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『□ 月の瞬き □ 』
御神村 茉織(ia5355)

■10年前のあの時は――。

 夜の帳が落ちてなお、空の高さがよくわかる。
 地上に溜まった夏の熱気も、中秋の名月が連れて来た秋風は洗い去っていく。
 心地よい風に吹かれながら、夜空を見上げる。

 この月を見ていると、いつも10年前のあの事を思い出す。

 あの時は――。


「来年は成人だというのに、なんですかこれは!」
 冷たい廊下に立たされて、頭の上から降り注ぐ言葉の雨霰を心の中で右や左に避けまくる。
 よくそんなに言葉が次から次へと出てくるなぁと感心。
「聞いておられるのですか! いつもいつも――」
 週に10回はあるお約束のお説教。
 降り注ぐ言葉の雨はいつも同じ文句、たまには変わった事を言ってもいいのになぁ。
「貴方は、この由緒ある御神村家の跡取りであるのですよ! ご自分の分というものを――」
 俯き反省している『フリ』をしながら、言葉の雷雨に目新しい発見が無いかをじっと探る。でも――。
 つまらないなぁ、そんな言葉を聞きたいんじゃないんだけどなぁ。
「いいですか、少しは旦那様や奥様を見習って――」
 そこで両親を引き合いに出すから、他人事のように聞こえちゃうんだと気付けばいいのに。
 でもまぁ、反論なんてしちゃったら、中庭の池の水分くらいは追加で言葉が降り注ぎそうだから、やめておこうかな。
「はい、ごめんなさい。反省します」
 子供らしく大きく頭を下げて、力一杯の声で謝った。
「‥‥っ! わ、わかればいいのです、わかれば。では早々にその破れた衣服を着替えてくださいまし、名家の嫡男がそんなボロをいつまでも着ていてはいけません!」
「はい、それじゃ失礼して着替えてきますね」
 根は優しいのだけど、真面目すぎるのがこの人のいい所でもあり悪い所。
 まぁ、そうじゃないと一応名家といわれる家の女中長なんてやってられないかな。
 深々と一礼し踵を返す。

 廊下に仁王立ちしたままこちらを睨みつける女中長の視線から逃れる様に、俺は廊下の角を曲がった。


「茉織さんにもそんな頃があったんですねっ」
 ころころと鈴が鳴る様に笑う少女を微笑ましく思う。
「まぁな。相当やんちゃしたからなぁ」
「そうなんですねっ! なんだかとっても親近感ですっ! 私も――父様にはよく怒られましたっ」
 見上げてくる笑顔にどこかさびしげな色を滲ませながらも、精一杯笑みを浮かべる少女。
「そう言えば遼華も『りょーけのおじょーさま』だったっけかな?」
「そうですよっ! これでも『りょーけのおじょーさま』だったんですからっ!」
 からかい半分にかけた問いに、ぷぅっと頬を膨らせ挑戦するように見上げてくる。
「でもまぁ、そんな昔のこと思いだすって事は歳とった証拠かねぇ」
「えぇっ!? わ、私はまだそんなに歳は‥‥」
 お前の事を言ったんじゃないんだけどな。
 まぁ、その反応が面白いからよしとしとこう。
「そうか? 少しは成長したじゃねぇか」
「ど、どこ見ていってるんですかっ!?」
 本当によく表情の変わる子だ。まるでどこかの誰かさんの様だと思ってしまった。


