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『季節外れの花 』
朱月・ヒカル5549)&遥風・ハルカ(5548)&(登場しない)








 あー、さむ。
 と、朱月・ヒカルが、よれたモッズコートのポケットに突っ込んだ両手を、引き寄せるようにして身を縮めると、隣を歩いていた、ファー付きダウンジャケット姿の遥風・ハルカが、チラ、とか何か、どちらかと言えば非難するような目で、見て来た。
 とか別に知ったこっちゃなかったので、ヒカルはまた、うーと覇気なく体を縮めて、さむっ。
 ってその瞬間に、言葉を飲み込む、とか、忍耐、とかまるでない、単純馬鹿な相方は、つまり、ハルカは、「煩い!」と、切れた。
「チッ、もー! さっきから寒い寒い、うっさいなー! 寒い寒い言うなよ! 寒い寒い言うから、寒いんだろ! 冬なんだから、我慢しろ!」
 我慢。なんて言葉が、我慢なんて欠片もしたことがないような相方の口から出たことに驚いた。
 驚き過ぎてヒカルは思わず自分より低い位置にあるハルカの顔を振り返り、というか、見下ろし、色つき眼鏡の、常に眩しそーに覇気なく細められている瞳で、じーとか、見た、
 単純さが、顔どころか体全体から滲んでるような、良く言えば正直ということなのかもしれないけれど、そんな若干釣り目の、一部では可愛らしいとか称されているらしいハルカの顔が、どんどんとぎこちなさそうに、歪んで行く。
「な、なんだよ」
「あのさ」
「おう」
 おー来るならこいよこらー、やってやんぞおらーと、小柄な体躯ですっかり臨戦態勢のハルカを、えー何この珍しい生物ー。みたいな目で、暫く眺めて、言った。
「いや、言わなくても寒いでしょーよ普通に」
 そしたら何か、一瞬にして、勢いをそがれてしまったらしいハルカは、ちょっと茫然としたようにヒカルを見つめ、それから「まあ」とおずおず顔を伏せた。
「それは、そうだけど」
「そうだろうとも」
「いやでもだから、俺が言いたかったのはそういう意味じゃなくて」
「言葉で気温は変わらねえんだよ。この寒さは、間違いのない事実だ。そして現実だ。俺は事実を述べている」
「ちがだからさ。気持ちってあるだろ。気持ちで体感温度なら変わるかも知れないじゃん。だから、俺は、お前のその、心構えというか、根性についてだな」
「だいたい。俺は行かないって言ったんだよ」
「言ったけど‥‥こういうのは、自分の目で選んだ方がいいから!」
 と。たかが昼飯に食べるお弁当のメニュー如きで騒ぐ相方に、抵抗するのが面倒臭いので、ヒカルは嫌々、スタジオを出て来たのだ。
 本当は、こんなクソ寒い中、クソ騒がしいハルカなどと歩きたくないのだけれど。
 ――特に。この堤防の道は。

