『甘色恋歌 』

槙原　愛（ea6158）＆雪切　刀也（ea6228）

　もうどれだけ二人きりの時間を過ごしただろう？
　もうどれだけこんな甘い世界を体験しただろう？
　どれだけ味わっても飽きないその時間。だからこそまた味わいたくなる。
　これまでも、きっとこれからも。





◇　◆　◇　◆　◇



　槙原愛と雪切刀也。二人はいつしか運命的に出会い、運命のように恋人同士になった。
　傍にいればどんな辛いことも乗り越えられると思っているし、きっとその関係はこの先も変わらないと信じている。
　そんな二人である、どれだけ時間が経とうと周りから見れば熱い関係に変わりはない。
「今日は面白かったですね〜♪」
「そうだな」
　愛が何時ものような間延びした口調で言えば、刀也がそっけなくもどこか暖かみのある声で返す。いつでも変わらない光景だった。
　長い戦いも終わり、平和であると言ってもよくなったその時代。それでも仕事はあるが、以前に比べれば随分と楽になった彼らは、時間を見つけては二人の時間を過ごしていた。
　その日も日がな一日愛の提案で町に繰り出しデートを楽しんでいた。元々静かで落ち着いた時間を好む刀也は愛に振り回されっぱなしではあったが、そういうところも含めて好きなのだからしょうがない。
（まぁそういう顔も可愛いし）
　楽しげに刀也を振り回す愛を横目に、彼はそんなことを思う。

　楽しい時間ほど早く過ぎるとは一体誰が言った言葉なのだろうか。気付けば陽は随分と傾き、誰彼と言わなければ人の顔も見えない時間になっていた。腕を組んでいる二人はそんなことをするまでもなく相手が分かるが、程なくしてお互いの顔もまともに見れない時間になるだろう。
　楽しい時間は名残惜しいが、全てが闇に包まれるその時まであまり時間もない。二人は家路へつくことにした。
「あ、刀也くんあれ可愛いですよ〜」
　しかし刀也は知っている。愛はこういう時こそ寄り道をする性分だと。
　愛が指差す方向にあるのは和性小物が並ぶ店先。
「これなんていいと思いませんか〜？」
　駆け寄り手に取るのは鼈甲の帯留め。月道も開いた今の時代、こういった舶来物も随分と安価になって大衆の間に広まってきた。確かに彼女が着る淡い着物にはよく似合いそうだなぁと刀也が納得していると、当の愛は他の小物も手にとっては楽しげに見比べていた。
「何か買おうか？」
「ん〜……今日はいいです〜。沢山買ってもらいましたし〜」
　そう言われて思わず苦笑が浮かぶ。確かに彼女は沢山食べて沢山買っていた。おかげで今日の手荷物はちょっとした量になっている。
「これはまた今度ということで〜」
「これだけ買ってるんだから、一つ二つ増えても同じだよ」
　しかし、彼女の嬉しそうな顔は何にも勝る。名残惜しそうな顔を見れば彼女が気に入っていることなど一目瞭然。愛の返事は聞かずに店員を呼び、鼈甲の帯留めの代金を支払う。
「ありがとうございます〜♪」
「いえいえ」
　彼女の嬉しそうな顔を見れるだけでちょっとした出費もなんのその。こうして愛の笑顔という思い出と手荷物がまた一つ増えるのだった。



　そうこうしている間に陽はさらに下がり、軒先には提灯や灯篭が輝くようになっていた。
　夕餉も近い時間。歩き倒しの二人は、幾ら昼食もしっかりいただいていると言ってもそろそろお腹に収めたものがなくなってきてもおかしくはない。そして聞こえたのは、小さく可愛らしい音。
「……ぁ」
　恥ずかしげに愛が俯く。恐らくは彼女の腹の音だったのだろう。可愛らしい反応を見せる彼女に満足しながら、しかし刀也も自分の小腹が危ないことを自覚していた。
「刀也くん、あれなんてどうですか？」
　漂ってくるのは餡子と小麦粉が焦げる特有の香ばしい香り。指差す先には暗い中でもはっきりと見える白い煙。
「大判焼きか」
「美味しそうですね〜おじさん、四つくださーい♪」
　よほどお腹がすいているのか、それとも二人で食べるのが楽しみでしょうがないのか。言うが早いか愛は即座に注文していた。

