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『六花、舞う。〜大きな背中 』
ヴァレリー・クルーゼ(ib6023)


 ふい、と足を止めて立ち止まった弟子に、ヴァレリー・クルーゼ(ib6023)はつられて立ち止まり、彼の方を振り返った。そうして弟子がきょろきょろと辺りを見回しているのに、つい、と眉を寄せる。

「‥‥? どうした」
「‥‥何か、誰かが‥‥」

 だがヴァレリーの言葉にそう返しながらも、サイラス・グリフィン(ib6024)はまだ辺りの雑踏を見回していた。まるで何かを確かめるように――誰かを、探すように。
 一体何が、とヴァレリーもサイラスの眼差しを追うように、きょろ、と辺りを見回して見た。けれどもそこには何もない。ただ、輝くように冷たい空気の中を泳ぐように、身をちぢこめた人々が足早に歩き去っていくだけだ。
 一体何を探していたのか。どうやらサイラスもそれを見つけることは出来なかったらしく、すみません、と謝ってヴァレリーを促し、再び歩き出した。
 けれどもその歩みは再び、幾らもいかないうちに止まってしまった。ぴたり、足を止めてまた辺りを見回しているサイラスに、いよいよヴァレリーは眉間に深いしわが刻まれるほど眉を寄せる。

「さっきから、一体どうしたんだね」

 ため息と共に、苛立ち交じりの誰何を吐き出した。どうにも今日は、この弟子の挙動は随分、おかしい。
 サイラスの口が、僅かに動いた。返事かと思って耳を澄ませたが、どうやら独り言だったらしい――願い事、と小さく小さく呟いたのが、僅かに耳に届いてくる。
 願い事。誰かに願って容易く叶うような、そんな生半可なものをヴァレリーは持ち合わせて居ない。けれども願うように思い出す懐かしき日々なら、ある。
 ふと空を見上げれば、舞い落ちてくる雪が一片、二片。故郷のジルベリアではさして珍しくもない、冬ともなれば毎年、世間から隔絶するかのように降り積もって辺りを閉じ込めるその雪は、けれども天儀ではあまり、空から下りて来る事のないものだ。
 あぁ、と何となく呟いて、空から地上へと舞う白を目を細め、見つめる。静かに、静かに、静かに。世界を真白に染め上げんとするかのような、雪の華。
 そう言えば、彼女が泣いたのもこんな雪の日の事だったのだと――ヴァレリーは知らず、空を見上げて想いを馳せた。





 十年一昔という言葉が、しみじみと実感出来るようになってからしばらく経つ。毎日はあっという間に過ぎて行って、それはジェレゾに居た頃も、引っ越してからも変わらなかった。
 それでも思い返すと、あの出来事は随分昔のように感じられた。十数年前――ヴァレリーがまだジルベリアに居て、妻がまだ生きて居て、そうして弟子を相手に勉強を教えていた頃。
 冬になれば毎日が雪に閉ざされて、見渡す限り白に染まり、住人の日課は屋根にどっさりと積もった雪を掻き下ろすことであった、そんな場所だった。そこにあっては小雪舞い散る日など珍しくはなく、だからその日のことをヴァレリーが今でも鮮明に覚えているのは、ひとえに別の要因による。
 いつも通り、雪の降る寒い日だった。妻は朝早くから暖炉に火を熾し、暖かな食事を整えて日課の雪かきを終えると、近所で仲の良いご婦人同士で糸を紡いでくると出かけて行き、ヴァレリーはそんな彼女が用意して行った暖かな部屋で、弟子がやってくるのを待っていた。
 毎週同じ日の、同じ時間。色んないきさつから近所にあった騎士の家の、長男を弟子とすることになったヴァレリーは、一見してしぶしぶと、だが彼なりに真剣に学問を教え、ひとかどの人物にしようと尽力していた。
 その頃は、ようやく成人を迎えた頃だったか、成人してしばらく経っていたのだったか。ほんの子供の頃から見知っているサイラスは、この頃成人を迎えて正式に騎士となり、それなりに大人の顔をして仕事をこなすようにもなっていた。
 ――けれども。

「最近、あまり本を読んどらんようだな」
「‥‥ッ、でも先生、俺にも仕事が」
「仕事を言い訳にして己の怠惰を正当化するのはどうかね。お前は成人したとはいえ、まだまだ子供だ。学ぶべき事は山ほどあるだろう」

