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『流れゆくもの。 』
ミカエル=アルトロ(ib6764)&ルシフェル=アルトロ(ib6763)

 2人、寄り添い合って流れる雲を見つめていた。幾つも、幾つも、数え切れぬほどに流れ行く、さまざまな形の雲の行方を追いながら。
 それは、飛空船の中だった。アル=カマルでの激しい戦いを終えた後。疲れた顔、充実した顔、故郷を懐かしむ顔――様々な顔の開拓者たちを乗せて天儀へと飛ぶ飛空船の、その中にミカエル=アルトロ(ib6764)とルシフェル=アルトロ(ib6763)も居たのだ。
 殆どの開拓者達が我が家へと帰る途上にあって、2人は逆に、故郷を捨てて新天地へと向かっていた。天儀――嵐の門が開かれ、国交を結ぶことになった、それまでは存在すら知らなかった他所の国。
 一体どんな場所なのかと、流れる雲を見つめながら思いを馳せる。空の風の冷たさに髪と肌を弄られて、無意識に寄り添う距離が近くなった。

「ねぇ、ミカちゃん。どんな場所なのかな」
「さぁな。どんな場所なんだろうな」

 ルシフェルの言葉に、ミカエルが応える。瓜二つの、まるで一対の人形のようでいて、まったく異なる印象にも思える青年たちに、目を向けるものは誰も居ない。
 ぐんぐんと、故郷が遠ざかっていく。それを、視界ではなく肌で感じ取りながら、知らず、ルシフェルとミカエルは故郷でのことを思い起こしていた。





 8年前。まだ、ミカエルとルシフェルが15歳ほどの少年だった頃。
 その頃、当然アル=カマルには外の世界なんて認識があるわけもなく、広大ながら閉じられた儀の中で人々はただ暮らしていた。それは2人とて例外だったはずもなく――けれども、ただ安穏と暮らしている、というには程遠い生活を、彼らは送っていた。
 生活。そう呼べるほどの、暖かな暮らしがあったかと言えば、けれども首を傾げざるを得ない。
 物心ついた頃から、彼らには守ってくれる親など存在はしなかった。兄弟で肩を寄せ合って、アル=カマルの片隅で暮らしていた彼らが、裏組織に身を寄せていたのはそれほど、奇異な事ではなかっただろう。
 だったら、ルシフェルの身に起こったこと――ルシフェルがあの裏組織にされた事だって、恨むのは筋違いなのか。起こりうる事だったのだと、仕方がないのだと諦めれば良かったのか。

『ルー‥‥?』

 初めてそのルシフェルを見た時の、恐ろしいものを見てしまったような、心臓を抉り出されてしまったような、世界が粉々に砕け散ってしまったような、あの衝撃を今でもミカエルは覚えている。ミカエルを映すルシフェルの瞳は、けれども『ミカエル』を見ては居なかった。
 呼びかけても応えないルシフェル。ミカエルの半身。組織に薬で洗脳を受けて、自分とミカエルは同一人物なのだと思い込まされ、自ら『ルシフェル』を消してしまった。
 それを知った瞬間のあの――胸の潰されるような、絶望。
 だからルシフェルをつれて、組織から命からがら、逃亡した。これ以上、大切な半身をこんな場所においておいて、生きながら壊れていくのを見守るのは嫌だった。
 けれども、どうにか組織の目を逃れて隠れ住むようになった、とある下町の片隅でもなかなか、ルシフェルが己を取り戻すことは、なくて。

「ルー?」
「‥‥‥‥」
「今日は良いパンが手に入ったよ。肉も」
「‥‥‥‥」

 毎日、毎日、語りかけても返らない答えを待って、毎日、毎日、語りかける。そうして答えが返らない事に絶望し、何としてもルシフェルを守らなければと決意する。
 そんなミカエルが、ルシフェルにだってまったく見えてないないわけではなかったのだ。けれどもそれは何か意味のある情報として伝わっていたのではなくて、ただ、『自分自身』であるミカエルの姿を追っていたに過ぎなくて。
 ミカエルが、自分のせいでルシフェルの心を殺してしまったと、人形になってしまったと深く悔やんでいること。守る為なら、兄弟二人で生活するためなら、どんな汚いことでも悪事でもやろうと思っていたこと。
 全部ちゃんと見えていて、けれども見えていただけだった。人形の瞳はただそれらすべてを映し、赤ん坊のようにミカエルの世話になりながら、ただ、ただ、生きていた。
 ――だから。