「お勤め、御苦労さまー」
「‥‥酷いよ」
 気だるそうにかけられた声に、恨みを一杯乗せた答えで返す。
 廊下を曲がった所で空を見上げれば夕陽はもう沈んでしまっていた。代わりに空の夜色を照らす星がちらほら。
「逃げ遅れた茉織が悪いんだよ?」
「身代わりにしておいてよく言うよ‥‥」
 広い庭に植えられた松の太い枝を見上げて、見せつける様に大きく溜息をついてやる。
 けらけらと名家にはとても似つかわしくない軽薄な笑い声を上げ、こちらを見下ろしていた一人の女性に向けて。
「いい? 御神村家は実力主義なの。実力の無い者にはそれ相応の報いが待っているのだよ、茉織君!」
 器用に枝の上に立ち上がり、ズビシッとこちらを指差す樹上の女性。
 大人しくしていれば見目は悪くないと、身内ながらに思う。見た目だけは、だけど。
 でも、本性はコレである。
「なになに? なんだか不服そうな顔だね」
 不満げに眉を顰めた俺の顔が、嗜虐心でも擽ったのか嬉しそうに笑みを浮かべて見下ろしてくる『姉』。
 『お転婆』『じゃじゃ馬』――世の中にはこういう女性を形容する言葉はいっぱいあるけど、全部ぬるいと俺は思う。
 そうだなぁ、もし俺が形容するなら――そうそう、『暴君』かな。
「あー、茉織君。何かよからぬ事を考えてるでしょ!」
 これも君臨者の勘‥‥? 姉は俺の表情一つで考えていることまで読んでしまう。
 俺の修行が足りないのかもしれないけど――。
「ふふふ。お姉さんにはすべてお見通しなんだからねっ」
 今度は得意げな顔で鼻を鳴らす。本当にころころと表情をよく変える人。
 これで名家と謳われた『御神村』家の長子なのだから困ったものだよなぁ。
 ‥‥でもね、姉さん。俺もいつもやられているばっかりじゃないんだよ?
「‥‥姉さん、下着見えてるよ?」
 と、聞こえるか聞こえないかの声でぼそりと呟いてやった。
「えっ!? きゃっぁぁ!!」

 ドスン――。

「いたたたた‥‥」
 我が逆襲の策は成れり。
 なんてほくそ笑んでいたら、たっぷりと恨みのこもった瞳で見上げられた。


「えぇっ!? 茉織さん、お姉さん居たんですかっ!?」
「ん? そんなに驚く事か?」
「い、いえ、初めて聞いたことだったので少し驚いちゃいましたっ。えっと、どんなお姉さんなんですか?」
「どんな‥‥うーん、まぁ、色々と型破りっつーか、なんつぅか、破天荒な姉だなぁ」
「そ、そうなんですか? お話を聞く限りではとっても楽しいお姉さんみたいな感じですけど‥‥」
「楽しいねぇ‥‥まぁ、退屈はしなかったか」
 どこか羨望にも似た眼差しで見上げてくる遼華。
 そんなにいいもんじゃねぇぞ? と言ってやりたくもなったが、夢は壊さない方がいいか。
「まぁ、今じゃ多少は大人しくなってるかもな。一応当主になったし」
 風の噂で姉が親父の跡を継いだと聞いた。
 その方がいい。姉は『男であれば――』と幾度となく囁かれた才女であったし、何より俺なんかより余程頭も回るし弁もたつ。
 腕は――そろそろ追いついたかもしれないが、それでも当主に相応しいのは姉だと思う。
「えっ? 茉織さんが当主さんになるんじゃないんですか?」
「ん? 俺はパスだ。あんな片っ苦しい事やってらんねぇ」
 半分本当で半分嘘。
 『御神村』家は代々男が当主になると決まっている。だから、次期当主は本来俺であった。
 だけど、俺は逃げた。御神村家当主という名から――。
「俺なんかより、よっぽどうまくやってんじゃねぇか? 何せほら、化けの皮だけは何枚も着てやがったからな」
 あー、こんな事言ってたら、田舎で姉貴が盛大にくしゃみしてるだろうな。
 そんな事を思いながら、故郷のある方角へと自然と視線を向ける。
「それに見てくれだけはいいからな。表に出す分には好都合だ」
 いわゆる『黙っていれば――』という奴である。
 ――っと、二度目のくしゃみさせたかな?
「‥‥うーん、なんだか茉織さん、楽しそうですねっ」
 いつの間にか口元が緩んでいたらしい。確かに姉の話をするのは楽しい。
 あの破天荒な姉の武勇伝を語るのはと、まるで俺が当事者の様な、そんな気がして何故か鼻が高くなる。
「ああ、そうだな。そうかもしれねぇな」
 自分の事でもないのに嬉しそうに見上げてくる笑顔に、少し照れながら答えてやる。
「ちいせぇ頃は、比べられるのが嫌で仕方なかったけどな。だから色々と反抗もした」
「小さい子は上の兄弟がいると対抗心燃やすっていいますもんねっ」
「対抗心‥‥とはちょっと違ったのかもしれねぇが、ま、そんなもんだ」
 対抗心とはきっと違う。それは『嫉妬』って名前の厄介者だったと思うぜ。