 やって来たサイラスが挨拶をするのに、ちらりと視線を走らせて最近彼の母から聞いた事を口にすると、かっと頬に朱を上らせて口答えする。それにちらりと冷たい眼差しを向けて、ヴァレリーは大仰なため息を吐く。
 確かに最近、サイラスは騎士としての仕事もしっかりこなし、その歳にしては見所もあるししっかりしている、と評判になっている事はヴァレリーも知っていた。この調子では界隈の若い娘が、こぞってサイラスに熱を上げ始める日も遠くはないだろう、と揶揄されている事も。
 けれどもヴァレリーにとっては、サイラスはいつになっても小さな子供だった。否――或いは意識して、そう思い込もうとしていたのかもしれない。
 グリフォン家の人々も、すでにサイラスを可愛い息子と言いながら、それなりに大人として扱っていることは知っていた。けれどもそれを聞けば聞くほど、ならばいっそう自分がしっかりこの弟子を導き、正しい大人にしてやらねば、と思っていた事は、認めるに吝かではない。
 ふぅ、吐息を吐き、サイラスと共に屋内に忍び込んできた寒気を感じて無意識に腰の辺りをさすった。元より腰痛持ちのヴァレリーではあったが、この頃寒さが酷くなると、どうかすれば腰痛のあまり家の中ですら満足に動けない事もあった。
 その都度感じる、僅かな焦り。それが、この小さかった弟子がいつの間にか肩幅もしっかりしてきて、顔つきもすっかり青年らしくなってきた事に、ふとした瞬間に否応なしに気付いた時に強くなる事に、ヴァレリーは気付かないフリをしていたけれど。
 ヴァレリーの小言に、サイラスは不満げな表情をしていたものの、どうにか隠そうと辛うじて取り繕い、すみません、と口の中だけで呟いた。それにまた、この程度も受け流せないとはやはりまだまだ子供だ、と安堵に良く似た嘆息を吐き、鼻を鳴らす。
 そうして暖炉の前に置かれた椅子に深く腰を掛けたヴァレリーは、傍らに置かれた小さなテーブルの上に置かれた本をパラリ、めくった。寒い時期になると腰痛がめっきり酷くなるヴァレリーの事を、妻ももちろん承知して居て、彼女は夫がなるたけ動かずに済むようにいつも、あらゆるものをこの暖炉の傍に用意していくのが常だった。
 出来た妻だと、思う。だから今日のように、近所のご婦人方とおしゃべりをしに出かけるのは、ろくに合いそうもない自分と暮らす彼女の束の間の息抜きにもなっているだろうと、嬉しく思う。
 サイラスはそんなヴァレリーの様子をじっと見た後、ちらりと窓の外を見やってから、その傍に合った椅子の背を掴んだ。それは、彼がここにやってくるようになってから必ず使う、古びた造りの木の椅子だ。
 ほんの少し、足にガタが来ているだろうか。あれでは今は良いかもしれないが、いずれ身体に負担がかかるだろう。少し足を切って揃えるか、或いは磨れて短くなった足だけ新しく取り替えた方が良いだろうか。
 そう思い、それからまた僅かに痛む腰を感じて、密やかに眉を寄せた。いずれにしてもこの冬の間は作業出来まい、と思う。自分の腰はこんなだし、切り取るのならともかく、取り替えるとなると乾いた木を探すのは、雪の頃は難しい。
 ヴァレリーは頭の隅でそう考えて、眼差しを手の中の本へと落とした。サイラスに教える内容も、最初は挿絵交じりの簡単なものだったけれど、この頃はちょっとした貴族の知識から一歩踏み出した辺りまで進んでいる。

「では、前回のおさらいから――」

 そう前置きをして、ヴァレリーは先週の授業で教えた辺りを滔々と読み始めた。それに弾かれたように慌ててサイラスがページをめくり、彼と同じページに目を走らせ始める。
 ジェレゾに居た頃は教師として、幾人もの貴族の子弟を教えたヴァレリーだが、その中でも確かにサイラスは優秀な部類だった。天才でも秀才でもないけれども、学ぼうという姿勢はあそこに居た子弟達の誰よりも熱心であるといえる。
 元々、こちらに引っ越してきた時には教師を続ける気もなく、弟子を取る気もなかったヴァレリーだ。だから始めは、サイラスを弟子にしてやってくれ、と頼みに来た彼の両親にも、すげない返事をして追い返した。
 結局のところ、妻の口添えもあって弟子にしたのだが――存外、彼を教えるという事を気に入ってる自分が居るのを、自覚する。
 だから。

