▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『祈り照らす下弦の下 』
物部・真言4441)&(登場しない)



 アルバイトを終え家路に着いた頃には、時計はもうすでに22時を回っていた。年の瀬を迎えようという時期に差し掛かっているが、サービス業には年末年始の休みなど一切関わりのない話だ。かえって忙しくさえなっていくこの時期、バイトを終えるのはこれからさらに遅い時間となるだろう。
 吐く息が白い。かじかむ両手を上着のポケットにつっこんで、真言は首に巻いたマフラーの中に鼻先までおさめて歩いていた。クリスマスは過ぎたが、街を彩るイルミネーションは未だ健在だ。青くまたたく光は美しくはあるが、寒々しい印象の拭えないものでもある。手をつなぎイルミネーションの中を睦まじく歩くカップルたちを横目に、真言は再び浅く息を吐いた。
 一年が過ぎるのは本当に早い。子どもだった時分には一日一日がとても長く感じられていたはずなのに、年を重ねるにつれて時間の流れはなだらかではなくなっていったように感じられる。今年ももうあと数日で終わりを迎えるのだ。そう考えると、なんだか少し感慨深い。
 鼻先が夜気にさらされて冷えていくのを感じながら、真言はゆっくりと記憶を反芻し始める。
 季節は真言の思いなどまるでお構いなしに巡り続ける。例えば今、真言がこの場からふっと姿を消したところで、時間は滞りなく流れていくのだ。けれど、例えば今自分がこの世界から消えたのだとして、悲しいと思ってくれる人は少なからずいるはずだ。その人の上に降り続ける季節の巡りはそれまでと何ら変わりないのだとしても、その人の心はもしかしたら少しは変わるのかもしれない。現に、真言の知る誰かが真言の手の及ばない世界に離れていってしまったと考えれば、心のどこかにぽっかりとした空虚な穴が開くのだから。きっとそれは他者においても大きな差異はないはずだ。
 イルミネーションを過ぎる。並ぶ店舗はどれも閉店していて、街灯だけが小さな光を落としていた。行く人の数も減り、さわさわと耳を撫でていた話し声も途絶える。静けさだけが広がった。
 そういえば。
 巡るという言葉には「この世に生きる」「世の中に交わる」という意味もあるらしい。
 世の中に交わる、という表現は興味深いものだ。なるほど、世界もまた生きているのかと妙な感心さえ覚える。巡る時も移ろう季節も、一見すれば無機質にすら感じられるものの、あるいは深い慈悲や慈愛や容赦のない決断力なんかを持ち合わせ生きているものであるのかもしれない。大切な存在を喪った者の上にも変わりなく降り続ける時間の流れは、いつか悲しみを癒し過去の記憶へと変えて、また新しい未来への可能性を開きもする。それは容赦のないものであるようにも思えるが、考えようによっては大いなる慈悲にも思えないだろうか。
 人は皆、大小に関わらず何かを残して過ぎていく。残すもののかたちがどうであれ、それはきっと確かなものだ。
 とりとめなく考えて、真言はそこでふと足を止めた。頭上を仰ぎ、晴れた空を見上げる。雲もなく、空気も乾燥しているためだろう。夜空には下弦の月が冴え渡り、まさに満点の星がかたちを描きまたたいていた。街中で輝き夜空でまたたく彼らを打ち消す不粋な明かりが少ないからだろう。星や月は思うがままに光り輝き、ただ静かにそこにあるだけだ。何を言うわけでもなく、何かをするわけでもない。けれど闇の中こうしてあるだけで、きっと古くから多くの生物たちが勇気づけられ、安堵の息もついただろう。
 意味のないものなど存在しない。すべてが何かを成し、残している。そう考えると、真言は改めてふと思うのだ。
 ならば、自分もまたそうなのだろうか、と。
 俺は俺でしかない。望んだところで今さら器用な真似が出来るはずもなく、器用に生きていけるわけでもない。それはきっとこれからも先、ずっと一生変わることもないのだろう。  
 でも、どんな仕事でも怪異でも、そこに関わる人間がいるなら、一瞬であったとしても、その笑顔を見たいと思った。玉響でも、喜びの含む声が聞けさえすれば良かった。例えそれがどんなものであっても、どの望みも等しく尊く感じるから。どの願いも、自分の力が及ぶのならば、叶えてやりたいと思う。幸福に満ちた笑顔がそれぞれにあるべき場所に戻っていくのを見送るだけで、自分がここにあり続ける、その理由を得るに足るのだと感じるから。
 自分の力が及ぶのなら。この力を求めるものがいるのならば。それだけで、これからの新しい一年をまた同じように繰り返していけるのだろう。
 取りとめもないことを考えて、真言は視線を再び前方へと向ける。止めていた足を再び進め、待つ者のいない家へ向かう帰路についた。
 吐く息が白い。すぐに夜気にとけて消えていくそれを見るともなしに見つめ、真言は、けれど、小さな笑みを浮かべた。
 確かに、家のドアを開けてただいまを告げたところで応えなどあるはずもない。以前までならそれを寂しく思うこともあっただろう。しかし、今は違う。
 手を伸ばせば、きっとその先に。応えが真言の耳に触れることはなくても、真言の声はきっと届いているはずだ。
 意味のないものなど存在しないのだ。ならばきっと、意味のない出会いもまた存在しないのだろう。例え相手が気持ちを伝えることのままならない存在なのだとしても。
 俺は俺でしかない。今さら変わりようもない。けれど、器用ではない自分の力を必要としてくれる誰かがあるのなら、力の及ぶかぎりに尽力しようと思う。その心が慰められ笑顔を宿すことが出来るのならば。
 季節は巡る。時は降り続けるのだ。それはきっと、どんな存在の上にも等しく平等に。
 俺はこの世界で歩き続けていくことしか出来ない。おまえはきっと、それでいいと笑うだろう?
 いつかきっと、ふたつの線もまた交わるだろう。今はその奇跡を信じていくしかない。

 遠く、幸福そうな笑い声が夜風にのりゆらゆらと揺れていた。


◇ ◇ ◇

この度はご発注まことにありがとうございました。
このたびもまた大変にお待たせしてしまいましたこと、本当に申し訳ありません…。言い訳のしようもありません。申し訳ありませんでした。精進します…

全体的にとりとめのない独白で終始してしまった感じがします。もう少し簡潔にとも考えたのですが、夜にひとりで思索するときってわりとこんな感じになりがちかなーとも思い、まとめてみました。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
櫻井 文規 クリエイターズルームへ
東京怪談
2012年01月06日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.