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『満月をお供に 2 』
水嶋・琴美8036)&(登場しない)

 人の気配の感じられない施設の中に琴美の靴音だけが響き渡る。
 誘拐されてきた人々はどこに捕らえられているのだろうか。表向きは製薬会社として運営していたのだから見える場所ではないだろうと当たりを付け、琴美は地下へと続くエレベータに乗った。目指すのは最深部。ただの企業にはあり得ない地下三十階の文字盤をためらうことなく押し、琴美は壁に寄りかかるとしばしの休息を得た。
 辺りを窺いながら、浮遊感をまるで感じさせなかったエレベータから降りた琴美は地下に広がる実験施設の大きさに目を瞠る。予想はしていたが、これほどまでの規模だとは思っていなかったのだ。
 施設のちょうど中心に当たる部分がエレベーターホールとなっており、そこからいくつもの部屋へと続く通路があり、地下は円形なのだと予想できた。
 本来ならば警護の者がいるのだろうが、先ほどの騒ぎで全員上へとやってきたのか地下の警備は手薄どころか皆無だった。
 誰も居ない廊下を歩き、琴美は一番遠くの道を選んだ。それは今まで培ってきた経験から導き出された答えだった。
 一番奥にあった部屋の前に辿り着いた琴美はその扉を解除しようとする。複雑なパスが必要だと思われたが、そのパスを探すまでもなく、琴美の望んでいた人物の声が聞こえた。一番安全な最深部に大ボスは居るものだ。
「酷いものだね、皆殺しとは」
 冷たく無機質な声が琴美の頭上から聞こえる。
「あら、酷いのはどちらかしら。人体実験をなさるあなたは人でなしではありませんの?」
「人でなしどころか、僕は人類の救世主だろう? 人々の望む治療薬を作る。それを飲んだ人が命を繋ぐんだから」
「他人の命と引き替えにでしょう?」
「何にでも犠牲はつきものだよ。それに皆、どうせ死ぬなら人の役に立ちたいって思うだろう?」
 なんでもないことのように淡々と告げられる言葉に琴美は苛立ちを声ににじませながら告げた。
「だからって他人の寿命を決めるのはあなたではありませんわ」
「どうかな? 僕は今キミの命も握っている」
 忍び笑う声が響いてくるが琴美はそれを無視し扉が開くのを待つ。自分が勝つ事を確信している者は、相手を叩きのめしそれを見る事を好む傾向にある。自分のしいた布陣に確固たる自信を持っているであろう扉の向こうの人物は、必ず扉を開けると琴美は信じていた。
「私の命は私のものですわ。誰にも握らせません」
 琴美は挑発するように監視カメラに向かい微笑んだ。
「はっ、強がるのも今のうちだけだ。これでもそう言えるかな」
 琴美は扉の中央から放たれるレーザーを床に伏せる事で防ぐが、そのレーザーは床に向けて焦点を変えた。すぐさま身を反転させ避けるが、二つ目のレーザーが放たれる。それはどんどん数を増やしていき、琴美の逃げ場を奪っていく。しかし琴美は笑顔を崩さなかった。逃げながら琴美は死角になる部分を探し、それを見つけていた。
 スカートを翻しながら琴美はその死角へと潜り込みレーザーの発射地点をめがけクナイを放った。元は一つの地点から放たれたレーザーが反射して琴美を狙っていた。簡単にその仕組みが分からないよう操作されていたが、規則的に放たれるそれを見た琴美はすぐにそれを見抜いた。
 正確に打ち抜かれた地点は火花を散らす。髪一本も散らすことなく琴美はそれを破壊した。
 火花を散らした扉は半開きになる。その奥に人影が見えた。
「レーザーが三十ほど四方から放たれたはずだが……」
 焦った声が聞こえてくる。
「なかなか面白かったですわ。でも機械的なものでは少々趣が足らないと思いますの」
 ですからあなたがお相手してくれません?、と琴美は告げた。かつん、と琴美の靴裏が音を立てる。
「なっ……そんなことは……」
 必死になり扉の修復を試みる男だったが、琴美はそれを待つことなく機能を果たさなくなった扉を開け中へと入る。男と対峙した琴美はにっこりと微笑んだ。
「あなたは自分の命も握っているのでしょう?」
 後ずさった男は手に当たったランプを琴美へ投げつける。それを琴美は惜しげもなく美しい肢体を晒し、華麗な回し蹴りで男性の元へと蹴り返した。焦っていた男はそれを避ける事も出来ずにまともに当たってしまう。硝子の破片が飛び散り男の頬をかすめた。すっ、と一筋の朱が走る。
「おまえっ!」
 気位の高い男は傷がついたことで頭に血が上ったのか、震える手で銃を構えた。奥に閉じこもっていた男は今まで怪我をすることも無かったのだろう。
「慣れないものは使わない方が身のためですわ」
「うるさい、うるさいっ! 銃などいつも使ってた」
「でも捕まえるためで殺した事はないのでしょう? 今はその意志を持って私に銃を向けていて震えてる」
 銃を向けられているというのに余裕の表情を崩さない琴美は男の方へ一歩を踏み出した。
「来るなあ!」
 それに応えることなく琴美は歩を進め、男が引き金に手をかけた瞬間動く。引き金を引く前に男の体を捕らえ、男が気付く間もなく左胸にクナイを突き立てた。じわりと広がっていく血。それと同時に男の体から力が抜けていく。男の胸に咲いた血の華が開ききる頃には、男は動かなくなっていた。
「任務達成ですわ」
 呆気ない死を迎えた首謀者の男に向け、優しい優しい微笑みを浮かべた琴美は男のポケットの中にを漁る。そこから鍵の束を見つけるとそれを手にその場を離れた。
 向かうのは捕らわれた人々が閉じ込められている部屋だ。破壊工作をするに辺りその者達は邪魔だった。
 素早く鍵を開けてやり現在の状況を説明してやると人々は口々に礼を述べ逃げていく。体力のない者は、最近捕まったばかりの者に支えられるようにして出て行った。
 ここまで来ればあとは施設を破壊するためのスイッチを押すだけだ。
 人々を逃がしながらあちこちに爆発物を設置してきていた。
「さようなら、ですわね」
 余りにも手応えのない敵に呆れながら琴美はその施設のすべてを破壊するスイッチを押した。