「サイラス。少し、髪が伸びすぎではないか? 集中出来ないのなら、次までに切ってきなさい」
「‥‥ッ」

 おさらいを終えて、今日の箇所をサイラスに読ませていた最中。眼の上にちらちらかかった前髪を、かきあげたサイラスにヴァレリーは、やれやれ、とため息を吐いて注意した。
 髪型位は個人の自由だから、それは好きにすれば良いとヴァレリーは思っている。もちろんそう思ってはいるが、それはまったく見知らぬ個人の話であって、サイラスの事ではない。
 学問を学ぶ上で、気を散らすなどどういう事か。否、それ以前にまだサイラスは子供に過ぎないというのに、そういった若者らしい髪型など100年早いではないか。彼の両親がその辺りを注意しないのなら尚更に、ヴァレリーが導いてやらねばならない。
 そう思い、忠告をしたヴァレリーに、サイラスは不満そうな眼差しを向けた。ほんの少し、唇もへの字に曲がっている。
 だから子供だというんだ――この頃は折につけて「俺はもう大人です!」と口答えをしてくる弟子に、ヴァレリーは大きなため息を吐いた。

「繰り返すがサイラス、お前はまだ私から見れば子供だ。お前はいっぱしの大人になったつもりかも知れないが――」
「だったら先生はさぞ立派な大人なんでしょうね。俺なんかが比べ物にならないくらいに」

 もう何度繰り返したか解らないような、小言。そのいつも通りの言葉に、けれどもサイラスはいつもとは違って、きっ、と真正面からヴァレリーを睨みつけ、そう言い切る。
 かっと、腹の奥から苛立ちが込み上げてくるのが、わかった。師に口答えをするなどなんという生意気な弟子か――! そう、怒りを込めてサイラスを睨み返す。
 あとから思い返せば、ヴァレリーが怒りを覚えた理由はそれだけではなかった。言外に、自分がやっている事はどうなんだと言われたのが解って、そうして自分自身でもきっと心のどこかで、そう思っていたからだ。
 妻への負い目。年々腰痛がひどくなり、年老いていく肉体。志体持ちとは言えそればかりは避けられず、しばしば動けなくなる自分を介抱してくれるのは妻や、この目の前の弟子である。
 それらが全部、いっぺんに胸の中に湧き上がった。妻の心配そうな眼差しが蘇り、先生無茶しちゃ駄目ですよ、と賢しらにそう言いながら腰をさすってくれた小さなサイラスが蘇る。
 目の前に居るのは、あれから十年近い年を経て身体も大きくなった、けれどもまだまだ小さな、弟子で――
 ガタンッ!
 気付けばヴァレリーは椅子を倒すほどの勢いで立ち上がり、座ったままのサイラスを見下ろした。見下ろす事で多分、自分の中の何かを守ろうと、した。

「勝手にしたまえ!」

 そう吐き捨てて、さっとサイラスから目を逸らすと、そのまま背を向けて部屋を出て行った。玄関先にかけてあった自分のコートと帽子を引っつかみ、手早く身につけると乱暴にドアを開ける。
 途端、外の寒気が猛威を持ってヴァレリーに襲いかかった。まだ小雪がちらついているが、歩くのに不都合があるほどではない。
 とはいえ、もし吹雪であったとしてもすっかり頭に血が上ったヴァレリーには、関係なかっただろうが――ざくざくざくと、積もった雪を踏みつけ、蹴散らしながら、ヴァレリーは憤然とどこかへ向かって歩き出した。どこに向かいたいのか、自分でも解ってはいなかった。





