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『“ハロウィン・シティ”へようこそ! 』
平野 譲治(ia5226)

十月三十一日。平野譲治は退屈していた。
外は秋晴れ。天は高く、とーんと澄み渡っている。
それにも関わらず、こんな日に限ってなぜか、彼のスケジュール帳は真っ白。
仕方なく彼は今、こうしてひとり寝転がっているという訳だ。
「はーあ。暇なりねえ」
譲治は瞑ったままの目を更に細める。
「折角のお休みなのに、ゴロゴロしてるだけじゃ勿体ないなりよ……」
そしてまた、何度目かの寝返り。柔らかな枕に顔を埋めてみると、頬がむにりと動いた。
布団は温かく心地いいけれど、それだけでは物足りない。
もっとわくわく、ドキドキできるような、そんな素晴らしい出来事が転がっていないものだろうか?
少年はありあまる若さを持て余して、小さく溜め息をついた。

まさに、そのとき。

不意に玄関の扉が、ことん、と微かな音を立てた。
「むむっ?」
僅かな音ではあったが、譲治が聞き逃すはずはない。
少年はパッと身を翻して立ち上がると、音の出処を求めるべく玄関先へと跳ねていく。
やがて彼が見たのは、扉の隙間に差し込まれていた一通の手紙だった。
羊皮紙の封筒に、赤い封蝋。
見慣れぬ封筒を指先で摘み上げながら、少年は手元のそれに訝しがるような視線を注いだ。
「お手紙なのだ。でも、差出人が書いてないぜよ」
封筒を鼻先に近づけて、匂いを嗅いでみる。瘴気の気配は感じられない。
譲治は眉をひそめて、もう一度この奇妙な手紙を眺めた。そうっと光に透かしてみる。
開けるべきか、開けざるべきか。
「うぬぬ……よしっ!」
持ち前の大胆さで、彼は封筒の上部を一息に裂いた。
中身を取り出し、ゆっくりと手紙の文字列に目を通していく。
「ええと、なになに。
『招待状 あなたを今宵、お菓子の街“ハロウィン・シティ”へご招待します』
む? これは……」
招待状。手紙には確かにそう書いてある。
軽く記憶を遡ってみても、自分が招待を受ける所以は思い当たらない。
怪しい。怪しすぎる。何かの罠だろうか。
だが……譲治は身を乗り出した。少年特有の愛らしさで、うずうずと身を揺らす。

お菓子の街。
なんて素敵で、心躍る響きだろう!

「“ハロウィン・シティ”。突然おいらを呼びつけるとは、面妖な街なのだっ。
でも……うんっ! 面白そうなりねっ!
ここはひとつ、賽子を振って、未来を占いっ。てやっ!」
譲治は懐へ手を入れると、慣れた手つきで占術用の賽子を振り出した。
賽子は右へ、左へ。暫しの後に止まった目は――。
「おおっ、六なりっ。これは吉兆!
この譲治、一介の陰陽師として、必ずやこの街のカラクリを解いてみせるぜよっ!」
譲治はぐっと拳を固めた。
しかし彼の瞼の裏では、確かに好奇心の炎がめらめらと燃えていたのだった。



夕闇が訪れ、夜の帳が下りる。
招待状を握り締めて、譲治は街の入り口に立ち尽くしていた。
「これは――予想以上の壮麗さなり」
お菓子の街“ハロウィン・シティ”。
街の中では仮装や仮面に身を包んだ人々が、ゆらりゆらりと行き交っていた。
皆の手元にはカボチャ製の籠が楽しそうに揺れている。
目の前に広がる煌びやかな光景に、少年はより一層目を細めた。
「はいはーいっ。ねえねえ、そこのお兄さんっ」
「うん?」
唐突に背後から掛けられた声に、若き陰陽師はゆっくりと振り返る。
そこにはカボチャのドレスを身に纏った少女が、微笑みながら立っていた。
「もしかして、ご招待されてるお客さんかな?」
「はいな。おいら、姓は平野、名を譲治と申す者。此度は招待を受けて参った次第なり」
「やっぱり! ならこれ、渡しとくね」
カボチャの少女から押し付けられたのは、錆びついた鍵と、例のカボチャ製の籠。
「それは衣装室の鍵。好きな衣装を着て、街を巡るといいよ。
街にあるドアは、どれでもノックし放題! いっぱい叩いて、たくさんお菓子を集めてねっ」
「ノックするだけでお菓子が貰えるとは、随分と豪気なりなぁ」
譲治は思慮深そうな表情を作って、顎に手を当てる。
だが、それも束の間のこと。
夜闇も吹き飛ばすような満面の笑みを浮かべ、少年は目尻を下げた。
「一式、お借りするのだっ」
「はーい! 行ってらっしゃーい!」
黒髪を揺らしながら、軽い足取りで街の中へ。
カボチャドレスの少女は微笑みを絶やさぬまま、いつまでも譲治の背中へ手を振っていた。