「お姉さん」
「‥‥あら? なぁに、坊や?」
「何でもするから‥‥俺に、色々と教えてくれないか? 一緒に楽しく‥‥な?」
「‥‥‥あら、ふふ」

 いつの頃からか、ミカエルはただ生活に必要な品々を盗むだけではなくて、女性を相手に夜の相手をしてお金を稼ぐようにもなった。極上の笑顔に、甘い声。相手の要望に合わせて、どんな風にでも自分を偽った。
 その程度でルシフェルを守れるのなら、そのために必要なものが手に入るのなら、兄弟2人で生きていけるのなら、何をためらう事があっただろう? 閨の中で相手が油断している隙に、装飾品をくすねる事も簡単だった。そうして生きていけるのなら構わないと、本気で信じた。
 一体どれほどの間を、そうしてすごしたのかは覚えていない。そんな生活だったから、時には追われる事もあった。そんな時にはルシフェルをつれて逃げて、また違う町で同じようにして暮らす。そんな生活を、そんな日々をただ、繰り返す。
 もう一度、ルシフェルに会えるなら。名を呼んでもらえるのなら。ミカエルを、ミカエルとしてちゃんと瞳に映してくれるのなら。
 そんなミカエルを、ミカエルの周りを、ただ見つめながらルシフェルは、ゆっくりと、ゆっくりと時を過ごしていった。元通りの心を取り戻すことはとても困難で、けれども何か、心の底でうずくような感覚は確かに、彼の中にあった。
 ああ、だが、どうやってそれを表現すればいいのか、その手段をルシフェルは知らない。失ってしまった心を、どうやって取り戻せばいいのかが解らない。
 ――だから、ルシフェルはもう一度、それを覚えることにした。否、覚えようという明確な意思があったのかは、今となっては自分自身でも解らない。けれども一体自分がどうやってそれを表現する術を、感情を取り戻すきっかけを掴んだのか、それは今でも覚えている。
 彼らが暮らす下町には、当然ながら、彼ら以外にも暮らしている住人はたくさん居た。大人も、子供も。男も、女も。日がな一日を人形のように、何もせずに過ごすルシフェルの周りには、そうした人間もたくさん居た。
 住人の中には、悪い人間も、良い人間も居た。後者は子持ちの気の良い女が圧倒的に多く、そうしてそういった所に暮らす人々は概ね、赤の他人をだましたり、盗んだりすることにはかけらほどの罪悪を抱かなくても、身内には馬鹿みたいに優しかったから。
 そういった女の子供達が、ルシフェルの周りにはいつも、いた。ミカエルが居ない間、何かあってはいけないからと、女達が我が子を遊びに来させた事もあったし、ただ単純にルシフェルが珍しくて寄ってくる子供も居て。
 泣き、笑い、怒り、また笑う。子供たちは酷く感情が豊かで、それはルシフェルの前にあっても変わらなかった。ルシフェルは彼らが一喜一憂する様を余すところなく見つめ、どんな時にその表現をするのかを、無意識のうちに観察した。
 笑顔。大人達が仕事から疲れて返ってくると、子供達が弾けるような笑顔で迎える。それを見て大人達が笑顔になって、暖かな輪が広がっていく、その様子。
 あんな風に笑顔を作れたら、いつも張り詰めたような顔をして、それでもルシフェルの前では笑顔になるミカエルを、ほんの少しでも本当に笑わせてあげることが出来るのだろうか。あんな風に笑顔を作れたら。
 長らく使わずに居た表情筋は、思うようには動かなかった。それでもちょっとずつ、ちょっとずつ表情を変えようとするるルシフェルに、気づいた子供達が「がんばれ!」「こう、こうだよ、兄ちゃん。こーんな顔」と自分も笑顔を作ったり、時にはルシフェルの顔をぐにっと抓んだりして手伝った。
 ――そうして、それは月が綺麗に夜空を彩った、とある夜の事だ。

「ただいま、ルー。今日はどうだった? 市場で良い野菜をくすねてきたんだ、今日はこれで――」
「‥‥‥」
「‥‥ッ、ルー‥‥?」

 ぎこちなく、ぎこちなく。言葉はまだ発せなかったけれども、きっと笑顔だって途方もなくぎこちないものだっただろうけれども、それでも。
 確かにルシフェルが浮かべた、その笑顔を見た瞬間のミカエルの、信じられないものを見たと言う表情。そうして、次の瞬間、泣きそうな笑顔になってぎゅぅっと強く抱きしめられた、腕の暖かさ。