 翌朝もよく晴れていた。
「さぁ、今日の目標を発表するよ!」
「おー‥‥」
「何、その気の無い返事は!」
 日の出を背に完全武装の姉が薙刀を振り上げている。
 まぁ、それはいつものことなんだけど‥‥。
「で、今日は何? 俺、眠いんだけど‥‥」
「何言ってるの! 若い男の子がそんなんでどうするの! お婿の貰い手が無くなるわよ!!」
 お婿って‥‥まったく、朝のニワトリでももうちょっとはお淑やかだよ‥‥。
 それに、俺がお婿に行く前にあんたが先に嫁に行けって‥‥。
「昨日、遅くまで起きてたから仕方ないだろ‥‥」
 眠い。姉の冗談に付き合ってる時間すら惜しいくらいに眠い。
「気合が足りない! そんな事で御神村家の次期当主が務まると思ってるの!」
 どんと石突を地面に打ち付ける姉。
 そうは言っても眠いものは眠いんだよ。一体誰のせいでこうなったと思ってるんだ‥‥!
「あの後、結局父上に見つかって、こってり絞られたんだぞ! 姉上は一人で逃げるし!」
「え‥‥? ‥‥あはは。だって、父上のお説教長いんだもん」
「んじゃ、せめて母上の相手してよっ!? いっぱい泣かれて大変だったんだからなっ!」
「‥‥ふふふ。そんな苦労性の茉織君に、いい事を教えてあげよう」
「うん?」
「涙は女の最大の武器なんだよ!」
「‥‥‥‥」
 どこから湧き出てくる自信によって、その反り返った体は支えられているんだろうか。
 というか、答えになってないよね。それ‥‥。
「済んだ事をうじうじ言ってないで、行くよ! 今日は街外れに出た盗賊退治だっ!」
「えー‥‥」
 最早言うだけ無駄。それもいつもの事。
 俺は殊更にやる気なく返事を返してやった。


「すごいですっ! 茉織さん、正義の味方だったんですねっ!」
 興奮気味に話しに耳を傾ける遼華に、小さく微笑み返した。
「正義の味方って程じゃねぇさ。ただ街の近くに出る盗賊とか、街中でスリを働く奴とか、勝手にとっ捕まえてただけだ」
 志体持ちの力は子供であっても、大の大人数人分にもなる。
 子供にとってこの力は『正義の味方ごっこ』をするのには、もってこいの力だ。
 現に、俺もあの時は楽しかった。強きを挫き弱きを助ける。物語に出てくる英雄になりきっていた。
「おかげで、女中長には怒られるわ、親父にはひっぱたかれるわ、お袋には泣かれるわ、散々だったんだぞ? まったく、我がことながら馬鹿な事やってたぜ」
 一時の正義感に突き動かされてやった事は、結局家族を心配させることでしかなかった。
 ま、それに気付ける程、俺は大人じゃなかったんだけどな。
「若気の至り、って奴ですねっ」
「そそ、若気の至りって奴だ」
「あ、それでそれで、盗賊さんはやっつけられたんですか?」
「ん? ああ、もちろん。俺にかかりゃ盗人なんてイチコロだぜ」
「おぉ! さすが茉織さんですっ!」
 拍手まで添えて俺の『英雄譚』に聴き入ってくれるのか。
 だけどな、本当の『英雄』は俺じゃねぇんだ。本当の英雄は――。