「美味しいです〜♪」
　口の中に広がる餡子と香ばしい小麦粉の味。小麦粉自体に軽く味がついているのか、それが甘すぎない餡子の上品さとよくマッチしていた。
　満面の笑顔を浮かべる愛に、刀也も自然と顔が綻ぶ。おかげで彼の手はあまり進まない。自分のお腹よりも彼女の愛らしさを取ってしまうのは男の性というものだろう。
　そんな彼に気付いた愛は、
「はい、刀也くん。あーん、ですよ〜♪」
　当然のようにそれを彼の口元に持っていくのだった。
　人前でそんなことをするのは恥ずかしいのか、刀也はそれとなく周りを見渡した。しかしすっかり陽も落ちた今、彼らの様子を気にする人などいない。
「じゃあ、遠慮なく」
　口の中に入れた大判焼きは、確かに愛が顔を綻ばせるのも納得できる美味しさだった。それから二人はお互いに食べさせあい、すっかり大判焼きの味に夢中になっていた。

「は〜……美味しかったです〜」
　お腹も軽く膨れ、上品な甘みを堪能した愛は夢心地。そんな彼女の口元には小さく餡子の粒がついていた。
「ついてるぞ」
「ふぇ？」
　指先が軽く口に触れ、それはそのまま刀也の口へ。餡子の甘さとは別に、何か他の甘さも混じっている感じがしたのは刀也だけの気のせいだろうか。
「今のはちょっと恥ずかしいです〜」
「さっき散々食べさせあったのに？」
「む〜それとこれはちょっと違うんです〜」
「そういうもんですか」
　甘味はなくなったが、二人を取り巻く空気はどこまでも甘かった。





◇　◆　◇　◆　◇



　そうこうしている間にさらに帳は深く落ち、すっかり闇の支配する時間。二人はやはり手を繋ぎ長屋へと向かっていた。
　楽しい時間も何時かは終わりがくる。勿論明日になればまた会えるが、それでも寂しさは隠し切れない。愛の手に少し力が篭る。
　二人の住居はいまだ離れている。同居をしてもいいのだろうが、まだそれは難しいかもしれない。
　婚姻を結べばどうだろうか？　それでも二人に仕事がある以上、ずっと一緒というのは無理な話だ。
　生きていかなければいかない以上働く必要があるのも確かで、結局それが二人の時間をどうしても削ってしまう。なんとも寂しい話だ。
　共に過ごす時間は何よりも楽しく愛おしい。しかしその後に来る一人の時間はたまらなく寒く寂しい。誰かを愛するというのは、その寂しさを同時に抱え込むことでもある。勿論それがあるからこそ二人の時間が殊更大切に思えるのだろうが、しかし何度体験してもそれに馴れることなどはないのだろう。
　愛はそれを毎回この時間に思い出す。そしてきっとそれは刀也も同じだろう。
　しかし今日という時間を、思い出を寂しさで塗りつぶしたくはないから、人は皆笑顔で別れようとする。それは二人も同じこと。
「刀也くん」
「ん……」
　軽く爪先を立て、愛は自ら唇を刀也のそれに重ねた。そこから広がる熱は愛を包み込む。その暖かさに安心し、これなら大丈夫と彼女は笑った。
「それじゃあおやすみなさい、ですよ」
「……」
　しかし、刀也はそれで満足出来なかった。彼女をもっと感じたいと、そう思ってしまったから。
　愛の手を引き、強めに抱きしめながら今度は刀也から唇を重ねた。愛は少し驚いたが、しかしそれも最初だけ。腕の中で感じる愛する人に抵抗することもなく、それを受け入れる。
「刀也くん……？」
「振り回されてたし、そのお返しだよ」
　その響きには今までと違う色が混ざっていた。熱くなる吐息を隠す様に彼は悪戯っぽく笑う。勿論それも理由の一つだが、本当の理由は別にある。
　こんなに可愛い愛する彼女を、今だけは離したくはなかったから。出来ればずっと。しかしそれは無理だから、せめて今だけは。
　引き戸を開け、そのまま手を引き中に入る。
「愛も疲れただろう？」
「えぇっと……ふふっ、わかりましたよ〜♪」
　彼の誘いを断る理由はなかった。明日の仕事がどうしたというのだ、そんなものは後で考えればいいのだから。そして何より、愛が刀也の傍から離れたくなかったから。
「今日は遠慮せずに甘えとけ。時間は、幾らでもあるんだから」
「はい〜♪」
　引き戸が閉まる。これからまた、二人だけの時間がはじまる。





◇　◆　◇　◆　◇



　今はただあの人に恋をしているだけなのかもしれない。
　そしてきっとこれから、恋は愛に変わるのだろう。
　どれだけの時間を二人で過ごせるかは分からない。きっとただ楽しいだけの時間ではなくて、辛いことや悲しいことも沢山体験することになるだろう。
　しかしそれでも構わない。きっとそれを乗り越えられる強さを二人は持っているはずだから。

　今まで紡いだ甘い色、恋する歌は、この先きっと形を変えて二人の間に紡がれていく。そう、時間は幾らでもあるのだから。





＜END＞

■ＷＴアナザーストーリーノベル（特別編）■

EEE

Asura Fantasy Online

2011年12月08日