所変わって、ここは衣装室。少女の言っていた通り、部屋の中には様々な衣装が用意されていた。
しかも、どうも不思議なことに、全てが全て譲治にちょうどいいサイズのものばかりだ。
「これだけあると、全部着てみたくなるなりねー」
譲治は胸を踊らせながら鏡の前に立つと、次々に衣装を体へ当ててみる。
そして実際、どの衣装も彼によく似合った。
「一つって言うのも面白くないなりよね……。ここはひとつ、全衣装制覇を目指すのだっ!
勿論扉も全制覇して、“ハロウィン・シティ”の頂点に立つなりよっ」
唇の端をご機嫌な様子で吊り上げながら、彼はいそいそと衣装を着込み始めた。


どこかから、寂しげな狼の遠吠えが聞こえてくる。
満月の夜。ひっそりと静まり返った街の中に、盛大なノックの音が響く。
「のっくのっく、なりよっ!」
元気の良いノック音に応えるべく、中の住民がゆっくりとドアを開ける。
開けた先には、吸血鬼の――というにはあまりにも可愛らしい――少年が、籠を差し出して待っていた。
「とりっくおあとりーっと! お菓子をくれなきゃ、五行の理に返しちゃうなりよっ!」
「あらあら。怖い吸血鬼さんだこと」
住民の女性はにっこりと笑って、カボチャの籠へお菓子を一粒。
譲治は嬉しそうに籠の中を覗き込んだ。かつて見たことのない、色鮮やかなお菓子だ。
美味しそうな香りに鼻腔をくすぐられて、少年は笑みをますます濃くする。
「ありがとうなりっ!」
「いいハロウィンを」
扉は再び、パタンと閉じられた。

その後も譲治は様々な衣装に身を包みながら、街中を練り歩いた。
あるときは悪魔の角をつけ、あるときはインキュバスの尻尾を振り回し、
あるときはかぼちゃアーマーを纏った騎士に扮した。
「がおーっ。狼男なりよっ」
「むむむ……ミイラは、包帯が邪魔で歩きにくいのだ……あいたっ」
「やーやー! おいらは海賊っ! 大人しくお菓子を差し出すなりーっ!」
住民達は皆、この賑やかな客人を温かく迎え入れると、彼の籠にお菓子を満たしてくれる。
貰えるお菓子はどれも味のいいものばかり。
あまりの美味しさに、少年の頬っぺたは幾度も落ちてしまいそうになった。
夜が更けていくにつれ、段々と重みを増していくカボチャの籠。
幸せの重みを感じるうち、譲治は差出人の件などすっかり忘れ去ってしまっていた。

あれほどあった扉も、残すところあと一つ。
カボチャの籠には既に溢れんばかりの菓子が詰め込まれている。
コウモリの羽を背中につけた譲治は、悠然と最後の扉の前に立った。
扉の中央には大きなドアノックがついている。
ジャック・オー・ランタンの形をした、銅のドアノックだ。
「これで終わりなりか……大変だったけど、寂しい気もするなりね」
少年は少しだけ物憂げな表情を滲ませたものの、刹那の後、ようやく扉へと手を伸ばした。
ゴンッ、ゴンッ!
「とりっくおあとりーと、なりよっ!」
威勢よく声を掛けても、返事は返ってこない。中から住民が出てくる様子もない。
ただ扉だけが、ギギィ……と軋んだ音を立てながら、酷く緩慢な動きで開いた。
どこか言いようのない違和感を感じて、譲治の眉間に皺が寄る。
「勝手に入れ、ってことなりか?」
開いた扉の奥は暗闇だ。民家にしては灯りもなく、奇妙な静けさだけが広がっている。
少年はカボチャの籠をもう一度抱き寄せる。意を決して、一歩。

踏み出した足元に巻き起こったのは、渦か、突風か。

『ウウウウウウウウウウオオオオオオオオオオ!!』
「!? 何奴なりよっ!?」
咄嗟に振り返った譲治の視界に入ったのは、それはそれは巨大な……。
「……カボチャ……なりか?」
まさに彼の言う通り。
闇の中から突如飛び出してきたのは、かつて目にしたことのない大きさのジャック・オー・ランタンだった。
目と鼻、口の部分はくり抜かれ、空洞からは蝋燭の火がちらついている。
身の丈はおよそ三メートル程だろうか。
そんなとてつもない大きさのジャック・オー・ランタンを前にして、譲治は呆気に取られていた。
ぽかん、と口を開けたまま、その場に固まっている。
カボチャの化け物は、彼が怖がっているものだと見て取ったのだろう。
いささか調子を良くした様子で、もう一声、吼える。
『お菓子ヲ……アリッタケノお菓子……寄越セ!!』
そして、巨大な図体には見合わない俊敏さを持って、小さな少年へと襲いかかってきた。
口が大きく開けられ、蝋燭の火が彼に迫る。