「さぁ、観念しろっ!」
 いつものように『正義の味方ごっこ』に興じ、盗賊という名の悪者を懲らしめた。
 痩せこけた男はうつ伏せに這いつくばり、後ろ手を取られ身動きすらできずにいる。
「ぐぐ‥‥」
 大の大人をあっさりと組み敷く。それが俺の持っている『力』だ。
「このままお縄にかけて、役所に突き出してやるっ!」
 大通りでの大捕物。周りでは俺の活躍を囃したてる野次馬のざわめきが聞こえる。 
 今回は俺の勝ちだね。と、遅れを取った姉を背にしほくそ笑む。
「茉織、やめなさい」
 と、いきなり後ろから声をかけられた。
「その人を離しなさい」
 怒りもせず笑いもせず、ただ真っ直ぐにこちらを見てそう言った。どこか悲しげに‥‥。
「な、なんでだよっ! こいつ人のお金盗ったんだぞ!」
 悪い事をした人は必ずその報いを受けなければならない。なんでこいつに限ってそんな事言うんだ!?
 おかしなことを言う姉に思いっきり不満をぶちまけた。
「‥‥そうね。人の物を取るのは悪い事」
 と、隣までゆっくりと歩いてきたかと思うと、俺を無視して組み敷いた細身の男の元へ膝を折った。
「貴方‥‥大工親方の息子さんですね?」
「‥‥」
 しゃがみ込んだ姉を、組み敷かれたままの男が無言のまま驚いた顔で見上げる。
「やっぱり、そうだったんですね。一体どうしてこんな――」
「はぁはぁ‥‥! おお、捕まえてくれたか!」
 と、姉が男に話しかけようとした時、額にたっぷりの汗を滲ませどたどたと不細工に駆けよってきた恰幅のいい男。
「ええ、確かに捕らえました」
 そのふてぶてしいまでの油顔が今回の被害者。三か月ほど前にこの街に来た金貸しだ。
「この人に間違いはありませんね?」
「ああ、こいつだ! 人の金を盗みやがって!」
 俺に組み敷かれた男の元へどかどかと脚音を立てながら近づいてくる金貸し。
「こ、これは俺の金だ!!」
 と、俺の下に居る男が金貸しを見上げ懸命に叫ぶ。
「何を言うか、盗人の分際で!」
 額に青筋を浮かべながら、俺の組み敷いた男を金貸しは思いきり蹴りあげた。
「お、おいやめろよ!」
 行きなり蹴りって何だこいつ!
 思わず組み敷いた男の背から飛びのき、金貸しとの間に割って入る。
「事情はよくわからないけど、いきなり人の顔を蹴るなんて何考えてるんだ!」
「うるさいぞ坊主! こいつは極悪人なんだ! 庇うならお前も同罪だぞ!」
「なっ!」
 同罪? 俺が盗人と? こいつ、何言ってるんだ‥‥!
 どんと俺の方を突き飛ばし、金貸しは職人へと迫る。
「待ちなさい!」
 反論してやろうと振り返った俺の前に、姉が金貸しの行く手を塞いでいた。
「邪魔をする――な!?」
 金貸しは俺と同じ様に姉を突き飛ばそうと腕を伸ばすが、逆に手を取られたたらを踏む。
「一体何のつもりだ! お前も盗人の味方をするのか!」
「では聞くけど。この人が持っているお金、これが貴方の物だという証拠は?」
「なっ! 何を屁理屈を――」
 取られた腕を振り解こうと暴れる金貸しであるが、志体持ちの姉の膂力の前にただもがくだけの無様な姿を晒す。
「あら、無いの? それじゃ、貴方はただの一般市民の顔を、理由もなく蹴りつけた事になるわね」
 一転、姉はとぼけた顔で金貸しを見上げる。
「馬鹿な! こいつが俺の金を取ったんだぞ! 盗人を蹴って何が悪い!」
「だから言っているでしょう? 証拠はあるの?」
「店に戻れば証文がある! それが動かぬ証拠だろう!」
「証文はいくら借りたかの証明でしょう? この人が持っているお金が貴方のものだって言う証拠にはならないわ。それとも、お金に名前でも書いてあるのかしら?」
「ぐっ‥‥!」
 金貸しの言い分を、尽く跳ね返す姉。
 中には本当に屁理屈も含まれてるけど‥‥。
「御神村の名において裁きを言い渡す! その方、弱者の弱みに付け込み暴利を貪るその所業、決して許すことはできないっ!」
「み、御神村だと‥‥!」
 御神村の名前くらいはさすがに知っていたらしい。
 誰の目からも見ても明らかな程、動揺しまくった金貸しは、それでも最後の足掻きを見せる。
「だ、だが、一体何を証拠に!」
「証拠? 証拠なら――ねぇ、皆!」
 と、姉はくるりと振り向き、この白昼の捕物劇を遠巻きに眺めていた野次馬達へ問いかけた。
 帰す答えは、野次馬から金貸しに向け浴びせられる怒声罵声。
 金貸しの悪行は巷では有名な
「悪いけど、貴方の裏は調べさせてもらったわ」
「う、裏だと‥‥?」
「随分と稼いでるみたいだけれど、やっちゃいけない事との区別はつけないとね。‥‥まさか知らないとは言わせないわよ、この街の法を!」
 姉は尻もちをつき目を瞬かせる金貸しに、ドーンと指を突き付け言い放った。
「茉織!」
「え‥‥?」
 突然振り向いた姉が、こちらに勝ち誇った笑みを向ける。
「何を呆けてるの、この男を捕えなさい!」
「お、おう!」
 姉の迫力に押されて、俺は金貸しに飛びかかった。


