▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『乙女のおしのび 』
天津風 美沙樹(eb5363)&ユリゼ・ファルアート(ea3502)&アーシャ・イクティノス(eb6702)

●内緒の支度
「今日はお忍びできるよう、女官達にも協力を貰いましたわ」
「……ええと、お忍びなんて……大丈夫でしょうか?」
 不安そうな相手の気持ちを後押しするように、きっぱりと告げる声は強くゆるがない。
「忍べないお忍びはお忍びなんていいませんもの、国王陛下夫妻に習って少しくらい大丈夫ですわ」
「貴女がご一緒でしたら、不安はないですけれど……あの、貴女が叱られてしまうでしょう?」
「私は誰にも負けませんわ、大丈夫です」
 もう1度、はっきり言い切って見せれば、彼女はようやく小さく笑った。
「それじゃ、女の子だけの内緒のお出かけですね?」
「勿論ですわ」
 はっきり応えて笑いかける――今度は安心させるように。
 笑顔を浮かべれば、彼女は淡く微笑んだ。
「そうそう、ジャパン人っぽく見えるよう、少しお化粧をしていただいてジャパン風の衣装を着ていただこうかしら?」
「ジャパン風の衣装ですか? それは嬉しいです……!」
 ここのところ忙しく日々を送っている主が少しでも一息つく間を贈りたくて、天津風 美沙樹(eb5363)はノルマン王国王室御用達の必殺技を繰り出すことにしたのだった。
 主従ではなく、仲の良い二人に見えるように並んで歩くとか工夫や、さりげない警戒は必要だけれど、クラリッサ・ノイエン(ez0083)様に楽しんで欲しいものを探して、準備して。
 身体を守るためだけじゃない、心身共に――そして公私に渡っての彼女を守るのだと決めていたから。
 それに……。
「あたしの仲間もこっそりひっそり手伝ってくれたりしてますもの」

●聖夜祭の準備
「クラリッサさん、お久しぶりです……!」
「お久しぶりです、アーシャさん。お元気でしたか?」
 親しい女性同士が集うと生まれる明るく楽しい、特有の女性ならでは雰囲気に、クラリッサはふわりと微笑んだ。ぎゅっと抱きしめられる腕が、かわらず温かで親密であるのが嬉しい。
「美沙樹さん、クラリッサさま、お久しぶりです……お忍びだから偽名が良いですか? クララ、とか」
 くす、と笑み零す、空と森のやさしい色合いを見つけてクラリッサの笑みが深くなる。ユリゼ・ファルアート(ea3502)さんもお久しぶりですと、アーシャ・イクティノス(eb6702)の腕の中から目礼と共に挨拶する、生真面目なところはやはり変わらない。
「そうですね、名前を聞かれたら気付かれてしまうかもしれません」
「そうですよ、クラリッサさん、領内で顔バレしてないのでしょうか?」
 ユリゼが被せてくれたフードの端をもって、クラリッサはゆるりと首を傾げる。
「フードも被りましたし、いつもと装いが違いますからきっと大丈夫ですよ。だから、名前だけお願いしますね」
 どちらかというと、美沙樹と連れだっている時点で、バレてしまうかもしれないと思ったけれど、美沙樹の心使いが嬉しいから、ちょっぴりの変装は自分だけ――いつも領内で付かず離れず守ってくれる美沙樹も十分有名人なのだ。そんなことは言わずに、洒落っ気たっぷりに片目をつぶって見せる。
「わかりました、今日は『クララさん』ですね!」
「はい、お願いします」
 クラリッサと美沙樹は姉妹のような装いで、ユリゼとアーシャも連れ立てば、どこからみても冒険者のパーティだった。
「そういえば、皆さんはどうしてマントに?」
「嫁ぎ先はド田舎だから賑やかな空気が恋しくて♪ 決してエルダー領を疎かにしてませんよ〜」
「勿論、アーシャさんですから……存じてます」
 アーシャの、マントの民への心使いに満ちた毛糸の帽子の裾を、ちょんっと触れ整えて、笑顔で頷く。
「マントは賑やかですか?」
「ええ、とっても!」
 訊ねれば即返るアーシャの言葉に、心から嬉しそうな笑みを浮かべるクラリッサ。
 同じ年頃の女の子同士で、きゃいきゃいするのも、普段と違ってすごく楽しい。瞳を合わせれば「ねー」と頷き合える仲が嬉しい。
「私は、聖夜祭の飾りやプレゼントを見たいなと。義理の姪っ子がね生まれたんです。もうほんっっとう可愛くて可愛くて。銀の鈴とかあれば贈りたくて」
「それは素敵ですね、おめでとうございます! ……銀細工の鈴ですね、とても良い品があるんです」
 向かう足の行方がわかった美沙樹が目を瞠ったが、口元に人差し指を立てて笑うクラリッサに勝てるはずがなく。お忍びの一環と言い張って、工房の若い職人のところにも同じ仕草で乗り込んだクラリッサに続いてユリゼ達が案内された小部屋に入ると、そこにはころりと丸い鈴がたくさんケースの中に並んでいた。
 ころりころりと転がせば、不思議な音色が響く鈴。
 表面に刻まれた紋様は複雑なものもあれば、かわいらしいものも多く。意匠もさまざまだ。シンプルな銀の鈴も勿論ある。
「昔からあったものらしいんですけど、今は見かけないらしくて。遺跡からみつかった鈴を職人さん達に頑張って複製していただいていたんです」
「不思議な音ですね……素敵」
「未だ色々試作していて、一般には出てないんです。とっておきの贈りものになりませんか?」
 頭の固い老職人にはお忍びは通じないと口止めをお願いする美沙樹の傍ら、アーシャも興味深そうに箱に並ぶ鈴をながめている。
 手の上で転がすと、深く甘く不思議な調べを奏でる鈴をみて、ユリゼは「よし」と心に決める。
 大きなもの、小さなもの……音色も個々に異なる鈴たちをユリゼは一つ一つ丁寧に選び始めた。

