▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『かまくらの一夜 〜柚乃、五歳の冬〜 』
柚乃(ia0638)


 師走を迎えた神楽の都は忙しなかった。
 さる場所に佇む呉服屋もやはり、どことなく忙しい。開拓者や一般人服、他儀の衣装も取り揃えているそれなりに大きな店なので、なおさら。
 そんな呉服屋に、一人の女性が歩いてきた。
「ふうっ、お使いはこれでお終い」
 小さな赤い包みを胸の前で抱える女性は、柚乃(ia0638)。お店の用事を済ませて帰ってきたところだ。
 普段、開拓者ギルドの仕事を請けていない時はここの仕事を手伝っている。実家を出て住まわせてもらっているだけではない。母親の古い友人で元開拓者の店主夫妻には言葉に尽くせない多くのものをもらっている。感謝を込めて働いているが、自然と体が動いている。そんな、作ることのない彼女の様子を見て常連客は「看板娘だ」と誇らしそうに言うが、これは余談。
「八曜丸は大人しくしてるかしら。……あらっ?」
「呉服屋のお姉さん、こんにちは〜」
 朋友のもふら様を思い浮かべたところで、小さな女の子と出会った。
「今日はお兄様と一緒じゃないの?」
「兄様、お風邪を引いてて私がそばにいちゃ駄目だって……」
 柚乃が聞くと、明るかった女の子は寂しそうにする。
 ここで、雪がちらついた。くしゅん、と女の子がくしゃみをする。
「あらあら。あなたまで風邪を引いてしまうと、お兄様悲しむかも。早くお帰りなさい?」
「うんっ、そうする。またね、お姉ちゃん」
 元気良く言うと、てててっと駆け出す。
 柚乃は手を振って見送っていたが、ふと笑みが消えた。雪が大量に降り始めたのである。
「大変。雨戸を閉じる手伝いをしなくちゃ」
 慌てて駆け出そうとしたが、「あ」と足を止めて女の子が帰って行った方を見た。
「私も、そんなことがあったなぁ。こんな、雪の日――」
 丸めていた大きな紫の瞳に懐かしさが宿ると、自然と目尻が下がるのであった。


 それは、柚乃が五歳のとき。大好きなもふら様、八曜丸と出会う前。
 外は深い雪景色で、とても寒い一日だった。
 柚乃は、締め切って暗い部屋に一人座っていた。双子兄が風邪で寝込み、遊び相手がいなかったのだ。母には、「風邪がうつるかもしれないから、そっとしてあげてくださいね」と言いつけられている。
 ぐっ、と正座して座る膝小僧に載せた手に力を込める柚乃。
 寒い。
 そして、寂しい。
 大きな部屋と静寂が、自分を押し潰してしまうような感覚に見舞われる。
 すん、と涙を堪えた。
 その時。
「雪を切って飛べるのはこういう日しかないんだって!」
「でも、父様は留守の間に龍に乗るなって……」
「それは俺たちがチビだった頃の話」
 縁側を歩く気配に顔を上げた柚乃は、すぐさま立ち上がり障子戸を開いた。
「兄様達何処に行くの? 柚乃も一緒がいい!」
 戸を開けた両手を伸ばしたまま一気にまくしたてる。歩いていた二人の兄は、妹のこの様子に驚いた。
 普段は見せない活発な様子。明確な意思表示。そして、強い願い。
「どうする? 勝手に連れ出していいのかな?」
「う〜ん……」
 二人の兄はしばらく悩んだ。
 ちら、と柚乃を見る。
 大きな、すがるように潤んだ紫の瞳が真っ直ぐ見詰めてくる。
「分かった。父様には内緒だぞ、柚乃」
 どうやら二人とも柚乃の瞳には弱かったらしい。ばあっと、柚乃の瞳が輝くのだった。