「あ、ありがとうございます」
「いいえ、貴方の協力で悪徳金貸しを逮捕出来たわ。ありがとね」
 役人に引き立てられる金貸しの背を眺めながら、姉と職人の男が言葉を交わしている。
「こ、こちらこそ、その、金を取り返してもらって‥‥」
「別に取り返してないわよ」
「え?」
「貴方は人の金を盗んだ。これは揺るぎない事実よ」
「そ、そんな‥‥」
 痩せた男に向き直った姉は、真剣で憂いを帯びた視線を投げかける。
「どういう経緯があれ、人の物を取るという事は犯罪です。御神村の者として、その悪事を許すわけにはいきません」
 とんと石突を地面に突き立て、俯く男に薙刀の矛先を突き付ける。
「その罪の代償として、番所にて三日の奉公を申し付けます」
「‥‥え? たった三日‥‥?」
 物取りといえば死罪までは行かないまでも、けっこうな罪だ。
 だけど、姉さんがくだした沙汰は、すごく軽いものだった。
「何か不服でも?」
「い、いえ。仰せのままに‥‥」
 悪戯な笑みを浮かべ問いかける姉に、職人はただただ地面に額を擦りつけた。
「よしっ! これにて一件落着っ!」
 わき上がる野次馬からの歓声に答える様に笑顔を振りまく姉を、俺はただただ呆然と眺めるだけだった。

 ただ力を振るっていれば持て囃されると思っていた捕物劇。
 しかし、姉はそんな子供の遊びかと思っていた捕物劇を、別の物と捉えていた。
 毎日毎日、街に出ては市井の民と顔を突き合わせる。ただの無駄話だと思っていた町人達との会話で、街の内情を調べていたんだ。
 だから毎日俺を誘って街に出て、『ついで』に悪者退治をしてたんだ‥‥。
 俺はただ姉の傍で英雄を気取っていただけ、結局、ずっと蚊帳の外だった。
「力だけでは何も解決しないの。ここを使わないとね、ここを」
 帰り道、得意げな顔で頭をコツコツと叩く姉を見上げる。

 思えばこれがきっかけだったのかもしれない。
 姉の凄さを改めて知った事に。それに比べ、俺がいかに子供で未熟だと思い知った事に。
 そして、死ぬまで続く筈だった『跡取り』という平坦な道に疑問を持った事に――。


