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『メトロノーム 』
夜神・潤7038)&(登場しない)

 歌が流れた。
 その声は高く、流麗に伸びる。
 その歌声は素人の耳には上手く聴こえるものらしいが、彼女自身は既に自分位に上手く歌える人間がいる事も、自分より技術のある人がいる事も、自分よりいい声を持っている人がいる事も、全て知っていた。
 しかし自分にはこれ以外に特に誇れるものもない。
 だから、歌う事しかできない。
 チックチックと針は揺れる。
 その振れ幅は替わる事はなく、指で針を揺らせば、一定の間隔を保って延々と同じリズムを刻み続ける。
 ダンスや演奏において、一定のテンポを保つために使われるそれは、あまりにも馴染みが深過ぎて、失くしてしまわなければ、それのありがたみに気付く事はない。
 身近にい続ける事。
 それは罪深いものなのである。
 彼女の歌は佳境に入り、最後に大きく伸びて歌は終わった。
 そのままパチリとメトロノームを止める。
 リズムを刻む音は、聴こえなくなった。

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「舞踏会の参加者……ですか?」
「ああ。確か水色のドレスを着ていたと思うが」

 生徒会室に夜神潤が話をしにいた時いたのは、中等部の生徒らしい男子生徒だけだった。

「ちょっと話をしたい人がいるんだが、名前を訊いていなかったので」
「そうですか……、特徴は?」
「…………」

 そう言われても……と言葉に詰まる。
 思い出そうとしても、彼女にはあまり特徴がないので、特徴らしい特徴を思い出すのに、潤は苦労した。
 髪は長くもなければ短くもない。肩までの長さはセミロングと言うらしいが、セミロングほども長くなかったようにも思うが、ショートと言うほど短くもない。ただ少しだけ外に跳ねていたような気もする。
 身長は低くもなければ高くもなく、顔のパーツも特に特徴らしい特徴がなかった気がする。美人かと言うとさあとしか言えず、だからと言って不細工かと言うとそんな事も特になく。本当に平凡としか言いようがなかった。
 その少女は、確か舞踏会でガラスを浴びて泣いていた少女だった。
 でもあそこにいた割には、特に連れがいなかったのだけが気になった。連れがいないが中央にいても誰も何も思わない人物……。
 そうなったらパッと思い浮かんだのが生徒会関係者じゃないかと言う事だった。
 生徒会関係者なら、生徒会長と話をするために1人でダンスフロアにいてもおかしくはない。

「ああ……それは多分、茜三波副会長じゃないですか?」
「……そうなのか?」
「多分。あの人、あまり特徴ありませんしね……。何で生徒会長が彼女を副生徒会長に選んだのかよく分からない人ですから……。すみません、口が過ぎました」
「いや、言うつもりもないが」
「ありがとうございます」

 ふむ。
 あの目立たない少女の事を思い出そうとした。やっぱり顔は思い出せなかったが、何となく雰囲気だけは覚えている。

「とりあえず話があるから、学科と学年を教えて欲しい」
「副会長は高等部音楽科2年ですが。ただ今は練習中かもしれませんね」
「彼女の専攻は?」
「声楽なんですよ」
「なるほど……ありがとう。自分で探してみる」

 潤は生徒会役員に頭を下げると、そのまま生徒会室を出て行った。
 音楽科塔はあちこちに個室が存在し、防音ルームで個人レッスンを行うのが常である。教師に着いてもらう事もあれば本当に個人レッスンを行っている事もある。
 潤はそのまま音楽科塔へと歩いて行く。

「ん……?」

 歌が聴こえた。本来なら音楽科塔の部屋はどこもかしこも防音処理されているのだが、潤は本来なら聴こえないものも聴く力がある。思念の声を聴く事もできるが、時々探し物の声を探す事もある。もっとも、いちいち全ての声を拾っていても情報処理が追いつかないので、普段から聴きたい声の取捨選択はしているのだが。
 聴こえたのは教室と連なって並んでいる個室の一室からである。
 歌が流れる。その歌はイタリア語のようだが、聴いた事のある曲だ。確かこの曲は「椿姫」の中の1曲だったはずだ。オペラで有名なこの楽曲はバレエでも時折踊られる事がある。
 潤はトントンとノックをしてから、その個室を開けた。
 開けると、少女は驚いたような顔でこちらを見た。確かに前に会った少女……茜三波だったようである。

「……すまない。練習中だったか?」
「いえ……本当ならもう個人練習は終わってたんですが、今日は考え事があったから少し歌っていただけで……」
「そうか」

 既に個室の窓から夕陽の光が落ちて来ていた。
 灯りもつけていなかったのか、影だけが妙に伸びて見える。

「えっと……先日舞踏会でお会いした方ですよね? どうかなさいましたか?」
「いや……ガラス片を浴びていたみたいだから、その後どうなったかと思っただけで。怪我はないか?」
「はい……思わず泣いてしまってみっともなくって……すみません、心配をおかけまして」

 確かにガラス片は浴びてはいたが、先程の歌声から察するに、特に飲み込んだとか喉を傷付いたとかはなさそうである。制服から出ている腕を見ている限りも、特に怪我をしている様子もなく。

「いや、問題がないのならそれでいい」
「ありがとうございます」

 三波はにこりと笑う。笑う顔は穏やかで、そこだけは平凡と言う印象を受けなかった。
 しかし……。舞踏会の時はてっきり思念に当てられたと思っていたのに。今の彼女は特に様子がおかしくなさそうなんだが……。俺の気のせいか?

「特に変わった事はないか? 舞踏会の時は何やら取り乱していたようだったから、気になっていたんだが」
「……ええ」

 ん?
 三波から表情が消えたのに、潤はぴくりと眉を動かした。
 何やら彼女の纏っていた空気がガラリと変わったような気がする。
 彼女の歌声や笑顔から受けた印象は穏やかそのもので、例えるなら夕陽のような落ち着いた雰囲気だったのだが、一転して夜が来たかのように、部屋の温度が1、2度下がったような雰囲気になったのだ。

「怪盗が盗んでしまいましたから。それだけがどうしても許せなくって」
「……怪盗がもしかして嫌いなのか?」
「嫌いです。あんな迷惑な人は」
「…………」

 今の彼女の顔は、まるで仮面をぴったりと付けたかのように、表情がなくなっていた。
 前に受けた思念は、「愛している」を連呼しているようなものだったから、例えるなら「愛情」についての思念だったと思うが。
 でも今の彼女は、何か違うものに当てられているような気がするが……。
 一体何だ?
 潤が考えようとじっと彼女を見ようとしたのと、放課後を告げるチャイムがなったのはほぼ同時だった。
 途端に三波の顔に表情が戻る。

「……いけない。そろそろ生徒会の方に行かないと。ごめんなさい、私……」
「いや、問題ない」
「すみません……。あっ、心配して下さってありがとうございます。あの、名前聞いてもよろしいですか?」
「……大学部のバレエ科、夜神潤だ」
「夜神さんですか。本当にありがとうございます。失礼します」

 三波は丁寧に丁寧を重ねてお礼を言った後、パタパタと足音を立てて個室を後にした。
 …………。
 何かがおかしい。どうなっている?
 ……まさか。

「怪盗の回収の終わっていない思念が、彼女に影響している……?」

 彼女の去って行った個室に落ちる光は力を失い、夜を迎えようとしていた。

<了>
PCシチュエーションノベル(シングル) -
石田空 クリエイターズルームへ
東京怪談
2011年12月05日

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