●お土産と贈り物と
「美沙樹さんは?」
「私はマントに住んでるのですもの、お土産はおかしいですわ」
 ころころと鈴を転がすように笑う美沙樹の笑顔に、ユリゼもアーシャも納得してしまった。
 それほど、マントに馴染んでいるように見える言葉と笑顔だったのだ。
「それじゃ、お土産ではなく聖夜祭の贈り物ではどうでしょう?」
 ひょっこりアーシャの後ろから、クラリッサが顔を出した。手に小さな箱を持っている。
 思いがけないところから差し出された品に美沙樹は瞳をしばたかせた。
「マントの特産の銀細工ではないのですけれど……これを。きっと聖夜祭の頃は忙しくて、パリとの往復とか大変ですものね。気のおけない皆さんと一緒に過ごす今が良い機会かと思って」
 にこにこと差し出された小箱をそっと受け取る。
「開けてみてもよろしいかしら?」
「もちろんです」
 手のひらより少し大きな箱の中、リボンを解いてそっと開いたその中にあったのは……
「……鍔飾り……?」
「はい、ジャパンの本職の職人さんが作られる品には叶わないかもしれませんが、マントの職人さんも一生懸命作って下さったんですよ? わからないなりに私もずいぶん我儘をいってしまいましたし」
 花を透かした紋様の小太刀用の鍔だった。いつも傍らで身を守ってくれる美沙樹の持つ刀をしっかりみていたのだろう。銀では鍔が為すべき用を果たせない。装飾ではなく、身を守るものであって欲しい、クラリッサが願いを込めた品。
「……ありがとう、ございます」
「お礼を伝えるのは私です、いつもありがとうございます。これからも宜しくお願いしますね」
 思いがけない贈り物に驚きの色を隠せない美沙樹に向けて、クラリッサは悪戯が成功したような笑顔を浮かべる。
「クラリッサさん、私も何かお土産見立てて欲しいです!」
「勿論です、マントのおすすめでしたよね」
 今度はエルダー領のおすすめも教えて下さいねとお願いされれば、どんとこいと満面の笑みでアーシャは請け負った。クラリッサの腕をとり、アーシャが指さす店先を覗いては、クラリッサが組んだ腕を軽く叩いて違う品を商う店を示す。
 二人そろって、領地を納める立場には見えない後ろ姿だ。
「ちょっと早い聖夜祭の贈り物、ね。良かったわね、美沙樹さん」
「ええ、大切にしますわ」
 ぽんと美沙樹の肩を叩き、二人に置いていかれないように、と、歩みを促しながら、ユリゼは先ほど購入した品をしまった懐を服の上からそっと押さえた。
 手に返る固い感触は、けれど優しい想いで満ちていて。
 銀の鈴を贈りたい相手も、美沙樹のように笑ってくれるだろうか。
 想いを込めて選んだ品……きっと真心を汲んでくれるだろうから、杞憂だろうか。
 贈り物は選んだ時も、贈る時も楽しい気分を贈り主にもくれるものだと知っているから、きっと鍔を選んだ時のクラリッサの気持ちは今の自分と同じなのかもしれない。

――皆、幸せな聖夜祭を迎えられます様に……。
WTアナザーストーリーノベル -
姜 飛葉 クリエイターズルームへ
Asura Fantasy Online
2011年12月26日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.