「お姉さんすごい‥‥」
「だろ? だから、俺なんかが跡を継ぐよりよっぽどよかったんだ」
 姉の『凄さ』を十分に理解してもらえた様で何よりだ。
「ま、そんなこんなで、今は開拓者なんてぇ因果な商売をしてるってわけだ」
 なる程、言葉にすると昔のことが鮮明に思い出されるな。
 そんな事を考えながら、瞳を輝かせる少女を見やった。
「ほんとに女傑っているんですね‥‥」
 感心しきりという奴か? 俺へ向けられていた羨望はすでに姉へと向いている。
 まぁ当然か。実際俺なんかより、よっぽど『英雄』が似合うしな。
「でもな、『私もお姉さんみたいにっ!』とかいわねぇでくれよ? さすがの俺も、傍にいるのを考えちまうぞ?」
 ダメだな。この笑顔を見ていると心の奥に潜んでる悪い虫が疼きやがる。
「い、言いませんよっ!?」
 ほんとか? 今どもったぞ?
 次だ、次だと急かし立てる俺の悪い虫。ほんと、お前はいつまでも『ガキ』だな。
 自嘲の様な苦笑の様な、複雑な笑みを浮かべて次の言葉を並び立てようとした時。
「でも、茉織さんの性格って‥‥お姉さんの影響を受けてるんですねっ」
「はぁ‥‥?」
 思わず間抜けな返事を返してしまった。
 俺の性格が姉の影響‥‥? 一体なんでそんな話になるんだ?
「その掴み処の無い所とか、飄々としてる所とか、曲がった事が嫌いな所とか、実は面倒見がいい所とかっ」
 だから照れるんだって。そんな屈託のない笑顔で見上げてくると。
「ったく、よく恥ずかしげもなくそんな事が言えるな」
 視線を反らしてしまった。
「言えますよっ! だって、事実ですもんっ!」
 自信たっぷりなその顔。頬っぺた抓ってやりたくなるぜ、まったく‥‥。
「‥‥はぁ、無性に悔しいのはなんでだ?」
「それは図星だからじゃないですかっ?」
 言われて目を見開いた。
 そこにある屈託のない笑顔に、まさに図星だと悟ったから。
「‥‥まぁ、なんだ。久しぶりに家に帰ってみてもいいかな」
 思い出したくなかった事も思い出しちまったが‥‥まぁ、それはそれでいいか。
 遼華も楽しんでくれたみたいだしな。
 と、改めてじっと見上げてくる大きな瞳を見返した。

 いつも多忙に時を過ごしているというのに、身だしなみだけは怠らない。
 領主代行という責任があり大衆の視線に晒され続ける役柄を、その細肩に背負っているのだから当然なのかもしれないが。
 頭一つも小さなこの少女の柔らかく艶やかな髪にぽんぽんと軽く手を乗せた。
「是非是非っ! きっとお姉さんもご両親も待ってると思いますよっ。家族っていつまでも家族ですもんっ! 私も‥‥私の家族はもういないですけど‥‥。それでも、家族は大切だって分かりますもんっ!」
 頭に手を置かれたまま見上げてくる大きな瞳にはうっすらと――涙が滲む。
 それでも懸命に笑いかけよとしてくるこの少女‥‥。
「家族なら居るだろ? ここによ」
 見える景色の全てを包み込もうと、俺は両手を広げた。
 薄く霧に霞むこの島を包み込もうと、精一杯にだ。
「俺一人じゃ、包みこめないくらいでっかな家と沢山の家族が――って、遼華?」
 突然握られた手に、思わず少女を見下ろす。
「うん、そうですねっ! こうすれば、包みこめますねっ!」
 広げられた二人の手。
 そこには、心津という辺境の小さな島の全景が収まっている。
「ありがとうございます‥‥。今はこれが全部私の家族で、家ですっ!」
 殊更に明るい、人を惹きつける声に聞き入る。
 繋いだ手からは、とても暖かい、生きる勇気を感じられた――。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ia5355/御神村 茉織/男/23/シノビ】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
 何時もお世話になっております。真柄です。
 今回は多数のライターがいる中、ご指名ありがとうございました!
 WTの方では何時もお世話になっている茉織さんの過去話という事で、頂いたプレイングを元に大分妄想を膨らませていただきました‥‥!
 プレイングご指定いただいた兄弟の武勇伝(違?)をメインに、プレイングに無いシーンも勝手にねつ造し、お姉さんとのダブル主人公的なノベルにしてみました!(待て
 本編では現在と過去を交互に書いておりますので、少し読みにくいかもしれませんがご容赦下さいませ。
 
 話す相手として、二人の妹のどちらにしようか迷いましたが、きっと真面目に聞くだろう遼華にしました(笑
 かなりの長文になってしまいましたが、お気に召して頂ければ幸いです。

 今回はご指名頂きましてありがとうございました!

 真柄 葉


PM!ハロウィンノベル -
真柄 葉 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2011年11月15日

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