 猫背に歩く自分の影と、きびきび、寒さなど物ともしない闊達さで歩くハルカの影が、コンクリートの上に伸びている。
 二人の原点が何処か。と言われれば、この道の、もう少し行った場所にある、あの場所なのではないか、と、今更ながらにその思い出を、ヒカルは思い出していた。
 その、今までずっと記憶の中に沈んでいた思いは、ゆったりと歩く速度で、みるみると甦ってくる。
 あれからこれまでに何度もこの道を通ってきたはずで、でもそれは車やバイクを使い、一人きりで通過していただけのことで、二人で歩く、なんてそういえば偶然にも、これまでなかった。
 だからどうか、こいつが思い出しませんよーに。と、柄にもなく祈ったりしながら、ちら、とその顔を見た。
 ハルカも、何か、こっちを見ていた。
 目が合った。
「なあ」
 と、言ってきた口調がさっきまでとは微妙に違った。
 咄嗟に何か不味い気がして、「俺はやっぱり」と、急いで言った。
「え?」
「俺はやっぱり、あそこのドラムはさ、入れた方がいいと思う」
「はー? 何だよいきなり」
「今作ってる、次のアルバムの曲の話だろ」
「いいよ、その話は」
 くしゃ、と丸めて、ぽい、みたいな乱暴な調子でハルカは片づけ、「それよりさ、アッキーさ、スカウトされた時の事とか、覚えてる?」
 とか何か、わりと回りくどい所から攻めてきた。
 というか、それがあのエピソードに繋げるための話の振りなのか、単に本当に何となく思い付いただけなのか、自分とは真逆の、脳味噌より先に体が動いてしまうタイプらしいハルカの行動は、時々実に突飛で、良く、分からない。
 とりあえずは、何も気づいていないフリでいこう、と決めた。
「そっちこそ、何だよ、いきなり」
「いや、何か。ちょっと。覚えてるかなーとか、思って」
 そしてチラ、とまたこちらの表情を盗み見てくる。
「あ、そ」と、無視した。
「いや、俺はさ。ほら、スカウトされた時とかさ、すげー嬉しくて。えー! マジで? すげー! って単純にはしゃいでさー。TVとか出れちゃうかもしんないとかまじやべー! な感じで即OKとかしちゃったりして」
「まー」
 と、ちょっと軽蔑したような目を向け、「そうだろうな」と薄く笑う。
「なんだよ、馬鹿にすんなよ」
「はいはいしてません」
「もうその時点で馬鹿されてる気がするもん」
「はいはいじゃあ馬鹿にしてますすいません」
「認めんなよ!」
 きっとコイツはこのように、スカウトされた瞬間も正直に喜び、大袈裟に感動し、細かい事などは何も考えないですぐさまやる気を見せ、楽しく成功するビジョンに突進したのだろう。
 それをどうこう言う気はないし、正直なところは何の感慨もない。
 ただ、自分にはそう言うところがなくて、コイツにはある、と。それだけのことだった。
「そういうお前はじゃあ、どうなわけ」
「俺は」
 ヒカルはふと顔を伏せ、それからまた、前を向く。
「忘れたな」
「えー! んーなわけねーだろ! 思い出せよ!」
「いやいや、ダルいから。思い出せって何だよ」
 もちろん、忘れたなどというのは嘘で、本当は覚えていたけれど、別にわざわざ口に出す程の事でもなかった。
 青森県津軽地方のりんご農家の、つまりはド田舎の自分に、スカウトが声をかけてきた時は、正直、これは何かの詐欺なのではないか、と疑ったものだった。自分の歌声が評価された事は純粋に嬉しかったのだけど、都会という相手の陣地に、警戒心を抱いた。
 慎重に、慎重に、スカウトや担当者とやりとりを重ね、事務所の雰囲気や方向性をしっかりと聞き、外部からの評判などもしっかり聞き込み、それら全ての情報を並べて検討し、そしてやっとこさ、入ることを決めた。
 随分、腰が重かったと思う。
 自分にとって、音楽はとても大事な物だったし、誰に何を言われようと揺るがない、自信や信念のような物は、口には出さなかったけれど、しっかりと頭の中にいつもあったので、それを仕事とすることに何の迷いもなかったけれど、それでも環境は大事なような気がしていた。
 だから、頭でっかちにいろいろとシュミレーションをして、しっかりと確信して、そして事務所に出向いた。
 そして、さっそく、裏切られた。
 その時ヒカルは、あー結局は、何をどういろいろと一人でいろいろ想定してみたって、それをぶっ壊していく現実というのは存在するんだな。
 とか何か、ぼんやり思ったものだった。
 それとはつまり、今や曲りなりにも相方として組んでいるこの、ハルカという男だ。
 事務所で顔を合わせた瞬間から、思っていた。
 いや。これはないだろ、と。