 来た時と同様に夜の闇に紛れ琴美は帰還する。
 自室に戻った琴美は月明かりの漏れる部屋のカーテンを引き明かりを付けた。クローゼットを開け、琴美は服を取り出す。シャワーでも浴びてから報告に行こうと思ったが、汗をかくほどではなかった為、そのまま戦闘服だけを着替える事にしたのだ
 帯を解くと、シュルっ、という衣擦れの音が部屋に響く。上着を脱ぐと上着で押さえられていた胸が大きく揺れた。
 そのままプリーツスカートに手をかけ床へと落とす。スパッツが露わになり、なめらかな体のラインがカーテンに映し出された。そのスパッツも脱いでしまうと豊満な体が現れる。むっちりとしたその太ももを覆うようにタイトなミニスカートを身につけた琴美は、上半身もぴっちりと体のラインの分かるスーツを身に纏う。
 琴美は軽く化粧を整え、長い髪を靡かせながら部屋を出た。
 ふわりと髪が宙に舞う。その姿はとても優雅に見えた。
 司令室についた琴美はノックをし、司令官の言葉を待つ。入れ、という言葉を聞いた琴美は自然な笑みを浮かべ入室した。全幅の信頼を寄せている司令官には自然と表情が出てしまう。
「失礼します。先ほど、製薬会社とみせかけた人体実験施設の殲滅指令完了しました」
「随分と早い帰還だったじゃないか。もう少しかかるものだと思っていたが、まだ月が出ているぞ」
「えぇ、楽な任務でしたわ」
「そうか。よくやった。さすが我がチームの精鋭だ」
 ふふっ、と琴美は笑みを深くする。
「こうも簡単に任務を完了されてしまうともっと難しい任務を任せたくなるな」
「これからも全力で任務にあたらせていただきますわ」
「ああ、これからも頼む。今日はゆっくり休んでくれ」
 満足そうな司令官の表情に琴美もホッとする。
「はい、失礼いたします」
 深々と頭を垂れた琴美は軽やかな足取りで司令室を後にした。
 廊下から見える夜空にのぼる月は今も琴美を柔らかく照らし出している。
「あのような事を言われたら、次もきっちりと仕事を決めないといけませんわね」
 その顔は自信に満ち、上司から褒められた事への高揚でうっすらと頬が赤くなっていた。
 琴美はまた明日から始まる新たな任務をこなすことを決意しながら自室へと向かうのだった。
 月はそんな琴美の事をなおも照らし続けていた。


【FIN】
PCシチュエーションノベル(シングル) -
紫月サクヤ クリエイターズルームへ
東京怪談
2011年12月26日

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