「わあっ!」
 そして、見開かれる柚乃の瞳。
 眼下に広がる雪化粧した森が物凄い勢いで後ろに流れる。
 体も心も軽くなる飛翔感と、息が詰まるような疾走感。
 寒さはあまり感じない。動きづらいが、もふもふもっふりな服で十分すぎるほど防寒しているから。
「い・やっほーっ!」
 龍に同乗し手綱を取っている兄は、もう一人兄を追って右に旋回した。
 実は森の高さギリギリの低空飛行で、針葉樹の隙間を抜けていると言っていい。
「この水しぶきみたいな雪がいいだろっ!」
「うんっ!」
 何といっても迫力が違う。掛かってくる雪がむしろ気持ちいい。小さな柚乃は、この素晴らしい世界を全身で受けようと身を乗り出すのだった。
 しばらくして先行する兄と並んだ。
「よし、交代だ。今度は俺たちが先に飛ぶからな」
 順番を交代して、ぐんと高度を下げつつバンクして――。
 この時、悲劇が起こった。
「あっ!」
 なんと、兄が龍を傾けた瞬間突風に見舞われ、前に乗る柚乃が脇の下をすり抜け転落したのだ!


 名前を、呼ばれたような気がした。
「……う、ん?」
 柚乃が気付くと、そこは深い雪に沈んだ森だった。
 横たわっていた彼女は起き上がると、ぷるんと頭を振って雪を払い周りを見る。
 すると、雪がもそもそと動き何かが顔を出した。もふら様だ。
 一つ、二つ。そしてあちらにもこちらにも。
 次々に顔を出すもふら様たち。
「きゃっ!」
 悲鳴を上げてころんと柚乃が転がったのは、自分の下からももふら様が顔を出したから。でてきたもふら様はふわ〜ぁ、と大きなあくびをした。すると、まわりのもふら様たちも一斉にあくびする。ふわ〜ぁ。
「まあっ。いままで寝てたのかしら」
 雪が積もって埋まってしまっていたのに呑気ね、とかくすくす笑う柚乃。彼女自身、自分はどうしてここにいるのかすでに忘れている。体が痛くないからだろう。もふもふもっふりな服装と木の枝、深い雪、そしてその下のもふら様のおかげで奇跡的に無傷だったのだ。
「あ……」
 そして、柚乃は息を飲んだ。
「こんにちは」
「おはよう」
 兄とは違う少年二人が、いつの間にかそばに立っていたのだ。どことなく淡い光を帯びている様子は人ではなく精霊のようで、煌めく白銀の髪が神秘的で。
「……は、俺の……」
「やあ、……。僕も……」
 胸を張る少年と、屈んで覗き込んでくる少年。ともに声を掛けてくるが、柚乃は首を傾げるばかり。どちらも柚乃の知らない誰かの名前を口にしているからだ。しかも二人とも違う名前を繰り返している。
「柚乃は柚乃だよ……?」
 ぺたりとお尻から座ったまま首を傾げる柚乃。
 すると、二人の少年は顔を見合わせ苦笑した。俺少年が頭をかき、僕少年が頬をかいている。
「そっか。柚乃は柚乃だよな」
「そうだね。柚乃は柚乃」
 すっと手を差し出す少年二人。自分の名前を言ってくれたから――いや、その響きが温かく思い遣り深い響きがあったからだろう。柚乃は二人の手を取って、ぐ、と両手を引いてもらって立ち上がった。
「そらっ。柚乃はそっちに乗って」
「きゃっ!」
 三人を乗せると走り出すもふら様。
 ぴょんぴょん走る。
 ぐんぐん木々が迫り背後に抜けていく。
「あっはは。次はこっち!」
「え? 早く言って」
「ほらほら。僕も追い抜くよ」
「待って。待ってよ〜」
 風のように雪の森を駆け抜け、最後は窪みに飛び込んで行きまみれ。
「はははっ。それっ!」
「ああん、柚乃も〜」
「ほら、もふら様も楽しくて周りを跳ね回ってる」
 雪を掛け合っていると楽しくなったのか輪になって跳ね回るもふら様たち。
「よし、柚乃。かまくらを作ろう!」
 楽しい時はどんどん過ぎていく。
 もう、締め切って一人座っていた暗い部屋での柚乃はいない。
 笑って、思いっきり体を動かして、たくさん少年たちと触れ合って……。
「柚乃っ!」
 その時、二人の少年とは違う、しっかりした声が響くのだった。