 どちらかと言えば小規模なウチの事務所の黄ばんだ白いソファに腰掛け、ぼーとかしていたヒカルの目の前に、ハルカは、突然、現れた。
 バーン、とか、品もクソもなく勢い良くドアを開き、くちゃくちゃガムとか噛みながら、しかもmp3プレイヤーからシャカシャカ何か音とか漏らしながら、原色のパーカーにジャケットとか羽織った姿で、「イース」とか何かもー、挨拶にもなってないよーな意味不明な音を漏らし登場した。
 うわ、ウザ‥‥。
 とか思ってる、その頃はまだ、黒髪で、カラコンも使用してない黒目で眼鏡の、シャツにセーター、黒いスリムパンツ、という、どっからどーみても平凡なヒカルの姿をチラ、とか見たハルカは、縄張り守る警戒心丸出しの猫、みたいな顔で、「ども」とか、わりと偉そうに、言った。
 それから、ドカ、とか、偉そうにソファに座り、ポケットから携帯ゲーム機みたいなのを取り出して、ピコピコと。
 何だ、コイツ‥‥。と覇気なく思い、こんな奴も居る事務所なのかーと、事務所のイメージがちょっと下がった所で、衝撃の発表をされた。
 秋吉晴臣と春日遥は、朱月ヒカルと遥風ハルカとして、ダンス系ユニット『H2』を組み、二人で活動していけと言うのだ。

 いや。それはないだろ。
 絶対無理だろ。
 とか思っているヒカルの横で、「あ、いっすよ」とか何か、めちゃくちゃライトにハルカが返事をしていた。
 のを見た瞬間、完全に軽蔑をした。
 こんな明らかタイプの違う人間同士でやっていけ、という事が既にもうめちゃくちゃで、そこに驚きもしてない所が既に分からなかったし、その上、明らかダサい「H2」とかそんな、二酸化炭素の化学式かよ、みたいなネーミングに全く反応してない神経も、疑った。
 こんな何も考えてなさそーな単純単細胞とは絶対一緒にやっていけない! と、思った。
 そしてそれは初日のミーティングで、すぐに確信に変わった。
 コイツとは無理だ。
 悉く意見が対立するのは、二人の相性が最悪だからに違いない、と、思っていた。