「ルー。笑える様になったのか‥‥良かった‥‥」
「‥‥‥」
「本当に‥‥本当に、良かった‥‥ッ」

 ルシフェルにとって、まるでそれは途方もない魔法を見たような心地だった。耳元で響くミカエルの、涙に湿った声が、途方もなく嬉しかった。
 だから、本当に良かったとルシフェルも、思った。ミカエルがこんなに喜んでくれるのだから、笑顔っていうのは本当にすごい魔法だ――そう、思った。





 それからゆっくり、ゆっくりと、ルシフェルは笑顔以外の感情を表現するようになった。それが、本当は彼が感情を取り戻したわけではなくて、周りで遊んでいる子供を真似ているだけだということはすぐにミカエルにも解ったけれども。
 赤ん坊が周りの人を見て感情を覚えていくように、ルシフェルは少しずつ、人らしい感情を取り戻していった。どんな場面で笑い、どんな場面で泣き、どんな場面で怒り、どんな場面で喜べばいいのか。それを少しずつ学び、やがて、考えずともそれを表現出来るようになって。
 そんなルシフェルを見るたびに、もう二度とあの頃には戻さないと、ミカエルは強く誓う。まるで赤ん坊が庇護者を求めるように、ミカエルを求めて依存するようになったルシフェルを、守ると願う事で此処に立てている自分が居るのだと、本当は知っている。
 いつの間にか、飛空船の外に広がる景色が変わってきた。空の青と雲の白ばかりが広がっていた中に、ぽつり、緑が見えたかと思うとそれがぐんぐんと大きくなり、やがて大地の茶色が目に飛び込んでくる。
 此処が天儀だと、誰かが言った。やっと返ってきたと、誰かが嬉しそうな声を上げた。どんな場所なのだろうと、誰かが不安そうに外を見つめた。
 その中にあって、ミカエルは傍らのルシフェルの頭をわしゃわしゃ、掻き混ぜ撫でる。何、と言わんばかりの眼差しを向けてきた半身に、向けた笑顔はこの上なく柔らかい。

「新しい世界だ─―此処には、どんな綺麗な華が居るか楽しみだな」
「ついに新しい世界、かー」
「そうだ――此処は華以外も色々と愉しめそうだ、な」

 ニヤリと、唇の端を吊り上げて笑ったミカエルの言葉に、そっか、とルシフェルは頷く。頷いて、きょろ、と辺りを見回して、それからくいくいとミカエルの袖を引き。
 なんだ、と問えば向けられるのは、満面の笑顔。取り戻した感情の証。

「ねぇねぇ、ミカちゃん。俺はミカちゃんがいれば、どんな所でも楽しいよ」
「――そうか。俺も、楽しいよ」

 そうして取って置きの秘密を明かすように、耳元でささやかれた言葉に、甘やかな笑みを返す。いつだってどこだって、互いが居ればそこ以上の楽園なんて、この世界には存在しない。
 それが一番の真実で。だからこそ、この見知らぬ地でどんな事が待っているのか、わくわくしていられる。


 ――そうして、彼らは天儀の地へと、降り立った。新たな開拓者として、新たな何かをこの手に掴み取るために。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /     PC名    / 性別 / 年齢 / 職業 】
  ib6763 / ルシフェル=アルトロ /  男  /  23  / 砂迅騎
  ib6764 / ミカエル=アルトロ  /  男  /  23  / 砂迅騎

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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初めまして、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

ご兄弟のアル=カマルでの思い出を描いた物語、如何でしたでしょうか?
残念ながらギルドの方でお会いさせて頂いた事はなかったかと思いますが、瓜二つのご兄弟、素敵だなぁ、と拝見させて頂きました(笑
シリアスな部分と、甘い部分が上手く書き分けられていれば、本当に良いのですが。
‥‥ぇっと、その、どこかイメージと違う所がございましたら、ご遠慮なく、ずずいとリテイクくださいませ;

ご兄弟のイメージ通りの、新たな旅立ちを前に過去を振り返る、辛くも暖かなノベルであれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2011年11月15日

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