。この都で知らないものはいない。
「どうして……」
 麻里の疑問はもっともなものだった。聖都の門番たるレーヴェ・ヴォルラスがどうして敵スパイのような行動を取るのか。
 その疑問に彼は答えた。
「これら全ては演技なのだよ」
 そこでレーヴェは一連の噂や依頼に関する説明をした。

 数々の武功を挙げてきた麻里だったが、最近の行動には目にあまるものがあった。
 広場で暴動を起こしている者を止めたはいいが、相手をボコボコにしすぎたり、名のある格闘家と見受けたら所構わず勝負を挑んだり。
 改めて他人から聞かされると、顔から湯気が出るほど恥ずかしかった。
「不意打ちについてもそうだ。真なる武道家としては恥ずべき行為だ。貴様が勝ちにこだわった結果、見苦しい戦術を使ってしまったのだ」
「そう、ね……」
 悔しいが、レーヴェの言う通りだった。例え無様に見えても武道家として正々堂々勝負をしなければならない。
「それにな、あのように殺気立ってしまっては意味を成さないぞ」
 ふっと笑い、レーヴェは去っていった。
 本人は微笑のつもりだったろうが、他人が見たら恐怖に凍てつかせる表情だった。
 青ざめた麻里は身震いして振り払い、力の抜けた顔で雲間を見つめた。
 そろそろ太陽が昇り始める頃だろう。
 自分の無力と卑屈さを噛み締め、改めて明日の自分を誓うのだった。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
浅色ミドリ クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2011年11月07日

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