 その日の帰り路。
 どうやら途中まで方向が同じだったらしいハルカと、一緒に歩いていた。
 そしたら彼が、ポソ、と言った。
「俺はやっぱり、二回目に聞いた方で行きたいんすけど」と。
 それは先程まで散々相談していたにも関わらず決まらなかったデビュー曲のサンプルのことで、今後は作曲を担当して貰う、ということらしいハルカが作って来たサンプルだったのだけれど、何曲目と言わず、それらは到底ヒカルのセンスには合わないものばかり、だった。
「はー」
 と、また、ヒカルは、先程と同じ、煮え切らない返事を返した。
 本当はどれも嫌だったし、自分が歌う、となれば、妥協はしたくないのだけれど、そもそも、心の中では大方のところ、コイツとは一緒にやっていかない、という気持ちが固まりつつあったので、意見は無駄になる、と判断していた。
 それで事務所がNOを言ってくるなら、そんな事務所などやめてやればいい。
「つーか」
 不意にまた、彼が、拗ねたような口調で、言った。「晴臣さんの考えてること、わかんね、すよ。‥‥あのーどー思ってんですか」
「何が」
「だから、曲の事とか、その今後の事とか」
「別に」
 この男に、「アンタとはやっていけない」とか何とか、別に言う必要もなさそうだったので、そこは口を噤んだ。事務所にだけ、言えばいいのだ。
「別に、って‥‥」
 ハルカが分かりやすくしょんぼりとする。
「俺、何でも言って欲しいすよ。こう、これから二人でやってくんだし、そういうの必要だと思うんすよ。俺も、何でもいいますから」
「あ、そ」
 と、ヒカルは冷たい目を向けた。
 期待むんむんで見つめられているのに辟易し、目を逸らした。「じゃあさ」
「はい!」
「あの、H2ってユニット名、どー思う?」
「え? ユニット名すか‥‥いや別に何も‥‥まー、いーんじゃねえか、くらいで」
 と、思慮なし丸出しの顔に、チラと軽蔑の視線を向けた。「あ、そ」
「え、晴臣さんは違ったんすか? どー思ったんすか」
「いやダサいでしょ」
「じゃあ、何で言わなかったんすか」
「だって別に、他のユニット名を思いついたわけでもないから、言ってもダリーことになりそうだったし」
「いや、何逃げてんすか」
 と、真っ向から言われ、多少、ムッとした。
「いや別に、逃げてないけど」
「いや、逃げでしょ、それは完全に。ちゃんと自己主張とかしとかないと、後々困るの自分なんすよ」
 何でこんな年下のガキに、そんな事を言われなければならないのだ、と、益々、ムッとした。
「じゃあ言うけど」
「はい」
「アンタさ、作曲のセンスねえよ。やめれば」
 今度は真っ向から言われ、う、とハルカが詰まった。
 ふん。とヒカルは、目を背ける。
「……確かに。そーす」
 暫くして、ポツンとハルカが言った。
「俺、どっちかって言うと、踊りとかの方が得意だし。作曲は好きだけど、まだまだ勉強中で。機材叩いてんのは好きなんすけど」
「いやいやそういう問題じゃなくて。センスがない、って言ってんの」
「馬鹿にしたみたいに笑わないで貰えますか」
「悪かったな。こういう顔なんだよ」
「そんな事言ってますけど、晴臣さんだって、わりとこっぱずかしー歌詞とか、書くじゃねーすか。そんな、何か、クール気取ってますけど」
「はー?」
「俺、見たんす」
「何を。っていうかその前に、クール気取ってるって何だよ。まずそこ分かんないんだけど。別に気取ってないし」
「作詞ノート置いてあったの、ちょっと見たんす」
「はー!」
「あんなとこに、デーンっておいてあったから‥‥つい」
「置いてあったからって、お前」
「すいません。でも俺、わりとあーゆーの嫌いじゃないっていうか、むしろ好きっていうか‥‥歌詞としてはあれかもしれないすけど、気持ちとしては、凄い分かるなって。こういう気持ちの人とだったら俺、やっていけるかなって」
 とか何か、だらだらしょーもないことを喋り続けている顔に、思わず、はきつけた。
「お前、サイテーだな」
「え、えあ、お、怒ってるんすか」
「怒ってるよ。人のもん勝手に見るのとかサイテー。信じらんねえ。デリカシーなさすぎだろ、お前」
「で、でも俺、あれでちょっと晴臣さんの気持ち見えたっていうか。分かりあえた気もしたし」
「俺は別に分かりあいたくない」
 きっぱりと言って、それから、トドメのように言い加えた。
「だいたい、アンタとやってくって、決めたわけじゃないから、俺」
 そして、じゃあ、とキチン、と言い置き、さっさと踵を返し、自宅へ帰った。