「柚乃、怪我はないか? ……誰かに助けてもらったのか?」
「……ん?」
 身を起しごしごしと目をこすると、父親と二人の兄がいた。
「良かった」
(あ、かまくらにいたんだ)
 父親に抱き締められた柚乃はここで初めて、いままでかまくらの中にいたのだと知った。
(……夢?)
 父親の声を夢うつつの中で聞きながら、柚乃はぼんやりとそんなことを思う。
(あ!)
 お礼を、と思って周りを見るが、すでに二人の少年ともふら様はいなかった。
 いや。
 かまくら以外、彼らと遊んだ形跡がまったく残っていないのだ。
 足跡も、雪を掛け合った跡も。
 夢だったのかもしれないと思った瞬間、何かが手の平にあることに気付いた。
 しかし、それを確認せずにそっと袂に隠した。
 大切な大切な、宝物のように思えて。

 後日、二人の兄は父親にこっぴどく叱られたらしい。
 柚乃は見たわけではないが、それと気付いた。二人の兄が父に本気で叱られた後にするしょんぼり感あふれる様子を長くしていたから。よほどひどく叱られたのだろう。
 双子兄の風邪は、こじらせることもなく数日で治った。
 もう、遊んでもらえる。
 でも、あの日から少し柚乃には秘密ができてしまっている。
「あれ。柚乃、どうしたの?」
 双子兄は敏感に気付くらしい。
「ちょっと、ね」
 さらりと青い髪をなびかせはぐらかし、一人で部屋にこもる。
 そして小さな秘密を見る。
 あの日、手の平に握っていたもの。
 それはお守り袋だった。
「ふふっ」
 袋の中身を手の平に転がして柚乃は微笑んだ。
 出てきたのは、二枚の奇麗な鱗。
「俺が思うに、なんか縮んだんじゃないか?」
「でも、僕としては彼女に間違いないかと。元気そうでよかった」
 二枚の鱗がそう喋ったわけではないが、あの日、父に連れて帰られる途中で背中越しに聞こえた声が耳に蘇る。


「――もちろん、夢だけど」
 そして場所は神楽の都、呉服屋の前。
 柚乃は昔懐かしい記憶に身を委ねた余韻に浸っている。
「柚乃のことをなんて呼んでたのかも、二人の名前も知らないけど……」
 自分のことを知っていたようだった。
 にっこり笑顔なのは、「元気そうでよかった」と言ってくれたから。
「あ。でも、『縮んだ』っていうのは微妙……」
 苦笑もする。
 思い返せば二人の少年。
 対照的な性格で、古めかしい衣服を纏っていた。年齢はともに十代後半のようだった。
「後で兄様達は誰の姿もなかったって……ううん。『夢だ』って言ったけど」
 記憶だけは、鮮明に。
 でも、夢でもいい。
「あっ。お帰りもふ〜っ」
 呉服屋から藤色のもふら様が出てきた。
「ただいま、八曜丸」
 優しく八曜丸を抱き上げる。
 五歳の時の、夢のような記憶と一緒に。




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【ia0638/柚乃/女/14/巫女】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
柚乃様

 いつもお世話様になっております。OMCライターの瀬川潮です。

 大切な大切な、在りし日の記憶。詳しい事情は分かりませんが、分からないのがいいのだと思います。いろいろ想像するところもありますが、八曜丸を抱くのみで留めました。舞い降りる雪の冷たさに対する、そこにある温もりとして味わってください。

 諸般の事情で通信欄の分量が少ないですが、本編を楽しんでいただければ。

 年を跨いだ納品になって申し訳ありませんでした。
 では、新年が柚乃様にとって良い年になりますように☆。
WF!Xmasドリームノベル -
瀬川潮 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2012年01月05日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.