しかし。


「おおっ! 動いたのだっ! もしかして、本物のお化けなりかっ!?」
突拍子もない譲治の声に拍子が抜け、思わずカボチャはごろんと転がった。
譲治は興奮した表情で巨大カボチャの元へと近づくと、その体に容赦なく手を這わせ始める。
怖がっている様子は、ない。
「本当に触れないのだっ! 手が透き通っちゃうなりよー。面白いなりなぁ。
瘴気とかじゃないなりよね? 不思議だけど、でも、悪い感じはしないのだ」
転がったままのジャック・オー・ランタンからすれば、バツが悪いことこの上ない。
せっかくこの少年を一泡吹かせて、集めたお菓子を奪い取ってやろうと思っていたのだ。
その為に少女に扮して、入り口でいそいそと出迎えてから、カボチャの籠まで渡してやったのだ。
それが、こうも相手が怖がってくれないとは……誰が予想できただろう?
譲治は陰陽師らしい知的探究心を発揮させながら、今も周囲をぐるぐると見て回っている。
「ほわー、この蝋燭の火、触っても熱くないなりよ。どういう仕組みなのだ?」
『ウウウウ……』
カボチャのお化けは気恥ずかしそうに体を丸めた。
これは駄目だ。敵うはずがない。こんなときは――三十六計逃げるに如かず!
巨大ジャック・オー・ランタンの亡霊は丸めた体を器用に転がし、屋敷の奥へと逃げていった。
もちろん回転の道中、ちゃっかり譲治の籠を奪って行った辺り、抜け目はないのだが。
「あっ!? お菓子っ! もってっちゃだめなりよーっ!」
譲治は慌ててカボチャの後を追い始めたが、転がるスピードは速く、徐々に引き剥がされていく。
「これは不利なりよっ。普通に追っかけてるだけじゃ追いつかないなりっ」
懸命に走る少年をあざ笑うかのごとく、亡霊との距離は離れていく。
唯一目印になっている蝋燭の火さえ、遠く掻き消えそうな大きさで見えるのみだ。
「ずるいなりっ! せっかく皆から貰ったお菓子、全部渡すわけにはいかないなりよーっ!」
譲治は若干の憤りを込めて、その場で地団駄を踏んだ。

いや。正確に言うならば、地団駄を踏もうとしたのだ。


ふわり。


「わわっ!」
地団駄を踏もうとして地面を蹴った足が、そのまま宙へと浮かび上がる。
屋敷の高い天井に頭をぶつけそうなほどになって、譲治はバタバタと手足を動かした。
「これは……浮いてる? おいら、翔んでるなりよっ!」
驚愕と共に振り返れば、背中につけたコウモリ羽が、ぱたぱたと小刻みに羽ばたいている。
どうやらこのコウモリ羽。単なる衣装かと思いきや、本物のコウモリの力が宿っていたらしい。
最初は戸惑っていた譲治だったが、そこは持ち前の適応能力。
あっという間にコツを掴んで、前を向き直す。目標は勿論、巨大カボチャ!
「よーっし! 行くなりよ、コウモリさん!」
閉じたままの瞳がキラリと光った。上体を前傾させて、羽ばたきを強くする。
目の醒めるようなスピードだった。譲治は黒い霧のようになって、遥か彼方のカボチャへ迫る。
これにはジャック・オー・ランタンも驚いて、悲壮な叫びをあげた。
『ワ、ウワァアァァ!』
「皆から貰ったお菓子、返すなりよーっ!」
少年が尋常でない速さで迫ってきたのを見て、カボチャのお化けは腰を抜かしてしまった。
ごてん。
大きな音を立てながら、ジャック・オー・ランタンが横転する。
口に咥えていた籠はあっけなく落ちた。それが地面に着く前に、譲治は見事空中でキャッチ。
『ウウ……怖ガッテモ貰エズ、お菓子モ貰エズ……』
さめざめと泣く亡霊。傍らに降り立った陰陽師は、困ったように腰に手を当てた。
「だめなりよ、誰かのものを無理やり取ったりしたら」
『ウヌウ……お菓子、欲シカッタ……』
「……しょうがないなりねぇ。お菓子が欲しいならあげるなりよ」
『ホヘ?』
「ただし、約束するなりよ? 独り占めしないことと、それから……」
譲治は首を傾けながら、目尻を下げて笑った。それはとても大人びた、優しい微笑みだった。


「貰うときは『とりっくおあとりーと』って、ちゃんと言うなりよっ!」






━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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ia5226/平野譲治/男性/陰陽師


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度はご発注いただき、誠にありがとうございました。
ライターのタマミヤと申します。
平野君は思慮深く、それでいて元気いっぱい!な印象を受けましたので、
賑やかでコワーイ、それでいてちょっと間の抜けたお化けと遊んで頂きました。
ただのお化けが陰陽師に敵うはずがありませんもの!

“ハロウィン・シティ”、楽しんでいただけましたでしょうか?
また平野君にお会いできることを楽しみにしております。
この度はご発注、ありがとうございました!
PM!ハロウィンノベル -
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舵天照 -DTS-
2011年11月30日

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