 その深夜。
 その頃住んでたウィークリーマンションの近くにある堤防に、ヒカルは向かった。
 静かに川が流れる様子であるとか、対岸に見える風景であるとかが、地元にあった場所にどことなく似た雰囲気もあって、気に入っている場所だった。
 どうしてこんなクソ寒い時期に、そんな場所で考え事をしようと思ったのかは、分からないけれど、これからの事をその場でもう一度、落ち着いて考えよう、と思っていた。
 人の姿は、まるでない。
 考え事には最適だ、と思って堤防を降り、小じんまりとしたテニスコートのある場所へと向かい、雑草の中を歩いた。
 そこに、ハルカが、居た。
 彼は、踊っていた。
 手足を自由自在に操り、危ういまでの勢いで、暗がりの中を舞う。
 このクソ寒い中、時折、街灯に汗すら光らせながら、ただ、懸命に。熱心に。
 ふと、動きを止めた。蹲って傍らに置いたノートに、何事かを書きつけた。
 そしてまた、立ちあがり。
「あれ?」
 とヒカルに気がついた。
「晴臣さんじゃないすか。何やってんですか、こんな所で」
 先程の事など、すっかり忘れてしまったような、屈託のない笑顔を浮かべている。
「そっちこそ、何やってんの」
「あー。振り付け、考えてたんすよ。まー曲の方はぼろぼろに言われちゃいましたけど、振り付けはまだ見て貰ってないし」
「何、言ってんの」
「え?」
「いや、さっき、言ったよな。俺、アンタとやってくって、決めたわけじゃないからって」
「あー言ってましたねー」
「で、何やってんの」
「俺は別にサイテーとか言われたところで、気にしないすよ。正直な意見なら。二人でやってくなら、それ受け止めて、消化して乗り越えて行かなきゃいけないんだし。俺は、大丈夫。それに俺‥‥やってもみないうちから、ビビったりとか逃げたりとか、嫌だから」
 真正面からそう言われ。
 何だコイツ。とヒカルは思った。
 思って‥‥、でも、何となく居た堪れなくて、その、しっかりと自己主張してくる奥二重のややつり目から、目を逸らした。
 そして、草むらの中に、ポツンと咲いた、その花を見つけた。
「え‥‥?」
 これ、確か――イキシアの花‥‥?
 けれど、そんなまさか。季節外れも甚だしいではないか。
「あれ? なになに」
 思わず顔を顰めてしまったヒカルに気付き、ハルカが駆けよってくる。
「この花が、どうしたの」
「イキシアの花だ。本当なら、春に咲く花なのに‥‥なんで今頃」
「へー。何か間違えて咲いちゃったんじゃないの」
「ありえない」
「晴臣さんが、ありえる。と思ってる事以外の事なんて、めっちゃ起こってると思うけど、この世の中」
 そう言った顔を思わず見上げる。
「あ、生意気言ったって怒った? じゃあ、すいません。でも俺、だから生きてて面白いと思うんすけど、どーすか」
 どーすか、と言われても、答えようがない。
「それにしても花の名前なんか、良く知ってるっすね。俺から見れば、別に何かの雑草の花? くらいにしか見えないんだけど」
「昔、歌詞を書くのに花言葉を」
 と思わず言ってしまって、口を閉ざした。
「あ。わりと‥‥ロマンチストなんすね‥‥いえ、知ってましたけど」
 笑いを堪えてるみたいな顔で言われ、ムッとした。
「馬鹿にしてんのか」
「いやいや。あ、そうだ! え、じゃあこのイキシアって花の花言葉も知ってんすか」
「イキシアの花言葉は‥‥」

 ――団結して、あたろう。

「知るか。自分で調べろ」
「えー! 怒ったんすかー! いやもうからかったとかでは本当になくて、ですね。何つーかだから、晴臣さんがロマンチストなのは、もー全然分かってる事実つーか」
「あーさむ。やっぱり帰ろ。お前、まだ踊ってくの」
「いや何マジで教えてくんないの」
「うん」
「いや、うんて」
「つか俺、寒いの駄目だし、本気で帰るよ。じゃ、また明日な」
「え?」
 きょとんとしたハルカに背を向けて、ヒカルは歩きだした。
 それに確かに、好意的に考えれば、あのノートには、名前を書いていたわけでも、作詞ノートと、書いていたわけでもないしな、とか何か、思った。




 × × ×




「そういえば確かこの辺りだったかなあ」
 隣を歩くハルカが、唐突に、言った。
 確かにそこは、あのイキシアを見つけたテニスコートだ。
 けれど、ヒカルは知らんぷりをした。
 すると、
「イキシア」
 ポソ、と隣を歩く、彼が、呟く。「覚えてる?」
「はぁ?」
 精一杯面倒臭そうに、返事を返した。「なにそれ」
「いや、ここで季節外れの花見つけたことあったじゃん。覚えてねーの、アッキー」
「覚えてないよ」
「あれの花言葉、結局何だったんかなーって。ねえ、何だったの?」
 本気で分からないらしい無垢な顔を振り返り、ぼーっと、見た。
「バーカ」
 と、何か言いたくなったので、言った。
「はーーーーーー!」と、ハルカが、憤慨し、絶叫する。
 ヒカルは億劫そうにポケットから片手だけを出し、
「うるさい」
 その頬をびーっと引っ張ってやった。








PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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東京怪談
2011年11月29日

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