 ジルベリアの冬は、どこもかしこも真っ白に染まる。ジェレゾに居た頃もそれは変わらなかったように思うし、こちらに引っ越してきてからはなおさらだ。
 さく、さく、さく、さく――
 家を飛び出して、しばらく行った辺りで流石に頭も冷えたけれども、といってサイラスの居るだろう家に戻るのも気まずく、ヴァレリーはゆっくりと雪を踏みしめながら白の中を歩き、そう考えた。
 身につけている外套と帽子は、妻がこちらに来てから縫ってくれたものだ。ジェレゾよりも随分寒いと最初の冬にこぼしたら、厚手の布を調達してきて、分厚い生地に四苦八苦しながら仕立ててくれたのだったか。
 所々くたびれているものの、外套はまだ十分に実用に耐え、そうしてとても暖かかった。それは妻がそれだけしっかり仕立ててくれた証左でもあったし、ヴァレリーがそれだけ冬には外に出ない証左でもあった。
 いったい何をしているのかと、自分で自分を振り返る。そういえば彼は、妻が近所のご婦人と仲が良く、時々集まって糸を紡いだり、編み物や刺繍をしたり、他の様々なことをしていることは知っているが、それが具体的にどこなのかは知らない。
 何度か、挨拶はしたように思う。けれども妻は、ヴァレリーが気難しいのを知っているから、決して彼女達を家に招くことはなかったから、未だに顔と名前は一致していない。
 『だったら先生はさぞ立派な大人なんでしょうね』。サイラスの言葉が耳に蘇り、知らず、ヴァレリーは顔をしかめた。本当に立派な大人だったなら、そんな風に妻に気を使わせはしないことだろう。
 だが、今更それを改められるかと言えば、それは不可能で。ただ妻に感謝をして、それを表す方法を不器用に探るしかなくて――

「う‥‥ッ!?」

 ピキ、と。
 不意に嫌な感覚が腰に走り、ヴァレリーは足を止めた。思わず労るように外套の上からその辺りを撫でさするが、痛みはどんどん強くなり、じわじわとしびれるように全身に広がっていく。
 堪えきれず、膝を突いた。辺りを見回せば、いつの間にか随分外れの方まで歩いてきていたらしい。家は遠くにぽつりと見えるきりで、先には森と街道があるのみだ。
 歩けない。しかし、助けを求める相手はいない。

(‥‥ッ)

 じわじわ浸食する痛みに堪えるヴァレリーの脳裏に、妻の顔がよぎり、ついでサイラスの顔がよぎった。こんな時、いつもヴァレリーを介抱してくれる2人。けれども前者はまさか夫がこんな所にまで来ているとは思わないだろうし、後者は先ほど大人げなく喧嘩をしてきたばかりだ。
 これはさすがに不味いと、思った。幸い歩いている間に雪は止んだが、染み込んでくるような寒さは健在だ。しかも、それに無意識に身を竦めて、余計に腰に負担がかかるという悪循環である。
 どうしたものか。痛みに霞む思考でそう考えたものの、良い方策など思い浮かばない。せいぜい、誰かが幸運にも通りがかるのを待って、助けを求めるくらいだろうが――想像しただけで、眉間にしわが寄る。
 やがて風が出て来始め、あたりも暗くなり始めた。これは本格的に遭難するかもしれん、と焦燥が胸を支配した、その時。
 さく、と誰かが雪を踏む足音が、した。ついで、風の音に混じって確かに、誰かが大きなため息を吐く音も。
 思わずちらりと、振り返った。そうしてそこに予想通りの姿があるのを見て、ヴァレリーはこんな時にも関わらず――不意と、目を逸らす。
 また、大きなため息が聞こえた。その反応は予想していたし、自分でも自分にため息を吐きたい気持ちでもあった。

「――また、腰痛で動けなくなったんですか、先生」
「‥‥‥ッ」
「ほら、負ぶさってください。帰りますよ。そのまんまじゃ雪だるまになります」

 だから、サイラスが当たり前にヴァレリーの前で、背を向けてしゃがみ込んだ時にもヴァレリーは、素直にすぐ動くことができなかった。一度曲げてしまったへそに折り合いをつけるには、きっかけが必要だ。
 そのきっかけを、作ってくれるサイラスはだから、ヴァレリーよりは大人だった。認めたくは、なかったが。

「心配してましたよ」

 主語のない言葉が誰を指すのかすぐに悟り、ヴァレリーは瞳を揺らして口の中でもごもご、言葉にならない言葉を呟いた。帰宅して、そこにいるはずの夫が居ないことを知ったとき、妻はどれだけ心配しただろう。
 申し訳ないと、思う。思い、気まずさは変わらないどころかますます激しくなったものの、妻のためと言い聞かせてヴァレリーは、痛みにうめきながらようやくサイラスの背によじ登った。
 よっ、と小さなかけ声をかけて、弟子は軽々立ち上がる。そうして彼もまた無言のままで、やってきた道を引き返し始める。
 ざく、ざく、ざく、ざく‥‥
 2人分の体重を受け止める雪は、少し湿った音を立てた。他には何も聞こえる音のない雪道で、ただ、気まずい沈黙を抱えていたヴァレリーは、不意にやってきた時に比べて視点が違うことに気づく。
 いつもより高いまなざし。背負われているからと言うだけではない。識ってはいたものの、弟子の背中はヴァレリーのそれよりも大きく逞しく、いつの間にかこの弟子はヴァレリーの背を追い越しかけている事に、今日初めて気が付いた。
 子供じゃないと、折に触れて主張する生意気な弟子。けれども確かに彼はヴァレリーの前で、大人へと成長して行っているのだ――

「昔は小さな君を私が背負ったものだがな」

 気付けばぽつり、呟いていた。「逞しく育ったでしょう」と帰ってきた軽口に、胸の中でだけ頷く。
 いつの間にか辺りには、ちらちらと白い雪が舞っていた。明日の朝も雪かきが大変だろうと、妻の事を想う。

(そういえば今夜はクリスマスイブだったな)

 サイラスに初めて会ったのも、そう言えばクリスマスの頃だったと思い出す。引っ越してきてすぐの頃だったか、しばらく経っていたのだったかは覚えていないけれども、紹介されたサイラスに、利発そうな眼差しをした子供だと思ったのだ。
 彼を弟子にとることを決めたのは、妻の口添えもあったけれども、今から思えばその第一印象のせいもあったかもしれない。或いはその後に雪の上に飛び降りて捻挫したサイラスを見つけ、思ったよりも子供っぽい事に驚いたからだったか。
 そう、思考にふける沈黙は、けれども先ほどまでの気まずさとは違って、優しい。だからヴァレリーはただ、サイラスの背で揺られながら口を閉ざしていたのだった。





(あの後、大泣きされたのだったな)

 サイラスに背負われて帰ってきたヴァレリーを見て、妻は何があったのかとおろおろし、それから無事で良かったと大泣きした。それにヴァレリーはむっつりと、聞こえたか聞こえなかったかくらいの声で「ただいま戻った」と呟き、ええ、と妻は泣きながら笑顔で頷いてサイラスに礼を言ったのだ。
 ――今は亡き、妻を想う。ヴァレリーたちの間には、ついに子が出来なかった。だから彼ら夫婦にとって、サイラスは弟子であると同時に我が子のようなものだったのだと、今なら思う。
 だからこそ、もう大人だと言い張るサイラスを、殊更に子供として扱ったのではないだろうか。彼が立派に成長していくのが嬉しい一方で、いつまでも可愛い『息子』で居て欲しいのだという寂しさがあったのではないだろうか、と。
 ふる、と軽く首を振った。そうして、いまだに立ち尽くしているサイラスを見て、つ、と鼻にしわを寄せる。

「どうした」
「いえ――」

 ヴァレリーの言葉に首を振って、サイラスは今度こそ歩き出した。天儀に来てからは、生活力が皆無と言って良いヴァレリーを妻の代わりに世話する、相変わらず口煩くて生意気で、そうしてもはや心身ともに立派な大人になった、弟子。
 並んで歩く天儀の道に、雪はないけれども互いの間にあるものは変わらない。

「責任重大ですよ、先生」
「‥‥何がだね」

 不意に、意味の解らないことを言われて立ち止まると、サイラスはひょいと肩を竦めてさっさと歩いていった。それに首を傾げてヴァレリーもまた、彼の背を追って歩き出す。
 それはとあるあたたかな、雪の舞い散る冬の午後。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /     PC名    / 性別 / 年齢 / 職業 】
  ib6023 / ヴァレリー・クルーゼ /  男  /  48  / 志士
  ib6024 / サイラス・グリフィン /  男  /  28  / 騎士

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

師弟さんの懐かしい思い出を描いた物語、如何でしたでしょうか?
以前のアナザーノベルもお気に召して頂けたとの事で、とても喜んでおります♪
読み返して頂けてるとか、すごく感激です(照
調子に乗って、また奥様が登場してきております‥‥そろそろ看板に偽りありで訴えられそうな(ぁー

先生のイメージ通りの、冬の日の優しい思い出を描いた、懐かしさの滲むノベルであれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
WF!Xmasドリームノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2012年01月05日

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